高貴なる竜人族の俺が人間と一緒にジャンクフードなど食べるわけがなかろう

青野イワシ

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カウチポテト族の夜【1】

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 巡はワンコイン海鮮丼屋の袋を片手に、ネックホルダーのIDカードを翳して休憩室のセキュリティロックを解除する。
 軽い電子音。扉を開けると、いつものように賑やかな話声。
 丁度他の階の昼休憩とぶつかる時間帯のため、休憩室の丸テーブルは殆どが社員で埋まっている。
 巡は壁に沿うようにして置かれている三人掛けの長テーブルへ向かい、その右端の席にビニール袋を置いた。
 この席はテレビモニターに背を向ける恰好となるため、人気がない。
 雑然とした休憩室で一際喧しいのは、テレビから流れる妙にはきはきとした女性レポーターの声だ。
『──お話お伺いしたいと思います。あの、開店前から長蛇の列とのことですが』
 レポーターの質問に嗄れ声の男の声が、迷惑そうだがどこか弾んだ声で答える。
『まぁね。困ったもんだよね。なんてったって朝五時からだよ? ウチはね、親の代からここで百年近く八百屋やってるけどね、こんなこと初めてだね。うちには置いてないって言ってもウソだウソだって、参っちゃうよ』
『そうですかぁー。それは大変でしたね。やはり幻のヤマブキイロ、そう簡単には手に入らないみたいです』
 世の中、何が流行るか分からない。
 巡は小袋の口を切ってネギトロ丼の上に醤油を回しかけていく。
「ジャガイモなんてどれも同じじゃない?」
 全国的に品薄中なジャガイモのニュースを見た中年女性社員が、訝し気な様子で零している。
「でもやっぱり違うみたいよ。うちの娘の友達の親の親戚が農協に勤めてるんだけど、貰って食べたら美味しかったって」
「あらそう。いいわねぇ」
 ヤマブキイロ。
 それは数カ月前までは、一般人にはなじみの薄いただのブランドジャガイモだった。
 主にハイクラスの料理店に卸されるほかは、大都市にしか展開していない高級スーパーにひっそりと置かれている程度であった。
 それがここまで注目された理由は、ひとえにインフルエンサー達の働きが大きい。
 国内最大手バーガーチェーンが有名料理研究家ストリーマーと種族混合男性アイドルとを引き合わせ、PRのために料理動画を出した結果がこれだった。
 他のストリーマーや一般SNSユーザーやファン達がこぞって”作ってみた””食べてみた”を作り上げ、ネットの海に放流する。
 そして元々のモノが良かったせいもあってか、動画やレビュー投稿者は過剰にヤマブキイロの味を褒めたたえる始末だ。
 元々の流通先が限られていること、食品の転売が厳しく規制されたばかりであること、それらも相まってヤマブキイロは今現在グルメ漫画に出てくるような幻の食材と化していた。
 最近では許可を得ていない怪しいリヤカー販売が駅前に出たとか、トラックや農協を襲撃する計画があるだとか、中々に物騒な話題が噂話となってインターネット内を彷徨っている。
 本当に袖の下になりそうな勢いだな。ジャガイモが賄賂になる日も近いかもしれない。
 巡がそんなことを考えながらネギトロ丼をかきこんでいると、卓上に置いた携帯の画面に新規メッセージの通知が来た。
 普段は使わないSMS。
 巡はぴたりと動きを止め、箸を静かに丼の上へ置く。
 携帯を手に取り、メッセージウィンドウをタップした。

[私は竜人をやめようと思う]

 唐突な書き出しに、巡は呑み込みかけていた白米を噴きそうになった。
 咽ながらビニール袋に入れていた緑茶のペットボトルを取り出す。
 すっきりとした苦みで飯粒達を無理矢理流し込みながら、メシ友・・・の突拍子もないメッセージの続きを読むことにした。



