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64 【通常運転】シードロヴァ博士のお叱り

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 金曜の夜だ。だからと言って明日休みでは無い。もう帝都に来てから一週間が経つけど、未だに休日がやってこない。久々の騎士の仕事にやる気を出して乗り切ってきたけど、ここまでくるとちょっとヘトヘトだ。


 城にある騎士団長の執務室で作業を終えた私は、今日はもう帰るだけだと椅子に座って、城のメイドさんが淹れてくれた紅茶を飲んだ。


 ジェーンが好きな紅茶だ。ふわりと部屋を包む香りで、彼の研究室を思い出した。


 彼は毎日メッセージをくれるけど『許してください』と一言だけなので、返答に迷って、結局保留にしてしまっている。


 あれからずっと色々考えた。確かにジェーンは感情が死んでる。でもそうなった理由を私は知ってる。


 彼が感情を殺したのは、彼自身を守る手段でもあった。それにもう二度と繰り返さないと何度も言っていた。憎むは罪を、許せよ人を。士官学校で教わった言葉だ。


 だからそろそろ返事をしようと思っていた。忙しくて中々いい文章が思いつかなくて、あまり変なことを書いたら恥ずかしいからと考えては考えてを繰り返して、ここまで来てしまった。


 本当に、相手がジェーンだと私は優柔不断に陥る。騎士の仕事ではサクサクと方針を決めては皆に指示を与えるのに。


 胸の中で燃えていた怒りは、彼のいない夜を過ごすたびに徐々に薄れ始めていた。確かにまだ、彼を好きな気持ちが残ってると、自覚するたびに胸が鼓動する。


『お久しぶりです。元気?K.Gilbert.K』


 ここに来てから騎士用のウォッフォンになったので署名は固定されてる。


 私からだって分かるかな、なんてちょっと考えてみた。しかし返事が来ない。まだ気付いていないのかな。それとも忙しいのか、もう嫌われたのか。


 ……うーん。私は立ち上がって、窓際をウロウロと歩き始めた。


 白と青の騎士の制服には短いマントがついていて、それがゆらゆら揺れた。胸には以前騎士だった時にもらった勲章と、ここに戻ってからLOZの件で受けた勲章が飾られている。


 でもこの制服の中、右腕と右足はジェーンの努力の結晶だ。LOZのことだって、ジェーンがいたから成し遂げられた。この勲章は二人のものだと思ってる。彼はクセが強いけど、好きだ。


 私は思い切って彼に電話をかけた。しかし『お掛けになった番号は……』とアナウンスが流れてしまった。


 え?着拒?


 え?


 ジェーンがウォッフォンを電源オフにするイメージが浮かばないし、圏外なんてユークには無い。


 え?着拒?


 ふと、スコピオ博士の顔が浮かんだ。私はあの人と同じになってしまったの?


 いやいやいや!私は慌てて今度はリンに電話をした。


 こっちに来てからというものの、彼女は毎日毎日鬼電をかけてくる。二日目ぐらいで着信音をオフにしたのはファインプレーだった。でも可哀想なので、寝る前に少しはお話をする。


 いやいやいやそんなこと思ってる場合じゃ無い。私は鼻息荒くリンが通話に応じるのを待った。するとコンコンとドアがノックされた。


「はい?」


「あ……トレバーです。今度イスレ山に派遣となる第四師団の件でお話に参りました。中に入っても宜しいですか?」


「ああ、ああまあ……どうぞ!」


 トレバーが中に入ってきた。片眼鏡がキラッと光った彼の顔は、少し引きつっていた。それもそうか。今私はハアハア息を荒くしてウォッフォンの応対を待っているんだから。トレバーは恐る恐る私に近づいてきた。


「ギルバート様、大丈夫ですか?何だか……興奮した様子で。」


「大丈夫、うん。それで第四師団の件か、えっと、フォレスト師団長がギルドの支部を援護するって話だよね。ルミネラ平原の東に穴が空くから、予定ではそこは第七師団を配置する。ブルーホライズンと共に。それを明日発表しようと思っていた。」


