夫婦日和

すいかちゃん

文字の大きさ
5 / 5
第五話

離婚して良かった

しおりを挟む
「よっ。久しぶり」
相変わらず時間にルーズな元夫を、万里はジロリと睨んだ。
町内では、ちょっと知られている老舗の洋食屋。ここは、2人が出会って、結婚を決めた場所。そして、離婚届けに判を押した場所でもある。
「遅い。あなたって昔からそうよね。必ず10分は遅れるの」
万里が言えば、孝平がコホンッと咳払いをした。
注文したのは、いつものメニュー。ナポリタンとチーズケーキ。
初めてデートした時に食べたメニューで、プロポーズの時も頼んだ。唯一食べなかったのは、離婚届を書いた時だけだ。
「最近。新しい彼女とはうまくいってるの?」
去年の離婚記念日。新しい彼女ができたと、孝平が自慢してきた。心のどこかで破局していればいいと願いながら、万里はナポリタンを口に運んだ。
「別れた。そっちは?」
孝平も、心の中では万里がシングルでいてくれと願っていた。
「今は、仕事が忙しいから」
「そっか」
万里も孝平も、心の中でホッとしていた。カチャカチャとフォークを動かす音が、やけに大きく聴こえた。
「もし、どっちかが結婚したら、これって不倫になるのかな?」
唐突に孝平が口を開く。
「なるわけないじゃない」
万里が笑うと、孝平も笑った。
「だよなぁ。俺達、離婚してから指1本触ってないもんな」
「そうね。キスもしてないわね」
「これは、デート、じゃないのかな」
「違うと思う」
「俺達、離婚して良かったのかな」
大切にしてあげられなくて、ごめん。孝平は心の中でこっそり呟いた。結婚式の時に、一生愛すると誓った。それは、嘘じゃない。だが、結果的には万里を哀しませてしまった。離婚して、その事が痛いほどわかった。
「良かったんじゃない」
あなたの忙しさを理解してあげられなくて、ごめんね。万里は、孝平に言えない言葉を心の中だけで呟いた。結婚式の時には、ずっと支えようと決めたのに、それができなかった。離婚して、自分が本当は愛されていた事に気がついた。
「また、来年。離婚記念日に会いましょう」
笑顔で振り向く万里に、孝平は思わず指を伸ばしかけた。引き留めたら、もしかしたら戻ってきてくれるだろうか。そんな淡い期待が胸をよぎる。だが、そんなはずはない。孝平は、伸ばしかけた手を上へとあげた。
「来年までにはいい奴、見つけろよ」
「そっちこそ」
万里が笑う。
あなた以外に、ときめく人はいない。そう言ったら、あなたはどんな顔をするかしら。もし、今引き留めてくれたら、あなたの元へ戻れるのに。
かつての夫婦は、互いへの想いを秘めたまま背中を向けた。来年の離婚記念日を心待にしながら。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

処理中です...