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23 森の小川のほとり

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 森のトレーラーに着いた頃には、私もイオリもべちゃべちゃだった。彼の服も色んなもので汚れていたので、全部脱がせて、地面に捨てた。勿論私の服も脱いでそこに捨てた。ウィッグはそこまでだったので、そのまま被り続けた。

 下着だけになった彼をトレーラーの床に置いた私は、急いで運転席に移動して、更に森の深くへとトレーラーを走らせた。

 時折ダークホースが現れてトレーラーを追いかけてきたけど、助手席に置いてあったお気に入りのショットガンで運転席の窓から片手撃ちをして撃退した。

 またまた便利なことに私は眠らなくてもいいので、一晩中森の中を走らせることが出来た。ヴィノクールからだいぶ離れて、森の中に小川を見つけると、その近くに車を停めた。

 はあ、とハンドルにおでこをつけて深呼吸をした。それでも私の額からは汗一つ流れていなかった。それもおかしいし、この事態もおかしい。一体どうなっているんだろ、と精神的に疲れていると、すっと窓から朝日が差し込んだ。

 そうだ、しかも全裸だった。そのままショットガンを手に持って運転席から降りて、銃を構えながら辺りを警戒した。モンスター、衛兵、誰もいなかった。虫や小鳥はいた。それだけなら問題ない。

 ほっと一息ついて、私はトレーラーの後部ドアを開けた。イオリが床に倒れたまま、目を開けていた。

「イオリ!大丈夫!?」

「……少し、気分が悪い。」

「分かった。」

 私は彼を抱きかかえて、このソファの部屋の隣、トレーラーの一番奥にあるベッドルームへと彼を運んで、彼を寝かせた。赤いチェックのボロボロのマットがギッと音を立てた。

 このままだとちょっと恥ずかしいので、ソファの部屋に戻って、急いで自分の服に着替えた。黒いワンピースだ。それに着替え終わると、すぐにベッドルームに戻った。

 彼は背を向けて寝ている。マットの隅に置いてあった、これまたボロボロの水色のタオルケットをかけてあげた。イオリが何かを探し始めた。虚な彼の目が私を捉えると、彼が掠れた声で私に聞いた。

「俺の服は、汚れたか?」

「うん。下水を通ったから、ごめん。ノアフォンも足がつくから捨てた。」

「やはり……俺は、ノアズに犯人だと思われたのか?レモン飴窃盗、もしくはアリシア殺害の。」

「まだ情報がない。わからない。ラジオつける。」

「待て。」

 私がソファの部屋に戻ろうとすると、イオリが私の手を、力なく掴んだ。

「この車だって、お前の夫の容疑で……ノアズがマークしてる物だろう?」

「してない。夫のトレーラーと私のは別。私のは足がつかないように脱獄してる。夫のトレーラーで一緒に暮らしてるとノアズは思ってる。大丈夫だよ、イオリ。エミリもきっと大丈夫。」

「……。」

 私は汗びっしょりの彼の額に手を置いた。

「今は休んで。ここには誰もいない。」

「そうか……。ラジオを聞かせてくれ……。」

 私は頷いて、ソファの部屋にある戸棚から赤い小さなラジオを持ってくると、それをベッドに置いて、そのそばに私も座った。

 イオリの顔が引きつっていた。原因はベッドルームの壁にかけられていたライフルの数々だった。

「お前……。」

「だって、仕事だもん。」

「それにお前、その手に持っているピンクの銃は何なんだ?」

「これは一番のお気に入り。こんなにコンパクトでもフルオートのショットガンで、辺りを一瞬で蹴散らす。」

「ラジオをつけてくれ……。」

 はいはい。私はイオリの胸の筋肉をチラッと見つつ、ラジオをつけた。ヴィノクールニュースの音声がすぐに聞こえた。ニュースの途中のようで、住人のインタビューっぽかった。

『びっくりしたよ、夕飯食べてたらいきなりバーンって爆発音が聞こえてよぉ!』

『それはどれくらいの大きさでしたか?』

『いやもう驚いたね、しかも地響きを感じたし!』

「火災の原因は爆発だったのか……!?」

 驚いたイオリが急に身体を起こした。何かに気付いたようだった。

「どうしたの?イオリ。」

「……シードロヴァの得意とする発明は、爆弾だ。それも自然を装って痕跡を残さない、ステルス爆弾。物によっては火炎効果もある。」

「え。」

 まさか、レモン飴の復讐……?だとすると、シードロヴァ……思ったよりもハードな人間だと思った。

「じゃあ、」私は言った。「これは単なるレモン飴の復讐で、イオリは別に犯人扱いされてないってことかな……。」

「いや、まだ彼がやったとは断言出来ない。」

『速報です。ノアズから情報が届きました。』

 私とイオリは赤いラジオに目を向けた。

『昨夜の爆発は住人のイオリ・アルバレスの銃の保管庫が爆発源のようです。さらにアルバレスにはアリシア・ルイーズ・メリアン殺害の容疑がかけられています。……アルバレスの母親であるメアリがノアズに連行されており、VRNの記者がその際に彼女の音声を入手しています。』

『分からない……』とメアリの声と、涙をすする音が聞こえた。『ポストを覗いたら家からドンと音がして、その場でしゃがんだわ……。』

『ポストには何が?』

『請求書だけでした……そんな、こんなことになるなんて。』

『以上です。ここからは専門家に話を伺いましょう。保管していた銃が勝手に爆発する事ってあり得るのでしょうか?』『うーん、無いとも言えないが』

 イオリがラジオを消した。そして悲しげに空を見つめた。

「ポスト……。」

「ああ……少し気にはなっていた。どうしてリアのIDを俺の自宅に届けると言ったのか。本当は……彼はIDを作っていなかったんだ。レモン飴にも気付いていた。ポストが起爆トリガーだったのだろう。本当は帰宅して、俺が開けて、メアリが巻き込まれていたかもしれない。あいつは……本当に、やってくれた。」

「ごめんねイオリ。私がいけなかった。」

 イオリは微かに首を振った。

「いや、リアは気にするな。……少し、疲れが……ああ、寝たい。」

「うん、横になって。何か飲む?」

「いい。」

 イオリが横になったので、私は乱れたタオルケットを掛け直してあげた。窓から眩しい光が差し込んで彼に当たっていた。私は窓のサンシェードを下ろした。

 その木製の日除けに朝日が当たり、ベッドルームに温かいブラウンの空間が広がった。イオリは目を閉じている。

 ベッドルームはマットで床が見えないほどの狭さで、マットは真四角だ。イオリにとっては少し幅が足りないようで、彼は足を曲げて寝ている。

 ラジオを持って、私はベッドルームから出て、扉変わりのカーテンを閉めた。ラジオは元の棚に戻した。
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