3 / 25
3,蘇生の儀式
しおりを挟むイザヤは浴室の床に倒れたままのミュルアを呆然と眺めていた。
もはやミュルアの体はどこも動いていない。呼吸を示す動きも完全に止まっていた。目は見開かれて何もない――イザヤすらいない虚空を向いている。
死んでいる。死んでもなお、ミュルアの肉体は美しかった。
「ああ、人が死んでるのに何を考えているんだ。俺は……」
だがイザヤは心のどこかで思う。イザヤ自身を蘇生するよりも、ミュルアの蘇生を優先するべきだと。
誰がどう考えてもミュルアの方が強くて美しくて優しくて、しかも都市の役に立っているのだから。
ミュルアは、ちゃんと蘇生してもらえるのだろうか?
答えはわからない。
イザヤの魂はミュルアとは別の何かに引き寄せられていった。
気が付くとイザヤは暗く広大な部屋に浮いていた。
再生工場の遺体保管所。
下級戦士の遺体を並べて保管しておく場所だ。
強力な冷却魔法によって冷やされた極低温の空気。先ほどまでの暖かい浴室とは対照的な世界。
数十人分の遺体が白い布を掛けられて整然と並べられている。
ここに居るのは、イザヤが死んだのと同じ戦いで死んだ者たちだろう。
イザヤは蘇生に関してはおなざりな説明しか受けていない。
偉い奴らは、君たちが大切だから蘇生するのだ、などと言ってはいるが、本当に大切に思っているなら猛毒の土地に送り込まないだろう。
下級戦士など都市を運営するためのコマでしかない。
遺体の横に置かれたプレートには、名前と識別用の番号が掛かれている。イザヤはそれを頼りに自分の死体を見つけた。
遺体には布が掛けられていたが、職員が雑に扱ったのか上半身が隠されていなかった。
服を脱がされた裸の体。
毒によって皮膚の一部が変色している。
「思っていたよりは傷はないな……」
何度も死ぬと、死ぬのがうまくなる。
損傷が少ない方が先に蘇生してもらえるとの噂だ。
体のあちこちに出血の跡がある。これは魔物の攻撃を避けて転がった時の傷だろう。
それより、手の出血が気になった。自分の刃物で指を傷つけてしまったようだ。
らしくない失敗をしたな、と思った。
だが、全身をむしばむ毒に比べれば大した傷ではない。
蘇生されれば、このような傷跡、一瞬で消え去るだろう。
それからどれほどの時間が経ったのか。
やがて数人の作業員が部屋に入ってきた。彼らは遺体を一体ずつ確認し、選んだ遺体をストレッチャーに乗せて運び出す。
イザヤの遺体もストレッチャーに移し替えられて、白い布をきちんとかけられてから運ばれていく。
イザヤの魂も、遺体に引っ張られて後をついていく。
運ばれる先は蘇生の釜だ。
巨大な円形のプールのような施設で、床には複雑な魔法陣が描かれている。釜の縁には複数の浄化石の投入口があり、作業員たちが絶えず浄化石を投げ入れていた。
あちこちのパイプから高温の蒸気がうなりを上げて噴き出している。複雑なリズムに合わせた光の明滅。まるで装置自体が命を持っているかのようだ。
あるいは本当にそうなのかも知れない。その命を遺体に分け与えていると考えれば、つじつまは合う。
イザヤの身体は他の遺体と共に、釜の周りに並べられた。
高位の魔法使いが何人も集まり厳粛な儀式が始まる。彼らが呪文を唱えると釜の中の魔法陣が輝きを放った。
その時、イザヤの身体に異変が起こった。
イザヤの肉体が粘土を揉むかのようにグニャリと形を変え始めた。
腕や足が妙な変形をして短く細くなる。全身の骨格がきしむ様な音を立てて縮む。
イザヤの遺体を中心に、魔法陣が異様な魔力反応を見せる。
釜の周囲に設置された測定機がやかましい警報音を鳴らした。儀式に参加していた職員たちが慌て始める。
「何だ! 魔術が暴走しているのか!?」
「魔力回路に異常がないか確認しろ!」
イザヤは不安に襲われた。蘇生魔術は失敗しているのかも知れない。このままでは自分の存在は消滅してしまうのではないか?
だがイザヤの魂は、変形していく自身の肉体へと引き込まれていく。抗えない力だった。
「あああああああっ!」
肉体が再構築される激痛。激しい光が瞼の裏側でスパークする。
限度を超えた苦痛に襲われてイザヤの意識は闇へと落ちて行った。
そして儀式は終了した。
「うぅ……」
イザヤは静かに肉体の中で目覚めた。全身に微かな魔力の流れを感じる。五感もはっきりと戻ってきた。彼はゆっくりと腕を持ち上げた。
しかしその腕は自分の記憶の中の腕よりも細くて華奢だった。手を見ればそれはまるで少女のような小さくて滑らかな手だ。
驚いたイザヤは身体を触って確かめる。
「なんだ、これは……」
触れるたびに違和感が全身を突き抜ける。細い首、柔らかい膨らみのある胸。妙に細い脇腹。そして股間に触れれば男を象徴する物がない。これが女の体であることは疑いようもなかった。
どうやら蘇生の儀式で何か問題が起こったらしい。
そしてイザヤの魂は別の誰かの肉体に吸い込まれた。
イザヤは蘇生の釜まで自分の肉体が運ばれるのを見たのだが……それはどうなったのか。別の誰かの魂が入っているのか。
「……いや?」
何かが違うような気がした。
自分の肉体が変形する瞬間を見た。あれは何だったのか。
イザヤは、まだ言うことを聞かない体を叱咤して、なんとか起き上がった。
すぐ近くに番号と名前が書かれたプレートが置かれている。
『10985:イザヤ』
プレートには間違いなくそう書かれていた。
このプレートがここにあるなら、この体はイザヤの物で間違いない。
だが、どれだけ確かめても、これは明らかに少女の体だ。
「おかしい……どうなっている?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
転生したら『塔』の主になった。ポイントでガチャ回してフロア増やしたら、いつの間にか世界最強のダンジョンになってた
季未
ファンタジー
【書き溜めがなくなるまで高頻度更新!♡٩( 'ω' )و】
気がつくとダンジョンコア(石)になっていた。
手持ちの資源はわずか。迫りくる野生の魔物やコアを狙う冒険者たち。 頼れるのは怪しげな「魔物ガチャ」だけ!?
傷ついた少女・リナを保護したことをきっかけにダンジョンは急速に進化を始める。
罠を張り巡らせた塔を建築し、資源を集め、強力な魔物をガチャで召喚!
人間と魔族、どこの勢力にも属さない独立した「最強のダンジョン」が今、産声を上げる!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活
仙道
ファンタジー
ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。
彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる