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2、殺人事件
しおりを挟むイザヤの身体は滅んだ。意識が遠のき暗闇が彼を包み込む。
だが、それは終わりではない。イザヤの魂は肉体を離れて虚空を漂い始めた。
イザヤの肉体は都市の地下の暗い穴倉のような場所で冷却されて保管されている。イザヤの魂はそれをぼんやりと眺めていた。
「これは、なにが起こっているんだ?」
こんな風になったのは初めてだった。何か今回は特別なのか。
それとも本当は、死ぬと毎回こうなって、蘇生された時に記憶が消えているのか。
どれほどの時間が経ったのか。数時間、あるいは数日。
不意に辺りが光に包まれた。イザヤの魂は何かに強く引き寄せられるように別の場所へと運ばれていく。
気づくとイザヤの魂は見覚えのない私室に浮いていた。
壁には高価そうな絵画、床には豪華な絨毯。そして窓の外には、都市のきらびやかな夜景が広がっている。
この部屋には、さぞ裕福な貴族が暮らしているのだろう。
本棚には魔術書が何冊も置かれている。その殆どが炎を使った攻撃魔術に関する物だ。
他には、家族の似顔絵らしき物が飾られている。
その中の一人は、今よりやや幼いがミュルアに似ていた。昔の姿だろう。ということは……。
「ここは、ミュルアの部屋なのか?」
今までの人生で一度も来たことがない場所だ。なぜこのような場所に呼び出されたのかわからず、イザヤは困惑した。
室内に鏡があるのに気づいた。
イザヤの姿は映っていなかった。魂だけで肉体がないのだから当然だが。
しばらくして、部屋の扉が静かに開いた。
入ってきたのはイザヤが戦場で見たあの少女、ミュルアだった。
イザヤが見ている前でミュルアは上着を脱ぎ捨て、倒れるような勢いでベッドに横になった。何があったのかはわからないが、酷く疲れているように見えた。
「おい、大丈夫か?」
イザヤは声をかけてみたが、もちろん反応はない。
やはりミュルアにはイザヤの姿は見えていないようだ。
ミュルアは無言で天井を見つめて何か考え込んでいる。
先の戦いのことやイザヤの蘇生について考えているのかも知れない
いや、イザヤのことなどもう忘れてしまったかもしれない。下級戦士と上級戦士、二人は生きる世界が違うのだ。
数分後、ミュルアはゆっくりと立ち上がり部屋を出てどこかに向かう。イザヤの魂も透明な糸で結ばれているかのように、彼女にひっぱられていく。彼女はどこへ向かうのか。
一面に大理石が張られた廊下。無人なのに魔力の照明で照らされている。
廊下を歩いて何度も角を曲がる。かなり大きな建物だ。
イザヤには上級戦士の事はよくわからないが、個人用や一家族用の建物ではないように思えた。
多分ここは軍事施設の中の建物で、上級戦士が集まって暮らすような場所なのだろう。
「……ありゃ?」
ミュルアの目的地がわかって、イザヤは思わず声を上げた。
そこは共用のバスルームのような場所だったようだ。
ここも豪華な作りだ。扉からして重厚な木材でできていて、その表面には繊細な彫刻が施されている。
脱衣所の中は無人だった。夜遅い時間だからだろう。
少しいい香りのする木材が張られた床。
ミュルアは脱衣所の壁際にあるロッカーの前に立ち、当然の様に服を脱ぎ始めた。
「おいおい……まずいだろ。ここに俺がいるんだが」
イザヤとしては声をかけるべき所だが、声をかけた所で聞こえやしない。
男として、見たい気持ちがないと言えば嘘になるが。イザヤはなんとなく罪悪感を覚えて、入口の方を見ていた。
ミュルアはあっという間に裸になってしまい、浴室へと歩いていく。
イザヤの魂も、それに引っ張られて後ろ向きでついていく。
浴室も豪華だ。壁には淡い青色に輝く板。床には滑り止めがされた白いタイル。暖かい湯気と静謐な空気が漂っている。
ミュルアは壁際でシャワーを浴び始めた。
イザヤは後ろからの水音を聞きながら、浴室の入り口の方を見ていた。
「……ん?」
浴室の入り口が音もなく開いて誰かが入って来る。
イザヤにとっては知らない少女だ、としか言いようのない人物だった。
だが何かおかしい。風呂なのに服を着ていることか?
掃除のために来た、というわけでもなさそうだが。
ミュルアも入ってきた人物に気づいたのか、シャワーを止めて話しかける。
「あなた、何の用?」
「…………」
知らない少女は何かを言った。だがその声をイザヤは認識できなかった。
「もしかして報告書に不備でもあった? 悪いけど明日にしてくれると……」
ミュルアは何か、イザヤにはよくわからない話をしている。知らない少女はもう無言だった。
知らない少女はイザヤの横を通り過ぎる。何か銀色の閃光が見えたような気がした。
「ぐぁっ?」
ミュルアの悲鳴。イザヤは驚いて振り向く。
当然だが二人の人物がそこにいた。
一人はミュルア。芸術品を思わせる美しい裸体だが、今は中途半端に背中を丸めていた。その腹に刃物が突き刺さっている。
もう一人は知らない少女。ミュルアの腹部に突き刺さった刃物を握っている。せせら笑うような表情が恐ろしかった。
「おい! おまえ誰だ! 何してるんだ!」
イザヤは叫び、知らない少女に飛び掛かる。
だが無駄だ。干渉できない、声も届かない。
ミュルアは静かに床へと崩れ落ちた。温かい血が床に広がり、シャワーの水と混ざり合って排水溝へと流れていく。イザヤはその光景をただ見ていることしかできない。もどかしかった。
「なぜだ! なんでミュルアが殺されなきゃいけないんだ! おい! なんか言えよ!」
知らない少女は何も答えない。
冷徹にミュルアの裸体を足で踏みつけると、刃物を引き抜いた。
傷口から血が溢れだす。
知らない少女は、浴室から出て行った。
残されたミュルアは、何かを求めるように浴室の扉に手を伸ばす。
だが、掴める物は何もない。
「ミュルア! しっかりしろ!」
イザヤは声をかける。ミュルアは虚ろな目をイザヤの方に向ける。
「だ、れ? だれか、いる……の?」
さっきまで認識できなかったのに、急に見えるようになったのか。
だとしたら、それこそ死の淵にあることを示すだけなのかも知れない。
実際、ミュルアを見ていると、呼吸と連動しているような肩の動きがだんだんと緩慢になっていく。
「くそっ、死んでしまう。誰も助けに来ないのか……」
今のイザヤにはミュルアの目から光が消えて行くのを、じっと見守ることしかできなかった。
「い、いや。落ち着け。大丈夫なはずだ。下級戦士だって蘇生されるんだぞ。上級戦士が蘇生されないはずがない」
イザヤはそのことに気づいて、安堵した。
そしてすぐ別の可能性に気づく。
「待てよ? じゃあ、なんで殺したんだ? 殺しても何の意味もないどころか、蘇生したミュルアに犯人として告発されてしまうじゃないか」
そんな事もわからないようなバカなのか。
そうとは思えない。知らない少女は、殺すために必要な行動だけをして速やかに立ち去った。
発覚を防ぐための綿密な計画があるとしか思えない。
「まさか、何か蘇生を妨害するような方法があるのか?」
イザヤには、専門的なことはわからない。
ただ、物凄く嫌な予感がした。
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