151 / 253
試行錯誤するA君編
151 スーパーで買い物
しおりを挟む
長い一日だった。でも、素敵な一日だった。皆と一緒に作戦会議出来たことは、確かな私の自信に繋がった。これから困難な道になろうとも、私は皆がいるなら乗り越えられるだろう。と、思いながら私はスーパーの精肉ゾーンの前で待たされている。
ユークタワービルから我々の家に向かう帰り道に、このいつも使っているスーパーがあるのだが、ジェーンが精肉担当にちょっと話があると意味不明な宣言をしてから約十分が経つ。
この間にお茶だったり煎餅だったり選ぼうと思ったが、結構彼の好みは繊細なので、彼を待つしか無かった。私はと言えば何でも美味しい派なので、もうこればかりは、彼に合わせるしかない。
何を話しているんだろうか、私がいるのはお肉がずらりと並んでいるコーナーだが、ここには全ての肉の部位が揃っている。これ以外に何を頼もうと言うのか、ジェーンよ。すると私のウォッフォンが鳴った。それは何と言うことか、アイリーンさんからだった。私は引きつりながら出た。
「はい、キルディアです。」
『お疲れ様、会議は有意義でしたか?』
「ま、まあ。何か用事ですか?」
よく見ると私の目の前にあるでっかい牛肉が、一枚五百カペラだった。この大きさ、普通なら九百カペラはしそうなのに、これはお買い得だ!と思ったその時に、横から来たおばさまに取られてしまった。ああ、他にも探したが、それと同じ値段のものは無かった。残念すぎる……。
『……ねえ、聞いてるのかしら?博士と距離を置く事は、成功しているのかどうか、聞いているのだけれど?』
「え!?」やばい、お肉に夢中だった。しかもその話題か~。「えっと、うーん、なんて言うか、丸め込まれました。」
『はあ!?』私のウォッフォンがアイリーンさんの声で音割れした。私はまたウォッフォンに顔を近づけた。『丸め込まれた?じゃああなた、話したのね!』
「だって、じゃあ本当のことを言うけれど、ジェーンはあの時、自分の遺伝子を提出しなかったらしいよ?アイリーンさんが見たのは、ジェーンの部下の遺伝子だったんだって。しかもそれも何の血の繋がりもないってさ。アイリーンさん私に嘘ついたの?」
『嘘ではありません!いえ、多少の嘘はつきました。私が参照したのは公のデータでは無く、私個人が遺伝子情報を調べた時のものです。それは確かに、博士と私のもので間違いありません。私が博士の体液を採取したのですから。兎に角、あなたにソースをお送りしても構いません、これは事実なのです!』
「ええ!?」体液って何、お、おしっこ?ええ?「ちょっと待って、体液って、どのように採取したの!?」
『食い付くのはそこですか……?まあいいですけれど、はあ、博士は私に飲みかけのペットボトルを渡しましたね。そこについていた微量の唾液さえあれば、あとは解析出来ます。この事は他言しないでください。』
「それは確かに信憑性あるけど……。」
それが本当なら、ジェーンの言っていた事は覆される。彼はやはり、カタリーナさんと子孫を繁栄させるべきなのだ。ああ、背中にぴったりくっついて、夜を明かしている場合じゃないよ。私はしょんぼりしながら言った。
「でもまた、丸め込まれるかもしれない。我々、実はとっても仲が良いんです。まるで双子なんです。双子のイヌです。」
『はあ……双子のイヌですか、さぞかし仲がよろしいことでしょうね。ですが、いくら仲がよろしかろうと、それでも超えてはいけない一線があります。私が言えることではありませんが、キスなんかもってのほか。挨拶のハグ程度だったら良いでしょうが、それも長すぎるハグは、彼の奥様だって許せないでしょう。兎に角、彼が無事に過去に帰ることだけを、あなたは考えてください!』
