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03 長い夜の始まり
16 追跡者
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スマホに着信があった、ような気がした。
フーベルトは起き上がり、辺りを見回す。
隣のベッドは空だ。ミーナがいない。
「な? なんでだ?」
シャワーを浴びなおしているのかと思ってユニットバスをノックしたが返事がなかった。
扉を開けても誰もいない。
「……ミーナはどこにいった?」
寝ている間に連れ去られたのかと思ったが、それはおかしい。
さすがに寝ていても気づくはずだし、それでフーベルトが放置される理由もわからない。
なら自分の足で出ていったのだろうか。
それこそ意味がわからない。
そんなことをする理由があるとは思えなかった。
混乱したフーベルトはズボンの左ポケットに手を突っ込んだが、スマホが入っていなかった。
「……あれ?」
右のポケットからスマホを取り出し、時刻を確認する。
寝ていた時間は二時間ほどのようだった。
最後にミーナが部屋にいたのがいつなのか、見当もつかないが、いなくなってから二時間が過ぎているなら見つけるのは難しい。
(くそ、落ち着け……ミーナが自分の意志で部屋を出ていったと仮定する。その場合、何が目的だ?)
見当もつかない。
今のミーナに、行く当てなどないはず。
だが、自分の意思で部屋を出ていったのなら、どこか目的地があるはず。
書置きの一つでもないのかと辺りを見回し、枕元にメモが残されているのに気付いた。
手に取って読んでみる。
そこには、ミーナが一人で行くことを決意した理由、フーベルトへの感謝と謝罪、そしてミーナなりに考えた『真犯人』の名前とその根拠が書かれていた。
「あいつ、何考えてるんだ……」
フーベルトは理解した。ミーナは『真犯人』に会いに行ったのだ。
だが、一人で行って、真犯人と会って、その後どうしようというのか。
ミーナの考えが間違っていたら通報されるし、万が一にも正しかったらその場で殺されてしまう。
いや、それこそが目的なのかもしれない。
ただ、フーベルトから離れた場所で一人で死ぬことが。
もちろんフーベルトは、手遅れとわかっていても探しに行くしかない。
迷惑をかけたくないから出ていきます、と言われて、はいそうですか、と追いかけないような人間は、最初から人助けなどしない。
フーベルトは部屋を飛び出す。
ミーナの行き先は学校だろう。
今から行って間に合うとは思えないが、他に仕方がない。
だが、エレベーターで一階のロビーまで下りたところで足が止まった。
銀縁メガネの軍人が受付の男と何か話していた。
プロトだ。
もう追いついてきている。
受付の男は嫌そうな顔で、質問に答えている。
(まずい)
エレベーターで二階まで戻る。
裏口から逃げようかと思ったが、それは待ち伏せの危険がある。
(いや、プロトは一人で来ている。他に誰かいるとしても、それほど人数を用意できてないんじゃないか? それなら、裏口をふさぐのに人を使って、正面を放置しているかもしれない)
フーベルトはエレベーターの前で待つ。
この後、プロトはエレベーターを使って、フーベルトが部屋を取った階まで移動するだろう。
だからフーベルトはエレベーターが動き出したら、隣の非常階段で一階に降りて、正面からホテルを出る。
それでこの場はしのげるはずだ。
ミーナに追いつけるかは微妙だが、他に手はない。
エレベーターが一階まで降りる。そして、動かなかった。
何に手間取っているのだろう、とフーベルトが不審に思いはじめたころに……隣の非常階段の扉が開いた。
「フーベルト・アシアス。君にいくつか聞きたいことがあるのだが……」
出てきたのはプロトだ。
エレベーターは一階に止まったままだ。ストッパーか何かをかけているのか。
確かに、逆の立場ならフーベルトも目的の階まで素直にエレベーターで移動したりはしない。
エレベーターを封鎖してから、階段で移動するのも理解できる。
だが、どうして二階にいると断定できるのか。
これはもう、一般論のレベルを超えて、完全に行動を先読みされている。
「急いでいるんだ、通してくれ」
「私の考えが正しければ、君は急いでいないはずだ。これから基地に帰って尋問を受ける予定だからな……自分の尋問を急ぎたがる人間など、私は会ったことがないぞ」
「……くそっ」
フーベルトは踵を返して走る。
非常階段はもう一つあるはず。
だが、そっちの非常階段の扉を開けた所で、進めなくなる。
「こっちから逃げる気ですか?」
