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03 ダンジョン攻略

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 オルライト・パレスにやってきた。
 この宮殿に来るのは二度目だけど、やはりちょっと緊張する。

「慣れてもらわないと困りますよ」

 隣を歩くヘレナが言う。

「私が行く場所には、必ずついて来てもらうことになるんですから」

「わかってるよ」

 そのために剣術を習ったんだ。
 何があってもヘレナは守ってみせる。

 俺たちは宮殿の端の方の入り口から中に入る。
 白い石で作られた宮殿。
 やや狭い階段を上って、少し狭苦しい通路を歩く。
 両側には等間隔で扉が並ぶ。

「この辺りは、ロメリアさんのエリアだそうです」

「どういうこと?」

「領主一族の中でも、縄張りみたいなものがあるみたいですね……」

「そういうもんか」

 ロメリア以外の人には会ったことがないからよくわからないけど。
 もしかして仲が悪いのだろうか?

「部屋がここにあるってことは、中洲島はロメリアの派閥なの?」

「いえ。前は別の場所だったんです。中立と言うか……その他?」

「その他……」

 ようするに、相手にされてないってことか。

「それが、昨日、急に新しい部屋に引っ越すことになったんですよ」

「それは、ロメリアが言い出したってことだよね?」

「たぶん。もしかして、派閥争いでも起こっているのでしょうか?」

「……」

 俺たちはこのまま、ロメリアの派閥に入ることになるのだろうか。
 味方でいてくれるなら、俺は別に構わない。
 でも、変な争いに巻き込まれるのはちょっと困る。

 ヘレナは扉の一つの前に立ち、持っていた鍵でそれを開ける。
 扉には、真新しいプレートが付いていた。
 ハーネカル、と書かれている。

 ここが、ヘレナに与えられた部屋か。
 まあ、表向きの領主は、今もヴァネスなんだけど。

 部屋の中に入る。
 ちょっと細長い部屋だった。家具はない。
 奥に窓が一つと、バルコニーがある。

「ずいぶん、シンプルなんだね」

「何も飾っていませんからね。前の部屋は、ちょっと内装がケバケバしかったので、ちょうどいいのですが……」

 ヘレナは部屋を歩き回る。

「ここに執務机を置いて、それからこの辺りに、応接セットを置くのがよいと思います。書類を保管する棚も欲しいですね……」

「机と棚はなんとなくわかるけど、応接セットって必要なの?」

「要りますよ? 常識です」

 俺にはよくわからん。
 まあ、ヘレナが必要と言うなら、そうなんだろう。

 俺は、壁に扉があるのに気付いた。

「あっちの扉は?」

「こっちは……ああ、寝室ですね。泊りがけで仕事をするような時に使うんです」

 ヘレナが扉を開けて中を確認して、俺も後ろから覗き込む。

 部屋はあまり広くないが、木で作られた台があった。
 ここにシーツを敷いて寝るのだろう。

「そう言えば、ヴァネスはあの兵長と逢引きをしてたみたいだけど……。もしかして、前の部屋で?」

「たぶんそういうことでしょうね」

 ヘレナはため息をつく。

「……でも、それは悪い考えとも言い切れませんね」

「え?」

「よく考えてみれば、領主の館よりは人目につかないでしょう?」

 ヘレナは、どこか陰のある笑みを浮かべ、ベッドの縁に腰かける。

「ヘレナ、何を言ってるの?」

 俺はヘレナの顔を見る。
 いや、何を言っているかは、わかっている。
 俺たちも、この部屋でそういうことをするかもしれないと、言っているんだろう。
 あるいは、今から?

 ヘレナは何かを期待するように目を閉じ、胸に手を当てる。

 俺は、そっとヘレナの頬に手を伸ばし……

「あーごめん。いちゃつくのは後にしてくれる?」

 急にロメリアの声がして、俺たちは跳ね上がりそうになった。

「い、いつから?」

「今来たとこ」

***

 俺たちは執務室の方に戻って、何もない部屋の真ん中に立って話す。

 ああ、なるほど。
 こういう状況の時に、応接セットが必要になるのか。
 確かに椅子があった方がいい。
 出来ればテーブルとかも。

「みんなでダンジョンに行くことになったから、用意しといてね」

 ロメリアは言った。
 既に決定事項らしい。
 いや、俺たちが拒否してもムリなんだろうけど。

「なんで、ダンジョンなんですか?」

「……だってぇ。ドラゴンとかと、戦ってみたいでしょ?」

「それは」

 俺の脳裏に、炎を吐くドラゴンと、そのドラゴンの正面で、ドラゴンに向かって剣を掲げている自分の姿が浮かぶ。
 想像するだけならカッコいい。
 でも、ムリだ。

「勝てないと思いますよ」

「わかってないなぁ。自分より強い敵と戦って勝たないと意味ないんだよ。そうでしょ?」

「……」

「それで君のスキルって、どういう仕組みなの?」

 直球過ぎる質問に、俺とヘレナは顔を見合わせた。
 それから、ロメリアの護衛騎士の方を見る。

「私はエルーラ。ロメリア様の護衛です」

「口は堅いから大丈夫だよ」

 ロメリアに保証されても困る。
 まずロメリア自身を信じるかも微妙なのだけれど。
 だが黙っているわけにもいかないので、俺は話す。

「俺のスキルは、死んだ人間を蘇生できる」

 ロメリアとエルーラは、俺を無言で見つめている。
 俺の話を信じたのか、疑っているのか。

「ただ、完全な蘇生ではないんだ。生きているし、殆ど見分けはつかないけれど、何かが違う」

「違うって言うのは……たとえば、あの小領主のこと?」

 これにはヘレナが答える。

「ヴァネスは自身の地位を盤石な物にするため、私を殺そうとしていたようです。それが今は……」

「あの大人しさ。そして危険な時は身を捨てても守ってくれると。なんか、随分と都合がいい能力だね」

 そうだろうか?
 敵を殺してから蘇生させれば、自分の言いなりにできる。
 けれど、味方には絶対に使いたくない能力だ。
 万能ではない。

「その力って、人間以外でも使えるの?」

「あんまり試してないんだ」

 とりあえず、死体が必要になる。

「あの時、ゴブリンを相手にやってみればよかったかな?」

「あの時は、そんなことしてる余裕なんてありませんでしたよ」

 俺とヘレナがそう言うと、ロメリアは満足げに頷く。

「じゃあ、その辺りも含めて、ダンジョンで検証しようか」

「ドラゴンも蘇生できるかはわかりませんよ」

 何しろ《死者蘇生》だから。
 死んだドラゴンは、死者に分類できるのだろうか?

「そうだね。とりあえず今回は、人型つながりで、オーガを狙ってみよっか」

 ロメリアは楽しそうだったけれど、ヘレナは不安そうに聞く。

「あの、ダンジョンってどこに行くんですか?」

「なんだっけ? 確か『封印穴のカタコンベ』って言ったかな」

 うわ。
 ……生きて帰って来れるかな?

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