 好奇心は猫をも殺す。
 猫に九つの魂があるというのなら、竜はどれほどだろうか。
 そして、基本的に一つしか持っていない人間はどうなる。
 巡は、帰りの電車の座席に深く腰掛けながら、携帯画面に映る昼間に届いたメッセージを眺めている。
 返信はまだしていない。
 そこには、ざっとかい摘まむとこのようなことが書かれていた。

 私は竜人族ではなく、カウチポテト族になろうと思う。
 さらに、共食いという禁忌も犯すことに決めた。
 だが、私はながら食べをしたことがない。
 ジャンクフードを摘まみながら何を観ればよいのが適当か見当がつかない。
 君の力を貸してほしい。
 君が、私の家に泊まりに来てほしい。
 一人では心もとないため、どうか一緒にソファー上のジャガイモになってほしい。
 私に怠惰な夜の過ごし方を教示してはくれないだろうか。

 クルは頭がおかしくなってしまったのだろうか。
 ジャンクフードにもオーバードーズというものが存在するのか。
 巡はどう返事をしたらいいものか、昼からずっと悩み続けていた。
 つるりとした携帯カバーの感触が、次第にクルの手の感を触を思い起こさせてくる。
 あの日、自分はしばらく長年付き添った番のように、クルと手を繋いだまま公園内で過ごしていた。
 不可抗力だった、機嫌を損ねたくなくてそのままだった。
 そうは思うが、巡は自分が手を振りほどかないだけの理由を探しているかのように思えて仕方ない気持ちに駆られている。
 嫌じゃなかった。嫌では。それ以上でもそれ以下でもない。
 向こうだってそのはずだ。幼稚園児でもあるまいし、そんなことで深い仲になったと考えるはずがない。
 だが、今回はどうだ。
 泊りの誘い。
 宅で一緒に映画でも見てダラダラ過ごす。
 学生時代、同族の男同士で酒盛りしながら朝を迎えたことは何度かあった。
 慣れない煙草を咥えてみたり、度数の強い酒を水割りせず飲んでみたり、大人側へ足を踏み入れたことに内心はしゃいでいたことを思い出す。
 クルもそうか。そうだといいが。
 だが、相手はヒトではない。
 謎ので生きている、雲の上の竜人様だ。
 あれから巡はネットでの情報収集に加え、書籍でも他種族のセオリー、特に竜人に関することについてちまちまと調べを進めていた。
 巡が欲しい情報は殆ど出てこなかったが、それでもひとつ気がかりな情報を掴んでいる。
 竜がまだヒトに寄らない原種に近しい姿であった頃、邪悪で強欲な竜が宝物を巣穴へ溜め込んだが最後、決して誰にも渡すことは無かったという。
 発禁本とされる、かなり古い時代の外洋制絵本には、金銀財宝と姫やら王子やらを奪い去った悪い竜を退治する英雄譚が多かったという。
 その流れかは不明だが、私的に竜人の家を訪ねることは、何をされても承知の上という暗黙の了解と同義と唱える異種族民俗学者もいた。

 君が本当に嫌でなければ。
 巡は添えられた気遣いの言葉を勘ぐっている自分に気づく。
 そしてそれに反して、が見てみたいという、俗な願望が頭をもたげている。
 都心でありながら陸の孤島と呼ばれる一等地に住み、プライベートでは他種族と関わりの薄い竜人の家がどうなっているのか、一般的にはあまり知られていない。
 おいそれと私生活を切り売りするような者もおらず、そういう類の仲間ともつるまないようだ。
 おとぎ話のように、骨とう品なんかに埋もれて暮らしているのかもしれない。
 ヘンな家具とか、ヘンな間取りとか、そういったものに囲まれた可笑しな家に住んでるかもしれない。
 なによりイイモノを飲み食いしているだろうから、ジャンク以外の何かがあるはずだ。
 行くのか。行かないのか。
 巡はしばらく迷っていたが、降車駅を告げるアナウンスが流れる頃には、返信の入力を済ませ、送信ボタンに親指をかけていた。

 つづく
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