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meishino

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63 私はもう限界です

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 ラムを選ぼうとしようか。今夜の酒はうまい。


 グラスに天然水の氷をコロリと入れて、注いだラムにレモンの絞り汁を数滴垂らす。ミントの葉を添えれば完璧だ。喉の渇きを癒すのに、最高の手段と言える。


 何が歓迎会だ。何がソーライ研究所だ。キルディアは帝都に行ってからというものの、私に連絡をくれなくなった。


 怒っているのだろう、本音をさらけ出すことがどれだけ危険なことかというのを、改めて思い出す出来事だった。


 私がいけないことをした。私が間違っているのは重々承知している。キルディアに本心を伝えたことで、後悔と、懺悔ざんげ、それから許しへの渇望……それらが私の胸中を渦巻いている。このラム酒のように。


 バーココナツという隠れ家テイストの飲み屋では、今宵ソーライ研究所に新たに入社した中肉中背のラモン、まだまだ若いシーナ、海洋研究所からやってきたエリスというベテラン、この三名の為の歓迎会が行われていた。勿論幹事はリンだ。


 騒々しいこと極まりないが、仕方あるまい。活気はないよりはあった方がいい。私は一人、端のテーブル席に座り、震えることのないウォッフォンを頻繁に見てはため息をついた。


 キルディアは特に帝都民からとても歓迎されている。あの皇帝にも。


 その様子をニュースでしか知ることの出来ないもどろかしさよ。ヴァルガと対談した記事もあり、その中で二人は互いを褒めちぎっていた。何が騎士だ。


 キルディア……私と共に働けなくなることについて、少しばかりも寂しく思ってくれなかった。


 私はこんなにも……ああ、うまい。今宵の酒は格別だ。おかわりをしようか。


「ねえジェーン、何してんの?こんなとこでさ!」


 リンが私の肩を抱いた。私は体をよじらせてそれから脱出した。顔面真紅の色情魔しきじょうまめ、私にスキンシップしていいのは、キルディアだけだ。連絡をくれないが。


「はぁ!リン、後生ですから、これをお代わりしてきてください。」


「いやいやジェーン、一人で黙って飲みすぎだから!アッハァ!二人で話そ?ってか、あの三人だって折角研究開発部にきてくれたんだし、ジェーンと話したいって言ってるよ?だって最近ジェーンは職場だとまじでロボットになってるよ。余計な発言は慎めって、そればかりでさ。」


「効率を求めることの何が悪ですか。」


「悪じゃ無いけど、コミュニケーションも大事だってこと!まああの三人はジェーンの性格分かってここに来てるから受け入れがちだけどさ。」


 リンは私の隣に座った。私は肘枕に顎を乗せて、窓の外を眺めた。


「ねえジェーン、全然楽しんで無いね。キリーとはどうなの?うまくいってんの?それともこのマーメイドいる?」


「質問が多いです。しかし三つのうち二つは類似しているので優先的に回答しますが、上手くいっているならば私はもっと生き生きと過ごしていることでしょう。」


 リンがゲラゲラと笑い始めた。煩い女よ、さっさとスローヴェンと元へと帰りたまえ。しかしリンはそうしてくれなかった。


「あーん、うまくいってないんだ!駅でキリーにごめんってすごく謝ってたけど、あれは何があったの?全然教えてくれないじゃん!キリーに聞いても全然教えてくれないし。」


「は?……あなたはキルディアと連絡をとっているのでしょうか?」


 リンは嘘っぽい笑みを浮かべた。余計な事実が判明した。


 キルディアは騎士の職務が多忙で連絡をしてこない可能性があった。私はそうであって欲しいと思っていたが、それは違った。キルディアは敢えて私の連絡を無視していたのだ。


「ねージェーン。今のは気にしないでよ。そんなに連絡取ってないよ?毎晩電話を五分ぐらいしか出来てないし。」


 私はテーブルにおでこをごちんとぶつけた。


「どうしました?部長。」というラモンの声、「なんだそんなに飲んだのか!」と呑気なクラースの声、「いやいや平気、大丈夫!あっはっは!」とリンの笑う声。


 キルディア、キルディアキルディア……キルディアァァ……。


 彼女からの連絡が無いのなら、このウォッフォンなんぞ装着している意味が無い。何のためのネット環境だ。私と彼女を繋げるためでは無いのか。


 ハッキングしても、それが判明すれば私の好感度が下がる一方だ。それは避けたい。ならばと意を決して電源を切った。黒い小さなディスプレイは、バーの照明を反射するだけとなった。


「電源切ったの?キリーから連絡あったらどうするの?」


 リンが口を尖らせて私に聞いた。回答もせず、私は立ち上がり、席を移動して今度はカウンターの方へと座った。


 皆はワイワイと中央の席に集まっており、この小さな店は貸し切りだ。カウンター席には私一人だけ。グラスを拭いているバーテンダーに先程と同じものを注文した。


 もう少し酔わせて欲しい。何もかも思考が出来なくなるくらいに、気がついたら明日の朝だった、それが理想だ。


 そしてその先、一人きりの自宅で迎える休日。私はまた酒を飲むだろう。読書をしよう。宇宙の真理を思考しよう。それとも未だ回答の出ていない数学の問題でも解いてみようか。


「ねえジェーン待ってよ。一人は悲しいじゃん。」


 スローヴェンの隣にいればいいというのに、彼は何をしている?


 振り返ると彼は、テーブル席に座ってエリスと魔工学を語り合っていた。なるほどリンはあれには入れないはずだ。そうこうしているうちに、リンは私の隣に座った。


 差し出されたお酒を私はグイッと飲んだ。


「飲み過ぎー。大丈夫、そのうちキリーから連絡来るって。忙しいみたいだよ?」


「ええ多忙なことは存じ上げております。私も彼女のニュースは毎日チェックしておりますからね。連絡はもう半ば諦めております。新しい恋仲を探す、それも一つかもしれません。大体、彼女はあの環境で果たして職務に全う出来るのでしょうか。明らかに彼女にとって皇帝はセクハラ大王です。」


「ジェーンやさぐれすぎだって!はっはっは!大丈夫だよキリーはちょっと考える時間が欲しいのかもよ?キリーは結構仕事でいっぱいいっぱいみたいで、ジェーンの話はまだ聞かないけど……そのうち連絡くるって!」


「……ですからもう諦めております。」


「それに、チェイス皇帝の件はこれで解決したじゃん。」


 私はリンを見た。一体何の話だ?私の反応を見たリンはすぐに目を見開いた。


「え?ジェーンもしかして知らないの?ああそっか!まだこっちの世界に来て四年だもんね!」


「……何のことでしょう?」


「ふふっ、じゃあ私にゲームで勝ったら教えてあげよう!チェスで勝負だ!ジェーンがどれくらい頭がいいのか、改めて体験してみたい!」


 私は新しい酒に口をつけてから答えた。喉が気持ちいい。


「無駄な時間を過ごして楽しいですか?この一杯を飲んだら、私は帰宅します。」


「させるか!私と……そうだね、アリスのタッグで勝負だ!」


 リンの声を聞いた皆が、「いいぞやれ!」「えーどうなるの!?」と盛り上がり始めた。辞退するわけにもいかず、私はチェスに興じることとなった。サクサク進める私と、二人で話し合ってから漸く一手を出す相手。


 私と同じようなペースで、駒を出す彼女が恋しくなった。そうか、私と対等に渡り合えるはずだ、騎士団長にもなれるのだから。私だけのナイトであって欲しいという願いは、太陽を独り占めするようなことだったのだ。


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