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命は一つ!想いは無限編

223 力がある者は

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 パン屋さんを営んでいるシルビアさんの息子、チャーリーの刑が執行されるまで、あと二日だった。他のエリアにいるLOZの兵達も、続々とユークアイランドに集結し始めている。街はその異様な雰囲気に、独特の興奮感が流れていた。

 決戦は明日の夜だった。昼の方が視界が良くて戦い易いが、その分相手も十分な具合でこちらに挑んでくる。夜を指定したのは最初に敵を錯乱させる時に、帝国研究所が本腰を入れるまでの時間を稼ぐ為だった。

 私とヴァルガで東西から門を破壊して侵入して、街の中をブレイブホースで敵を倒しながら時計回りに進み、それと同時にLOZの先鋒部隊を乗せた輸送車で東西から突っ込み、噴水広場に陣を展開する。今日はその話を、LOZの訓練施設にある会議室で、ずっと行っていた。

 まだ到着していないヴィノクール隊とタマラ隊、シロープ隊のリーダーは、通信で会議に参加している。会議室には私とジェーン、スコピオ博士、リン、ヴァルガ、ゲイルが集まっている。ジェーンがホワイトボードに、大体の概要を書き終えると、皆の方を見て確認を取った。

「……そして、私とリン、スローヴェン、アリス、ロケインは本陣として、この地点の高速道路脇に待機します。ここなら自警システムの範囲外ですし、街の様子、と言って外壁があるので、何も見えずに音だけですが、それでも遠くにいるよりは状況が把握しやすい。こちらに万が一、敵が来た場合は、リンとスローヴェンの自動援護システムがあります。キルディアやヴァルガは我々を気にせずに、突っ込んでください。」

 少し笑いが漏れた。椅子にピシッとした姿勢で座っているヴァルガがジェーンに聞いた。

「俺とギルバートが突っ込むのは分かったが、城下の収容施設はどうする?ギルの方にあるな。陛下がこの事態に気づけば、施設内の囚われている民をどうにかしそうだが……。」

 確かに、それだと私の隊だけでは収容施設に手間取られて、危ないかもしれない。するとジェーンが、少し考えてからホワイトボードに付け加えた。

「それでは、キルディア隊にオーウェン隊を付けます。キルディアは東から侵入した後に、収容施設周辺にて隊を分解し、オーウェンは引き続き扇動を続行し、あなたは施設内のチャーリーらの救出をお願い致します。調べた結果、この収容施設の自警システムは、帝国研究所に依存していました。私は本陣から帝国研究所のメインシステムにハックして、施設内の防御をダウンさせます。そうすれば後は、施設に関しては簡単にこなせるかと。街の自警システムも帝国研究所の管轄ですが、いくら私でも、同時にそこまでは不可能です。街の自警システムは警戒して進んでください。」

「そうか……それはすごいな。」

 ヴァルガが呟くように言うと、皆から笑いがこぼれた。ジェーンは続けた。

「噴水広場には、東西から装甲を施した輸送車が到着します。これを盾に、LOZの先鋒隊……主な隊長はクラース、ゲイル、マクレガー、ジェームス、スコピオ、タールですね。その場所に陣を展開し、守備を固めつつ、城の正門から攻めます。城壁にはシステムがあり、正門から攻めるしかない。この戦線を維持し続ければ、キルディア達の合流後に、勝機が見えます。正門から押せば、場内の敵は街に人員を割かれていることもあり、数も少ない。進入は容易いかと思いますが、どうでしょうか?キルディア。その辺りは。」

 私は頷いた。

「うん。そこまで行ければ大丈夫。入れると思うよ。城の中には詳しいから、後で地図を用意する。私は侵入後、チェイスを探して確保して、ネビリスを……確保する。」

 すると、ヴァルガが目を丸くして、私を見てきた。

「確保でいいのか?彼はルミネラ皇帝の……。ギル、仇を討たなくていいのか?」

 皆が私を見た。正直、迷うところだが、不必要に殺めることは、したくはない。

「今までだって、峰打ちや怪我でやってきたんだ……そりゃ、シルヴァの時は半分事故だったけど、そうしなきゃいけない時だってあった。でも、今の時代には技術があるから、何も殺すことまでしなくてもいいのかもしれないって……思って。……分からない、その時になってみないと、分からないけど。」

 ヴァルガが「うん……」と、鼻で唸りながら、腕を組み、そして私に言った。

「そうか。殺さずの信念があるのなら、守ることは大事だとは思うが、絶対に彼は、我々を殺す覚悟でくるだろう。峰うちを目的とする人間と、殺すことを目的にする人間、どうしても気持ちに差が出る。ギル、陛下は物凄く強いぞ。それに負けないようにな。」