「成る程、ブルーホライズンも一緒ですか、それはいいアイデアです。実は私の部隊を合流させたほうがいいかと考えていたのです…。彼等で間に合うでしょうか?今あのエリアには小さきながらも、また新たな武力団体が。」


「一昨日士官学校に行ってきた。ブルーホライズンにはとても魅力的な兵士が数名いた。彼なら乗り越えられると信じてる。状況が人を育てるなら、ある程度状況を残しておかなければならない。私は今のブルーホライズンも第七師団も信じてる。」


 トレバーがふわっと笑った。


「とてもよく似ています。」


「え?」


「ヴァルガ騎士団長に。……というのは失礼でしたか。」


「いや全然失礼じゃないよ。う、嬉しいよ。はは。まだ戻ってきたばかりで足りないところがあるから、トレバーが支えてくれるととても助かる。いつもありがとう。」


「そ、そうですか。因みにそれは似ていません。」とトレバーが照れ笑いをした。「ヴァルガ様はあまり私を褒めませんでしたから。」


 と、その時だった。『あーごめんもしもし!気づくの遅れちゃった!ってか何分私の応答を待ってたんだし!そんなに私を求めちゃって欲しがりなんだからアッハァー!』というリンのご機嫌ボイスがウォッフォンから聞こえてきた。


 私はハッとしてウォッフォンに向かって「今何してんの!?どこにいる!?」とすごい剣幕で聞いた。


 トレバーは非常に驚いた顔になっていたが構いやしない。ジェーンがちょっと、いや結構、心配なのである!


『え?今日は新しい社員さんの歓迎会をバーココナツで開いてるんだよ!それにみんな来てるから、もうこんな状態なわけ!で?どうしたの?寂しくなっちゃった?「ジェーンはそこにいる!?」


『ジェーン?ああさっき、私とチェスの勝負をした後に一人で帰ったよ?』


「ええ!?」


 もしかしたら夜道で何かに巻き込まれたのかもしれない。私はリンに狼狽ながら言った。


「ジェーンと連絡が繋がらない!私を着拒にしたのならまだマシというかそれも嫌だけど、もしかしたら夜道で『まあジェーンだし、それぐらいするんじゃない?』


「え?」


『あ!違うわ!思い出した!ジェーンさっきウォッフォンの電源切ってたよ?キリーから連絡が無いからやさぐれてたし、それでやけになって電源をとしたんじゃない?アンタちゃんと愛情表現しないとダメだよ。私でさえ毎日ラブ博士にはんまっ!んまっ!同じ職場だから投げキッスし放題!アッハッハ!』


「もう切っていいかな。」


『待て待て待て!おいキルディア、お前がソーライが消えてから、この職場は冷凍庫のように寒々しくなったよ。特にジェーン。あれは帝国研究所時代のジェーンに戻ってる。過言じゃないね。もうね、私語を慎め、報告するならそれなりの結果をもってこいだからね。』


「そ、そうなんだ。」


『そうだよ!キリーは忘れてるよ、彼はキリーの愛があったから温かい人になってた。とは言っても前からキリー以外には結構冷たかったけどね、この私でさえも彼のツンの餌食だった。通常運転のジェーン。あ!そうだ、この動画見てみて!』


 リンが何か動画を送ってきた。私はウォッフォンのホログラム画面を出したところで、トレバーがぽかんと口を開けて立って待っているのを知った。


 彼に「もう少し話をしたい?切ろうか?」と聞いたら、微笑んで「いえ、少し見させてください。」と回答を得た。……いいけども。


 私はリンから送られて来た動画をクリックした。タイトルは「【通常運転】シードロヴァ博士のお叱り」だった。トレバーも見ている。


 画面にはジェーンの研究室のデスクでジェーンがPCをカタカタしている姿が写っていた。ジェーンがチラッとこちらを見ると、苛々した声で画面主に話しかけた。


『リン、くだらないことをしていますね。出て行きなさい。邪魔です。』


『いやでーす!観察動画の一つぐらい記念に残したいもん。それに昼休みでーす!』


『……レーザー。』


『え?』


 ジェーンが目頭を押さえて、紅茶を飲んだ。


『レーザーの設計ですよ。予定よりも作業が捗りません。こういう時は実証を行うことで、見方を変えることが出来る。ターゲットが必要ですね。それも生身の人間なら、良好な結果を得ることが可能だ。』


