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meishino

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32 私の愛する人

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 奴が皇帝でないのなら、私はとっくに奴を始末していた。人間、誰しも完璧ではない。


 民からの人望が厚い人間でも、蓋を開けてみれば、他人の恋仲を何がなんでも手に入れようとする、色恋に強欲な人間だ。


 キルディアがとても強い人間で良かった。今の出来事は焦燥を募らせたが、彼女がうまく対処してくれた。もうそろそろ窓から脱出した彼女が中庭に来るだろう。しかし私にはまだ、この城でやるべきことがある。


 以前よりある計画を練っていたのだ。私はウォッフォンで彼女に先にホテルへ帰るように伝えて、再び城の中へと入った。


 行き先はヴァルガの元だ。私を見つけた騎士が私に「何用か?」と聞いた。私は素直に「ヴァルガにもう一度会いたい。」と願った。騎士は私を連れて、そこに向かい歩き始めた。


 彼の執務室は二階にあった。先程皆で話し合った部屋だ。騎士によって開かれたドアの先には、ヴァルガがいた。机でPCを操作しながら、私をチラリと見た。


「ああ?ジェーンか……。なんだ今は、一人なのか?ギルはどうした?」


「彼女は先にホテルへと戻っております。あなたに一つ聞いていただきたい話がありまして、私一人で、こちらまで参りました。可能であれば二人きりで。」


 ヴァルガは一瞬目を丸くした。彼に元々備わっている目つきの鋭さが、ネビリスに酷似していた。


 彼は私の背後にいた騎士に目配せをすると、騎士がこの部屋を出る時にドアを閉めてくれた。私は一歩、彼の方へと近づいた。彼はPCを閉じて、疑わしげに私を見た。


「それで?俺にしたい話ってなんだ?ギルとの惚気話なら、聞く気はないぞ。そう言う話なら、俺じゃなくてもっと、クラースにでもしてやればいい。」


「そうですか……まあ、似たようなものです。私の中で、彼女がどれほど大事なのか、それを是非、あなたにお話ししたい。」


「え?本当に惚気話をしにきたのか……?じゃあ手短にな。」


 ヴァルガは鼻でため息をついた。椅子に深く座る彼を見つめて、私は口を開いた。


「私について、あなたはどれほど理解しておりますか?私は過去の世界から来た。そして私は孤独だった。今まで、ずっと一人で生きてきた。」


「んー……、」とヴァルガが心臓を隠すように手を組んだ。「記事は読んださ。お前さんが過去から来たのも知ってる。しかも二千年前。あの火山測定装置を作ったのも知ってる。でも孤独の部分は知らないな、どの記事にも、そんな文章は無かったよ。ジェーンの人生そのものは、俺は理解していない。それで?」


「なら、今から説明します。私は生まれた時から、去年の半ばまで感情がありませんでした。生きていて、一度も嬉しいなどと感じたことはなかった。」


「ん?一度もか?過去の世界で、時空間歪曲機が完成した時は、大いに喜んだんじゃないのか?」


「何故、当たり前のことを喜ぶのです?あなたは呼吸が出来て、嬉しいと感じますか?」


 ヴァルガは「んー」と唸って、黙ってしまった。


「……私には感情が無かった。幼き頃から勉学が出来ても、それは当たり前だった。他人にどう思われようが、関心が無かった。命の重みを理解していなかった。時空間歪曲機の実験では、多数の動物の命を、犠牲にした。心が痛むことはなかった。カタリーナとの結婚は、組織の利益に着目したものだった。感情のない私が、愛情など持ち得ることはない、彼女は特別な存在ではなかった。ある出来事があり、私の研究は私の為にあると証明しなくてはならなくなった。だから試作段階の時空間歪曲機に乗った。死ぬつもりでした。」


 ヴァルガが目を見開いた。


「ジェーン、死ぬつもりだったって……最初の時空間歪曲機は、まだ試作だったのか?馬鹿なことを。」


「ええ、その通りです。しかし私は生き残った。この世界に来たことは奇跡で、ギルドでキルディアを見かけたのも、奇跡です。彼女に協力を依頼して、私は……様々な困難を乗り越えました。彼女と。」


「そうか。」


「私にとって、彼女は光です。この世に存在する、たった一つの光です。私に感情を与え、さらには愛情までこの胸に、芽生えさせてくれた。かけがえのない存在、これほどまでに私が他者を慈しむことなど、想像もしなかったことです。」


「そう、なんだな……そりゃ、ギルバートは大事ってことだな。それは理解したよジェーン。だから何が言いたい?」


 私は真っ直ぐにヴァルガを見つめた。彼は懐疑的な表情で、私をじっと見つめている。私は聞いた。


「あなたには、恋人がいますか?」


「……いる。騎士に就任して少し経った時に、関係を開始した。」


「名前は?」


「何故だ?」


 ヴァルガが目を細めて私を見た。私は答えた。


「実は、聞かずとも理解しております。彼女の名は、ステイシー・マックス・ブラウンですね?帝都の図書館で司書の職に就いており、彼女の家は、サウスブリリアント通りにあります。」