 ネビリスが強い?あまり戦ったところを見たことないけど、彼は知っているのかな。親子だから?そう思っていると、同じことを思っていたのか、リンがヴァルガに聞いた。

「ネビリス皇帝が戦っているのを見たことがあるの?」

「ああ。よく、イスレ山のモンスター相手に、陛下は戯れに魔術を放っていた。あれ程大きく素早く、力強い魔術を、俺はそれまで見たことが無かったし、彼と同程度の魔術を放てる人間を知らない。陛下が強引に物事を進めてこれたのは、ああ言った強い力があるからかもしれないと、思ったことがある。勿論、ドラゴンは、彼の一撃で息絶えた。人と比べ物にならない程に、やたらに強いから、欲も強くなったのかもしれんな。」

 会議室が静まり返っている。ドラゴンか、イスレ山のドラゴンなら、ギルド兵が十人がかりで、何日もかけて、ようやく倒せるのに。彼はギルド兵になっていた方が、いい給料もらえていたんじゃなかろうか。

「俺は、先鋒隊に合流したら、騎士の攻撃を食い止めながら、ギルに先に行かせる。俺はもう魔力を使えないから、今となっては、ギルには到底及ばないほどに弱いだろう。はっは。陛下はお前に任せるぞ。だが、もしお前が仕損なったら、俺がこの身をかけて、お前の仇を討ってやる。だから、全力で行ってこい。でないと、確実に死ぬぞ。」

 そんなに強いの……?そりゃ困ったなあと、軽く思って笑ったが、私以外の人間は皆、じっと静かに考え込んでしまっていた。私は皆に、元気を出してもらおうと思った。弱気になっていると、士気に響くからだ。

「そんな、大丈夫だって!何とかなるよ、私だって結構強いからね?騎士だって、人間だって、誰だって、死ぬときは死ぬんだからさ!あっはっは!」

「それ……。」リンが苦笑いで私を見た。「何のフォローにもなってないよ。死ぬときは死ぬってさあ、キリーが死んじゃ困るんだけど。」

「あ、ああそっか……。」私は頭をボリボリ掻いた。「まあ!とにかく、誰かがやらないと、チェイスや帝都の皆さんが困ってしまうんだから、やるしかない。私は全力で行くよ。約束する。」

 スコピオ博士が立ち上がった。

「そうとも!我々にはキルディアがいる!何があろうと大丈夫さ!何がネビリスだ、首を洗って待っているがいい!はっはっは!」

「まあ、ね~」と、リンも立ち上がった。「それはそうと、やるしかないからね!私も全力で、本部からサポートするから大丈夫だよ!」

 そうだ、そうだ、と皆が拍手をし始めた。良かった良かった、何とかまとまった、と私も拍手をしていると、リンがこちらに近付いてきて、力強いハグをしてくれた。お、おお……息が出来ないくらい、私を抱き締めている。

 何だか、こうまでされると、本当に死地に赴く、みたいじゃないか。大丈夫だよリン、と思いながら彼女の背中を撫でていると、それに気づいた皆が私達に温かい視線を送った。

 しかし、ジェーンは一人、真剣な表情で、私と目を合わせようとしなかった。こりゃ、今晩は、ややこしいことになりそうだと思った私は、早いとこ対処しておこうと、彼に話しかけた。

「ジェーン、大丈夫だって。それにさ、チェイスを保護したら、例のアレが……。」

「例のあれってなんだ?」

 スコピオ博士が割り込んできた。それは言っていいものか。するとジェーンが答えた。

「内緒です。チェイスがいるのなら、例の計画が……はああ!」

 でっかいため息だな。ジェーンは窓の外を眺め始めた。リンのハグから解放されると、スコピオ博士が私に聞いた。皆も我々を見ている。

「何か、手伝ってもらうのか?確かに、ジェーン様とチェイス元帥は、専門が違うかもしれないから、彼は何かの役に立つかもな。」

「え?そうなの?魔工学が専門じゃないの?」

 私の問いに、スコピオ博士がチッチッと、指をふった。ちょっとむかついた。スコピオ博士は私に教えてくれた。

「魔工学と言ってもさ、色々と種類があるんだよ。ざっくり言うと、攻撃系、防御系、ディメンション系って言う範囲系ね、それから人工知能系、自動制御系、知覚系、神経系、増幅系、回路系……まだまだあるけど、メインはこんな感じだ。」

「へ、へえ~。」

 私とヴァルガが同時に言った。うん、仲間がいて良かった。博士は続けた。

「俺が得意とするのは、知覚とディメンション。だから磁気砲とかに強い。それから火山測定装置ね。あれは知覚、って言うか、あれは何物にも喩えがたい、たった一つの芸術系だね。それから、ラブ博士の専門は……多分だけど、攻撃と自動制御だと思うな。それを組み合わせて、あの自警システムを開発したのだろう。本当は違法なんだけどね、本当は!」

 どんだけラブ博士が憎いんだよ……ちょっと笑いながら、答えた。

「そうなんだ、一端に魔工学を一括りには考えられないんだね。まあどの学問でも、その中で派生するものね。なるほどね~。じゃあチェイスは?」

「元帥はね、防御とディメンションと人工知能だね。ガーデニングボット、それからオーバーフィールドに、ヴァルガの炎の剣。あれってプレーンをコピーしたんだろう?」

 その問いに、ヴァルガは頷いた。

「ああ、俺のプレーンを、元帥がコピーした。あれは死ぬかと思ったがな。はっはっは。」

「へえ、やるなあ。」スコピオ博士がかみしめるように何度も頷くと、ジェーンが振り返って、博士を睨んだ。やめたまえよ……。博士は続けた。「オーバーフィールドはディメンションと増幅だし、ガーデニングボットと戦闘ボットは人工知能と、回路系もあるかな。炎の剣は、本当に凄いよ。回路系でもあり、防御系でもある。防御は結構難しいんだ。守るってことじゃなくて、高出力に耐えられるように、物質を変化させることだから。」

「へえ……すごっ!」と、リンが大声で言った。

 そっか、チェイスは全ての技術に精通しているんだ。ああ見えて、実はすごい人だったんだ。海賊船のボートを頭にぶつけてしまったことを思い出した。あれは悪いことをした。大事な頭に、乱暴なことをした……。

 しかし彼が協力してくれるなら、時空間歪曲機はもしかしたら、もしかするかもしれない!私は笑顔でジェーンを見た。ジェーンは真顔で私を見ていた。

「何です?」

「機嫌わるっ……で、で!スコピオ博士、ジェーンの専門は?」

 私は博士に聞いた。スコピオ博士は、ミュージカルのように胸に手を当てながら、壮大な様子で答え始めた。ちょっと彼に聞いたことを後悔した。

「それが!ジェーン様は凄いの!やばいよ?知ってる?やばいの!」

「し、知らないよ……よくは知らない。」

「キルディアはこれだからっはぁ~~ん!あのねジェーン様の専門は、全て。全てにおいて、完璧なの。こんなことはありえないよ。しかも二千年前から来たと言うのに、この世界に来て、たった数年で俺たちに追いつき俺たちを追い越しちゃったの!ってかそもそも、二千年前の時点で、あの火山測定装置を作り上げている時点で、やばい。なんて言ったらいい?ねえ、なんて言ったら伝わるの?彼がどれくらい素晴らしい科学者なのか、それを例えると……虹を見た犬、もしくは分福茶釜?違うわ……えっとね、えっとね」

「スコピオ、もう結構です……恥ずかしい。」

 ジェーンが手で顔を覆っている。しかし博士は止める気配はない。我々は笑いをこぼした。

「分かった。ジェーン様はね、タイマンの肉弾戦で、人間に勝ったアリだね。それぐらいに、異常。それぐらいに、有り得ない技術を持ってる。だからチェイス元帥に力を借りる必要があるのか疑問だけど、でも、チェイス元帥も中々の腕だ。だってさ、そもそも、究極には時空間歪曲機だよ?ありえないって……その設計図が見たいけど、ダメなんでしょ?」

「当たり前です、おばか。」ジェーンが答えた。「あれは私だけの機密事項です。……ところで、少し、私には、ネビリスの気持ちが理解出来ます。」

 急に、何を。一体、どう言うことなんだ?私は、俯きがちな彼に聞いた。

「気持ちがわかるって、どうして?」

「……力があれば、結果を求めます。他人にとっては、偉大な功績であっても、それは我々にとって、ただの通過地点に過ぎない。だから、もっともっと、大きなものを求めたくなる。測定装置よりも、既存のシステムの改良よりも、もっと……禁断の、歴史的不可侵領域に、足を踏み入れたくなる。ネビリスは私と同様、力に溺れました。欲が出ました。そして、世界を引っ掻き回している。」

「だいぶ、エモいですね、ジェーン様!」

 もしかしたらスコピオ博士は、リン以上の何かを持っているに違いない。ジェーンはそれまでの鬱々とした顔を消して、真顔で博士の肩をどついた。

 私は笑いを堪えつつ、ジェーンに言った。

「でもジェーンとネビリスは全然違うよ。ネビリスは人を巻き込んでる。ジェーンもそうかもだけど、ジェーンの技術で感謝している人だってたくさんいるんだ。私だってそうだ。時空間歪曲機、私は好きだよ、はは。」

「キルディア……。」

 ジェーンが微笑んでくれた。そして彼は、私に近付いてきて、私の耳元で、囁いた。

「あなたの一言で、私の気持ちはとても救われました。ありがとう。だからと言って、死ぬときは死ぬと、一度諦めたことを水に流せるとは思わないでください。帰宅したら、私はあなたを責めます。」

 ぶっ……ダメだったか。やはり彼は手強い。そしてジェーンは、満足げに微笑んでから私から離れて行った。なになに?なんて言ったの?と、リンに聞かれたが、答える気力は無かった。
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