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第九章
ドジな執事見習いは、美しく完璧な恋人の過去が気になる
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(綺麗な寝顔だな…)
恋人の腕の中で目覚めるのは、もう当たり前になっていた。が、恋人の寝顔を見る機会というのはそうそうなかった。なぜなら、陽太の恋人は朝日が昇る前には既に目を覚ましているからだ。
(…疲れてるんだろうな)
広い広い屋敷。その全てを執事として任されているのが、陽太の恋人である小野智樹だ。掃除や料理だけではない。聡真の護衛も智樹の仕事だ。屋敷の周囲は警備員が護っているものの(その姿を見たことはないが)、屋敷内は智樹だけだ。彼はどんな時でさえ警戒を怠らない。陽太と甘い時間を過ごしている最中でさえ、常に聡真の安全を意識しているのだ。だから、こんな風に無防備な姿が見られるのは極めて貴重だ。
(起こしたくない…)
ずっとこの寝顔を見ていたいというのが、陽太の本心だった。絹のような肌は、触れなくてもその滑らかさがわかる。通った鼻筋に、ややふっくらとした唇。そして、今は目蓋によって隠されている亜麻色の瞳。光の加減によっては、琥珀色のような美しい輝きを放ち陽太をドキドキさせる。陽太がそっとその頬に指を伸ばすのと、智樹の瞳が開くのはほぼ同時だった。
「あ…っ」
思わず指を引っ込めようとすれば、智樹の手がそれを許してくれない。あっという間に布団に組み敷かれてしまった。浴衣の隙間からは、鍛えられた肩や胸板が見え隠れして陽太をドキマギさせる。
「今朝は積極的なんだな」
クスクス笑いながら、智樹が陽太の額にキスをする。
「あ、あの…っ。智樹の寝顔があまりに綺麗で…それで…」
「陽太の方がずっと綺麗だ」
額から鼻先、そして唇にキスをされ、陽太は智樹の背中に回した腕に力を込めた。ゆっくりと口内を愛撫され、身体の芯が熱く高まっていく。やがて、智樹の指が陽太を甘く喘がせた。
智樹の腕の中は、とても居心地がいい。そろそろ冬の足音が聞こえてくる頃だというのに、陽太の心と身体はポカポカとした暖かさで満たされていた。恋人として過ごす時間が、陽太は何よりも好きだった。
初雪が降った日の朝。智樹は朝から忙しそうだった。掃除した箇所を念入りにチェックしたり、お茶の支度にと慌ただしかった。その理由は、午後から客人がくるためだ。名前は、平野藤真。聡真の兄である。1年に1度ぐらいは、聡真の様子を伺いにくるそうだ。
「藤真様って、どんな人ですか?」
聡真の部屋に朝食を運んだ陽太は、好奇心を抑えられずに聞いた。聡真は兄弟姉妹が多いらしいが、陽太が知るのは妹の彩奈だけだ。すると、便箋が一枚流れてくる。
『優しい人だよ。本来なら、兄が当主になるはずだったんだ。博識で、紳士的な人だから、陽太も好きになるよ』
聡真にしては珍しくご機嫌なようだ。文字を見るだけで、陽太にもそれがわかるようになった。聡真が嬉しいと、なぜか陽太も嬉しくなってくる。だが、疑問が出てきた。
(どうして、お兄さんは当主にならなかったんだろう)
智樹の話によると、聡真は当主になりたくなかったらしい。公式に発表されるまで、かなり反発したそうだ。当主になったことにより、聡真は人間不振に陥った。姿や声を見せることを嫌い、ずっと小さな部屋で過ごしているのだ。もし、藤真が当主になってくれたら、聡真は…。陽太が気落ちしていれば、便箋が流れてくる。
『私のことを気に病むことはないよ。これでも私はこの生活を楽しんでいる。智樹や陽太が居てくれれば、寂しいことはない』
「旦那様」
陽太は思わずジ~ンとしてしまった。
すると、もう一枚便箋が流れてきた。
『執事の勉強はどうだい?智樹に怒られてはいないかい?』
文面を読んだ陽太は、うっと言葉に詰まった。先月から、陽太は執事見習いとして智樹にいろいろ教わっている。智樹の立ち居振舞いを見ていたら、だんだん興味が沸いてきたのだ。それに、執事として聡真を支えたいという気持ちもあった。智樹に頼み込んで、執事としての教育を受けているのだが…。現実はそんな簡単なものではないらしい。
「…怒られてます。毎日、毎日」
昨日は高価なティーカップを派手に割ってしまい、1時間以上小言を言われた。そういった点では、智樹は容赦がない。恋人だからといって甘くはしてくれないのだ。
ふと聡真の笑い声が聞こえてくる。滅多に聞けないその笑い声は、とても涼しくて綺麗だった。例えるならば、透明な湧き水のような声だった。
(やっぱり、あの時の声は…)
追っ手に怯え逃げていた陽太は、誰かの声を聞いた気がした。その誰かとは、聡真だったのではないかと最近では思っている。だが、そのことを確かめる術が陽太にはわからない。このことを話せば、聡真にも智樹にも笑われる気がして言えていないのだ。
「そういえば、藤真様の執事って…」
確か智樹の弟だと聞いた。きっと智樹のように美しくて完璧な執事なのだろう。思えば、恋人の家族に会うのは初めてなのだ。陽太は今更ながら緊張してきた。
(…ちゃんとしている所を見せないと)
いつものドジさ加減を見られたら、智樹に恥を欠かせてしまう。陽太はパシパシと頬を叩くと、気合いを入れて来客に備えた。
やがて、時計が11時を告げた頃。平野家の前に真っ白い車が停まった。智樹と2人で出迎えた陽太は、背筋をできるだけ伸ばした。
「そんなに緊張する必要はない」
ガチガチになっている陽太に、智樹がクスクス笑う。
「だって…」
少しでも智樹にふさわしい人間と思ってほしいのだ。運転手が後部座席を開けると、グレーのスーツに身を包んだ青年がゆっくりと出てきた。身長はかなり高そうだ。遠目で見ても、およそ175はある。
「あの方が藤真様だ」
智樹がそっと教えてくれる。藤真は智樹と陽太に視線を向けると、軽く会釈をした。ツンとした感じがしない、とっても気さくな印象だった。藤真はドアの横に立つと、後から出てきた少年を優しくエスコートしてきた。ライトブラウンの燕尾服を着た小柄な少年は、智樹と同じ亜麻色の髪をしていた。
「あれが、私の弟の和樹だ」
「えっ」
智樹の言葉に陽太は思わず声を上げた。和樹の年齢は22歳と聞くが、見た目だけならまだ16~17といったところだ。小柄だし、顔立ちもあどけない。それに…。
「本当に執事なの?」
見ている限りでは、藤真の方が和樹の執事みたいだ。藤真が差し出した手に手を重ねる姿は、まるでお姫様のようだった。その光景に、智樹がやや呆れたような顔をする。
「藤真様の趣味だ。気にするな」
「う、うん」
藤真にエスコートされている和樹は、かなり恥ずかしそうだった。耳まで真っ赤にして俯いている。
「久しぶりだね、智樹」
「お久しぶりです。弟を甘やかすのは大概になさってください」
智樹の声は、どこか不機嫌だった。藤真は、とにかく和樹を甘やかすのだ。そのことは社交界でもかなり有名で、智樹としてはやめさせたいのだが…。
「私の執事だ。甘やかすのは自由だろ」
和樹の肩を更に抱き寄せて、藤真が挑むような眼差しを智樹に向けてくる。
「と、藤真様…っ」
藤真の腕が腰に移動し、和樹がますます焦ったような顔をする。
(この人が、旦那様のお兄さん…)
肩幅が広く、顔立ちも凛々しい。聡真と似ているのだろうかと考えていれば、不意にその視線が向けられた。
「君が陽太くんか?」
漆黒の瞳には冷たさがなく、どこか好奇心に満ちた輝きがあった。間近で顔をジロジロと見られ、陽太は緊張しながらも挨拶をした。
「いつも聡真が世話をかけてるね。ありがとう」
「い、いいえっ。世話だなんて…」
「そろそろ室内へ。風が冷たくなってきました」
智樹の言葉に、陽太はパッと顔を輝かせた。
「お茶の準備してきますっ」
陽太は急いで厨房へと向かった。執事見習いとしての見せどころだ。バタバタという足音に、智樹が深く深く溜め息を吐いていることも知らずに…。
屋敷の厨房は、かなり広い。何がどこに入っているのか、陽太はまだその全てを把握していないぐらいだ。
「えっと、確かここに…」
棚の中に綺麗に並べられた紅茶の缶。奥の方に和紅茶があった。事前に聡真に聞いた話だと、藤真は和紅茶が好きらしい。日本の茶葉から誕生したという和紅茶は、甘味があって飲みやすいのだそうだ。
「えっと、まずはポットとカップを温めて…と」
ポットとカップにお湯を入れてから、しばらく放置。それからお湯を捨てる。
「ポットに、茶葉を2グラム」
慎重に計り入れ、お湯をゆっくり入れた。そして、2~3分蒸してからカップに注ぐ。
「できた!」
何度も何度も練習したのだ。きっと味も大丈夫だろう。小皿に智樹特製のアップルパイを乗せて、陽太はキリッと背筋を伸ばした。不意に窓ガラスに映る自分が気になった。白いシャツに黒いスラックス。今のところ問題はない。
(智樹に恥はかかせられない)
陽太は慎重にトレイをカートに乗せて運んだ。あまり使っていない応接室のドアをノックし、教わった作法を意識しながらドアを開ける。
「失礼しま…わっ」
一歩踏み出した瞬間。毛足の長いカーペットに足元を掬われ、前のめりになった。カートと共にバランスを崩した陽太が、ギュッと目を閉じた瞬間。
「お騒がせ致しました」
静かな声が聞こえてくる。目を開ければ、智樹が陽太の腰を抱えるように支えていた。もちろん、カートも無事だ。
カァッと陽太の頬が赤くなる。これでは、単にドジさ加減を披露しただけではないか。
「大丈夫だ」