 ヴァルガが急に立ち上がり、私の目の前へとずかずか近づいてきた。私は先程と表情を変えなかった。至近距離で睨む彼は、私に苛ついた声で聞いた。


「どうしてそこまで調べている?何が言いたい?ジェーン、この問いの答えによっては、お前に明るい未来はないぞ。」


「私の要望は至ってシンプルだ。明日のセレスティウム作戦の際、あなたにはキルディアの盾となってもらう必要がある。」


「それが狙いか?」


「違いありません。だから私は、この作戦にあなたを呼んだのです。」


 ヴァルガの戸惑う瞳と目が合っている。彼はゴクリと喉を鳴らしてから、私に聞いた。


「ギルはそれを望んでいるか?俺が不必要に庇えば、奴は不審がる。それに彼女は強い、俺に庇ってもらわずとも戦える。」


「キルディアが望んでいることではありません、これは私の望みですから。帝都、そしてネビリスとの戦いにより、彼女の体は破壊し尽くされた。生きているのが奇跡だと医師から言われた。更に彼女は、仲間の盾となる傾向がある。今回の盾は、彼女ではない。明確に、あなただ。ステイシーが司書を続けるには、今回の作戦からキルディアを必ず帰還させることが必須だ。出来なければ、分かりますね?」


「それは脅しというものだ。俺に脅しをかけるか?」


「脅しではありません。条件交換です。あなたがキルディアを守り、私はステイシーを守る。互いに大切な存在がいる。その人を守ろうとして、何が罪ですか?それに今のキルディアは民間人です。騎士であるあなたが身を張って庇うことは普通です。私は至極まともな話をしているだけではありませんか。」


 ヴァルガはお手上げポーズをして、私から遠ざかった。


「ジェーン……ギルを大切に思う気持ちはわかるが、少々暴走しすぎではないか?俺は確かにギルを守る義務がある。実際、俺がギルよりも弱いから、お前を不安にさせているのは分かったよ。だが、奴には光の大剣があるし、セクターで戦いがあるって決まった訳でもないし。なあ、今回のステイシーのことは、黙っておく。あまり変な気を起こさないでくれ。」


「実は、帝都の戦いの後に、光の大剣を封じました。」


「え……!?」


「その後で彼女の要望があり、復活させた……と見せかけて、実は復活させておりません。光の大剣ではなく、光の盾です。私とチェイスの技術がそこに密集している。二人の合同プロジェクトで制作したものです。チェイスの方は、まさかキルディアのナイトアームに使われるものだとは、存じていないと思いますが。」


「ジェーン、隠れてそんなことをしてたら、ギルが怒るぞ。ヴァレンタイン教官も、どういうスタンスで来るのか知らんが、ギルを狙っている可能性が高いし、戦闘になった時に、手の先から出たのが盾だったら……彼女はなんと思う?お前にひどく失望するのでは?」


「たとえ失望したとしても、私は彼女が無事に戻ってくれさえすればいいのです。そして万が一、彼女が戻ってこなかった場合は……。」


「俺の責任だから、ステイシーを司書から引き摺り下ろすのか?」


「それで済むとお考えですか?私は元々、感情の死んだ人間でした。過去の世界では、ノアズの副所長だった。ただ研究をしているだけで、その座につけるものではない。権力のあるものは、どこか冷酷でなければならない。私は犯罪を起こしませんよ、あなたが条件を満たしてくれるのなら。」


 ヴァルガは困った様子で、ため息をついた。


「……なあジェーン、全く、普通にギルを守れって言ってくれないか?まるでこれが本気みたいじゃないか。」


「まだ私が本気でないと?時空間歪曲機のミッションが終了したので、プログラムに時間を割くことの出来た結果、こういうことができるようになりました。遠隔で、彼女のウォッフォンの電力を暴走させます。高出力の電流が放たれるでしょうが、それでも足りないのなら彼女が自宅に戻ってきた際に、部屋の全ての電灯、風呂場の電気も同時にオーバークラッシュさせます。電流で満たされた部屋で生命活動を維持出来る者はいないはずだ。その後は、あなたの仕事になるでしょう。もう既にプログラム済みですから、もしこの場であなたが私に手を出せば、直ちにそれが実行されます。何も簡単なことです、あなたがキルディアを守ってくれさえすれば、それらは全て、起こりません。」


「ジェーン……お前は、本当に、恐ろしい男だ。」


 私の趣旨を漸く理解したのか、ヴァルガが私を睨み、腕を組んで、またため息を放った。


「意味を理解して頂けたでしょうか?ヴァルガ。それとこの件は他言しないこと。もしその気配があり、キルディアの様子が違った時は、条件は満たされないものと判断します。」


「あ、ああ。分かったよ……頼むから、ステイシーに変なことをするなよ?」


「それはあなた次第です。」


 私は一礼をしてから、執務室を出た。ドアを閉める瞬間に、苦虫を噛んだようなヴァルガの瞳と目が合った。


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