18 / 31
第十八話 故郷
しおりを挟む
薄暗い貨物室の中、コンテナの上に座ったフタウラ君と会話をしていたものの、気になるのはやはりコロッサスのことだった。
ケース内でも我々の会話を傍受できるのだろうか。
忌々しい。
私はこれ以上故郷に不純物を入れる気などなかったのに。
それに、私の心が波打っている原因は他にもある。
マーキナー作業員の目をかいくぐり、ようやくコンタクトできた同胞もまた、私を大いに落胆させてくれた。
今より少し前、この船に搭乗する時のことだ。
勿論同胞も私と同じ寄生型海洋系触手生命体であり、外で活動する時は何かしらの殻を被っている。
この星に資材を運搬する者として、同胞もまたマーキナーの殻を利用しているものとばかり思っていた。
だが、久しぶりに見た同胞は私の予想しない姿で現れてくれた。
「それは、なんです?」
挨拶もそこそこに、私は彼の殻について尋ねた。
身長はフタウラ君二人分くらいか。見ないうちに縮んでしまった。
「何って、アラゴナイトとカルサイト」
どちらも貝殻を構成する石である。
今の彼は、巨大な牡蠣の殻を幾重にも重ねたミノムシのように見えた。
殻と殻の隙間からにゅっと細い触手が出てきたのは、私を安心させるためだろうか。
「今は先祖返りがブームなのですか」
「ブーム? 何かが流行るほど仲間は残っちゃいないがね」
「どういうことですか」
「のんびりしてる暇ないんだろう。とっとと乗ってくれよ」
どういうことだろう。
数少ない同胞が、決死の思いで星々を跨ぎ、種の存続に必要な鍵を持ち帰ったというのにこの冷たさ。
しかし彼の言う通りである。
きっと怨敵マーキナーの本拠地でもたもたしているのがストレスなのだろう。
船内に乗り込むまでは、本当にそう思っていた。
私およびフタウラ君は貨物室に通され、文字通りのお荷物として運ばれることになった。
操舵室からの電波通信は可能なので、私は船長たる同胞へ通信を試みる。
眠りについたフタウラ君を抱える触腕に力がこもってしまう。
とても嫌な予感がする。
そういえばマーキナーに予感というものはあるのだろうか。
予測ではない、第六感が囁く生き物としてのシグナルを彼らは感じることがあるのだろうか。
「バテス、君が居てくれて本当に良かった。マーキナーの身体を部品にして売ると言い出した時は驚きましたが、おかげで無事に帰還することができます」
『昔話をする気分じゃねぇんだけどなあ』
ざらついた質の悪い音声が私の頭部パーツを介して響く。
「もうお見通しなのでしょうが、私はニンゲンを確保することに成功しました」
『へえ』
「全くの無改造です。検査の結果、健康優良体であり、保卵者としてこのうえない個体です。性格はやや疑い深く愛想に欠けますが、礼節を重んじる一面もあり、私と非常に相性がいいと言えます」
『へえ』
生返事の手本を見せろと言われたら、真っ先に今の言葉を挙げたい。
それくらい、同胞バテスの言葉は気が抜けていた。
「バテス。あまり言いたくないのですが、私の話を真面目に聞く気がありませんね?」
『……』
「黙られても困るのですが」
『困ってんのはこっちなんだよなあ』
「どういう意味ですか」
『こんなこと言いたかねえだけどよお、誰もお前が帰ってくるとは思ってなかったんだわ』
「……はい?」
それから故郷の現状および私の使命について語ったバテスは、私のと通信を一切遮断してしまった。
故郷には寄るという約束が反故にされないかが気がかりだったが、それは気に病んでも仕方のないことだった。
眠りから覚めたフタウラ君がもぞもぞと動き出す。
くすぐったい。
それからしばらくフタウラ君と話したが、彼もまたコロッサスのほうに意識がいっているようだった。
怯えのために揺れる瞳がもどかしい。