耳元で智樹が優しく囁く。陽太にしか聞こえないように、そっと…。陽太は嬉しいような、申し訳ないような気持ちでカップを並べた。藤真はさして気にしていない様子で、傍らに座らせた和樹の前髪を優しく指ですいている。和樹はよほど恥ずかしいのか、俯いたままジッとしていた。通常、執事が主と並んで座ることはない。やはり2人は主従関係ではないようだ。が、詮索しないのも執事の役目だ。陽太はできるだけポーカーフェイスを保った。
「ほぉ。味はなかなかだ」
和紅茶を誉められ、陽太は少しだけ誇らしい気持ちになる。藤真がアップルパイを食べ終えるのを待ってから、智樹がドアを開ける。
「では、聡真様の部屋へご案内します。陽太、和樹の話し相手になっていてくれ」
「う、うん」
とはいうものの、陽太としては初対面の和樹と何を話せばいいかわからない。和樹も多分そうなのだろう。しばらく無言の時間が流れた。陽太は気付かれないように、チラッと和樹の方を見た。
(似てないな…)
涼しげで高貴な雰囲気を纏っている智樹と違い、和樹は甘くマシュマロのような印象だ。亜麻色の髪と瞳は同じだが、兄弟と言われなければわからないだろう。
「あ、あの。お茶のお代わりはいかがですか?」
陽太が声をかければ、和樹がハッと顔を上げる。
「い、いただきます。あの、陽太さんも座ってください」
「あ、いえ。お客様の前で…」
「私は客ではありません。大丈夫です」
促され、陽太は戸惑いながら向かい側のソファに腰かけた。紅茶のおかわりを注ぎ、角砂糖が入った小瓶と一緒に出す。和樹は小さなトングを使い、角砂糖をカップに入れた。のだが…。
コロッ
角砂糖がテーブルの上に転がった。僅かな間の後、陽太と和樹がどちらからともなく笑い合う。張り詰めた空気が一気に和んだ。
「すみません。僕、かなりのドジで」
和樹が照れ臭そうに笑いながら、紅茶を飲む。
「俺もです。智樹が…お兄さんがいつもフォローしてくれて」
「兄は厳しいでしょう?」
和樹が労るような視線を向ける。おそらく、かなりのスパルタ指導と思われているのだろう。陽太は慌てて首を横に振った。自分のせいで智樹が誤解されるのは嫌だった。
「俺が悪いんで。怒られるのは当然です」
「兄は昔からああなんです。誰に対しても、自分自身にさえ容赦がない。まるでロボットのように思ったこともあります」
和樹の言葉に、陽太は慌ててフォローしようとした。
「そんなことないですっ。いつも、優しくしてもらってます。俺なんかにはもったいないぐらい…」
「優しい?兄が、ですか?」
和樹のビー玉のような瞳が、更に丸くなる。陽太は、思いきって和樹に質問した。ずっと気になっていたのだ。智樹の過去が…。
「あの、子供の頃の智樹はどんな子だったんですか?」
陽太の質問に、和樹はしばらく逡巡した様子だった。そして、懐かしいなにかを思い出すように視線を窓の外へと向けた。
「小野家に生まれた者は、平野家に仕えるのが決まっています。兄は、生まれながらに才能に恵まれていました。ですが、そのために寂しい時間を過ごしていたようです」
幼い頃。和樹は泣いている智樹を何度も見た。朝から晩までテーブルマナーや会話術を教え込まれ、子供らしい遊びすらできなかった。兄弟らしい会話など、和樹にはした記憶すらない。
「そんな兄の顔から、どんどん喜怒哀楽が減っていきました。執事として生きると決めたのでしょう」
5歳にして智樹の執事になることが決まった智樹は、家族から隔離されるようになった。そして、数年後には完璧な執事として聡真の傍らに立っていた。
「弟としてお恥ずかしいのですが、そんな兄に恐怖すら感じたこともあるんです」
和樹が陽太を見つめる。智樹と同じ亜麻色の瞳で…。
「最近、兄が変わったと聞きました。とても人間らしくなったと…」
「人間らしく?」
陽太には想像もできなかった。初めて会った時から、智樹は優しかった。言葉や態度に素っ気なさを感じたことはあったが、冷たいとは思わなかった。亜麻色の瞳は、常に優しかったから…。
「智樹は、とっても優しいです。怒られることもたくさんあるけど、いつも俺を助けてくれます。あ、寝顔がとっても…」
「寝顔っ?」
和樹が大きく身を乗り出す。陽太はしまったと慌てて口を閉ざした。一緒に暮らしているだけでは、そうそう寝顔を見る機会はない。寝顔を見ているということは、親密な関係であることを意味していた。
「あ、あのっ。これは、その…」
「兄は、よほどあなたを信頼しているんですね」
和樹がフッと微笑む。その眼差しは、どこか智樹に似ていた。
「兄を、よろしくお願いします。どうか、側に居てやってください」
そう言って深々と頭を下げる和樹に、陽太は背筋を伸ばした。おそらく和樹は知っているのだ。智樹と陽太がどのような関係なのかを…。知っていて、頼んでくれたのだ。
「はい。ずっと智樹の側にいます」
陽太と和樹は、お茶の時間を再開させた。
藤真と和樹は、夕方前には屋敷を後にした。遠ざかる車を見送る智樹は、いつもとは少しだけ違う気がした。和樹はああ言っていたが、おそらく智樹なりに和樹を心配しているのだ。