アサルトライフルを抱えて、階段の上から降りてくる女。
ヨランドだ。
よくわからないが、二階にいると知っていたわけではなく、他の階に逃げた場合も、制圧済みらしい。
「くっ……」
フーベルトは廊下の端の窓に駆け寄る。
アヌビス拳銃を抜いてグリップを叩きつけると、ガラスは簡単に割れた。
数メートル下の路地に飛び降りる。しびれる足で逃げようと辺りを見回し、無理だと悟った。
ヨランドがいた。左右に、五人ずつ。
「どうなってるんだ……。姉妹が多いのか?」
「私は一人しかいませんよ。武器は捨ててください」
フーベルトは十人のヨランドを見回す。本物が一人しかいないなら、残りは幻覚か分身なのか。
口が動いているのは一人だが、それが本物という証拠がない。
階段の所にいたのも喋っていた。
それなら、分身であっても、構えているアサルトライフルの攻撃力も本物かもしれない。
どんな魔術なのかわからない上に、物量で攻められている。
勝ち目があるとは思えなかった。
アヌビス拳銃を路面に置き、膝をつき、両手を頭にのせる。
ヨランドの一人が前に出て拳銃を拾い、静かに退がった。
「いい判断ですね。プロトは、あなたがシールドデバイスを使って悪あがきをするだろうと言っていましたが……」
「十一人が分身の最大数だとしても弾が足りない。……本当はもっと多いんだろ?」
「誉め言葉と受け取っておきましょう」
ヨランドは微笑む。
「君は本当にヨランドなのか」
「はい」
「……フランツは、君が撃たれて死んだと言っていた。あれは誤報だったのか?」
「とりあえず、今生きているのは確かですね」
「じゃあ、俺たちが戦う理由ってあるのか?」
「どうでしょう? 私は、あなたが軍を裏切ったと聞きました。あれも誤報だといいのですが……実際はどうなのですか?」
事実だ、としか言いようがなかった。
フーベルトはヨランドの顔を見る。
「ミーナを殺すのか?」
「情報が優先ですが、必要となれば殺害するかもしれません。ところで、彼女はどこに?」
「答えると思うか?」
正直に『真犯人』を教えるのはダメだ。
ヨランドは即座に軍に通報し、16番街にいる軍が学校周辺に集結するだろう。
軍が間に合わず『真犯人』に殺されるか、そうなる前に軍に殺されるか。
どちらにしてもミーナは死ぬ。
ここを切り抜けて、軍もミーナすらも先回りし、学校に戻るしかない。
そのためには、とにかくここで捕まるわけには行かなかったのだが……
プロトがホテルの裏口から出てくる。
「君は相手の裏の裏をかくのが好きなようだが、一人で全ての逃走ルートを塞げる魔術があるかもしれないとは思わなかったのかね」
「そんな使い手に追い掛け回されたのは今回が初めてでね」
「当然だな、その時は必ず捕まるのだから。……もういいぞ」
プロトはヨランドの一体からフーベルトの拳銃を受け取り、左から三番目ぐらいの場所にいたヨランドに渡す。
何人もいたヨランドがその一人に収束した。
それが、他とどう違ったのかよくわからないが、プロトには見分けがついているらしい。
プロトはフーベルトの前に立つ。
「さてと、君にはいくつか聞きたいことがある。全ての質問にノーと答えろ」
「断る」
これは前にも体験している。
どこまで情報を隠せるかは微妙だが、やってみるしかない。
「ミーナ・ニアルガを十六番街から脱出させたのは君だな?」
「違う」
「ミーナはまだこの近くにいるのか」
「いいや、今頃は島の外だろう」
「どこに行ったか知っているな?」
「ハワイだよ」
「……おまえは軍を裏切ったのか?」
「ある意味その通りだ」
「人間は滅びるべきだと思うか?」
「神がそう望むなら」
「……君は自殺志願者か?」
「塩漬けならコンビーフとかは嫌いじゃないな」
これはちょっとしたジョークのつもりだったのだが、流石のプロトもイラっと来たらしい。
「真面目に答えろ! さもなきゃ君がハムにされかねないぞ!」
「悪かったよ、まじめにやる」
「まったく! 君は質問にでたらめな答えをすれば、私を混乱させられると思っているのか?」
「そうかも知れない」
「本当は急いでどこかに行かなければならないのだろう?」
「こんな夜更けにか?」
「軍を裏切った動機は何だ? 金か?」
「さあな」
「女か?」
「違う」
「ミーナ自身か?」
「……」
「抱いたのか? それとも向こうから誘ってきたのか?」
「バカを言うな! そんなんじゃない……」
フーベルトが言い返すと、プロトはにやにや笑う。
「面白いな。その怒りは本物のようだ。だからこそ、その入れ込みようは逆に不自然でもある……」
「……」
