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02 最強の剣を入手する

剣術の神髄

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 翌日、俺たちはカルキエ道場へと向かう。
 いつものように、道場の裏庭に行くと、ミロスとキサニカがいた。

 俺たちに気づくとミロスが手を振る。

「ソリス。父さんと戦うらしいけど、勝てるの?」

「無理だよ」

 嘘をついても仕方ないので正直に答える。
 あんなのに、どうやって勝てと言うのか。

 もちろん、何をしてもいいなら、方法はいくらでも思いつく。
 遠距離攻撃とか、罠とか、毒とか。
 けど、そういうことではないだろう。

「アルスさんは、俺に何を求めてるんだと思う?」

 俺が聞くとキサニカはニヤニヤと笑う。

「宗主が何考えてるかなんてにゃーにはわからんにゃ。本人に聞けばいいにゃ」

「そっか」

「にゃー。おまえ、そいつが大事にゃのか? そいつを守るために剣を振るつもりなのかにゃ?」

 キサニカはヘレナを指さす。

「……そうだよ」

「にゃら根性を見せるにゃ。宗主と打ち合って、剣を落とさず立ってられたら、それだけでも凄いにゃ」

「そっか」

 俺がヘレナの方を見ると、ヘレナは顔を赤くして俯いていた。
 なんか俺まで恥ずかしくなってくる。

 いや、むしろ恥ずかしいことを言ったのは俺の方か。

「実は、にゃーは、カルキエ流の今後について宗主と話し合ってみたにゃ」

「マジで?」

 俺の想像の通りなら、実質、ミロスに結婚を申し込むのと同義のはず。

「師範代になれたら、その時に話し合おうって言われちゃったにゃ。にゃーも修行のやり直しにゃ」

「そっか……」

 ミロスは内容を知らないのか、無反応だった。


 そんな話をしている間に、宗主アルスがやってくる。
 予想外にも、両手に金属の剣を持っていた。

「あの、それは?」

 何か嫌な予感がして俺が聞くと、アルスは答える。

「いわゆる「粗雑な武器」だ。それでも、人を切り殺せる程度の切れ味はあるがな。今日はこれを使う」

「真剣で戦うんですか?」

 木剣でやる物だと思っていた。
 けれど、昨日のロメリアとアルスの戦いは、本物の武器でやっていた。それに比べれば、まだマシ、か?
 俺はロメリアの方を振り返る。
 ロメリアは、離れたところで木に背を預け、しょーがないね、と言いたげに肩をすくめている。

 ヘレナもロメリアの隣まで下がり、俺に手を振る。

「ソリスさん、応援していますよ!」

 ヘレナにそう言われては仕方ない。
 俺は、アルスから剣を受け取る。

「ほんの数日で、そこまで強くなったとは思えないんですけど」

「そうとは限らん。数日、いや、たった一瞬の出来事でも人は変わっていく。俺が知りたいのは、今何ができるかではない。未来の可能性だ。……構えろ」

 そう言って、アルスは剣を構える。
 俺も、10メートルぐらい離れたところに立って、剣を構えた。

「えいあぁっ!」

 アルスが、叫び声をあげて突っ込んできた。
 下段からの突き。
 俺はとにかく転がりながら避ける。

 あ、違う。この避け方はマズいって教わった気が……

 アルスは一瞬、失望したような目で俺を見た後、終わりだと言いたげに剣を振り下ろす。
 俺は剣を頭上に構えて、それを受けた。
 剣が妙な振動を伴ってうねり、手から飛び出そうとするのを必死に掴んで抑える。

 なんだこれ。キサニカの技と全然違う。

 続けて放たれた突きを横に払いのけて、俺は前に転がるように立ち上がる。
 結果的に、距離が縮まった。
 攻撃のチャンスだ!

「うああっ!」

 刺し殺す気で剣を突き出す。
 だが、剣先がアルスの体に触れる寸前で、弾かれた。
 剣が引っ張られ、転びそうになるのを、俺はどうにか踏みとどまる。

 アルスの剣が一瞬曲がったように見えた。
 衝撃、上から……違う、下?