「和樹とはどんな話をしたんだ?」
ホットミルクをマグカップに注ぎながら、智樹が探るような視線を向けてくる。
「内緒。あちっ」
マグカップを受け取った陽太が、いきなり飲もうとして顔をしかめる。智樹がハッと顔色を変えた。
「火傷したのかっ?」
「平気、平気。少しだ…」
慌てた智樹が、陽太の頬を両手で包む。僅かに見える舌には火傷の形跡はない。ホッと安堵の表情を浮かべた智樹と陽太は、見つめ合ったまま動けなかった。引き寄せられるように互いの唇を塞ぎ、吐息を共有する。
「ん…っ、ん…ぁっ」
今日のキスは、いつもと違った。まるで、寂しさを埋めるように陽太を求めているようだった。智樹が乱暴に襟を乱す。
「…このまま、いいか?久しぶりだから、我慢できそうにない」
「…うん。俺も、ずっとしたかった」
屋敷は広い。厨房で2人が不埒なことをしても、誰にも、聡真にも気付かれない。智樹は木製の椅子に腰かけると、陽太を膝に跨がらせた。思えば、ここ数週間はなにかとあわただしくてじっくり愛し合う時間がなかった。燕尾服姿の智樹と交わるのは、なんだかとてもイケナイことをしているような気分になった。
「和樹さん、素敵な人だね」
陽太のシャツのボタンが、智樹のしなやかな指によって外されていく。だが、決してシャツを脱がそうとはしない。明るい中で肌を見られるのを陽太はかなり気にしているからだ。傷跡を見る度に、過去の仕打ちを思い出すためでもある。
「執事としての能力は低いが、心根は優しい奴だ」
智樹は少しだけ嬉しそうに笑った。陽太の腕が智樹の首を抱き寄せるようにして、胸元へと誘う。
「どうした?」
「…別に」
智樹を甘やかしてあげたいと陽太は思った。凛とした智樹の瞳の奥には、どこか寂しさを感じた。
「…暖かいな」
チュッ、チュッと唇が軽やかな音を立てるなか、陽太は甘い溜め息を吐いた。智樹の指が太ももをさ迷い、ゆっくりと中心へ向かう。
「5歳から、ずっと一人だったの?」
ファスナーから入り込んだ指が、陽太自身を探り当てる。硬くなりつつあるその部分を、智樹は時間をかけて愛した。陽太が息を弾ませながら聞けば、乳首を噛んでいた智樹が顔を上げる。
「和樹から聞いたのか?」
「…ごめん。智樹の過去が知りたくて」
「昔の私は、執事になることを拒んでいた。もっと普通の生活がしたかったんだ」
遊びたいとか、学校に行きたいという願いはことごとく却下された。燕尾服を着せられ、執事としての考え方や行動を教えられた。失敗した時には、食事抜きが当たり前だったのだ。
「旦那様と出会いその人柄に触れてからは、率先して執事になろうと努力した」
聡真を守るためだけに生きよう。智樹はそう決めていたのだ。そのためには、感情など無意味だった。家族への想いも、自身の幸福も、智樹は忘れることにした。
「だが、お前と会ってから、その考えが変わった」
「俺?あ…っ、いきなりは、ダメだよ…っ」
いつの間にかスラックスの後ろに潜り込んだ指が、陽太の蕾をかき乱す。以前は濡らさなければ辛かったのに、今では智樹の指をすんなり呑み込んでいく。それだけ身体が慣れたのだ。
「陽太を好きになって、守りたいと思った。こんな気持ちになったことはなかった。忘れかけていた人間らしい感情を、お前が思い出させてくれた」
「んんっ、あ…っ、はぁ…っ」
耳たぶや首筋を甘噛みしながら、智樹は指を増やしていった。前と後ろを同時に激しく擦られ、陽太は達した。ぐったりとした身体からスラックスと下着が引き抜かれ、両足が抱えられる。
「行くぞ」
「あっ、ひぁ…っ、あっ、はぁっ、あっ…っ」
智樹の逞しい男根は、何度挿入されても慣れることはない。陽太はギュッと智樹に抱きついて、その圧迫感に耐えた。智樹と陽太は深く繋がり、本能のまま互いを貪る。キスを繰り返しながら、指で互いの身体を愛撫し、卑猥な音を厨房に響かせた。
「愛している。陽太…っ」
「俺も…っ、あっ、ああっ」
智樹の囁きと同時に、奥深くまで愛の証が迸った。その勢いと同時に果てた陽太が、ぐったりと智樹に凭れかかる。智樹は指で陽太の下肢を拭った。
「ホットミルク、温め直さなきゃな」
智樹の満足しきった声に、陽太はポ~ッとしながら頷いた。もっとも、言葉の意味さえ理解できない状態だったが…。
今の2人には、秋の寒さなど関係ないのかもしれない。
(ここに来て…、智樹に会えて良かった)
真夜中。陽太は智樹の腕の中で、幸せを噛みしめていた。だが、それと同時に家族への思慕も生まれてくる。
(皆、どうしてるだろう)
浮かんでくるのは、楽しそうな両親や弟妹達の顔だ。丸2年は会っていない。
何度も探そうとした。だが、その度に躊躇うのだ。藻抜けの空となった家。それが何を意味しているのか…。自分を見た時に、両親はどんな想いをするのだろう。