『私をレーザーで撃とうと思ってる?』


『おお、あなたにしては察しのいい。見直しましたが、ついでに、見限りもしました。何故私を撮影し続ける?邪魔だから出て行けと、もっときつく申したほうが通じますか?私は本気です。』


 その辺でやめとけって思った。ジェーンは眉間にしわを寄せて、今にも爆発しそうな雰囲気で紅茶を飲んでる。リンよ、その状況にも平然と耐える肝っ玉はどこで手に入れたの?


『えーいいじゃん少しぐらい。ジェーンだって一人で黙々と作業をし続けるよりも、ちょっと話したほうが気分転換になるでしょ?』


『それは貴様の場合だろうが……!』


 ジェーンが荒々しくティーカップを置いた。ドスの聞いた声で、彼は続けた。


『いいか、貴様の薄っぺらく平面な物差しは、この世の中の全てを理解するには単純かつ矮小すぎる!多面的にならないか?何故なれない!?どうして私は一人物悲しく余剰次元を創り上げて、尚且つそれでは不十分だと野次を飛ばされなければならないのだ!今すぐに消えろ。さもなければお前に待っているのは永久の無だ!』


『やっばー、きえまーす!またね~!』


 ……という感じで、リンがドアを閉めて動画は終了した。私はホログラムを消した。トレバーと目が合ったけど、お互い引きつり笑いの顔だった。


 このジェーンの怒り具合は知ってる。海賊船にチェイスに対してこうだったから。でもその時よりもちょっと恐怖感が増す感じではあった。


『それで?今はどうなのキリー?』


「どうって?」


『会いたいの?』


「あ、会いたいよ……。」


 するとトレバーが何度も頷いてパチパチを手を叩き始めた。この人こういう恋愛的な展開が好きなのかな?そしてリンが私に言った。


『じゃあ何をゴネゴネしてるんだ!ジェーンは変わってるけど、いい人だよ。色々あったみたいだけどさ、ジェーンなりに努力してる。さっさと会ってあげて。じゃないとそのうちソーライで誰か死ぬよ。アッハッハ!』


「あ、会うよ。次の休みはいつかまだ決まってないけど。落ち着いたら。」


『うんうん!あと電話もしてあげてね!……あ!違うわ!思い出した!ジェーンは新しい恋仲を探すって言ってたよ!』


「でええええええええええ!?え?……え?えっ?本気で?」


『……うん。結構本気だと思う。キリーはもう諦めたって言ってた!』


 私は大口を開けて絶句した。トレバーも両手で口を押さえて、驚きに目をぱっちり開けている。


「え?そうなの……じゃあ本気で着拒なのかな。え……?」


『分かんないけどそう言ってた!じゃあまた明日電話するね~!今からビンゴ大会するからまたねー!』ブチっと通話は終了した。


 何この終了間際のどんでん返しは。酔っ払ったリンの冗談と思いたいけど、悲しいことに彼女は滅多に嘘をつかないし、ついても分かり易い。


 あー、ずっと連絡してなかったからジェーンが愛想を尽かしてしまったんだ。あー……。そしてトレバーが衝撃を受けた顔をして、じっと立っているので、私は彼に言った。


「そういうことなんだって。あまり他言しないでね。」


「他言はしませんが。そうでしたか……そういう展開ですか。」


「いいからいいからもう。」と私は彼の背中を押して執務室から追い出した。一人になって、静かになった部屋で、ソファにドスンと座った。


 もう一度だけジェーンに電話した。電波なしのアナウンスの声が、虚しく頭の中に響いた。


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