「あ、ああ……。」もうこのカルビでいいや、うまそうだし、私は適当にカゴに入れた。
『彼をその気にさせないで。』
「ああ、うん……」と呟いた瞬間に、通話が切れてしまった。そんな心配しなくても、あの人が本気で私に対して、その気になるわけ無いだろう、こんな色気もへったくれもない私に。
ああ、でもそうか、今回のカタリーナさんの話は結構、信憑性がある。これはジェーンも言い逃れ出来ないのでは……と考えていると、またウォッフォンが鳴った。
それにしてもジェーンはまだか、しかしまだ彼の姿は見えないので、その通話に出た。
『ボス、お疲れ様です。』
「ん?タージュ博士?お疲れ様です、あら珍しい、どうしたんですか?何かトラブル?」
『いえ、そうでは無いんだけども、うーん。』
何だその歯切れの悪さ、逆にとても怖い。それほどでっかいミスを犯したと言うのだろうか。私は鼻に口を寄せて、彼の発言を待った。
『……今日の会議はどうでしたか?』
「ああうん?とても良かったよ。ポータルにもアップするけれど、新しくLOZのポータルも出来たし、より情報交換し易くなった。それは大きいよね、繋がってる感じがして、皆も心強いと思うし、各地で何かがあってもすぐに対処出来る。」
『それは何よりです……!』
それだけかよ。私は一人で笑ってしまった。何だか様子がおかしい。
「ねえタージュ博士、ジェーンには内緒にするから、何しでかしたのか教えてくださいよ。私絶対に怒りませんから。」
『ああいや、僕が何かを仕出かしたから直談判しようとか、そう言うのでは無いのです。ちょっと、声が聞きたくなりました。』
「誰の?」
『ボスのです。』
そうなんだ~……これは一体、どう言う現象なんだ?妙だ。私はちょっと困りつつも、彼に聞いた。
「眠れないの?何か不安になってるとかで。」
『最近眠れないのは事実だけど、でも、体調に影響が出る程では……。ところで、部長と一緒に暮らしているようですね。今日の夕飯は、何を?それは部長と一緒に食べますか?』
「うーん、そうですねぇ」私はカゴの中を見ながら答えた。「大体お夕飯はジェーンと食べるよ。私も彼もあまり料理出来ないから、スーパーでお惣菜買ったり、冷凍食品が多いけど、今日はお肉を焼く予定。ジェーンが今、精肉担当の人と話し込んでて、それはどこの部位の話なのかは分からない。はは。」
タージュ博士は私の話を、ああ、うん、はい、と相槌をよく打って聞いてくれた。話し易いと思った。するとタージュ博士が言った。
『確かに、ボスは士官学校生でしたから、鍛錬鍛錬で、料理にかまけている時間はなかったでしょう。これは一つ提案なのですが、明日の晩、宜しければ僕の部屋でグラタンを食べませんか?実は僕、料理が趣味でね、ぜひ食べて頂きたいと思いました。』
「ええ、本当に!?」グラタン!それは美味しそうだ!「じゃあ、ジェーンと一緒にお邪魔しようかなぁ。」
『いえいえ!部長はいけません、ボスのみです。』
私はぽかんとした。でも次の瞬間、たまには誰か別の人と食事してもいいだろうと思った。それに誰かの手料理を食べたい。それもグラタン……絶妙に好物だ。私は返事した。
「分かりました、じゃあ明日の晩、」と、言ったところでジェーンが戻ってきた。彼は私が通話中だと分かると、何かを私に言おうとしたのを我慢した。「お邪魔しますね。何か持って行きます。」
『ああ、それは大丈夫ですよ。お気遣いなく。それでは明日の午後七時に、ユークタワービルの前に来てくれますか?そこから僕の自宅は近いので、案内します。』
「分かりました。その時間に、向かいます。じゃあまた。」
『はい、また。』
通話は終了した。私はカートを押して歩きながら、隣を歩くジェーンに聞いた。
「ねえ、さっきまで中で何をしてたの?何も手に持っていないけど。」