このままでいい。このまま会わずにいれば、傷つくことはない。そう思いながら、陽太は智樹の胸に耳を当てた。規則正しい鼓動の音が、たちまち陽太を眠りに誘ったのだった。
恋人の腕の中で目覚めるのは、もう当たり前になっていた。が、恋人の寝顔を見る機会というのはそうそうなかった。なぜなら、陽太の恋人は朝日が昇る前には既に目を覚ましているからだ。
(…疲れてるんだろうな)
広い広い屋敷。その全てを執事として任されているのが、陽太の恋人である小野智樹だ。掃除や料理だけではない。聡真の護衛も智樹の仕事だ。屋敷の周囲は警備員が護っているものの(その姿を見たことはないが)、屋敷内は智樹だけだ。彼はどんな時でさえ警戒を怠らない。陽太と甘い時間を過ごしている最中でさえ、常に聡真の安全を意識しているのだ。だから、こんな風に無防備な姿が見られるのは極めて貴重だ。
(起こしたくない…)
ずっとこの寝顔を見ていたいというのが、陽太の本心だった。絹のような肌は、触れなくてもその滑らかさがわかる。通った鼻筋に、ややふっくらとした唇。そして、今は目蓋によって隠されている亜麻色の瞳。光の加減によっては、琥珀色のような美しい輝きを放ち陽太をドキドキさせる。陽太がそっとその頬に指を伸ばすのと、智樹の瞳が開くのはほぼ同時だった。
「あ…っ」
思わず指を引っ込めようとすれば、智樹の手がそれを許してくれない。あっという間に布団に組み敷かれてしまった。浴衣の隙間からは、鍛えられた肩や胸板が見え隠れして陽太をドキマギさせる。
「今朝は積極的なんだな」
クスクス笑いながら、智樹が陽太の額にキスをする。
「あ、あの…っ。智樹の寝顔があまりに綺麗で…それで…」
「陽太の方がずっと綺麗だ」
額から鼻先、そして唇にキスをされ、陽太は智樹の背中に回した腕に力を込めた。ゆっくりと口内を愛撫され、身体の芯が熱く高まっていく。やがて、智樹の指が陽太を甘く喘がせた。
智樹の腕の中は、とても居心地がいい。そろそろ冬の足音が聞こえてくる頃だというのに、陽太の心と身体はポカポカとした暖かさで満たされていた。恋人として過ごす時間が、陽太は何よりも好きだった。
初雪が降った日の朝。智樹は朝から忙しそうだった。掃除した箇所を念入りにチェックしたり、お茶の支度にと慌ただしかった。その理由は、午後から客人がくるためだ。名前は、平野藤真。聡真の兄である。1年に1度ぐらいは、聡真の様子を伺いにくるそうだ。
「藤真様って、どんな人ですか?」
聡真の部屋に朝食を運んだ陽太は、好奇心を抑えられずに聞いた。聡真は兄弟姉妹が多いらしいが、陽太が知るのは妹の彩奈だけだ。すると、便箋が一枚流れてくる。
『優しい人だよ。本来なら、兄が当主になるはずだったんだ。博識で、紳士的な人だから、陽太も好きになるよ』
聡真にしては珍しくご機嫌なようだ。文字を見るだけで、陽太にもそれがわかるようになった。聡真が嬉しいと、なぜか陽太も嬉しくなってくる。だが、疑問が出てきた。
(どうして、お兄さんは当主にならなかったんだろう)
智樹の話によると、聡真は当主になりたくなかったらしい。公式に発表されるまで、かなり反発したそうだ。当主になったことにより、聡真は人間不振に陥った。姿や声を見せることを嫌い、ずっと小さな部屋で過ごしているのだ。もし、藤真が当主になってくれたら、聡真は…。陽太が気落ちしていれば、便箋が流れてくる。
『私のことを気に病むことはないよ。これでも私はこの生活を楽しんでいる。智樹や陽太が居てくれれば、寂しいことはない』
「旦那様」
陽太は思わずジ~ンとしてしまった。
すると、もう一枚便箋が流れてきた。
『執事の勉強はどうだい?智樹に怒られてはいないかい?』
文面を読んだ陽太は、うっと言葉に詰まった。先月から、陽太は執事見習いとして智樹にいろいろ教わっている。智樹の立ち居振舞いを見ていたら、だんだん興味が沸いてきたのだ。それに、執事として聡真を支えたいという気持ちもあった。智樹に頼み込んで、執事としての教育を受けているのだが…。現実はそんな簡単なものではないらしい。
「…怒られてます。毎日、毎日」
昨日は高価なティーカップを派手に割ってしまい、1時間以上小言を言われた。そういった点では、智樹は容赦がない。恋人だからといって甘くはしてくれないのだ。
ふと聡真の笑い声が聞こえてくる。滅多に聞けないその笑い声は、とても涼しくて綺麗だった。例えるならば、透明な湧き水のような声だった。
(やっぱり、あの時の声は…)
追っ手に怯え逃げていた陽太は、誰かの声を聞いた気がした。その誰かとは、聡真だったのではないかと最近では思っている。だが、そのことを確かめる術が陽太にはわからない。このことを話せば、聡真にも智樹にも笑われる気がして言えていないのだ。
「そういえば、藤真様の執事って…」
確か智樹の弟だと聞いた。きっと智樹のように美しくて完璧な執事なのだろう。思えば、恋人の家族に会うのは初めてなのだ。陽太は今更ながら緊張してきた。