「客観的に見て特別な人間などいない。数日前に会ったばかりの者のために、命を賭ける理由はなんだ?」
「理由なんかない」
と、ヨランドがプロトに告げる。
「あの、彼の妹は数年前に*んでいます。ダイル化して……」
「知っているが。まさかミーナ・ニアルガを*んだ自分の妹と重ねているというのか? 馬鹿げている」
「悪かったな」
なぜかフーベルトには会話の一部が聞き取れなかったので、最後の部分にだけ答えておいた。
もちろんフーベルト自身、馬鹿げているという自覚はあった。だが、命を懸ける理由なんて、だいたい馬鹿げている物だ。
だがプロトは、まるで憐れむような目でプロトを見下ろす。
「待て。君の妹は今どこで何をしている?」
「知らない」
「……地球上のどこかで生きていると思っているのか?」
「そりゃそうだ……」
当たり前のことを聞かれる理由が不明だった。
だがプロトは恐れおののいて退がる。
「ありえん、なんだこいつは? 自分の妹が*んだことを理解できていないのか? しかも目の前でそんな会話をされて反論してこないということは、その部分だけ難聴でも発生しているのか? マルヴァジタはどこからこんな逸材を見つけてきたんだ?」
「記録によると、しばらく入院していたようです、特殊な病院に」
「退院はともかく、前線復帰が許された理由はなんだ? 誰がこいつに武器の携行許可を出した?」
「不明です、でも、たぶん」
「そうだろうな。奴がかかわっているならなんだってあり得る」
プロトはため息をつく。
「まあいい。それならミーナが死ぬのは嫌だろうな。さっさと協力した方がお互いのためだぞ」
「騙されないぞ」
「ミーナは君に黙って出ていったんだな?」
「心で分かり合えているさ」
「いい加減にしろ! このマヌケが! 行き先が書かれたメモか何かが残されていたか?」
「昨日のことは忘れた」
「それは、今君が身に着けているのかね?」
「ホテルの部屋に置いてきた」
「……はぁ」
プロトはため息をつくとヨランドの方を見る。
「どこだ?」
「右の尻ポケットですね」
なぜか、隠しているメモの場所を言い当てられた。
フーベルトはプロトに後ろから蹴倒され、路面に押さえつけられた。
尻ポケットのメモが奪われる。
プロトは中身に素早く目を通し、苦々しい顔になった。
「くそっ……これが本当なら完全に手遅れじゃないか。ミーナの姿を最後に確認したのはいつだ?」
「二時間前、それ以後のことはわからない」
フーベルトは諦めて正直に答える。
プロトは鼻で笑う。
「はっ! おまえは本当にダメな男だ。軍の規則も命令も守れない。そして自分が守りたい物も守れないのか」
「……」
言い返す言葉もなかった。
「まあいい、このメモは本部に送っておく。上がどこまで信じるかは不明だが、この「真犯人」が正しいかどうかはすぐわかるだろう」
「待ってくれ! ミーナは? ミーナはどうなる?」
フーベルトは、救いを求めるようにプロトに手を伸ばす。
だが、プロトは静かに首を横に振る。
「ダイル化の第三段階に達した人間は、基本的に助からない。諦めろ」
「……」
「私から君にするべき質問はもう何もない。だが捕縛命令が出ている。来てもらうぞ」
プロトはどこかに止めてある車に向けて歩き出し、ヨランドはフーベルトの後ろに回り込む。
フーベルトは隙をついて逃げることも考えたが、ホテルの三階の窓から、ヨランドの分身がこちらを見下ろしているのに気づいて、諦めた。
「分身は、何人いるんだ?」
フーベルトが聞くと、意外にもヨランドは答えてくれた。
「100人ぐらいまでなら、自由自在ですよ」
フーベルトは起き上がり、辺りを見回す。
隣のベッドは空だ。ミーナがいない。
「な? なんでだ?」
シャワーを浴びなおしているのかと思ってユニットバスをノックしたが返事がなかった。
扉を開けても誰もいない。
「……ミーナはどこにいった?」
寝ている間に連れ去られたのかと思ったが、それはおかしい。
さすがに寝ていても気づくはずだし、それでフーベルトが放置される理由もわからない。
なら自分の足で出ていったのだろうか。
それこそ意味がわからない。
そんなことをする理由があるとは思えなかった。
混乱したフーベルトはズボンの左ポケットに手を突っ込んだが、スマホが入っていなかった。
「……あれ?」
右のポケットからスマホを取り出し、時刻を確認する。
寝ていた時間は二時間ほどのようだった。
最後にミーナが部屋にいたのがいつなのか、見当もつかないが、いなくなってから二時間が過ぎているなら見つけるのは難しい。
(くそ、落ち着け……ミーナが自分の意志で部屋を出ていったと仮定する。その場合、何が目的だ?)
