星空に恋するハッピーゴースト

meishino

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1 古びた洋館に眠る者

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 ついさっき、私はこの場所で殺された。
 古びた洋館、この建物は、百年前に建てられたものだと聞いた。窓は砂埃で汚れ、天井には蜘蛛の巣が張っている。

 夫を信じて、この場所へ来たのは間違いだった。たった一人、私のことを心のどこかで愛してくれた人……だと思っていた。小太りでダンゴ鼻で優しくて、彼の持ってくる任務なら、何でも喜んで遂行した。

 彼の職業は仲介人。そして私は、射撃の殺し屋だった。得意な武器はスナイパーライフル。その仕事は、いいお金になっていた。住まいはトレーラーハウスだったけど、私一人住む分には、何も文句がなかった。何より、人気の少ない、森のなかで暮らすことが出来た。

 夫は、街に住居を構えていた。私たち夫婦が会えるのは、依頼が入った時だけ。それでも良かった。夫は仲間との交流を大事にしているし、私は一人の時間を大事にしている。住まいが別々でも、中々会えなくても、私はもともと一匹狼タイプなので、寂しく無かった。

 孤児で、兄弟もいない私は、ずっと一人だった。学もない。幼い頃は、ずっと森にこもっていて、森の中で拾った魔銃で木の実を撃って、遊んでいた。

 転機が訪れたのは、私が二十歳になった頃だった。街の射撃大会があり、景品はスカペラ社のスナイパーライフルだった。何としてもそれが欲しかった私は、頑張って大会で優勝した。

 すると、夫に声をかけられた。一緒に、仕事をしないかと言われた。業務内容を聞いて最初は驚いたが、トレーラーハウスに暮らせるという条件を出して来たので、受け入れた。

 一年後、私達は結婚した。主な理由は税金が安くなるからだけど、籍を入れた。

 仮面夫婦ともいえる状態だったが、彼は一緒に歩くときは手を繋いでくれた。それだけで、自分のことを少しは愛してくれているんだと、私は思っていた。

 まだ二十一だ。殺されるとは思ってなかった。それも、こんな……薄暗い場所で。私はずっと、ここにいなきゃいけないんだろうか。それは嫌だ。

 今までの人生、暗闇を歩いて来たようなものだった。ずっと一人で、ずっと孤独で、自分から人に話しかける事は苦手で、人が苦手だから森の中で暮らして、極力人を避けた。

 だからって、暗闇が好きだって訳じゃ無い。私だって、電気のついたトレーラーハウスが好きなのだ。あそこに帰りたい。

 そう思って、この状態で洋館から出ようとしたが、見えない壁に阻まれて、どうしても玄関から外に出られないのだ。

 そう……私は、幽体になってしまった。夫が私の心臓を撃ち抜いたから。最後に私にかけた言葉は、「お前にはもう用はない。悪いな、知られたく無いことを知られた。口を閉じさせてもらうぞ。」だった。

 ……その前に私は、おしゃべりが苦手だ。夫の前では、やっと「帰った」とか、「寝る」とかだけ言える程度で、後は基本無口だ。

 そんな私なのに、どうして彼は私を殺して、口を閉じさせたのか。そんなことしなくても、私は誰とも話せないのに。

「あーあ……。」

 一人なら、呟く程度の発言は出来る。あー……洋館から出られない。私は幽体になってしまったんだ。だけど不思議なのは、ドアや窓に触れられることだ。熱は何も感じないが、物は動かせる。

 そういうタイプの幽霊らしい。きっと、怨念が強かったのだろう。だって、来週の推理ドラマ「犯人はティーカップの中」の続きを見ることが出来ない。それだけが非常に心残りなのだ……。

「どうにか、出よう」

 私は階段を上り、二階にあるお手洗いへと戻った。胸が赤く染まった私の死体が、便座に深く座るようにして、ぐたっとしている。

 何だか不思議なものだ。黒いレザージャケットに、黒いスカートで、黒いハイカットブーツ、それに髪の毛は……無くてハゲている。

 というのも、現場に痕跡を残さないためだった。その為に全身の髪の毛を脱毛している。代わりに床には、茶髪のセミロングのウィッグが落ちていた。それをぐったりした私の頭に被せた。良かった、これでハゲだと思われない。

 違う違う、これ自体を移動させないと、ここから出られないのではと思ったんだった。しかし、カツラは触れても、私自身の死体を触る事は出来なかった。

 何その仕様、どうしてなのか。何度も触ろうとするが、透けてしまってダメだった。クソッ!

 その時だった。建て付けの悪い玄関の扉が、ギッと音を立てた。誰か来た。

 この古ぼけた洋館に人なんて来るのかな?それとも夫が戻って来たのだろうか。そうなのだとしたら、道連れにしてやる。憎悪の念で拳を岩のように硬くして、私はそろりそろりとお手洗いから出て、階段下の玄関を覗き見た。

 しかし玄関から入って来たのは、黒いボストンバッグを背負っている、知らない男だった。

 身長は約百八十センチで、黒いシャツに、グレーのベストを合わせていて、細身の黒いスラックスを履いている。

 髪の毛は少し毛先に癖のあるミディアムヘアで、分け目が少し右寄りにある、漆黒の髪色だった。

 何の仕事をしているのか、やたらと目つきが鋭い。しかし、綺麗な鋭さだった。ずっと見ていられるくらいに、瞳もまつ毛も綺麗だ。

 清潔感のある服装、革靴はブランド物だった。それも庶民では手が出せないほどの値段のやつ。年齢は二十代後半に見える。それであの革靴か……。

 ここまでじっと人を見て分析しちゃうのは、職業癖だった。今となってはもう、無駄なスキルになってしまったけど。

「思ったよりも、埃がすごいな……。しかし、ここでなら、最高の瞬間を得られるはずだ。」

 男がドアを閉めて、真っ直ぐに階段を上がって来た。最高の瞬間?一体何をするのだろうか。いやいや待てよ、やばい。お手洗いは、階段を上がってすぐのところにある。扉は閉めたけど、匂いか何かでバレるのでは。

 男は階段を上がって、辺りを見回している。私は咄嗟に、柱の影に隠れた。何だかいつもよりも気配が消せているような感じがした。それもそうか、私はもう、生きていない。

 ふとした疑問だけど、彼は私が見えるのだろうか。もし見えたとしたら、きっと彼は、「わあびっくりした、君は誰だ?」と私に聞くだろう。そうなった時に、無言でいいかな。ダメだよねきっと。

 でも彼のことが気になる私は、彼を観察した。幸い、お手洗いの異変には気付いていない。彼は廊下を歩いて、何かを探し始めた。
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