【短編】澪の契り~虐げられて生贄となった少女が、神様の華嫁になるまで~

八重

文字の大きさ
4 / 5

第4話

しおりを挟む
 私は深く、深く頭を下げて訴えかける。

「このままでは村は救われません。私をどうか、食べてください」

 沈黙の時間がやけに長く感じた。
 ゆっくりと水神様が口を開く。

「顔をあげろ」

 ゆっくりと顔をあげた瞬間、私は水神様によって押し倒される。
 それでも私は動じず、真っすぐに彼を見た。

「怖くないのか、死ぬのが」
「はい」
「後悔はないな」
「ありません」

 その言葉を最後に、私は目を閉じて彼に身を任せる。
 しかし、何も起こらない。
 小さなため息が一つ聞こえた後、彼は言う。

「お前は真っすぐすぎだ。壊れそうで、危なっかしい」

 水神様は私の瞳を見て尋ねる。

「どうしてそんなに村を救いたい? お前を虐げた和泉家の人間の村だぞ。憎みはしないのか」

 水神様の問いかけは私の心に重くのしかかった。

(確かに、悔しいことも憎いこともないとは言えない。でも……)

 私は自分の胸元をぎゅっと握り締めて強く訴える。

「あそこには毎日一生懸命頑張って畑を耕してくれているみんながいます。『嘘つき』だと罵られた私に優しくしてくれた人がたくさん住んでる。そんなみんなが不幸になるのを黙ってみていられません!」

 私の訴えにじっと耳を傾けていた水神様は、静かに口を開く。

「わかった。村に救いの手を差し伸べよう」

(よかった……これで、村のみんなが助かる!)

 私は安心した後、水神様へもう一度お辞儀をした。

「では、こんな私ですが、食べてください」

 私はじっと彼を待った。
 すると、水神様は私に一言告げる。

「お前を食べることはない」
「え……?」

 私は思わず顔をあげる。
 水神様はどこか遠くを見ながら話していた。

「私は人間を食べたことなどない。生贄は伝承上のもので、実際は差し出された生贄は記憶を消して違う村へと送っている」
「では……」
「安心しろ、お前は生きられる」

 その瞬間、体から一気に力が抜けていった。
 気づくとぽろぽろと涙が溢れてきて、畳を濡らしている。

「私、私……」

 嗚咽混じりで言葉にならない私を水神様は優しく抱き寄せてくれた。

「落ち着け、お前を食べることはない。村も救える。だから、泣くな」

 その言葉を聞いて余計に涙が止まらない。
 自分でも気づかないうちに「死ぬ」恐怖があって、でも、それに知らないふりをしてごまかしていた。
 強気で奮い立たせてなんとかしようとしていた。
 それを水神様は気づいていたのかもしれない。

「ああ……ああ……!」

 私は一晩中泣いた。
 その間、水神様はただじっと私を抱きしめてくれていた。


 それから数日後、事件は起こった。

「うーちゃん!? うーちゃん!!」

 精霊さんがいなくなってしまったのだ。
 私がこの屋敷に来てからずっと傍にいてくれていた彼が、朝起きたら姿を消していた。

(ここにもいない……)

「はあ、はあ……」

 屋敷中のどこにも見当たらない。
 何度か庭と屋敷の中を往復した時、私の中で記憶がよみがえった。

(もしかして、また川に流されてしまったんじゃ……!)

 私は急いで屋敷の外に飛び出た。
 そして、知らずのうちに私は屋敷の結界を出てしまっていたのだ──。


 河原に着いた私は、あたりを必死に見渡す。
 昔精霊さんを助けた場所に行くが、そこにもいない。

(これ以上下流だと、一気に海まで流されちゃう……)

 そう考えながら走っていると、祠の近くにぐったりと倒れた精霊さんの姿を見つけた。

「うーちゃん!」

 駆け寄ろうとしたその時、私の後ろから声が聞こえてきた。

「あんた!!」
「奥様……お父様……」

 そこには奥様と、お父様がいた。

「お前、生贄になったはずじゃ……」

 お父様がそう告げると、奥様が声を荒らげる。

「全部あんたのせいだったのね!」

 あまりの剣幕と金切声に、私は一瞬ひるんでしまう。

「雨が降ったと思ったのに、おかしいと思ったのよ! 裏山が崩れてうちの蔵はめちゃくちゃ! おかげで財産の半分を失ったわ!」

(そんな……)

 私が生きていることを知って、奥様の怒りはおさまらない。
 勢いよく奥様は私に駆け寄ると、胸倉を掴んだ。
 
「あんたのせいよ! あんたが生きてるから!!」

 ついに奥様は懐刀を抜いて私に向かって振りかざす。

(殺されるっ!)

 しかし、いくら待っても私に痛みは起こらない。
 ゆっくりと目を開いた私の目の前には、水神様がいた。

「水神様っ!」

 私の呼びかけを聞いたお父様と奥様の目を大きく開かれた。

「水神様、だと……?」

 あまりに驚き、奥様は尻餅をついてしまう。

「我らが恩人である琴音を虐げ苦しめ、生贄とした罪は重い」
「待ってください、琴音は自分から滝に落ちて……」
「そんな嘘が私に通用すると思っているのか?」

そう言うと水神様は手で丸い水晶のようなものをつくり上げる。
 その中には奥様が私を崖から突き落とした時の様子が映し出された。

「なっ!」
「私はお前たちを許さない。これまでおこなった所業の罰として、和泉家には水の災いが降りかかるだろう」
「そんなっ! お助けください、水神様っ!」

 すがるように水神様の足にしがみついたお父様だったが、彼は冷たい視線を注ぐだけ。
 奥様も同じく唖然としている。

「さあ、帰るぞ」
「ですが……!」

 私の言葉を遮るように、水神様は屋敷へと向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もふもふ聖獣様と一つ屋根の下、ただし彼は元・公爵様です

白桃
恋愛
動物と心を通わせるユミが異世界で出会ったのは、罠にかかった白銀のもふもふ聖獣! シロと名付け一緒に暮らし始めるが、彼は超ハイスペック。 言葉を理解し、危険から守り、狩りまでこなす!? 時折見せる人間らしい憂いや知性に「まさか…」と思っていたら、案の定、彼は呪われた訳ありの公爵アレクシスだった! 元の姿に戻すため、もふもふ(たまにイケメン)と協力するうちに恋心が芽生え……。ギャップにときめく異世界ラブファンタジー。

虐げられていた黒魔術師は辺境伯に溺愛される

朝露ココア
恋愛
リナルディ伯爵令嬢のクラーラ。 クラーラは白魔術の名門に生まれながらも、黒魔術を得意としていた。 そのため実家では冷遇され、いつも両親や姉から蔑まれる日々を送っている。 父の強引な婚約の取り付けにより、彼女はとある辺境伯のもとに嫁ぐことになる。 縁談相手のハルトリー辺境伯は社交界でも評判がよくない人物。 しかし、逃げ場のないクラーラは黙って縁談を受け入れるしかなかった。 実際に会った辺境伯は臆病ながらも誠実な人物で。 クラーラと日々を過ごす中で、彼は次第に成長し……そして彼にまつわる『呪い』も明らかになっていく。 「二度と君を手放すつもりはない。俺を幸せにしてくれた君を……これから先、俺が幸せにする」

『完結・R18』公爵様は異世界転移したモブ顔の私を溺愛しているそうですが、私はそれになかなか気付きませんでした。

カヨワイさつき
恋愛
「えっ?ない?!」 なんで?! 家に帰ると出し忘れたゴミのように、ビニール袋がポツンとあるだけだった。 自分の誕生日=中学生卒業後の日、母親に捨てられた私は生活の為、年齢を偽りバイトを掛け持ちしていたが……気づいたら見知らぬ場所に。 黒は尊く神に愛された色、白は"色なし"と呼ばれ忌み嫌われる色。 しかも小柄で黒髪に黒目、さらに女性である私は、皆から狙われる存在。 10人に1人いるかないかの貴重な女性。 小柄で黒い色はこの世界では、凄くモテるそうだ。 それに対して、銀色の髪に水色の目、王子様カラーなのにこの世界では忌み嫌われる色。 独特な美醜。 やたらとモテるモブ顔の私、それに気づかない私とイケメンなのに忌み嫌われている、不器用な公爵様との恋物語。 じれったい恋物語。 登場人物、割と少なめ(作者比)

メイド令嬢は毎日磨いていた石像(救国の英雄)に求婚されていますが、粗大ゴミの回収は明日です

有沢楓花
恋愛
エセル・エヴァット男爵令嬢は、二つの意味で名が知られている。 ひとつめは、金遣いの荒い実家から追い出された可哀想な令嬢として。ふたつめは、何でも綺麗にしてしまう凄腕メイドとして。 高給を求めるエセルの次の職場は、郊外にある老伯爵の汚屋敷。 モノに溢れる家の終活を手伝って欲しいとの依頼だが――彼の偉大な魔法使いのご先祖様が残した、屋敷のガラクタは一筋縄ではいかないものばかり。 高価な絵画は勝手に話し出し、鎧はくすぐったがって身よじるし……ご先祖様の石像は、エセルに求婚までしてくるのだ。 「毎日磨いてくれてありがとう。結婚してほしい」 「石像と結婚できません。それに伯爵は、あなたを魔法資源局の粗大ゴミに申し込み済みです」 そんな時、エセルを後妻に貰いにきた、という男たちが現れて連れ去ろうとし……。 ――かつての救国の英雄は、埃まみれでひとりぼっちなのでした。 この作品は他サイトにも掲載しています。

氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました

まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」 あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。 ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。 それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。 するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。 好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。 二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。

山賊な騎士団長は子にゃんこを溺愛する

紅子
恋愛
この世界には魔女がいる。魔女は、この世界の監視者だ。私も魔女のひとり。まだ“見習い”がつくけど。私は見習いから正式な魔女になるための修行を厭い、師匠に子にゃんこに変えれた。放り出された森で出会ったのは山賊の騎士団長。ついていった先には兄弟子がいい笑顔で待っていた。子にゃんこな私と山賊団長の織り成すほっこりできる日常・・・・とは無縁な。どう頑張ってもコメディだ。面倒事しかないじゃない!だから、人は嫌いよ~!!! 完結済み。 毎週金曜日更新予定 00:00に更新します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

【完結】異世界転移した私、なぜか全員に溺愛されています!?

きゅちゃん
恋愛
残業続きのOL・佐藤美月(22歳)が突然異世界アルカディア王国に転移。彼女が持つ稀少な「癒しの魔力」により「聖女」として迎えられる。優しく知的な宮廷魔術師アルト、粗野だが誠実な護衛騎士カイル、クールな王子レオン、最初は敵視する女騎士エリアらが、美月の純粋さと癒しの力に次々と心を奪われていく。王国の危機を救いながら、美月は想像を絶する溺愛を受けることに。果たして美月は元の世界に帰るのか、それとも新たな愛を見つけるのか――。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

処理中です...