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53 限られた優しさ
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「チェイス、新しいフットをありがとう。ちょっとジェーンに連絡をしてもいいかな?実は今まで彼とやりとりしていて、途中で終わってしまったから。」
「分かった、じゃあ僕が簡単に説明するから、その後で連絡をしてくれ。」
私はじっとチェイスを見つめた。彼は少し難しい顔をして、私に言った。
「ヴァルガが、君を過剰なまでに庇った理由を僕は知っている。セクターに乗り込む前日に、僕はヴァルガから相談を受けていたんだ。」
「うん?相談?」
「ああ。皆で一緒に作戦会議をした後に、君が僕の部屋に来たよね?……僕は眠ってしまったけどね。」
「……その節はすみませんでした。」
私が一度深々と頭を下げると、チェイスが「いやいや」と手を振りながら笑った。
「その先のことなんだ。ヴァルガの執務室にジェーンがやってきた。」
「え?そう、なん、だ……。」
「うん。何を目的にやってきたのか。……それはね、彼がヴァルガを脅迫する為だったのさ。君が無事に帰ってくるようにしなければ、ヴァルガの恋人であるトレイシーを遠隔で爆破させるとね。」
「え?」
チェイスは無言で何度も頷いた。彼の話……本当なんだろうか?
「ジェーンがヴァルガにそう言って脅したの?トレイシーに爆弾をつけたってこと?」
「いや、彼はウォッフォンを遠隔で爆破する仕組みを作ったのだとヴァルガに言ったらしい。でも僕がトレイシーのウォッフォンを試しにハックしたけど、何も異変はなかった。だから彼はそう言うだけで、本当はそうするつもりは無かったんだろうけど。だって、ハッキングだけで困難なのに、更に暴走させるなんてこと、出来やしない。」
「いや……。」
私は言葉を飲み込んだ。ジェーンは私のもマテオ団長のウォッフォンも易々とハッキングしていた。
それにナイトアームだって遠隔で爆発させたし、その気になれば、トレイシーを遠隔で……とは言っても!
私は頭を抱えて動揺しながら言った。
「トレイシーは多分、耳が聞こえない。彼女は帝国研究所の医務室で手話をしていた。その彼女を、ジェーンは爆破させようと思っていたの?そうで無くてもそんなこと絶対にしてはいけないことなのに。そんな、私を守る為に?」
「え、トレイシーは聴覚障害があったのか……なんてことだ。」
信じられない。ジェーンはそれ程までに、人を犠牲にする人間だったのか。私の為だったら、あとはどうでもいいと思えるのか。そんな、これが本当なのだとしたら、言葉が出ない。
俯いていると、チェイスが私の手を握ってくれた。温かい手だった。私はもう一つ、チェイスに質問をした。
「じゃあジェーンがヴァルガを脅しているのを、最初からチェイスは知っていたの?」
「ああ。でもヴァルガが他言するなとジェーンに言われていた。僕が知っているとジェーンに知られたら、トレイシーがどんな目に遭うかわからない。だから僕は、君には何も言えなかったんだ。ごめんね。」
チェイスが謝ることではないけれど……ジェーン、何やってんのよ。
ある程度感情が無いのは理解していたけれど、私の生還の為にそこまで他者を犠牲にする人だとは思っていなかった。私は首を振ってチェイスを見た。眉間のしわが抑えられない。
「いや、チェイスが謝ることでは無いよ、本当に。ああ……ジェーン、なんてことをしていたんだろう。だからヴァルガは意地でも私のことを、教官の攻撃から庇ったんだ。トレイシーをジェーンから守る為に。」
「ああ、そうだね。」
「その結果……ヴァルガはあのような状態に。はあ。」
「キルディア、大丈夫……?」
大丈夫なわけないでしょうが。私はチェイスに見られないように顔を背けたままポロリと涙を流した。チェイスは私の手を握る力を、ギュッと込めた。
「自分のことを責めないでね、キルディア。君だって、右足を失くしている。もっと体の感覚が減ってしまった。僕はそれを考えると、胸が苦しいよ。」
「チェイス……」
私の声は思ったよりも震えてしまった。くそ、と目を瞑ったら、ポロポロ涙が出てしまった。悪循環だ。
「お願い、これはチェイスの嘘だと言って?ジェーンがトレイシーを使って、ヴァルガを脅したなんて、嘘でしょ?」
「嘘じゃないよ、事実だ。」
私はチェイスの方を見た。彼は私の涙を見ると、もう片方の手で私の頬に伝う涙を拭いてくれた。これが嘘であって欲しいと思う気持ちが収まらなくて、ついチェイスに言ってしまった。
「チェイスは私が欲しいのでしょう?」
「……君が欲しいのは事実だ。でも僕は嘘はついていない。ジェーンが本当に、全てを企んでいた。」
「チェイスは私にジェーンを嫌って欲しいから……。」
「キルディア、僕のことが信じられないのなら、ジェーンに聞いてみるといい。」
チェイスの真っ直ぐな瞳が私を捉えている。「悪いことを言った。」と声にならない声で言った私は、チェイスの手を解いて、ウォッフォンのホログラムを出した。新規メッセージが二件届いていた。きっとジェーンからだ。
ホログラムに手を伸ばした時に、深緑色のトゲが刺さったヴァルガの首筋を思い出した。あれは間接的に、私のせいだったのだ。私のことが好きなジェーンが、彼を追い込んだ。
兎に角、ジェーンと話すべきだ。ホログラムに表示されているジェーンのアイコンに指を当てようとした時に、横からサッと手が飛んできて、私の左手は掴まれた。
「何を」
ぐっと腕を布団の方へと引かれて、私はベッドに倒れ込んだ。体を起こそうとする前に、チェイスが私の上に乗っかってきた。
密着した姿勢で私の頭を腕の中に収めた彼は、ぎゅうと私を抱きしめた。
コーヒーの匂いがした。それから、別の人間の匂いがした。ここまで来ても、私は今でも、ジェーンの匂いの方がいいと思ってしまった。
今でもまだ彼のことが好きだ。なのに私は彼を許すべきではない。ポロポロと涙がこぼれて、肩が震えた。
「ただひたむきに、僕は君を愛したい。過去の世界まで追いかけたからって、何も一生ジェーンの隣にいることはない。長く一緒にいないと分からないことだってある。きっと彼には、そう言う一面が隠されていたんだ。僕は君を彼の凶暴さの犠牲にしたくない。僕が守るよ、キルディア。」
「私は守られたくない……。守りたいのに。」
涙が止まらなかった。体を浮かせたチェイスが、私の頭を撫でた。
「ご、ごめん。なら……僕は君に守られてもいい。君がしたいようにして欲しいんだ。ずっと、僕のそばで。」
ピピピと音がして、出しっぱなしにしていたホログラムの画面にジェーンのアイコンが表示された。彼からの普通の着信だ。
手を伸ばして、ホログラムをさっと横に移動させて、アイコンを触ろうとしたが、腕がチェイスに掴まれた。抵抗するも両手を彼に掴まれてしまい、頭の上で固定された。
至近距離で見る彼は、とても欲望的な目をしていた。私は首を小刻みに振った。
「チェイス、いけない。私には、恋人がいる。」
「その恋人はこの世で一番、君を傷つける人だ。そんな人間に、最も大切な人を任せられる訳が無い。」
「ジェーンのしたことは罪だ。その罪を私に知らせるのは構わない。でも、それを利用して、私のことを手に入れようとしているのはあなただ。私を手に入れられるのなら、何をしても構わないと言うのか?」
「八つ当たりかい?僕は、君が心配なだけだ。君がこれ以上彼と話すのを止めたかっただけだ。……ごめん、君が離れて欲しいのなら、僕は素直に離れるよ。」
触っていないのにホログラムの画面がふわっと光った。どうして?と、横をちらりと見た時に、私の頬にぐっと圧がのしかかった。