見当もつかない。
今のミーナに、行く当てなどないはず。
だが、自分の意思で部屋を出ていったのなら、どこか目的地があるはず。
書置きの一つでもないのかと辺りを見回し、枕元にメモが残されているのに気付いた。
手に取って読んでみる。
そこには、ミーナが一人で行くことを決意した理由、フーベルトへの感謝と謝罪、そしてミーナなりに考えた『真犯人』の名前とその根拠が書かれていた。
「あいつ、何考えてるんだ……」
フーベルトは理解した。ミーナは『真犯人』に会いに行ったのだ。
だが、一人で行って、真犯人と会って、その後どうしようというのか。
ミーナの考えが間違っていたら通報されるし、万が一にも正しかったらその場で殺されてしまう。
いや、それこそが目的なのかもしれない。
ただ、フーベルトから離れた場所で一人で死ぬことが。
もちろんフーベルトは、手遅れとわかっていても探しに行くしかない。
迷惑をかけたくないから出ていきます、と言われて、はいそうですか、と追いかけないような人間は、最初から人助けなどしない。
フーベルトは部屋を飛び出す。
ミーナの行き先は学校だろう。
今から行って間に合うとは思えないが、他に仕方がない。
だが、エレベーターで一階のロビーまで下りたところで足が止まった。
銀縁メガネの軍人が受付の男と何か話していた。
プロトだ。
もう追いついてきている。
受付の男は嫌そうな顔で、質問に答えている。
(まずい)
エレベーターで二階まで戻る。
裏口から逃げようかと思ったが、それは待ち伏せの危険がある。
(いや、プロトは一人で来ている。他に誰かいるとしても、それほど人数を用意できてないんじゃないか? それなら、裏口をふさぐのに人を使って、正面を放置しているかもしれない)
フーベルトはエレベーターの前で待つ。
この後、プロトはエレベーターを使って、フーベルトが部屋を取った階まで移動するだろう。
だからフーベルトはエレベーターが動き出したら、隣の非常階段で一階に降りて、正面からホテルを出る。
それでこの場はしのげるはずだ。
ミーナに追いつけるかは微妙だが、他に手はない。
エレベーターが一階まで降りる。そして、動かなかった。
何に手間取っているのだろう、とフーベルトが不審に思いはじめたころに……隣の非常階段の扉が開いた。
「フーベルト・アシアス。君にいくつか聞きたいことがあるのだが……」
出てきたのはプロトだ。
エレベーターは一階に止まったままだ。ストッパーか何かをかけているのか。
確かに、逆の立場ならフーベルトも目的の階まで素直にエレベーターで移動したりはしない。
エレベーターを封鎖してから、階段で移動するのも理解できる。
だが、どうして二階にいると断定できるのか。
これはもう、一般論のレベルを超えて、完全に行動を先読みされている。
「急いでいるんだ、通してくれ」
「私の考えが正しければ、君は急いでいないはずだ。これから基地に帰って尋問を受ける予定だからな……自分の尋問を急ぎたがる人間など、私は会ったことがないぞ」
「……くそっ」
フーベルトは踵を返して走る。
非常階段はもう一つあるはず。
だが、そっちの非常階段の扉を開けた所で、進めなくなる。
「こっちから逃げる気ですか?」
アサルトライフルを抱えて、階段の上から降りてくる女。
ヨランドだ。
よくわからないが、二階にいると知っていたわけではなく、他の階に逃げた場合も、制圧済みらしい。
「くっ……」
フーベルトは廊下の端の窓に駆け寄る。
アヌビス拳銃を抜いてグリップを叩きつけると、ガラスは簡単に割れた。
数メートル下の路地に飛び降りる。しびれる足で逃げようと辺りを見回し、無理だと悟った。
ヨランドがいた。左右に、五人ずつ。
「どうなってるんだ……。姉妹が多いのか?」
「私は一人しかいませんよ。武器は捨ててください」
フーベルトは十人のヨランドを見回す。本物が一人しかいないなら、残りは幻覚か分身なのか。
口が動いているのは一人だが、それが本物という証拠がない。
階段の所にいたのも喋っていた。
それなら、分身であっても、構えているアサルトライフルの攻撃力も本物かもしれない。
