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当て馬王子 アディオン 編
第31話 与一、決意する。
しおりを挟む……え~ん。…もう、いいよ……。どうせ帰ったところで、エドアルドには殺されるだろうし、生きててもアートレにやられるだけだし、売られてやるよ……。
親愛なるお父様に、セディランを産んで亡くなってしまったお腹様、リディアン兄上ーー。
アディオンはひとを助けて死ぬのです。それを誇りにときどきは思い出してください。マルスの作ってくれるプリンも、たまにはお供えしてくださいーー。
「ーーわかった…」
これでいい、これが最善の選択なんだ。
「殿下!?」
「必ず、必ずーー、サキナ殿をエドアルド殿に返すことを約束してくれ」
「何を言ってるの!」
激しく怒りを見せたサキナの肩を叩いて、俺は笑って見せた。
「身体を大事にしてください」
「ーー!」
目を見開いたまま言葉も出せないサキナを安心させるように、俺は明るく言う。この選択でいいんだ、このひとより俺のほうが耐えられる。
だってサキナさんは、中身は女性なんだぜ。女のひとには優しくしないとな。
「じゃあ、お兄様は明日殿下を出荷した後、エドアルドの元に送るから」
話は終わったとばかりに、マキラが伸びをした。ふんだ、出荷、ってーー。もう、俺は家畜扱いかよーー。
「嘘はないな?」
「もちろん。ぼくだって、お兄様には幸せでいてほしいよ」
バチクソ言いまくっといて、よくもまあどの口がそんなきれいごと言うのかね。
「ーー部屋を借りる」
「どうぞーー」
笑顔のマキラを睨んで、俺はこの部屋から出た。いつまでもこんなとこにいたくないーー。
でも、サキナの前ではしゃんとしておこう。背筋を正して、頭の上には分厚い本と水が入ったコップを置くイメージでーー。
完璧王子アディオンは、どんな状況でも取り乱しちゃならない。表情もなく、感情の振り幅だって少ないーー。
それが俺のキャラクター設定だもん……。
ーーだから、だからーー、泣くなよ……。
歩きながら目からは勝手に涙がこぼれてきた。
ーーーーー何だよ、俺のこと、ちょっとはいいな、って思ってくれないのか?俺だけがあんたのこと、、、ーーーーーーじゃなくて、助けたい、って思ってもくれないのか、だよ。
……俺もすごい混乱しているみたいだな…。
さっき休ませてもらった部屋に入り鍵をかけた。ベッドに倒れ込んで目を閉じる。
「……のんびりライフは送れなくなったなーー」
さっさとリタイアして、田舎に引きこもって、領地の子供相手にボールを蹴って暮らしたかった。
それが、変態に飼われる日々かーー。
その内、お父様助けてくれないかなーー……。何されるんだろーー、あっちで見たえっちな動画みたいに、何人にもやられるのかーー。あれってまわりのやつ絶対に暇だよな……。いや、もしかして鞭とロウソクで、しばくやつかな……?
はあーー……。想像力の限界だーー。
日が落ち、部屋の中が暗くなっていく。灯りをもらう気にもならねえ。ああ、マルス。おまえが淹れてくれる紅茶が、もう一度飲みたいーー。
「ーーおい」
「え?」
声に驚いて俺は目を開いた。ひとの気配なんかちっとも感じなかったのに、ベッドの側にキサラがいる。なんだよ、顔も見たくなかったのに……。
「食事を置くぞ」
「いらない」
「食べておけ。身体がもたないだろ」
「ーー倒れられると困るからか?」
「そうだ」
くそっ、正直なひとだね。どうせ俺が売られても何とも思わないんだよなーー、何とも……。
「……」
彼の顔を見た俺は自分の目を疑った。キサラの形の良い眉が寄っている。その何か言いたげな目に、一応は心配してくれてるんだな、と悟ることができた。
けど、盗賊の頭にはどうこうできる問題じゃないんだろうな…。
ーーうん。
俺だって、こんな目にあわなきゃ、きっと黙ってた。黙っておけると思った。気持ちなんかバレなきゃいいじゃん、世の中ふられることのほうが多いんだし。
ーーでも、俺はこのとき、言いたくなっちゃったんだ。もう、二度と会えないひとだろうし、旅の恥はかき捨てっていうじゃん。
ちゃんと、自分の気持ちを伝えたい、って思っちゃったんだよな……。
「ーーキサラ」
「何だ?」
「頼みを聞いてくれないか?」
暗闇のなかでキサラが息を吐く音がした。
「どんな頼みだ?悪いが逃亡には手を貸せないーー」
きっぱりと言われたが、もう俺はそのことは頭になかった。ただ、胸がドキドキして、ドキドキしすぎて壊れてしまいそうなんだよ。
「ーー嫌ならいい」
「だから、何が?」
「私を」
「おまえを?」
目が合った。お互い同じ緑色なのに、キサラのほうが澄んでいてきれいだ。
「ーー抱いてくれ」
「は?」
「思いっきり、ひどくがいいーー」
言ったよ。
言いましたよ、俺ーー。
もう、気絶しそうになってます。
「ーー抱く?」
嫌かな……。嫌っすよね……。やっぱり嫌ですよねーー……。
……一番はじめは好きなやつとなんて、俺も結構ロマンチックなとこあるんだな…。
「ひどく、しろ?」
「変態に慣れておきたい」
言い訳だ。
「ーー色仕掛けになんか引っかからないが……」
「そんなんじゃない、こっちは真剣だ」
これなら向こうも特別な感情がなくても抱けるんじゃないかなー、って、嫌なやつだな俺。悪知恵与一って言われてたこともあったっけ……。
「ふうんーー」
キサラが俺の頬を撫でた。ーーいま、俺はとんでもなく真っ赤な顔になってるぞ。キサラが俺にさわってる。これは本当に現実なのかーー!そのまま頬を思いっきりつねってくれっ!
「ーー無理だな。盗賊も信頼が大事なんでね」
「………」
頬から手を離され、俺の眉間にシワが寄る。だって、気持ちいいし、もっとさわってほしいんだもん。
「ーーー離れないでくれ……」
しぼりだすような俺の声に、キサラが軽くため息をついた。
「こんなことをする必要はない……」
「………」
「食事をとれ」
「………」
上目遣いで睨むと、向こうが困惑した表情になる。
「ーーだから、そこまでする必要は………」
「抱いてくれよッ!!それぐらい責任をとれッ!」
すがりつく俺を細めた目で見てくるんだけど、その顔が超カッコよくて、俺の心はドキドキがとまらない。
「あんたにーー抱いてほしいんだ!」
こんな恥ずかしいこと、一生に一度しか言えないよ。
「やめとけ、後悔するのはおまえだ」
「しない!」
わかってほしい。俺はおまえに抱いて欲しいんだよッ!
「ーーそうか……」
困った顔で髪の毛をはらう。俺はその手をじっと見る。心の中じゃ、その手がほしいと思いながら見ていた。
「わかったーー」
小さく頷かれ、俺は目を見開いた。
ーーえっ!!い、いいの!?俺、途中で死ぬかもしれないけどーー!!
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