 絶対に剣を手放してはいけない。
 とにかく後ろに下がって距離を取る。

「はぁ、はぁ……」

 気が付くと息が上がっていた。
 さっきから、何をされているのかすら、わからない。

「……ふむ」

 アルスは少し考える様な間を置いてから、剣を正面に構える。

 アルスの視線が、ちらりと他の所を見たような気がした。
 たぶん、その視線の先にはヘレナがいる。
 ……何の意味が?

 まさか俺を無視してヘレナを攻撃する気か?
 いや、練習試合でそんなことをするはずがない。
 それでも、俺はアルスの視線を遮る位置へ移動し……。

 目の前に突然、剣の腹が現れた。

「えっ?」

 気が付いた時には顔面からぶつかっていた。
 足が滑り、そのまま後ろに倒れる。

 おかしい、なんでだ?
 俺がこっちに動くとわかっていた? 違う、視線で誘導されて……え? それはずるくない?

 どさり。
 気が付くとしりもちをついていた。
 アルスは黙って俺を見下ろしている。

「ケガはないな?」

「はい……。あの、続けますか?」

「いや、もうよい。大体わかった」

 アルスは持っていた剣を地面に突き刺し、言う。

「おまえのカルキエ流への入門を、不許可とする」

「……」

 まあ、そうなるだろうな、と思った。
 一つもいい所を見せれていない。

「そんな顔をするな。筋は悪くなかった。だが剣術ではない。おまえが必要としている物を、おまえは既に持っている」

 そうだろうか? いまいち実感がない。

 ヘレナが俺の隣にやってくる。
 俺は慌てて立ち上がる。

「ごめん。負けちゃった」

「いえ。十分凄かったですよ。まさに、男子三日会わざれば刮目して見よ、ですね」

 ヘレナはそう言って微笑む。
 アルスが咳払いする。

「おまえには、カルキエ流の技を一つも教えていない。だが、キサニカや私と打ち合っているうちに、何かに気づいたかも知れない」

「……」

「カルキエ流の技を、流派以外の者に対して使うことを禁ずる」

「はい」

「しかし、戦いの中で、生き残るためにとっさに技を使ってしまう場合もあるだろう。その時は、その相手は絶対に殺せ。よいな?」

「……はい」

 端の方で見ていたロメリアがこっちに歩いて来る。

「それ、殺すつもりのない相手とは剣で戦っちゃいけないってこと?」

「まあ、そうなるな」

「つまり、カルキエ流の宗主と戦ったとか、自慢するのもいけないんだ? あ、でもソリス君が自慢したい相手はヘレナちゃんだけか」

 俺はキサニカの方を向く。
 ここ数日の間つきあってくれたことに、礼を言おうと思った。
 だが、キサニカは、両手を猫耳の付け根に当てて、座り込んでいた。

「……今、なんか大事なことがわかりかけてる気がするにゃ。ちょっと話しかけないで欲しいにゃ」

「あ、うん」

 まあ、後でいいか。

「《ウエポンコール:ジルコニア・ソード》」

 アルスが剣を取り出す。
 昨日使っていた青い剣だ。
 それを俺に差し出してくる。

「これを持っていけ。必ず役に立つだろう」

「え? もらっちゃって、いいんですか?」

「……いや。さすがにタダで渡すわけにはいかない」

「え?」

 お金払わないとダメ?
 ウエポンコールに登録できるようなちゃんとした武器だと、金貨数枚の価値はあるはず。
 払えない。

 ロメリアがため息をつきながら前に出る。

「……いくら?」

 ロメリアとアルスは小声で相談していた。
 しばらくして話がついたのか、ロメリアは胸元から小さな袋を取り出し、金貨数十枚を支払っていた。

 俺はロメリアに聞く。

「いいんですか? そんな大金、絶対返せませんよ」

「知ってる。でも君たちを味方にしとくのは、それぐらいの価値あると思ってるから。ちゃんと私のために働いてね?」

「……」

 本当に大丈夫だろうか?
 これ、後が怖いパターンのような気がする。

 だが、とりあえず剣は手に入ったし、それを使う最低限……本当に最低限の訓練は受けた。
 一歩前進、かな。
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