どんな魔術なのかわからない上に、物量で攻められている。
勝ち目があるとは思えなかった。
アヌビス拳銃を路面に置き、膝をつき、両手を頭にのせる。
ヨランドの一人が前に出て拳銃を拾い、静かに退がった。
「いい判断ですね。プロトは、あなたがシールドデバイスを使って悪あがきをするだろうと言っていましたが……」
「十一人が分身の最大数だとしても弾が足りない。……本当はもっと多いんだろ?」
「誉め言葉と受け取っておきましょう」
ヨランドは微笑む。
「君は本当にヨランドなのか」
「はい」
「……フランツは、君が撃たれて死んだと言っていた。あれは誤報だったのか?」
「とりあえず、今生きているのは確かですね」
「じゃあ、俺たちが戦う理由ってあるのか?」
「どうでしょう? 私は、あなたが軍を裏切ったと聞きました。あれも誤報だといいのですが……実際はどうなのですか?」
事実だ、としか言いようがなかった。
フーベルトはヨランドの顔を見る。
「ミーナを殺すのか?」
「情報が優先ですが、必要となれば殺害するかもしれません。ところで、彼女はどこに?」
「答えると思うか?」
正直に『真犯人』を教えるのはダメだ。
ヨランドは即座に軍に通報し、16番街にいる軍が学校周辺に集結するだろう。
軍が間に合わず『真犯人』に殺されるか、そうなる前に軍に殺されるか。
どちらにしてもミーナは死ぬ。
ここを切り抜けて、軍もミーナすらも先回りし、学校に戻るしかない。
そのためには、とにかくここで捕まるわけには行かなかったのだが……
プロトがホテルの裏口から出てくる。
「君は相手の裏の裏をかくのが好きなようだが、一人で全ての逃走ルートを塞げる魔術があるかもしれないとは思わなかったのかね」
「そんな使い手に追い掛け回されたのは今回が初めてでね」
「当然だな、その時は必ず捕まるのだから。……もういいぞ」
プロトはヨランドの一体からフーベルトの拳銃を受け取り、左から三番目ぐらいの場所にいたヨランドに渡す。
何人もいたヨランドがその一人に収束した。
それが、他とどう違ったのかよくわからないが、プロトには見分けがついているらしい。
プロトはフーベルトの前に立つ。
「さてと、君にはいくつか聞きたいことがある。全ての質問にノーと答えろ」
「断る」
これは前にも体験している。
どこまで情報を隠せるかは微妙だが、やってみるしかない。
「ミーナ・ニアルガを十六番街から脱出させたのは君だな?」
「違う」
「ミーナはまだこの近くにいるのか」
「いいや、今頃は島の外だろう」
「どこに行ったか知っているな?」
「ハワイだよ」
「……おまえは軍を裏切ったのか?」
「ある意味その通りだ」
「人間は滅びるべきだと思うか?」
「神がそう望むなら」
「……君は自殺志願者か?」
「塩漬けならコンビーフとかは嫌いじゃないな」
これはちょっとしたジョークのつもりだったのだが、流石のプロトもイラっと来たらしい。
「真面目に答えろ! さもなきゃ君がハムにされかねないぞ!」
「悪かったよ、まじめにやる」
「まったく! 君は質問にでたらめな答えをすれば、私を混乱させられると思っているのか?」
「そうかも知れない」
「本当は急いでどこかに行かなければならないのだろう?」
「こんな夜更けにか?」
「軍を裏切った動機は何だ? 金か?」
「さあな」
「女か?」
「違う」
「ミーナ自身か?」
「……」
「抱いたのか? それとも向こうから誘ってきたのか?」
「バカを言うな! そんなんじゃない……」
フーベルトが言い返すと、プロトはにやにや笑う。
「面白いな。その怒りは本物のようだ。だからこそ、その入れ込みようは逆に不自然でもある……」
「……」
「客観的に見て特別な人間などいない。数日前に会ったばかりの者のために、命を賭ける理由はなんだ?」
「理由なんかない」
と、ヨランドがプロトに告げる。
「あの、彼の妹は数年前に*んでいます。ダイル化して……」
「知っているが。まさかミーナ・ニアルガを*んだ自分の妹と重ねているというのか? 馬鹿げている」
「悪かったな」