彼は真顔で答えた。
「ああ、少し聞きたいことがありました。納得のいく回答が得られたので、戻ってきました。」
「へえ、それってなに?」
「内緒です。」
何だそりゃ。私は苦笑いしつつ、先に進み、そしてお酒のコーナーで曲がった。幾ら何でも手ぶらはまずいだろうと、何かワインの一本でも持って行こうと思ったのだ。タージュ博士は、よく飲み会でワインの飲んでるから、きっとワインが好きなはずだ。赤かな、白かな、選んでいると、ジェーンがポツリと言った。
「先ほどの通話は、どなたとの会話ですか?どうしてワインを選んでいますか?帰って、我々二人で飲むのですか?でしたらチーズやサラミもあった方が宜しいかと。」
本当のことを言えば、ジェーンは何て言うだろう。なんか、ダメって言いそうな気がする。でも、この男はカタリーナさんと繁栄するべきなのだ。だったら、タージュ博士と仲良くしようとする姿勢を見せてもいいのかな。
「さっきの電話はタージュ博士だよ。明日の晩、彼の家で手作りのグラタンをご馳走することになったから、お土産にワインを持って行こうと思って!ほら、タージュ博士よくワイン飲んでるからさ……確かに、サラミとか……あった方いいかもね~……。」
話している途中から、ジェーンの表情があからさまに曇ってしまった。何だろう、気まずくなって、私の声は途中から風船のようにしぼんでしまった。五百カペラの丁度良さげな、シロープ産の赤ワインがあったので、私はそれをカゴに入れた。するとジェーンがそのワインを手に持って、ラベルを見ながら私に聞いた。
「カベルネですか。あなたはカベルネが好きですか?」
「ま、まあ、あまり詳しくないけど、カベルネが好きだよ。白については全くわからない。カベルネのフルボディが好き。」
「個人的な意見ですが、風味がビターチョコに似ています。私もワインで一番好きなのは、カベルネのフルボディです。奇遇ですね~……私と好みが一緒とは。ああ、そうですか、そうですか。」
なんか知らないけど超怖い。私はジェーンの手からそのワインを奪って、カゴに入れて前を進み、同じ列にあったおつまみコーナーで、サラミとチーズを適当にカゴに入れた。ジェーンは腕を組んだ姿勢で歩きつつ、私に聞いた。
「キルディア、その食事会に私は参加出来ませんか?」
「出来ないんだって。でもタージュ博士を責めないでね、きっとたまには二人で色々と話したいんだよ。アリスだって、たまにランチの時に、調査部のオフィスに来て、一緒にパン食べるじゃない?きっとそんな感じだよ。」
私は冷凍食品のコーナーで曲がった。ジェーンも同じ速度で付いてきた。
「怪しいではありませんか、手作りのグラタンですよ?それに万が一、眠り薬でも混入していたら、どうなさいますか?」
「ええ!?」私は驚いて振り向いた。「そんなこと職場のボスにするわけないでしょうが!それに士官学校で、毒の匂いを一通り嗅いだ経験あるから大丈夫だよ。入ってたら分かる。」
「分かりませんよ、彼はバイオのエキスパートです。忘れることなかれ、彼はバイオのエキスパートなのです!匂いなしの毒だって、調合出来るはず!」
声でかいな、分かったから落ち着いてよ……幸いにも、周りにお客さんはいなかった。私は冷凍庫の棚から、ヤモリの唐揚げとポテトをとってカゴに入れた。
「二回も言わなくていいよ……まあ、たまにはいいじゃないの。ジェーンもさ、そうだ!」私は名案を思い付いた。「明日ジェーンも、アイリーンさんと食事してきたら?そしたらきっと、考えが変わるかもよ!」
「ああ~、なるほど。」
ジェーンはニヤリと笑った。もしかしたらアイリーンさんに何か言われたことを悟られてしまったかもしれない。全く、ちょっと話しただけで、彼は賢いからすぐに分かってしまう。私は素早くカートを転がして、レジに向かった。ジェーンが早歩きで付いてきた。
