下級戦士の使い捨て枠のおっさん、上級戦士エリート枠の少女と入れ替わる

ソエイム・チョーク

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3,蘇生の儀式

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 イザヤは浴室の床に倒れたままのミュルアを呆然と眺めていた。
 もはやミュルアの体はどこも動いていない。呼吸を示す動きも完全に止まっていた。目は見開かれて何もない――イザヤすらいない虚空を向いている。
 死んでいる。死んでもなお、ミュルアの肉体は美しかった。

「ああ、人が死んでるのに何を考えているんだ。俺は……」

 だがイザヤは心のどこかで思う。イザヤ自身を蘇生するよりも、ミュルアの蘇生を優先するべきだと。
 誰がどう考えてもミュルアの方が強くて美しくて優しくて、しかも都市の役に立っているのだから。
 ミュルアは、ちゃんと蘇生してもらえるのだろうか?

 答えはわからない。
 イザヤの魂はミュルアとは別の何かに引き寄せられていった。

 気が付くとイザヤは暗く広大な部屋に浮いていた。
 再生工場の遺体保管所。
 下級戦士の遺体を並べて保管しておく場所だ。
 強力な冷却魔法によって冷やされた極低温の空気。先ほどまでの暖かい浴室とは対照的な世界。
 数十人分の遺体が白い布を掛けられて整然と並べられている。
 ここに居るのは、イザヤが死んだのと同じ戦いで死んだ者たちだろう。

 イザヤは蘇生に関してはおなざりな説明しか受けていない。
 偉い奴らは、君たちが大切だから蘇生するのだ、などと言ってはいるが、本当に大切に思っているなら猛毒の土地に送り込まないだろう。
 下級戦士など都市を運営するためのコマでしかない。

 遺体の横に置かれたプレートには、名前と識別用の番号が掛かれている。イザヤはそれを頼りに自分の死体を見つけた。
 遺体には布が掛けられていたが、職員が雑に扱ったのか上半身が隠されていなかった。
 服を脱がされた裸の体。
 毒によって皮膚の一部が変色している。

「思っていたよりは傷はないな……」

 何度も死ぬと、死ぬのがうまくなる。
 損傷が少ない方が先に蘇生してもらえるとの噂だ。
 体のあちこちに出血の跡がある。これは魔物の攻撃を避けて転がった時の傷だろう。
 それより、手の出血が気になった。自分の刃物で指を傷つけてしまったようだ。
 らしくない失敗をしたな、と思った。
 だが、全身をむしばむ毒に比べれば大した傷ではない。
 蘇生されれば、このような傷跡、一瞬で消え去るだろう。

 それからどれほどの時間が経ったのか。
 やがて数人の作業員が部屋に入ってきた。彼らは遺体を一体ずつ確認し、選んだ遺体をストレッチャーに乗せて運び出す。
 イザヤの遺体もストレッチャーに移し替えられて、白い布をきちんとかけられてから運ばれていく。
 イザヤの魂も、遺体に引っ張られて後をついていく。

 運ばれる先は蘇生の釜だ。
 巨大な円形のプールのような施設で、床には複雑な魔法陣が描かれている。釜の縁には複数の浄化石の投入口があり、作業員たちが絶えず浄化石を投げ入れていた。
 あちこちのパイプから高温の蒸気がうなりを上げて噴き出している。複雑なリズムに合わせた光の明滅。まるで装置自体が命を持っているかのようだ。
 あるいは本当にそうなのかも知れない。その命を遺体に分け与えていると考えれば、つじつまは合う。
 イザヤの身体は他の遺体と共に、釜の周りに並べられた。
 高位の魔法使いが何人も集まり厳粛な儀式が始まる。彼らが呪文を唱えると釜の中の魔法陣が輝きを放った。

 その時、イザヤの身体に異変が起こった。
 イザヤの肉体が粘土を揉むかのようにグニャリと形を変え始めた。
 腕や足が妙な変形をして短く細くなる。全身の骨格がきしむ様な音を立てて縮む。
 イザヤの遺体を中心に、魔法陣が異様な魔力反応を見せる。
 釜の周囲に設置された測定機がやかましい警報音を鳴らした。儀式に参加していた職員たちが慌て始める。

「何だ! 魔術が暴走しているのか!?」

「魔力回路に異常がないか確認しろ!」

 イザヤは不安に襲われた。蘇生魔術は失敗しているのかも知れない。このままでは自分の存在は消滅してしまうのではないか?
 だがイザヤの魂は、変形していく自身の肉体へと引き込まれていく。抗えない力だった。

「あああああああっ!」

 肉体が再構築される激痛。激しい光が瞼の裏側でスパークする。
 限度を超えた苦痛に襲われてイザヤの意識は闇へと落ちて行った。

 そして儀式は終了した。

「うぅ……」

 イザヤは静かに肉体の中で目覚めた。全身に微かな魔力の流れを感じる。五感もはっきりと戻ってきた。彼はゆっくりと腕を持ち上げた。
 しかしその腕は自分の記憶の中の腕よりも細くて華奢だった。手を見ればそれはまるで少女のような小さくて滑らかな手だ。
 驚いたイザヤは身体を触って確かめる。

「なんだ、これは……」

 触れるたびに違和感が全身を突き抜ける。細い首、柔らかい膨らみのある胸。妙に細い脇腹。そして股間に触れれば男を象徴する物がない。これが女の体であることは疑いようもなかった。

 どうやら蘇生の儀式で何か問題が起こったらしい。
 そしてイザヤの魂は別の誰かの肉体に吸い込まれた。
 イザヤは蘇生の釜まで自分の肉体が運ばれるのを見たのだが……それはどうなったのか。別の誰かの魂が入っているのか。

「……いや?」

 何かが違うような気がした。
 自分の肉体が変形する瞬間を見た。あれは何だったのか。
 イザヤは、まだ言うことを聞かない体を叱咤して、なんとか起き上がった。
 すぐ近くに番号と名前が書かれたプレートが置かれている。

『10985:イザヤ』

 プレートには間違いなくそう書かれていた。
 このプレートがここにあるなら、この体はイザヤの物で間違いない。
 だが、どれだけ確かめても、これは明らかに少女の体だ。

「おかしい……どうなっている?」
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