(…ちゃんとしている所を見せないと)
いつものドジさ加減を見られたら、智樹に恥を欠かせてしまう。陽太はパシパシと頬を叩くと、気合いを入れて来客に備えた。
やがて、時計が11時を告げた頃。平野家の前に真っ白い車が停まった。智樹と2人で出迎えた陽太は、背筋をできるだけ伸ばした。
「そんなに緊張する必要はない」
ガチガチになっている陽太に、智樹がクスクス笑う。
「だって…」
少しでも智樹にふさわしい人間と思ってほしいのだ。運転手が後部座席を開けると、グレーのスーツに身を包んだ青年がゆっくりと出てきた。身長はかなり高そうだ。遠目で見ても、およそ175はある。
「あの方が藤真様だ」
智樹がそっと教えてくれる。藤真は智樹と陽太に視線を向けると、軽く会釈をした。ツンとした感じがしない、とっても気さくな印象だった。藤真はドアの横に立つと、後から出てきた少年を優しくエスコートしてきた。ライトブラウンの燕尾服を着た小柄な少年は、智樹と同じ亜麻色の髪をしていた。
「あれが、私の弟の和樹だ」
「えっ」
智樹の言葉に陽太は思わず声を上げた。和樹の年齢は22歳と聞くが、見た目だけならまだ16~17といったところだ。小柄だし、顔立ちもあどけない。それに…。
「本当に執事なの?」
見ている限りでは、藤真の方が和樹の執事みたいだ。藤真が差し出した手に手を重ねる姿は、まるでお姫様のようだった。その光景に、智樹がやや呆れたような顔をする。
「藤真様の趣味だ。気にするな」
「う、うん」
藤真にエスコートされている和樹は、かなり恥ずかしそうだった。耳まで真っ赤にして俯いている。
「久しぶりだね、智樹」
「お久しぶりです。弟を甘やかすのは大概になさってください」
智樹の声は、どこか不機嫌だった。藤真は、とにかく和樹を甘やかすのだ。そのことは社交界でもかなり有名で、智樹としてはやめさせたいのだが…。
「私の執事だ。甘やかすのは自由だろ」
和樹の肩を更に抱き寄せて、藤真が挑むような眼差しを智樹に向けてくる。
「と、藤真様…っ」
藤真の腕が腰に移動し、和樹がますます焦ったような顔をする。
(この人が、旦那様のお兄さん…)
肩幅が広く、顔立ちも凛々しい。聡真と似ているのだろうかと考えていれば、不意にその視線が向けられた。
「君が陽太くんか?」
漆黒の瞳には冷たさがなく、どこか好奇心に満ちた輝きがあった。間近で顔をジロジロと見られ、陽太は緊張しながらも挨拶をした。
「いつも聡真が世話をかけてるね。ありがとう」
「い、いいえっ。世話だなんて…」
「そろそろ室内へ。風が冷たくなってきました」
智樹の言葉に、陽太はパッと顔を輝かせた。
「お茶の準備してきますっ」
陽太は急いで厨房へと向かった。執事見習いとしての見せどころだ。バタバタという足音に、智樹が深く深く溜め息を吐いていることも知らずに…。
屋敷の厨房は、かなり広い。何がどこに入っているのか、陽太はまだその全てを把握していないぐらいだ。
「えっと、確かここに…」
棚の中に綺麗に並べられた紅茶の缶。奥の方に和紅茶があった。事前に聡真に聞いた話だと、藤真は和紅茶が好きらしい。日本の茶葉から誕生したという和紅茶は、甘味があって飲みやすいのだそうだ。
「えっと、まずはポットとカップを温めて…と」
ポットとカップにお湯を入れてから、しばらく放置。それからお湯を捨てる。
「ポットに、茶葉を2グラム」
慎重に計り入れ、お湯をゆっくり入れた。そして、2~3分蒸してからカップに注ぐ。
「できた!」
何度も何度も練習したのだ。きっと味も大丈夫だろう。小皿に智樹特製のアップルパイを乗せて、陽太はキリッと背筋を伸ばした。不意に窓ガラスに映る自分が気になった。白いシャツに黒いスラックス。今のところ問題はない。
(智樹に恥はかかせられない)
陽太は慎重にトレイをカートに乗せて運んだ。あまり使っていない応接室のドアをノックし、教わった作法を意識しながらドアを開ける。
「失礼しま…わっ」
一歩踏み出した瞬間。毛足の長いカーペットに足元を掬われ、前のめりになった。カートと共にバランスを崩した陽太が、ギュッと目を閉じた瞬間。
「お騒がせ致しました」
静かな声が聞こえてくる。目を開ければ、智樹が陽太の腰を抱えるように支えていた。もちろん、カートも無事だ。
カァッと陽太の頬が赤くなる。これでは、単にドジさ加減を披露しただけではないか。
「大丈夫だ」
耳元で智樹が優しく囁く。陽太にしか聞こえないように、そっと…。陽太は嬉しいような、申し訳ないような気持ちでカップを並べた。藤真はさして気にしていない様子で、傍らに座らせた和樹の前髪を優しく指ですいている。和樹はよほど恥ずかしいのか、俯いたままジッとしていた。通常、執事が主と並んで座ることはない。やはり2人は主従関係ではないようだ。が、詮索しないのも執事の役目だ。陽太はできるだけポーカーフェイスを保った。