「アイリーンとまた何か、私の話をしたのですか?」
私は彼の質問を無視して、レジに並んだ。たまたまその時は空いていて、すぐにお会計に移れそうだったが、手首をあげてウォッフォンでの清算をスタンバイしていると、ジェーンが私の手を降ろさせた。
「何?いいよ、払うよ。最近ジェーンばかり払ってる。お土産もあるし。」
「支払いは私にさせてください。あなた少し、向こうで待っていてください。早く。」
「え?え?」
ジェーンが私の背中を押してきた。そんなに言うなら……いいのかな。私はレジの向こう側にある、サッカー台の前で待つことにした。他にも何人かのお客さんが袋に買った食材を詰めている。ジェーンはウォッフォンで清算をした後に、カゴを持って、こちらに向かってきた。私はカゴを受け取り、サッカー台においた。
「いいよ、あとで払うって。お土産代まで、悪い。」
「ああ、構いません。私からも宜しくと、タージュにお伝えください。」
私は何も答えないで、袋に買ったものを詰め始めた。すぐにそれが終わると、カゴを重ねて、お店の外に出た。その間、ジェーンは無言だった。
いつもなら隣を歩くのに、今日は斜め後ろを彼は歩いている。何か、気にくわないことでもあるのだろう。サンセット通りに出た時には、夜空に少し、星が出ていた。後ろを歩く彼に、振り返らず話しかけた。
「アイリーンさんはね、昨日ジェーンが確認した、公式のデータを参照したんじゃないらしいよ。」
「え?」
「彼女が独自に、ジェーンの体液を採取して、それで、その研究結果で……分かったようだよ。ソースもあるって、自信満々に言っていた。さっき電話で聞いたんだ。」
「……。」
ジェーンは無言になってしまった。彼は何度も鼻でため息をついている。そうなれば何も言い返せないのだろう。そりゃそうだ、今回ばかりは、かなり信憑性がある。
ユークタワービルから我々の家に向かう帰り道に、このいつも使っているスーパーがあるのだが、ジェーンが精肉担当にちょっと話があると意味不明な宣言をしてから約十分が経つ。
この間にお茶だったり煎餅だったり選ぼうと思ったが、結構彼の好みは繊細なので、彼を待つしか無かった。私はと言えば何でも美味しい派なので、もうこればかりは、彼に合わせるしかない。
何を話しているんだろうか、私がいるのはお肉がずらりと並んでいるコーナーだが、ここには全ての肉の部位が揃っている。これ以外に何を頼もうと言うのか、ジェーンよ。すると私のウォッフォンが鳴った。それは何と言うことか、アイリーンさんからだった。私は引きつりながら出た。
「はい、キルディアです。」
『お疲れ様、会議は有意義でしたか?』
「ま、まあ。何か用事ですか?」
よく見ると私の目の前にあるでっかい牛肉が、一枚五百カペラだった。この大きさ、普通なら九百カペラはしそうなのに、これはお買い得だ!と思ったその時に、横から来たおばさまに取られてしまった。ああ、他にも探したが、それと同じ値段のものは無かった。残念すぎる……。
『……ねえ、聞いてるのかしら?博士と距離を置く事は、成功しているのかどうか、聞いているのだけれど?』
「え!?」やばい、お肉に夢中だった。しかもその話題か~。「えっと、うーん、なんて言うか、丸め込まれました。」
『はあ!?』私のウォッフォンがアイリーンさんの声で音割れした。私はまたウォッフォンに顔を近づけた。『丸め込まれた?じゃああなた、話したのね!』
「だって、じゃあ本当のことを言うけれど、ジェーンはあの時、自分の遺伝子を提出しなかったらしいよ?アイリーンさんが見たのは、ジェーンの部下の遺伝子だったんだって。しかもそれも何の血の繋がりもないってさ。アイリーンさん私に嘘ついたの?」
『嘘ではありません!いえ、多少の嘘はつきました。私が参照したのは公のデータでは無く、私個人が遺伝子情報を調べた時のものです。それは確かに、博士と私のもので間違いありません。私が博士の体液を採取したのですから。兎に角、あなたにソースをお送りしても構いません、これは事実なのです!』
「ええ!?」体液って何、お、おしっこ?ええ?「ちょっと待って、体液って、どのように採取したの!?」
『食い付くのはそこですか……?まあいいですけれど、はあ、博士は私に飲みかけのペットボトルを渡しましたね。そこについていた微量の唾液さえあれば、あとは解析出来ます。この事は他言しないでください。』
「それは確かに信憑性あるけど……。」
それが本当なら、ジェーンの言っていた事は覆される。彼はやはり、カタリーナさんと子孫を繁栄させるべきなのだ。ああ、背中にぴったりくっついて、夜を明かしている場合じゃないよ。私はしょんぼりしながら言った。
「でもまた、丸め込まれるかもしれない。我々、実はとっても仲が良いんです。まるで双子なんです。双子のイヌです。」
『はあ……双子のイヌですか、さぞかし仲がよろしいことでしょうね。ですが、いくら仲がよろしかろうと、それでも超えてはいけない一線があります。私が言えることではありませんが、キスなんかもってのほか。挨拶のハグ程度だったら良いでしょうが、それも長すぎるハグは、彼の奥様だって許せないでしょう。兎に角、彼が無事に過去に帰ることだけを、あなたは考えてください!』
「あ、ああ……。」もうこのカルビでいいや、うまそうだし、私は適当にカゴに入れた。
『彼をその気にさせないで。』
「ああ、うん……」と呟いた瞬間に、通話が切れてしまった。そんな心配しなくても、あの人が本気で私に対して、その気になるわけ無いだろう、こんな色気もへったくれもない私に。
ああ、でもそうか、今回のカタリーナさんの話は結構、信憑性がある。これはジェーンも言い逃れ出来ないのでは……と考えていると、またウォッフォンが鳴った。
それにしてもジェーンはまだか、しかしまだ彼の姿は見えないので、その通話に出た。
『ボス、お疲れ様です。』
「ん?タージュ博士?お疲れ様です、あら珍しい、どうしたんですか?何かトラブル?」
『いえ、そうでは無いんだけども、うーん。』
何だその歯切れの悪さ、逆にとても怖い。それほどでっかいミスを犯したと言うのだろうか。私は鼻に口を寄せて、彼の発言を待った。
『……今日の会議はどうでしたか?』
「ああうん?とても良かったよ。ポータルにもアップするけれど、新しくLOZのポータルも出来たし、より情報交換し易くなった。それは大きいよね、繋がってる感じがして、皆も心強いと思うし、各地で何かがあってもすぐに対処出来る。」
『それは何よりです……!』
それだけかよ。私は一人で笑ってしまった。何だか様子がおかしい。
「ねえタージュ博士、ジェーンには内緒にするから、何しでかしたのか教えてくださいよ。私絶対に怒りませんから。」
『ああいや、僕が何かを仕出かしたから直談判しようとか、そう言うのでは無いのです。ちょっと、声が聞きたくなりました。』
「誰の?」
『ボスのです。』
そうなんだ~……これは一体、どう言う現象なんだ?妙だ。私はちょっと困りつつも、彼に聞いた。
「眠れないの?何か不安になってるとかで。」
『最近眠れないのは事実だけど、でも、体調に影響が出る程では……。ところで、部長と一緒に暮らしているようですね。今日の夕飯は、何を?それは部長と一緒に食べますか?』
「うーん、そうですねぇ」私はカゴの中を見ながら答えた。「大体お夕飯はジェーンと食べるよ。私も彼もあまり料理出来ないから、スーパーでお惣菜買ったり、冷凍食品が多いけど、今日はお肉を焼く予定。ジェーンが今、精肉担当の人と話し込んでて、それはどこの部位の話なのかは分からない。はは。」