チェイスが私を逃さないように唇を私の頬に押し付けた。何て強いキスだと思った。そして彼の唇がぐいぐいと私の頬を伝って、口元へ行こうとした。
押さえつけられて手の届かない画面に、何故か両手で顔を隠したジェーンが映った。応答ボタンを押してないのに、ビデオ通話画面になっていた。
腕を動かした。でも思うように私の力が入らないのか、チェイスの力が強いのか、びくともしない。
『キルディア、中々応答していただけないので私の方から……。』
ジェーンの声に気を取られたその時に、チェイスの唇が私の唇に触れてしまった。私はギュッと目を瞑り、素早く顔を反対側に背けた。しかしチェイスが追ってきて、頬に顔を押し付けて、また無理にキスを押し付けた。
私はそれをまた「ぐっ!」と呻きながら、顔を上に逸らして回避した。するとチェイスは体を少し浮かせて、私の顎にキスをした。
「ふふ。キルディア、追いかけっこのつもり?」
ジェーンに見られた。天井に反射していたホログラムの青い光がふっと消えた。ジェーンが通信を切ったのだろう。最悪な場面を見られた。
ジェーンの真相を聞いて、体が無気力に包まれた。それにまだ体が本調子じゃない、抵抗しても力が足りなかった。
それを彼に話して、納得してくれるだろうか。無理だろうな、私が強いのを彼は知っているのだから……。私は涙をポロポロと流した。
なのにチェイスはまた私にキスをした。嫌で嫌で、ギュッと口を閉じた。チェイスの唇が私の硬い唇をほぐそうと動いた。
私の唇が開きそうになったので、唇を噛むことで更に阻止をした。ギュッと力を入れて噛んでいると、力が入りすぎたのか、唇が切れて血が出た。
血の味で驚いたチェイスが、慌てて私から少し離れて、抑えていた両手を解放して、私の唇をどうしたのかと触ってきた。
その間も私は、ジェーンのことを考えていた。今となっては、私が責められるべき対象だ。
「キルディア……口が切れてる!こんなに力入れることはなかったのに。」
「嫌なのに、続けるからでしょ……もう、部屋から出て行って。」
悔しいほどに、声が震えた。
「もう二度と私に会おうとしないで。このフットだって要らない。お願いだから、もう私を好きにならないで……!」
チェイスは悲しげな表情でゆっくりとベッドから降りた。私はチェイスに、装着していたフットを取り外して、投げる勢いで彼に返した。
涙を流しながら睨んでいると、彼と目が合った。ずれた丸眼鏡のレンズは、私の頬の油なのか少し曇っていた。
「キルディア、」チェイスが静かな声で言った。「……悪かった。確かにそうだよね、君の気持ちの切り替えだって、時間が必要だ。」
「切り替えるつもりはない!私はジェーンを愛しているのに!」
「本当に?」
とても重たい質問だった。まだ許せない。でも愛している。でも恥ずべきことをしてしまった。でも愛している。気持ちの整理がつかない。私は苦しい呼吸をしながら言った。
「と、兎に角もう、一人にしてください。じゃあね。」
チェイスは落ちていたバッグを拾って、フットを折り畳んでから入れて、それを肩にかけた。
「……また来るよ。これを改良したら、君に試して欲しいから。だからまた会うよ。ごめんねキルディア……僕は今、どうしても止められなかった。」
私は鼻でため息をついて、背中を向けて座った。少ししてからガラリとドアの閉まる音がした。
さっき届いたジェーンのメッセージを確認した。『どうしました?やはり恥ずかしいですか?』『キルディア、私も恥ずかしいですが、乗り越えませんと。』と言う内容だった。
あれを見られてからは、何もメッセージは来ていない。私は『先程のは抵抗しようにもああなってしまった。言い訳のように聞こえるだろう、ジェーンが私を責める気持ちは理解出来る。切腹してもいい。』とだけ送った。
既婚者と恋に落ちる、結婚前にそう言うことをする、騎士にとってそれよりも大きな罪は、定まった人がいながら他の異性と情を交わすことだ。
