優しさの輪が広がる

すいかちゃん

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ブランコのおじいさん

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なんで、勉強なんてものがあるんだろう?
谷川哲は、ブランコを大きく揺らしながら空を睨んだ。真夏の空は清々しいぐらいに青くて、哲の心を更に複雑にさせる。
(…どうしよう)
足元に転がしたクシャクシャの答案用紙。算数は20点。国語は30点。理科は5点。どれもこれも、とてもではないが両親には見せられない。小3になってから、ますます成績が落ちてきた。
(きっと兄ちゃんは、満点ばかりだろうな)
3歳年上の兄・克(すぐる)は、幼い頃から優秀だった。小1から、テストで80点以下をとった事がない。両親の自慢の息子だ。それに比べて自分は…。
「はぁ」
こんな点数を出したら、きっと両親はガッカリするだろう。哲は、怒られるのは構わないのだ。だが、哀しそうな顔をする両親を見るのは辛い。
「よしっ。なかった事にしよう」
哲は答案用紙を紙飛行機に折ると、できるだけ遠くに飛ばした。どこか遠くの街まで飛んでいったら、すっきりする。ところが、紙飛行機はすぐに着地してしまった。
「なんでだよっ」
と哲が怒鳴れば、横から楽しげな笑い声が聞こえてくる。
いつの間にか、隣のブランコにおじいさんが座っていた。小柄で、笑顔がとっても優しそうだ。
「悪い事はするもんじゃないな」
「…紙飛行機飛ばすのって悪い事なの?」
おじいさんは、落ちている紙飛行機を拾うと哲へ返した。
「公園にゴミを散らかすのは、良い事か?」
哲は不貞腐れたように頬を膨らませると、ブランコを揺らした。
「学校は?」
「サボった」
「ほぉ。俺もゲートボールをサボってきたとこだ」
おじいさんがニッと笑う。哲は、おじいさんに聞かれるままに学校の事や家の事を話した。
「そんなに勉強が嫌いか?」
「嫌いだよ。だって、いつも怒られるんだもん」
哲は哲なりに、勉強だって一生懸命しているつもりだ。先生の話だってちゃんと聞いてる。なのに、なかなか成果に繋がらない。教科書を広げると、ちんぷんかんぷんな言葉が並んでいるのだ。結局、数秒で教科書は閉じてしまった。
「こんな答案用紙出したら、パパやママが哀しむ。俺、兄ちゃんとは違うから…」
「坊やは、なぜ勉強すると思う?」
「坊やじゃない。哲って言うんだ」
「では、哲くん。勉強するのは、誰のためだ?両親を喜ばせるためか?先生に誉められるためか?」
おじいさんは、勉強がいかに大切なのかを哲に聞かせた。
「勉強というのは、未来への選択肢を増やしてくれるためにあると思わないか?」
「選択肢?」
おじいさんは杖を使って、砂に1本の線を描いた。
「俺が育った家は、裕福とは言えなかった。兄弟も多かったし、ワガママは言えなかったんだ。だから、高校へは行けなかった」
「そうなの?」
哲は驚いた。高校に行くのは当たり前だと思っていたから。
「ああ。将来はエンジニアになりたかったが、諦めるしかなかった。結局、中学を出てすぐに集団就職したんだ。この道しかなかった」
「シュウダンシュウショク?」
哲には聞きなれない言葉だった。イメージとしては、20~30人の学生が1つの会社に就職する感じだ。おじいさんが笑う。
「地方の若者が集団で都会に就職する事だよ。俺は工場に勤めて、家族のために働いた」
仲間もできたし、初恋も経験できた。でも、とおじいさんが空を見上げる。
「もっと勉強がしたかったと、今でも思うんだ」
「えー、勉強なんて嫌だよ」
「実は、今も勉強してるんだ」
おじいさんがポケットから数枚のカードを出して見せてくれた。
「『ドラゴンレイヤーカーニバル』じゃん!」
数年前から流行っているアニメで、カードゲームとなってからは世界中で愛されている。哲も好きで、友達とよくバトルしていた。
「孫が好きなんだ。だから、必死に覚えたよ。『ハートナイトアタック』とかな」
おじいさんが笑う。楽しそうに。
「これまで知らなかった事がわかるというのは、楽しいぞ」
おじいさんは、1本の線に枝のようにたくさんの線を描いた。
「哲くんの線は、これからもっともっと増えていく。勉強する度に、この線は長く伸びていくんだ」
その線を見つめながら、哲が呟く。
「宇宙飛行士になれる?」
「努力しだいだな」
おじいさんが砂にスペースシャトルを描いた。
哲は、この日から勉強に力を入れるようになった。その変わりようは、両親や教師を驚かせるほどだった。だが、それは両親のためではない。兄に勝ちたいからでもない。
自分の可能性を広げるために。
公園で会ったおじいさんとの会話が、哲をほんの少しだけ成長させたのかもしれない。
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