タージュ博士は私の話を、ああ、うん、はい、と相槌をよく打って聞いてくれた。話し易いと思った。するとタージュ博士が言った。
『確かに、ボスは士官学校生でしたから、鍛錬鍛錬で、料理にかまけている時間はなかったでしょう。これは一つ提案なのですが、明日の晩、宜しければ僕の部屋でグラタンを食べませんか?実は僕、料理が趣味でね、ぜひ食べて頂きたいと思いました。』
「ええ、本当に!?」グラタン!それは美味しそうだ!「じゃあ、ジェーンと一緒にお邪魔しようかなぁ。」
『いえいえ!部長はいけません、ボスのみです。』
私はぽかんとした。でも次の瞬間、たまには誰か別の人と食事してもいいだろうと思った。それに誰かの手料理を食べたい。それもグラタン……絶妙に好物だ。私は返事した。
「分かりました、じゃあ明日の晩、」と、言ったところでジェーンが戻ってきた。彼は私が通話中だと分かると、何かを私に言おうとしたのを我慢した。「お邪魔しますね。何か持って行きます。」
『ああ、それは大丈夫ですよ。お気遣いなく。それでは明日の午後七時に、ユークタワービルの前に来てくれますか?そこから僕の自宅は近いので、案内します。』
「分かりました。その時間に、向かいます。じゃあまた。」
『はい、また。』
通話は終了した。私はカートを押して歩きながら、隣を歩くジェーンに聞いた。
「ねえ、さっきまで中で何をしてたの?何も手に持っていないけど。」
彼は真顔で答えた。
「ああ、少し聞きたいことがありました。納得のいく回答が得られたので、戻ってきました。」
「へえ、それってなに?」
「内緒です。」
何だそりゃ。私は苦笑いしつつ、先に進み、そしてお酒のコーナーで曲がった。幾ら何でも手ぶらはまずいだろうと、何かワインの一本でも持って行こうと思ったのだ。タージュ博士は、よく飲み会でワインの飲んでるから、きっとワインが好きなはずだ。赤かな、白かな、選んでいると、ジェーンがポツリと言った。
「先ほどの通話は、どなたとの会話ですか?どうしてワインを選んでいますか?帰って、我々二人で飲むのですか?でしたらチーズやサラミもあった方が宜しいかと。」
本当のことを言えば、ジェーンは何て言うだろう。なんか、ダメって言いそうな気がする。でも、この男はカタリーナさんと繁栄するべきなのだ。だったら、タージュ博士と仲良くしようとする姿勢を見せてもいいのかな。
「さっきの電話はタージュ博士だよ。明日の晩、彼の家で手作りのグラタンをご馳走することになったから、お土産にワインを持って行こうと思って!ほら、タージュ博士よくワイン飲んでるからさ……確かに、サラミとか……あった方いいかもね~……。」
話している途中から、ジェーンの表情があからさまに曇ってしまった。何だろう、気まずくなって、私の声は途中から風船のようにしぼんでしまった。五百カペラの丁度良さげな、シロープ産の赤ワインがあったので、私はそれをカゴに入れた。するとジェーンがそのワインを手に持って、ラベルを見ながら私に聞いた。
「カベルネですか。あなたはカベルネが好きですか?」
「ま、まあ、あまり詳しくないけど、カベルネが好きだよ。白については全くわからない。カベルネのフルボディが好き。」
「個人的な意見ですが、風味がビターチョコに似ています。私もワインで一番好きなのは、カベルネのフルボディです。奇遇ですね~……私と好みが一緒とは。ああ、そうですか、そうですか。」
なんか知らないけど超怖い。私はジェーンの手からそのワインを奪って、カゴに入れて前を進み、同じ列にあったおつまみコーナーで、サラミとチーズを適当にカゴに入れた。ジェーンは腕を組んだ姿勢で歩きつつ、私に聞いた。