私は一体、何なんだろう。騎士としても、人間としても、終わってる。
「終わってるよ……。」
色々と終わってる。きっと明日はジェーン来てくれないだろう。彼を責めている場合では無くなってしまった。自分が許せなかった。
「分かった、じゃあ僕が簡単に説明するから、その後で連絡をしてくれ。」
私はじっとチェイスを見つめた。彼は少し難しい顔をして、私に言った。
「ヴァルガが、君を過剰なまでに庇った理由を僕は知っている。セクターに乗り込む前日に、僕はヴァルガから相談を受けていたんだ。」
「うん?相談?」
「ああ。皆で一緒に作戦会議をした後に、君が僕の部屋に来たよね?……僕は眠ってしまったけどね。」
「……その節はすみませんでした。」
私が一度深々と頭を下げると、チェイスが「いやいや」と手を振りながら笑った。
「その先のことなんだ。ヴァルガの執務室にジェーンがやってきた。」
「え?そう、なん、だ……。」
「うん。何を目的にやってきたのか。……それはね、彼がヴァルガを脅迫する為だったのさ。君が無事に帰ってくるようにしなければ、ヴァルガの恋人であるトレイシーを遠隔で爆破させるとね。」
「え?」
チェイスは無言で何度も頷いた。彼の話……本当なんだろうか?
「ジェーンがヴァルガにそう言って脅したの?トレイシーに爆弾をつけたってこと?」
「いや、彼はウォッフォンを遠隔で爆破する仕組みを作ったのだとヴァルガに言ったらしい。でも僕がトレイシーのウォッフォンを試しにハックしたけど、何も異変はなかった。だから彼はそう言うだけで、本当はそうするつもりは無かったんだろうけど。だって、ハッキングだけで困難なのに、更に暴走させるなんてこと、出来やしない。」
「いや……。」
私は言葉を飲み込んだ。ジェーンは私のもマテオ団長のウォッフォンも易々とハッキングしていた。
それにナイトアームだって遠隔で爆発させたし、その気になれば、トレイシーを遠隔で……とは言っても!
私は頭を抱えて動揺しながら言った。
「トレイシーは多分、耳が聞こえない。彼女は帝国研究所の医務室で手話をしていた。その彼女を、ジェーンは爆破させようと思っていたの?そうで無くてもそんなこと絶対にしてはいけないことなのに。そんな、私を守る為に?」
「え、トレイシーは聴覚障害があったのか……なんてことだ。」
信じられない。ジェーンはそれ程までに、人を犠牲にする人間だったのか。私の為だったら、あとはどうでもいいと思えるのか。そんな、これが本当なのだとしたら、言葉が出ない。
俯いていると、チェイスが私の手を握ってくれた。温かい手だった。私はもう一つ、チェイスに質問をした。
「じゃあジェーンがヴァルガを脅しているのを、最初からチェイスは知っていたの?」
「ああ。でもヴァルガが他言するなとジェーンに言われていた。僕が知っているとジェーンに知られたら、トレイシーがどんな目に遭うかわからない。だから僕は、君には何も言えなかったんだ。ごめんね。」
チェイスが謝ることではないけれど……ジェーン、何やってんのよ。
ある程度感情が無いのは理解していたけれど、私の生還の為にそこまで他者を犠牲にする人だとは思っていなかった。私は首を振ってチェイスを見た。眉間のしわが抑えられない。
「いや、チェイスが謝ることでは無いよ、本当に。ああ……ジェーン、なんてことをしていたんだろう。だからヴァルガは意地でも私のことを、教官の攻撃から庇ったんだ。トレイシーをジェーンから守る為に。」
「ああ、そうだね。」
「その結果……ヴァルガはあのような状態に。はあ。」
「キルディア、大丈夫……?」
大丈夫なわけないでしょうが。私はチェイスに見られないように顔を背けたままポロリと涙を流した。チェイスは私の手を握る力を、ギュッと込めた。
「自分のことを責めないでね、キルディア。君だって、右足を失くしている。もっと体の感覚が減ってしまった。僕はそれを考えると、胸が苦しいよ。」
「チェイス……」
私の声は思ったよりも震えてしまった。くそ、と目を瞑ったら、ポロポロ涙が出てしまった。悪循環だ。
「お願い、これはチェイスの嘘だと言って?ジェーンがトレイシーを使って、ヴァルガを脅したなんて、嘘でしょ?」
「嘘じゃないよ、事実だ。」
私はチェイスの方を見た。彼は私の涙を見ると、もう片方の手で私の頬に伝う涙を拭いてくれた。これが嘘であって欲しいと思う気持ちが収まらなくて、ついチェイスに言ってしまった。
「チェイスは私が欲しいのでしょう?」
「……君が欲しいのは事実だ。でも僕は嘘はついていない。ジェーンが本当に、全てを企んでいた。」
「チェイスは私にジェーンを嫌って欲しいから……。」
「キルディア、僕のことが信じられないのなら、ジェーンに聞いてみるといい。」
チェイスの真っ直ぐな瞳が私を捉えている。「悪いことを言った。」と声にならない声で言った私は、チェイスの手を解いて、ウォッフォンのホログラムを出した。新規メッセージが二件届いていた。きっとジェーンからだ。
ホログラムに手を伸ばした時に、深緑色のトゲが刺さったヴァルガの首筋を思い出した。あれは間接的に、私のせいだったのだ。私のことが好きなジェーンが、彼を追い込んだ。
兎に角、ジェーンと話すべきだ。ホログラムに表示されているジェーンのアイコンに指を当てようとした時に、横からサッと手が飛んできて、私の左手は掴まれた。
「何を」
ぐっと腕を布団の方へと引かれて、私はベッドに倒れ込んだ。体を起こそうとする前に、チェイスが私の上に乗っかってきた。
密着した姿勢で私の頭を腕の中に収めた彼は、ぎゅうと私を抱きしめた。
コーヒーの匂いがした。それから、別の人間の匂いがした。ここまで来ても、私は今でも、ジェーンの匂いの方がいいと思ってしまった。
今でもまだ彼のことが好きだ。なのに私は彼を許すべきではない。ポロポロと涙がこぼれて、肩が震えた。
「ただひたむきに、僕は君を愛したい。過去の世界まで追いかけたからって、何も一生ジェーンの隣にいることはない。長く一緒にいないと分からないことだってある。きっと彼には、そう言う一面が隠されていたんだ。僕は君を彼の凶暴さの犠牲にしたくない。僕が守るよ、キルディア。」
「私は守られたくない……。守りたいのに。」
涙が止まらなかった。体を浮かせたチェイスが、私の頭を撫でた。
「ご、ごめん。なら……僕は君に守られてもいい。君がしたいようにして欲しいんだ。ずっと、僕のそばで。」
ピピピと音がして、出しっぱなしにしていたホログラムの画面にジェーンのアイコンが表示された。彼からの普通の着信だ。
手を伸ばして、ホログラムをさっと横に移動させて、アイコンを触ろうとしたが、腕がチェイスに掴まれた。抵抗するも両手を彼に掴まれてしまい、頭の上で固定された。
至近距離で見る彼は、とても欲望的な目をしていた。私は首を小刻みに振った。
「チェイス、いけない。私には、恋人がいる。」
「その恋人はこの世で一番、君を傷つける人だ。そんな人間に、最も大切な人を任せられる訳が無い。」
「ジェーンのしたことは罪だ。その罪を私に知らせるのは構わない。でも、それを利用して、私のことを手に入れようとしているのはあなただ。私を手に入れられるのなら、何をしても構わないと言うのか?」
「八つ当たりかい?僕は、君が心配なだけだ。君がこれ以上彼と話すのを止めたかっただけだ。……ごめん、君が離れて欲しいのなら、僕は素直に離れるよ。」
触っていないのにホログラムの画面がふわっと光った。どうして?と、横をちらりと見た時に、私の頬にぐっと圧がのしかかった。
チェイスが私を逃さないように唇を私の頬に押し付けた。何て強いキスだと思った。そして彼の唇がぐいぐいと私の頬を伝って、口元へ行こうとした。
押さえつけられて手の届かない画面に、何故か両手で顔を隠したジェーンが映った。応答ボタンを押してないのに、ビデオ通話画面になっていた。
腕を動かした。でも思うように私の力が入らないのか、チェイスの力が強いのか、びくともしない。
『キルディア、中々応答していただけないので私の方から……。』
ジェーンの声に気を取られたその時に、チェイスの唇が私の唇に触れてしまった。私はギュッと目を瞑り、素早く顔を反対側に背けた。しかしチェイスが追ってきて、頬に顔を押し付けて、また無理にキスを押し付けた。
私はそれをまた「ぐっ!」と呻きながら、顔を上に逸らして回避した。するとチェイスは体を少し浮かせて、私の顎にキスをした。
「ふふ。キルディア、追いかけっこのつもり?」
ジェーンに見られた。天井に反射していたホログラムの青い光がふっと消えた。ジェーンが通信を切ったのだろう。最悪な場面を見られた。
ジェーンの真相を聞いて、体が無気力に包まれた。それにまだ体が本調子じゃない、抵抗しても力が足りなかった。
それを彼に話して、納得してくれるだろうか。無理だろうな、私が強いのを彼は知っているのだから……。私は涙をポロポロと流した。
なのにチェイスはまた私にキスをした。嫌で嫌で、ギュッと口を閉じた。チェイスの唇が私の硬い唇をほぐそうと動いた。
私の唇が開きそうになったので、唇を噛むことで更に阻止をした。ギュッと力を入れて噛んでいると、力が入りすぎたのか、唇が切れて血が出た。
血の味で驚いたチェイスが、慌てて私から少し離れて、抑えていた両手を解放して、私の唇をどうしたのかと触ってきた。
その間も私は、ジェーンのことを考えていた。今となっては、私が責められるべき対象だ。
「キルディア……口が切れてる!こんなに力入れることはなかったのに。」
「嫌なのに、続けるからでしょ……もう、部屋から出て行って。」
悔しいほどに、声が震えた。
「もう二度と私に会おうとしないで。このフットだって要らない。お願いだから、もう私を好きにならないで……!」
チェイスは悲しげな表情でゆっくりとベッドから降りた。私はチェイスに、装着していたフットを取り外して、投げる勢いで彼に返した。
涙を流しながら睨んでいると、彼と目が合った。ずれた丸眼鏡のレンズは、私の頬の油なのか少し曇っていた。
「キルディア、」チェイスが静かな声で言った。「……悪かった。確かにそうだよね、君の気持ちの切り替えだって、時間が必要だ。」
「切り替えるつもりはない!私はジェーンを愛しているのに!」
「本当に?」
とても重たい質問だった。まだ許せない。でも愛している。でも恥ずべきことをしてしまった。でも愛している。気持ちの整理がつかない。私は苦しい呼吸をしながら言った。
「と、兎に角もう、一人にしてください。じゃあね。」
チェイスは落ちていたバッグを拾って、フットを折り畳んでから入れて、それを肩にかけた。
「……また来るよ。これを改良したら、君に試して欲しいから。だからまた会うよ。ごめんねキルディア……僕は今、どうしても止められなかった。」
私は鼻でため息をついて、背中を向けて座った。少ししてからガラリとドアの閉まる音がした。
さっき届いたジェーンのメッセージを確認した。『どうしました?やはり恥ずかしいですか?』『キルディア、私も恥ずかしいですが、乗り越えませんと。』と言う内容だった。
あれを見られてからは、何もメッセージは来ていない。私は『先程のは抵抗しようにもああなってしまった。言い訳のように聞こえるだろう、ジェーンが私を責める気持ちは理解出来る。切腹してもいい。』とだけ送った。
既婚者と恋に落ちる、結婚前にそう言うことをする、騎士にとってそれよりも大きな罪は、定まった人がいながら他の異性と情を交わすことだ。
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