「ほぉ。味はなかなかだ」
和紅茶を誉められ、陽太は少しだけ誇らしい気持ちになる。藤真がアップルパイを食べ終えるのを待ってから、智樹がドアを開ける。
「では、聡真様の部屋へご案内します。陽太、和樹の話し相手になっていてくれ」
「う、うん」
とはいうものの、陽太としては初対面の和樹と何を話せばいいかわからない。和樹も多分そうなのだろう。しばらく無言の時間が流れた。陽太は気付かれないように、チラッと和樹の方を見た。
(似てないな…)
涼しげで高貴な雰囲気を纏っている智樹と違い、和樹は甘くマシュマロのような印象だ。亜麻色の髪と瞳は同じだが、兄弟と言われなければわからないだろう。
「あ、あの。お茶のお代わりはいかがですか?」
陽太が声をかければ、和樹がハッと顔を上げる。
「い、いただきます。あの、陽太さんも座ってください」
「あ、いえ。お客様の前で…」
「私は客ではありません。大丈夫です」
促され、陽太は戸惑いながら向かい側のソファに腰かけた。紅茶のおかわりを注ぎ、角砂糖が入った小瓶と一緒に出す。和樹は小さなトングを使い、角砂糖をカップに入れた。のだが…。
コロッ
角砂糖がテーブルの上に転がった。僅かな間の後、陽太と和樹がどちらからともなく笑い合う。張り詰めた空気が一気に和んだ。
「すみません。僕、かなりのドジで」
和樹が照れ臭そうに笑いながら、紅茶を飲む。
「俺もです。智樹が…お兄さんがいつもフォローしてくれて」
「兄は厳しいでしょう?」
和樹が労るような視線を向ける。おそらく、かなりのスパルタ指導と思われているのだろう。陽太は慌てて首を横に振った。自分のせいで智樹が誤解されるのは嫌だった。
「俺が悪いんで。怒られるのは当然です」
「兄は昔からああなんです。誰に対しても、自分自身にさえ容赦がない。まるでロボットのように思ったこともあります」
和樹の言葉に、陽太は慌ててフォローしようとした。
「そんなことないですっ。いつも、優しくしてもらってます。俺なんかにはもったいないぐらい…」
「優しい?兄が、ですか?」
和樹のビー玉のような瞳が、更に丸くなる。陽太は、思いきって和樹に質問した。ずっと気になっていたのだ。智樹の過去が…。
「あの、子供の頃の智樹はどんな子だったんですか?」
陽太の質問に、和樹はしばらく逡巡した様子だった。そして、懐かしいなにかを思い出すように視線を窓の外へと向けた。
「小野家に生まれた者は、平野家に仕えるのが決まっています。兄は、生まれながらに才能に恵まれていました。ですが、そのために寂しい時間を過ごしていたようです」
幼い頃。和樹は泣いている智樹を何度も見た。朝から晩までテーブルマナーや会話術を教え込まれ、子供らしい遊びすらできなかった。兄弟らしい会話など、和樹にはした記憶すらない。
「そんな兄の顔から、どんどん喜怒哀楽が減っていきました。執事として生きると決めたのでしょう」
5歳にして智樹の執事になることが決まった智樹は、家族から隔離されるようになった。そして、数年後には完璧な執事として聡真の傍らに立っていた。
「弟としてお恥ずかしいのですが、そんな兄に恐怖すら感じたこともあるんです」
和樹が陽太を見つめる。智樹と同じ亜麻色の瞳で…。
「最近、兄が変わったと聞きました。とても人間らしくなったと…」
「人間らしく?」
陽太には想像もできなかった。初めて会った時から、智樹は優しかった。言葉や態度に素っ気なさを感じたことはあったが、冷たいとは思わなかった。亜麻色の瞳は、常に優しかったから…。
「智樹は、とっても優しいです。怒られることもたくさんあるけど、いつも俺を助けてくれます。あ、寝顔がとっても…」
「寝顔っ?」
和樹が大きく身を乗り出す。陽太はしまったと慌てて口を閉ざした。一緒に暮らしているだけでは、そうそう寝顔を見る機会はない。寝顔を見ているということは、親密な関係であることを意味していた。
「あ、あのっ。これは、その…」
「兄は、よほどあなたを信頼しているんですね」
和樹がフッと微笑む。その眼差しは、どこか智樹に似ていた。
「兄を、よろしくお願いします。どうか、側に居てやってください」
そう言って深々と頭を下げる和樹に、陽太は背筋を伸ばした。おそらく和樹は知っているのだ。智樹と陽太がどのような関係なのかを…。知っていて、頼んでくれたのだ。
「はい。ずっと智樹の側にいます」
陽太と和樹は、お茶の時間を再開させた。
藤真と和樹は、夕方前には屋敷を後にした。遠ざかる車を見送る智樹は、いつもとは少しだけ違う気がした。和樹はああ言っていたが、おそらく智樹なりに和樹を心配しているのだ。
「和樹とはどんな話をしたんだ?」
ホットミルクをマグカップに注ぎながら、智樹が探るような視線を向けてくる。
「内緒。あちっ」
マグカップを受け取った陽太が、いきなり飲もうとして顔をしかめる。智樹がハッと顔色を変えた。