「キルディア、その食事会に私は参加出来ませんか?」
「出来ないんだって。でもタージュ博士を責めないでね、きっとたまには二人で色々と話したいんだよ。アリスだって、たまにランチの時に、調査部のオフィスに来て、一緒にパン食べるじゃない?きっとそんな感じだよ。」
私は冷凍食品のコーナーで曲がった。ジェーンも同じ速度で付いてきた。
「怪しいではありませんか、手作りのグラタンですよ?それに万が一、眠り薬でも混入していたら、どうなさいますか?」
「ええ!?」私は驚いて振り向いた。「そんなこと職場のボスにするわけないでしょうが!それに士官学校で、毒の匂いを一通り嗅いだ経験あるから大丈夫だよ。入ってたら分かる。」
「分かりませんよ、彼はバイオのエキスパートです。忘れることなかれ、彼はバイオのエキスパートなのです!匂いなしの毒だって、調合出来るはず!」
声でかいな、分かったから落ち着いてよ……幸いにも、周りにお客さんはいなかった。私は冷凍庫の棚から、ヤモリの唐揚げとポテトをとってカゴに入れた。
「二回も言わなくていいよ……まあ、たまにはいいじゃないの。ジェーンもさ、そうだ!」私は名案を思い付いた。「明日ジェーンも、アイリーンさんと食事してきたら?そしたらきっと、考えが変わるかもよ!」
「ああ~、なるほど。」
ジェーンはニヤリと笑った。もしかしたらアイリーンさんに何か言われたことを悟られてしまったかもしれない。全く、ちょっと話しただけで、彼は賢いからすぐに分かってしまう。私は素早くカートを転がして、レジに向かった。ジェーンが早歩きで付いてきた。
「アイリーンとまた何か、私の話をしたのですか?」
私は彼の質問を無視して、レジに並んだ。たまたまその時は空いていて、すぐにお会計に移れそうだったが、手首をあげてウォッフォンでの清算をスタンバイしていると、ジェーンが私の手を降ろさせた。
「何?いいよ、払うよ。最近ジェーンばかり払ってる。お土産もあるし。」
「支払いは私にさせてください。あなた少し、向こうで待っていてください。早く。」
「え?え?」
ジェーンが私の背中を押してきた。そんなに言うなら……いいのかな。私はレジの向こう側にある、サッカー台の前で待つことにした。他にも何人かのお客さんが袋に買った食材を詰めている。ジェーンはウォッフォンで清算をした後に、カゴを持って、こちらに向かってきた。私はカゴを受け取り、サッカー台においた。
「いいよ、あとで払うって。お土産代まで、悪い。」
「ああ、構いません。私からも宜しくと、タージュにお伝えください。」
私は何も答えないで、袋に買ったものを詰め始めた。すぐにそれが終わると、カゴを重ねて、お店の外に出た。その間、ジェーンは無言だった。
いつもなら隣を歩くのに、今日は斜め後ろを彼は歩いている。何か、気にくわないことでもあるのだろう。サンセット通りに出た時には、夜空に少し、星が出ていた。後ろを歩く彼に、振り返らず話しかけた。
「アイリーンさんはね、昨日ジェーンが確認した、公式のデータを参照したんじゃないらしいよ。」
「え?」
「彼女が独自に、ジェーンの体液を採取して、それで、その研究結果で……分かったようだよ。ソースもあるって、自信満々に言っていた。さっき電話で聞いたんだ。」
「……。」
ジェーンは無言になってしまった。彼は何度も鼻でため息をついている。そうなれば何も言い返せないのだろう。そりゃそうだ、今回ばかりは、かなり信憑性がある。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
61
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる