大和妖〜ひとひら〜《短編連作》

橋本彩里(Ayari)

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カワジ、卒倒する

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あにさま、行ってきます」

 ぴょんと軽やかに跳ね、階段をトントンと降りていく。園児に混ざって同じ歳頃の左右に髪を二つくくりした薄い黄色と桃色の和服を着た幼女があっという間に階下へと降りていった。

「こら、カワジ待たないか」

 兄さまと呼ばれた詰襟つめえりの白いシャツに黒いズボンを履いた少年が呼び止めたが、すでに本人の耳には入っていないようだ。
 ここの園児たちはまだ目の前にいるのに、カワジの姿はずっと先。ひらりと裾が翻り、桜の模様が楽しく踊る。

 近鉄奈良駅の噴水広場を出て右に折れ、東向ひがしむき商店街のアーケードの途中にある奈良基督キリスト教教会の会館は開設とともに幼稚園となり、園児たちが出入りし可愛らしい声で和ませてくれている。

 一人、二人の園児があれっという顔で出て行ったカワジや兄さまを見ているが、他の者はまったく気にしていない。
 兄さまもカワジも、この世のものではない。いわゆる、妖《あやかし》という存在だった。ふと気づいたらそこにいた。そういうものだったものであり、だから今もここにいる。

 ひらひらとこちらをみる園児に手を振り、兄さまは肩を竦めた。

「また、座敷童子《ざしきわらし》のところか」

 最近、カワジは公納堂くのうどう町の座敷童子のところへ遊びに行くことを日課としていた。そこで集まって人間観察するのが楽しいらしい。
 園児たちの遊びを見たり、一緒に遊ぶのも好きらしいのだが、「今の流行りをチェックするのも乙女よの」との座敷童子の一言で、意識がそちらに向いているようだ。

 流行り、というのを知ったカワジの話を聞くのもまた楽しく、最近では若草色の兵児帯へこおびの中に誇らしげにお土産を忍ばせるようになり、それを出す時のこちらの反応を窺う期待に満ちた顔を思い出し、兄さまは微笑む。

「気をつけて」

 行ってしまったが、これも日課のように口にすると兄さまは寺院風の礼拝堂へと戻った。

 一方、カワジはぴょんぴょんとスキップするように、アーケード内を走っていた。
 ここ十数年、目の色や髪の色がいろんな人がたくさん通るようになり体格もばらばらで面白い。その間を縫うように通り抜けていく。

 アーケードが一度途切れ、秋晴れの爽やかな太陽の光が差す。
 眩しさに眉をひそめ左に折れると、つきたてのお餅と餡子あんこの匂いによだれを垂らしながら、猿沢さるさわ池の方へと向かった。

 すぐ左上手には興福寺こうふくじがあり、南円堂なんえんどうへと続く階段を通り過ぎようとした時、涼やかな声が降りてきた。

「カワジ」

 三面六臂さんめんろっぴの美少年がカワジを呼び止める。
上半身裸で条帛じょうはく天衣てんねをかけた姿は、いつ見ても神々しい妖仲間だ。

「アシュラ」

 カワジは相手を認めると足を止め、階段の上にいる美少年を見上げる。

「また、座敷童子のところか?」

 三つある顔の一番前の精悍せいかんな顔が話しかける。

「ところか?」
「ところか?」

 左右の顔も同じように話しかけてくる。

「うん。アシュラは国宝館にいなくてもいいの?」

「この時期は人が多すぎて疲れる。ルリもさっきふらふらと散歩していたから、同じだろうな」

「正倉院の方はもっと人が多いって聞くもんね。今、国立博物館で展示会やってるから駅周辺も人が多いと兄さまが言っていたし。暇なら、アシュラもあねさまのところにいく?」

「そうだな。行こう」

「行こう」
「行こう」

 会話は前の顔の少年とするのが基本だ。左右の顔は同意するといった感じなので、会話は困らない。ただ、追随ついずいする言葉があるというだけだ。

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