なぜかフーベルトには会話の一部が聞き取れなかったので、最後の部分にだけ答えておいた。
もちろんフーベルト自身、馬鹿げているという自覚はあった。だが、命を懸ける理由なんて、だいたい馬鹿げている物だ。
だがプロトは、まるで憐れむような目でプロトを見下ろす。
「待て。君の妹は今どこで何をしている?」
「知らない」
「……地球上のどこかで生きていると思っているのか?」
「そりゃそうだ……」
当たり前のことを聞かれる理由が不明だった。
だがプロトは恐れおののいて退がる。
「ありえん、なんだこいつは? 自分の妹が*んだことを理解できていないのか? しかも目の前でそんな会話をされて反論してこないということは、その部分だけ難聴でも発生しているのか? マルヴァジタはどこからこんな逸材を見つけてきたんだ?」
「記録によると、しばらく入院していたようです、特殊な病院に」
「退院はともかく、前線復帰が許された理由はなんだ? 誰がこいつに武器の携行許可を出した?」
「不明です、でも、たぶん」
「そうだろうな。奴がかかわっているならなんだってあり得る」
プロトはため息をつく。
「まあいい。それならミーナが死ぬのは嫌だろうな。さっさと協力した方がお互いのためだぞ」
「騙されないぞ」
「ミーナは君に黙って出ていったんだな?」
「心で分かり合えているさ」
「いい加減にしろ! このマヌケが! 行き先が書かれたメモか何かが残されていたか?」
「昨日のことは忘れた」
「それは、今君が身に着けているのかね?」
「ホテルの部屋に置いてきた」
「……はぁ」
プロトはため息をつくとヨランドの方を見る。
「どこだ?」
「右の尻ポケットですね」
なぜか、隠しているメモの場所を言い当てられた。
フーベルトはプロトに後ろから蹴倒され、路面に押さえつけられた。
尻ポケットのメモが奪われる。
プロトは中身に素早く目を通し、苦々しい顔になった。
「くそっ……これが本当なら完全に手遅れじゃないか。ミーナの姿を最後に確認したのはいつだ?」
「二時間前、それ以後のことはわからない」
フーベルトは諦めて正直に答える。
プロトは鼻で笑う。
「はっ! おまえは本当にダメな男だ。軍の規則も命令も守れない。そして自分が守りたい物も守れないのか」
「……」
言い返す言葉もなかった。
「まあいい、このメモは本部に送っておく。上がどこまで信じるかは不明だが、この「真犯人」が正しいかどうかはすぐわかるだろう」
「待ってくれ! ミーナは? ミーナはどうなる?」
フーベルトは、救いを求めるようにプロトに手を伸ばす。
だが、プロトは静かに首を横に振る。
「ダイル化の第三段階に達した人間は、基本的に助からない。諦めろ」
「……」
「私から君にするべき質問はもう何もない。だが捕縛命令が出ている。来てもらうぞ」
プロトはどこかに止めてある車に向けて歩き出し、ヨランドはフーベルトの後ろに回り込む。
フーベルトは隙をついて逃げることも考えたが、ホテルの三階の窓から、ヨランドの分身がこちらを見下ろしているのに気づいて、諦めた。
「分身は、何人いるんだ?」
フーベルトが聞くと、意外にもヨランドは答えてくれた。
「100人ぐらいまでなら、自由自在ですよ」
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勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
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加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
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戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
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