「火傷したのかっ?」
「平気、平気。少しだ…」
慌てた智樹が、陽太の頬を両手で包む。僅かに見える舌には火傷の形跡はない。ホッと安堵の表情を浮かべた智樹と陽太は、見つめ合ったまま動けなかった。引き寄せられるように互いの唇を塞ぎ、吐息を共有する。
「ん…っ、ん…ぁっ」
今日のキスは、いつもと違った。まるで、寂しさを埋めるように陽太を求めているようだった。智樹が乱暴に襟を乱す。
「…このまま、いいか?久しぶりだから、我慢できそうにない」
「…うん。俺も、ずっとしたかった」
屋敷は広い。厨房で2人が不埒なことをしても、誰にも、聡真にも気付かれない。智樹は木製の椅子に腰かけると、陽太を膝に跨がらせた。思えば、ここ数週間はなにかとあわただしくてじっくり愛し合う時間がなかった。燕尾服姿の智樹と交わるのは、なんだかとてもイケナイことをしているような気分になった。
「和樹さん、素敵な人だね」
陽太のシャツのボタンが、智樹のしなやかな指によって外されていく。だが、決してシャツを脱がそうとはしない。明るい中で肌を見られるのを陽太はかなり気にしているからだ。傷跡を見る度に、過去の仕打ちを思い出すためでもある。
「執事としての能力は低いが、心根は優しい奴だ」
智樹は少しだけ嬉しそうに笑った。陽太の腕が智樹の首を抱き寄せるようにして、胸元へと誘う。
「どうした?」
「…別に」
智樹を甘やかしてあげたいと陽太は思った。凛とした智樹の瞳の奥には、どこか寂しさを感じた。
「…暖かいな」
チュッ、チュッと唇が軽やかな音を立てるなか、陽太は甘い溜め息を吐いた。智樹の指が太ももをさ迷い、ゆっくりと中心へ向かう。
「5歳から、ずっと一人だったの?」
ファスナーから入り込んだ指が、陽太自身を探り当てる。硬くなりつつあるその部分を、智樹は時間をかけて愛した。陽太が息を弾ませながら聞けば、乳首を噛んでいた智樹が顔を上げる。
「和樹から聞いたのか?」
「…ごめん。智樹の過去が知りたくて」
「昔の私は、執事になることを拒んでいた。もっと普通の生活がしたかったんだ」
遊びたいとか、学校に行きたいという願いはことごとく却下された。燕尾服を着せられ、執事としての考え方や行動を教えられた。失敗した時には、食事抜きが当たり前だったのだ。
「旦那様と出会いその人柄に触れてからは、率先して執事になろうと努力した」
聡真を守るためだけに生きよう。智樹はそう決めていたのだ。そのためには、感情など無意味だった。家族への想いも、自身の幸福も、智樹は忘れることにした。
「だが、お前と会ってから、その考えが変わった」
「俺?あ…っ、いきなりは、ダメだよ…っ」
いつの間にかスラックスの後ろに潜り込んだ指が、陽太の蕾をかき乱す。以前は濡らさなければ辛かったのに、今では智樹の指をすんなり呑み込んでいく。それだけ身体が慣れたのだ。
「陽太を好きになって、守りたいと思った。こんな気持ちになったことはなかった。忘れかけていた人間らしい感情を、お前が思い出させてくれた」
「んんっ、あ…っ、はぁ…っ」
耳たぶや首筋を甘噛みしながら、智樹は指を増やしていった。前と後ろを同時に激しく擦られ、陽太は達した。ぐったりとした身体からスラックスと下着が引き抜かれ、両足が抱えられる。
「行くぞ」
「あっ、ひぁ…っ、あっ、はぁっ、あっ…っ」
智樹の逞しい男根は、何度挿入されても慣れることはない。陽太はギュッと智樹に抱きついて、その圧迫感に耐えた。智樹と陽太は深く繋がり、本能のまま互いを貪る。キスを繰り返しながら、指で互いの身体を愛撫し、卑猥な音を厨房に響かせた。
「愛している。陽太…っ」
「俺も…っ、あっ、ああっ」
智樹の囁きと同時に、奥深くまで愛の証が迸った。その勢いと同時に果てた陽太が、ぐったりと智樹に凭れかかる。智樹は指で陽太の下肢を拭った。
「ホットミルク、温め直さなきゃな」
智樹の満足しきった声に、陽太はポ~ッとしながら頷いた。もっとも、言葉の意味さえ理解できない状態だったが…。
今の2人には、秋の寒さなど関係ないのかもしれない。
(ここに来て…、智樹に会えて良かった)
真夜中。陽太は智樹の腕の中で、幸せを噛みしめていた。だが、それと同時に家族への思慕も生まれてくる。
(皆、どうしてるだろう)
浮かんでくるのは、楽しそうな両親や弟妹達の顔だ。丸2年は会っていない。
何度も探そうとした。だが、その度に躊躇うのだ。藻抜けの空となった家。それが何を意味しているのか…。自分を見た時に、両親はどんな想いをするのだろう。
このままでいい。このまま会わずにいれば、傷つくことはない。そう思いながら、陽太は智樹の胸に耳を当てた。規則正しい鼓動の音が、たちまち陽太を眠りに誘ったのだった。
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