優しさの輪が広がる

すいかちゃん

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透明な壁

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「…ねぇ、こっちを…ん?どうしてここでそんなリズムになるんだ?」
貴重な昼休み。谷川哲彦は、スマホを片手に何度も同じフレーズを繰り返していた。聴いているのは、最近若者世代に流行っているというドラマの主題歌だ。単調ではないそのリズムに、谷川はかなり悪戦苦闘していた。
「…もっと、もっと近くに来てよ。君の泣き顔を見ていた…、だ~っ」
汗だくになりながら、谷川は何度も何度も繰り返していた。有名大学を卒業し、意気揚々と入社した一流企業。上司や先輩に叱られながら、それでもなんとか出世コースには乗れた。気立てのいい妻と可愛い2人の息子。谷川の人生は、まさに薔薇色だと思っていた。が、現実はそう甘くはない。ここ最近、若い社員とのコミュニケーションがうまくいかないのだ。
管理職という立場になり、あらゆる世代の社員をまとめなくてはならないのに…。おまけに、最近は部下との接し方も注意しなくてはならない。ほんの些細な言葉が、自分の立場を危うくするのだ。
(そういえば、菅原部長が去ったな…)
谷川が長年世話になった人だった。遅刻してきた部下を注意したら、そのまま会社に来なくなったのだ。菅原は温厚な人柄で、声を荒げた事さえない。
だが、相手が不快に感じてしまったら全てパワハラ扱いなのだそうだ。結局、周囲から非難されて早期退職するしかなくなった。寂しそうに去っていった菅原と自身が重なる。そのため、谷川は必死に若者世代に溶け込もうと努力していた。
「あ、谷川さん?」
呼ばれて、谷川はあっと声を上げた。
「篠原くん、だったっけ?」
「お久しぶりです」
篠原は外部から派遣されたエンジニアで、数ヵ月前にアフリカから帰国したらしい。明るく爽やかな体育会計で、人懐っこい笑顔が印象的だ。
「何をされていたんですか?」
「え?いや、はは…」
乾いた笑顔を浮かべながら、谷川は事の経緯を説明した。てっきりバカにされるだろうと思っていたら、篠原はうんうんと大きく頷いてくれた。
「わかります。実は、俺も同じ事をしようとしてました」
「え?」
篠原はポケットからスマホを出すと、自分が練習しているという曲を聴かせてくれた。谷川には懐かしい昭和の名曲だ。
「俺、フリーランスなんでいろんな会社に行くんです。ときには、親父より上の世代の人とも…」
「なるほど」
「そうすると、なんかこう、透明な壁を感じるんですよね」
「透明な壁?」
篠原は、これまで自分が体験してきた事を話した。笑顔だがどこかよそよそししくて、深い話はできないような気がした。
「なので、懐メロでその距離を埋めようかと」
「なるほど」
世代が違うという事は、育った環境も流行った曲も違うのだと谷川は改めて知った。時代は刻々と移り変わり、懐かしいものは姿を消していく。ダイヤル式の公衆電話や駅の伝言板を知らない若者も増えている。
(話が合わないのは、お互い様なんだな)
無意識に、互いが透明な壁を作っているのかもしれない。谷川はそんな風に思った。
「今朝も息子にナンチャラカードの話をされて、ちんぷんかんぷんだった」
谷川が笑う。家庭内にも透明な壁はあったようだ。
「息子さんいるんですか?」
「2人ね。下の息子は勉強しないで遊んでばっかりなんだが…」
そういう谷川は、無意識に嬉しそうな顔をしていた。
「俺も、息子がいるんです。アフリカに行っている間に生まれた子で、大樹と名付けました」
「いい名前だね」
最近はキラキラネームなどを付ける親もいるが、シンプルで良い名前だと谷川は素直に思った。
「あ、そろそろ時間だ。それでは」
篠原が慌てて去った後、谷川は心が軽くなった気がした。そうか。若い世代は世代で悩んでいたのだ。
(そういえば…)
数ヵ月前の出来事を思い出す。満員のバスのなか、赤ちゃんを抱いた若い女性にひどい態度を取ってしまった。あの時は、部下への指導で悩んでいたのだ。
(…言い訳だな)
どんな事情であれ、自分の態度は反省しなくてはならない。
(いつか会えたら、ちゃんと謝ろう)
谷川は仕事に戻るべく屋上を後にした。









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