私は彼らのような戦闘種族でもなく、敵を破壊することに喜びを覚えたりもしない。
ただ静かに海底都市で暮らしていたかった。
それだけなのに、機械生命体どころか同胞にまで、それを奪われようとしている。
ヤケになり、手近な資材を振り回してこの船をデブリに変えてやろうかとさえ思った。
マーキナーの身体なら可能だ。
だが、コンテナの上で不安そうに私を見上げるフタウラ君を見ていると、どうにも腰が上がらなかった。
──運命共同体。
お前が駄目になると、俺も駄目になる。
フタウラ君の言葉がなによりのストッパーだ。
そう。
私は独りではない。
彼がいる限り、私も私の使命を潰えてはいないのだ。
『……と、……時間もすれば……が、本当に帰るのか? ………いない……」
どうやら故郷への到着も近いらしい。
勝手に通信を再開させたバテスの声はノイズに阻まれ、所々欠けているが、もうどうでもよかった。
「はい。帰ります」
『一人……何も……』
「私には新たな同胞が居ますので、ご心配なく」
それからすぐ通信は途絶えた。
もうすぐだ。
もうすぐ、故郷に堂々凱旋できる。
誰も待っていなくとも、そこが私の目的地だ。
「どうですか、我が故郷は。美しいでしょう……と言いたかったのですが」
「雨痛てぇ!」
急造のエアポートに降り立った資材運搬船は、横殴りの激しい雨に打たれながら即宙へと戻っていった。
取り残されたのはウェポンケースを背負った私とフタウラ君だけである。
天気が良ければ三百六十度大海原が見渡せるというのに、とんでもない大時化で、三角波が白い飛沫をあげながらうねっていた。
「乗せてくれよー」
私の足元でずぶ濡れのフタウラ君がうろちょろしている。これはかわいい。
私は彼を片手で掬い上げ、胸部装甲を開いて本来の私へと埋もれさせた。
最初から中に入っていれば濡れなかったものを、いっぺん外を見てみたいと言うフタウラ君の不合理な要求によってこうなっている。
私はフタウラ君の髪や身体についた雨粒を拭ってやりながら「だから言ったじゃないですか」と触手で頬をつつく。
「いや、外の空気も吸いたいなと。ここまで酷く降ってるなら言ってくれよ」
「言ってましたよ」
「そうだったっけ」
「寝ぼけていたんですか」
私はいくら雨に打たれようが問題ない。
むしろ故郷の雨はこれまでの苦労を全て洗い流してくれるシャワーのようにも思え、心地が良かった。
雨が止んだのなら、透明度の高い海に沈むモノをフタウラ君に見せてあげられるのに。
そう思ったとたん、肩にかけていたウェポンケースがガタガタと揺れ始めた。
『到着したのか! 教えてくれてもいいだろ』
「……あー忘れてました」
今すぐ海中にコレを放り投げたい。
だが、そういう訳にもいかない。余計な廃棄物で故郷を汚すわけにはいかない。
それに、フタウラ君に約束を反故にする男と思われるのも嫌だった。
しばらくの辛抱だ。
どのみちコロッサスにはもう未来はないのだから、余計な目くじらを立てるのはやめよう。
「フタウラ君。とりあえず、研究所に向かいましょう」
「研究所?」
「はい。繫殖研究所です」
「えっと、その」
どうして狼狽える必要があるのだろう。
全て承知の上で私に同行してくれたはずなのに。
もしかして、照れているのだろうか。
コロッサスのいる前で我々の目的について話したことはデリカシーに欠けたのか。
「安心してください。私には見られて興奮する趣味はありません」
「何の話!?」
フタウラ君が私の触手を引っ張るが、私はそのまま海へと飛び込んだ。
つづく
ケース内でも我々の会話を傍受できるのだろうか。
忌々しい。
私はこれ以上故郷に不純物を入れる気などなかったのに。
それに、私の心が波打っている原因は他にもある。
マーキナー作業員の目をかいくぐり、ようやくコンタクトできた同胞もまた、私を大いに落胆させてくれた。
今より少し前、この船に搭乗する時のことだ。
勿論同胞も私と同じ寄生型海洋系触手生命体であり、外で活動する時は何かしらの殻を被っている。
この星に資材を運搬する者として、同胞もまたマーキナーの殻を利用しているものとばかり思っていた。
だが、久しぶりに見た同胞は私の予想しない姿で現れてくれた。
「それは、なんです?」
挨拶もそこそこに、私は彼の殻について尋ねた。
身長はフタウラ君二人分くらいか。見ないうちに縮んでしまった。
「何って、アラゴナイトとカルサイト」
どちらも貝殻を構成する石である。
今の彼は、巨大な牡蠣の殻を幾重にも重ねたミノムシのように見えた。
殻と殻の隙間からにゅっと細い触手が出てきたのは、私を安心させるためだろうか。
「今は先祖返りがブームなのですか」
「ブーム? 何かが流行るほど仲間は残っちゃいないがね」
「どういうことですか」
「のんびりしてる暇ないんだろう。とっとと乗ってくれよ」
どういうことだろう。
数少ない同胞が、決死の思いで星々を跨ぎ、種の存続に必要な鍵を持ち帰ったというのにこの冷たさ。
しかし彼の言う通りである。
きっと怨敵マーキナーの本拠地でもたもたしているのがストレスなのだろう。
船内に乗り込むまでは、本当にそう思っていた。
私およびフタウラ君は貨物室に通され、文字通りのお荷物として運ばれることになった。
操舵室からの電波通信は可能なので、私は船長たる同胞へ通信を試みる。
眠りについたフタウラ君を抱える触腕に力がこもってしまう。
とても嫌な予感がする。
そういえばマーキナーに予感というものはあるのだろうか。
予測ではない、第六感が囁く生き物としてのシグナルを彼らは感じることがあるのだろうか。
「バテス、君が居てくれて本当に良かった。マーキナーの身体を部品にして売ると言い出した時は驚きましたが、おかげで無事に帰還することができます」
『昔話をする気分じゃねぇんだけどなあ』
ざらついた質の悪い音声が私の頭部パーツを介して響く。
「もうお見通しなのでしょうが、私はニンゲンを確保することに成功しました」
『へえ』
「全くの無改造です。検査の結果、健康優良体であり、保卵者としてこのうえない個体です。性格はやや疑い深く愛想に欠けますが、礼節を重んじる一面もあり、私と非常に相性がいいと言えます」
『へえ』
生返事の手本を見せろと言われたら、真っ先に今の言葉を挙げたい。
それくらい、同胞バテスの言葉は気が抜けていた。
「バテス。あまり言いたくないのですが、私の話を真面目に聞く気がありませんね?」
『……』
「黙られても困るのですが」
『困ってんのはこっちなんだよなあ』
「どういう意味ですか」
『こんなこと言いたかねえだけどよお、誰もお前が帰ってくるとは思ってなかったんだわ』
「……はい?」
それから故郷の現状および私の使命について語ったバテスは、私のと通信を一切遮断してしまった。
故郷には寄るという約束が反故にされないかが気がかりだったが、それは気に病んでも仕方のないことだった。
眠りから覚めたフタウラ君がもぞもぞと動き出す。
くすぐったい。
それからしばらくフタウラ君と話したが、彼もまたコロッサスのほうに意識がいっているようだった。
怯えのために揺れる瞳がもどかしい。
私は彼らのような戦闘種族でもなく、敵を破壊することに喜びを覚えたりもしない。
ただ静かに海底都市で暮らしていたかった。
それだけなのに、機械生命体どころか同胞にまで、それを奪われようとしている。
ヤケになり、手近な資材を振り回してこの船をデブリに変えてやろうかとさえ思った。
マーキナーの身体なら可能だ。
だが、コンテナの上で不安そうに私を見上げるフタウラ君を見ていると、どうにも腰が上がらなかった。
──運命共同体。
お前が駄目になると、俺も駄目になる。
フタウラ君の言葉がなによりのストッパーだ。
そう。
私は独りではない。
彼がいる限り、私も私の使命を潰えてはいないのだ。
『……と、……時間もすれば……が、本当に帰るのか? ………いない……」
どうやら故郷への到着も近いらしい。
勝手に通信を再開させたバテスの声はノイズに阻まれ、所々欠けているが、もうどうでもよかった。
「はい。帰ります」
『一人……何も……』
「私には新たな同胞が居ますので、ご心配なく」
それからすぐ通信は途絶えた。
もうすぐだ。
もうすぐ、故郷に堂々凱旋できる。
誰も待っていなくとも、そこが私の目的地だ。
「どうですか、我が故郷は。美しいでしょう……と言いたかったのですが」
「雨痛てぇ!」
急造のエアポートに降り立った資材運搬船は、横殴りの激しい雨に打たれながら即宙へと戻っていった。
取り残されたのはウェポンケースを背負った私とフタウラ君だけである。
天気が良ければ三百六十度大海原が見渡せるというのに、とんでもない大時化で、三角波が白い飛沫をあげながらうねっていた。
「乗せてくれよー」
私の足元でずぶ濡れのフタウラ君がうろちょろしている。これはかわいい。
私は彼を片手で掬い上げ、胸部装甲を開いて本来の私へと埋もれさせた。
最初から中に入っていれば濡れなかったものを、いっぺん外を見てみたいと言うフタウラ君の不合理な要求によってこうなっている。
私はフタウラ君の髪や身体についた雨粒を拭ってやりながら「だから言ったじゃないですか」と触手で頬をつつく。
「いや、外の空気も吸いたいなと。ここまで酷く降ってるなら言ってくれよ」
「言ってましたよ」
「そうだったっけ」
「寝ぼけていたんですか」
私はいくら雨に打たれようが問題ない。
むしろ故郷の雨はこれまでの苦労を全て洗い流してくれるシャワーのようにも思え、心地が良かった。
雨が止んだのなら、透明度の高い海に沈むモノをフタウラ君に見せてあげられるのに。
そう思ったとたん、肩にかけていたウェポンケースがガタガタと揺れ始めた。
『到着したのか! 教えてくれてもいいだろ』
「……あー忘れてました」
今すぐ海中にコレを放り投げたい。
だが、そういう訳にもいかない。余計な廃棄物で故郷を汚すわけにはいかない。
それに、フタウラ君に約束を反故にする男と思われるのも嫌だった。
しばらくの辛抱だ。
どのみちコロッサスにはもう未来はないのだから、余計な目くじらを立てるのはやめよう。
「フタウラ君。とりあえず、研究所に向かいましょう」
「研究所?」
「はい。繫殖研究所です」
「えっと、その」
どうして狼狽える必要があるのだろう。
全て承知の上で私に同行してくれたはずなのに。
もしかして、照れているのだろうか。
コロッサスのいる前で我々の目的について話したことはデリカシーに欠けたのか。
「安心してください。私には見られて興奮する趣味はありません」
「何の話!?」
フタウラ君が私の触手を引っ張るが、私はそのまま海へと飛び込んだ。
つづく
29
あなたにおすすめの小説
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
悪役令嬢の兄、閨の講義をする。
猫宮乾
BL
ある日前世の記憶がよみがえり、自分が悪役令嬢の兄だと気づいた僕(フェルナ)。断罪してくる王太子にはなるべく近づかないで過ごすと決め、万が一に備えて語学の勉強に励んでいたら、ある日閨の講義を頼まれる。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる