上 下
8 / 78

第8話 脱サラします!

しおりを挟む
 「大変申し訳ございませんでした」

 なんだ、この光景。 
 
「「「……」」」

 あまりに信じがたい目の前の光景に、俺たち社員は黙り込んでしまった。
 それもそのはず、

「今まで、お前ら……皆さんには大変ご迷惑をお掛けして──」

 あの・・社長が、社員たちを前にして頭を下げているのだ。
 しかも土下座という態勢で。

 昨日、俺とフクマロの初配信は大成功。
 その影響は大きく、SNSなどでも大きな話題となった。

 それからはいつもと変わらず、寝て起きて今日も出勤してきた。
 配信を見てくれたのか、社員さん達とわいわいしていたところに、こうして社長が切り出したのだ。

「これからは何卒──」

 そして社長の後ろにはニコニコとした安東会長。
 あれ、なんか会長の方がサイコパスっぽく見えてきたぞ。

 そうして、ひとしきり社長が謝罪を終えたところで、

「私からも。改めて申し訳なかった」

 安東会長も頭を下げる。

「会長!」
「やめてください!」

 昨日に続いて二度目だけど、また社員が止めようとする。

 社長が頭を下げた時は、ただぼーっと見ているだけだったのに。
 悲しいけどこれが信頼の差か。

「私がこの会社の面倒を見切れていなかった。これは私の責任です」

 会長はいくつもの会社を経営する多忙な方だ。
 社長が今の座についてから段々とブラック化していくこの会社を、見ている暇もなかったのかもしれない。

 社長は恨めども、会長を恨む気にはならなかった。
 それは他の社員たちも同じだと思う。

「では、次に──」
 
 それから社長より、今後の職場の改善や見直しの案などが出された。
 会長と決めたのか、強制的に決められたのか、今までより随分と改善されそうな気もする。

「帰宅時間が早い!」
「嬉しい!」
「時間ができるかも~」

 社長にいきなり土下座をされたことに驚きすぎて、イマイチ状況が飲み込めていなかった社員たちも、ようやくここで一息つけたのだ。

 そんな時、

「低目野君。ちょっと」
「は、はい!」

 安東会長から声が掛かる。

「……」

 これは計らずも訪れた良い機会だった。
 というのも、実は今日、ある決心をしてきた。

 それは懐に隠し持つ封筒が答えを示している。
 『退職届』だ。

「低目野君は会社には残るのかい?」
「え! あ、その……」

 連れられた会議室、会長の一言目がそれだった。
 話そうと思っていた話題と同じで、俺はつい戸惑ってしまう。

 でも、言うならここしかないか。

「実は、退職をさせていただきたいと思っておりまして……」
「ふむ」

 こんなタイミングになってしまったのは申し訳ないけど、俺は昨日から決心していた。

 配信者としてスローライフを送りたい!
 脱サラして配信者として生きていきたい!

 安東会長や、社長以外の社員は良い人だけど、別に働く事好きなわけではなかった。
 今までは他に食っていく手段がなかったけど、今は違う。

 なんならもう働きたくない!
 出勤もしたくない!

 そんな思いで、俺は胸の内を伝えた。
 でも、そう簡単にいくはずが……。

「うん。いいよ!」
「ええっ!?」

 あれえ?

「お、お言葉ですがそんなに軽く……ですか」
「ええ。それともまだ、やり残したことがありましたか?」
「いえ、特には」
「であれば問題ありません」
「……」

 ええ、っるううう~~~。

 呆然とする俺に、会長が再度口を開く。
 
「実を言いますと、今回を機に全社員に同じことをお尋ねしようと考えています」
「会社に残るかどうか、ということをですか?」
「そうです」

 会長は続けてくださる。

 今回の改革で、今までの態勢は一新。
 社長も社長じゃなくなるという。
 じゃあなんと呼べばいいのだろう。

 まあそれは置いといて、どれだけ社員が残るか、それで今後の活動方針も決めていくそうだ。
 業務や顧客の広げ方も、一から変えていこうと思っているらしい。

「その中でも君には最初に声を掛けましたが」
「なぜでしょうか」
「低目野君はフクマロ君と配信者をするのでは?」
「はい、まあ……」
 
 その返事に会長は一瞬ニヤリと笑みを浮かべた。

「今度、私からも案件を頼もうと思いましてね」
「!」

 会長がいつもと違った顔をしたように見えた。
 今の会長は優しい顔とはちょっと違った、やり手の経営者の顔だ。

 そこでようやく会長の思惑に気づく。

 会長のことだ、俺を強制的に解雇することはないと思う。
 だけど、俺を一社員として雇うより配信者として活動させて、それと有利に立ち回った方が儲かる。
 そう考えたのではないだろうか。

「私からもぜひよろしくお願いします」
「お互い様に、ですね」

 安東会長。
 底が見えない人だ。
 この人とはこれからも関係が続いていくだろう。

 会社自体は好きではなかったけど、会長を含めて良い人に出会えたのは、不幸中の幸いとも言える。

 肩の荷が下りたようで、今はとても心地いい。
 これからは配信者としてやっていきたいと思う。
 心強い仕事相手もできたことだしな。

 目指せスローライフ!
 目指せフクマロとののんびり生活!

 こうして俺は、思っていたよりずっと良い形でフリーになることができた。
 こんな退職も悪くないよね!
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

転生少女は異世界でお店を始めたい

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,598pt お気に入り:1,705

虐げられ婚約破棄された令嬢は辺境伯に愛され幸せになることで復讐します

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:142pt お気に入り:14

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:90,142pt お気に入り:29,897

CLOVER-Genuine

恋愛 / 完結 24h.ポイント:328pt お気に入り:417

異世界転移したけど、果物食い続けてたら無敵になってた

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:2,665

【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

BL / 完結 24h.ポイント:568pt お気に入り:976

異種族キャンプで全力スローライフを執行する……予定!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,889pt お気に入り:4,743

処理中です...