3 / 37
本編
三柱の蛇神様
しおりを挟む
いつの間にか眠っていたらしい。
何かの気配に、うとうとしていた美鎖は目を覚ました。
カタカタカタ……。
物音に気づいて起き上がる。まだ寝ぼけ眼だった美鎖は、一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。
薄暗い社。蝋燭の灯りに祭壇が浮かび上がっている。
そうか、まだ祭の最中だった。
ふいに喉が渇き、美鎖は酒樽のお神酒を飲むことにした。あまりお酒は好きではないが、背に腹は代えられない。
一口飲んだだけで、喉から燃え上がるように体が熱くなった。
「はぁっ……」
美鎖は艶っぽい溜め息を吐く。
お神酒のアルコール度数は、正月に振る舞われる甘酒と大差ないらしい。それなのに体がふわふわするのは、自分は酒に弱いということなのだろうか。
カタカタ……カタカタ……。
今度の物音には、美鎖も反応した。眠っているうちに朝になっていれば良かったのに。
しばらく様子を伺ってみたが何も起こらない。また布団に戻ろうとした時、蝋燭の灯りが消えた。
「ひっ!」
唯一の灯りがなくなり、視界が奪われる。何も見えない。美鎖は布団に戻ることも出来ず、その場でへたりこんだ。
「な、な、なに、今の……?」
風で炎が消えたのだろうか。しかしここは社の中だ。風なんて吹いていなかった。
それどころか、今は何の音もしない。フクロウの声も、森のざわめきも。耳が痛いほどの静寂と不気味さに襲われて、美鎖の目から涙が溢れた。
「ううううう……」
震えが止まらない。早く屋敷に帰りたい。三日間もこんな場所で一人きりなんて耐えられない。
朝日が昇ったらすぐに下山してしまおうか。そんなことをしたら祖母たちにはものすごく怒られるだろう。しかしこの孤独感と恐怖に耐えられるのか。どうしたらいいのだろうか。
その時。
バァン!!
派手な音とともに、扉が開け放たれた。
「きゃあああああああ!!」
美鎖はうずくまったまま絶叫した。
「すごい悲鳴ですねぇ」
ふいに、男性の声がした。この場の空気に合わない、のんびりとした明るい声だった。
開け放たれた扉の向こうには、大きな月が昇っていた。月光を背景にして、人影が浮かび上がる。
一人目は、白銀の髪をゆるく結んだ、落ち着いた雰囲気の男性だった。
「すみません、驚かせてしまいましたね」
のほほんと微笑みかけてくる。タレ目で優しそうな顔つきだ。薄いブルーの瞳が飴玉のように甘くとろけそうな輝きを放っている。
「いきなりこんな現れ方したら、そりゃ驚くだろ」
二人目はボサボサの黒い髪をしていた。目はややつり上がっていて、瞳の色は赤。近づきがたい迫力がある。
「だって早く美鎖に会いたかったから!」
三人目は、きらきら輝く金髪の愛らしい少年だった。大きな若葉色の瞳は好奇心に溢れ、無邪気な顔で微笑んでいる。
名前を呼ばれた美鎖は、ビクリとしたまま固まった。突然現れた三人組に混乱する。
ここは山の中だ。こんな夜中にわざわざやってくる人間がいるとは。そもそもこの一帯は美鎖の一族の土地であり、部外者は入って来られないはず。
ひく、と喉がひきつる。
「ど、ど、ど、どなた、ですか?」
美鎖がようやく声を絞り出すと、三人はきょとんとした顔をした。
「おやおや、覚えてないんですか?」
「本当かよ……」
「美鎖、僕たちのこと忘れちゃったの?」
そんなことを言われても、全く身に覚えがない。
こちらの名前を知られているのが不気味だった。もしかして最初から美鎖が一人になることを見越して忍びこんできたのだろうか。身代金目的の誘拐だろうか。
まずい。助けを求めようにも、山を下らなければならないし、そこまで一人で逃げられるとは思えない。
美鎖はガタガタと震え出した。
「怯えないで、大丈夫だから」
金髪の少年が抱きついてきた。急に温もりに包まれて、美鎖は目をしばたく。
「僕は穂波。ゆっくり思い出してくれればいいから」
近くで見る少年の顔は、天使のようだった。こんなに可愛い男の子が存在するなんて信じられない。
「抜け駆けしてんじゃねーよ」
穂波の頭をつかんで美鎖から引き剥がしたのは、ボサボサの黒髪の青年だ。
「俺は暗夜」
彼はぶっきらぼうに言う。
「私は雪影ですよ」
銀髪の青年がにこにこ笑う。彼は言葉も丁寧だし、表情も穏やかだ。
社の扉が閉められた。再び真っ暗になるかと思ったが、祭壇の蝋燭に火が点った。誰も触れていないのに、なぜ。
狭い小部屋に美鎖と男が三人。彼らは美鎖よりも身長が高く、見下ろされると酷い威圧感だった。三人の背後で、長く伸びた影が嘲笑うように揺れている。
「じゃあ早速……一番手は私です」
銀髪の雪影が微笑みながら、妖しげにちろりと唇を舐めた。
「きゃ……」
雪影に抱き上げられ、布団に寝かされる。
「な、何……を……」
歯がカチカチと震えている。
「何っておまえ……巫女になったんだろうが」
黒髪の暗夜が呆れたように言う。
「僕たちのお嫁さんってことでしょ?」
金髪の穂波の無邪気な言葉に、美鎖は固まった。
「ど、どういうことですか……」
答えてくれたのは雪影だ。
「巫女は蛇神に身を捧げる――つまり、私達にね」
「え?」
自分を取り囲む三人を見上げる。
銀髪の雪影。
黒髪の暗夜。
金髪の穂波。
確かにみんな、人離れした整った顔立ちをしている。服装も神話に出てくるような、ゆったりとした衣だった。
「皆さん、蛇神様……なんですか?」
「何を今更……」
つり目の暗夜が顔をしかめると、妙な迫力がある。
「暗夜、怖がらせてはいけませんよ」
雪影にたしなめられて、暗夜は目を見開いた。
「別に怖がらせようと思ったわけじゃ……」
だが美鎖の怯えた表情を見て、暗夜はばつが悪そうにそっぽを向く。
「暗夜は顔が極悪だからね~」
「穂波、てめえ……」
二人が言い合っているうちに、雪影が服を脱いでいく。彼の銀色の髪にも負けない、真っ白な肌が闇に浮かび上がる。
「では、始めましょうか」
「ひゃっ」
慌てて美鎖は顔をそらした。初めて見る男の体だ。肝心な場所は見ていないが、細身ながらも締まった肩や胸などが脳裏に焼き付いてしまった。
布団に横たえられた美鎖の上に、雪影が覆い被さってくる。銀色の髪が流れ落ちて、雪影と美鎖を檻の中に閉じ込めてしまう。あまりの近さに息も出来ない。
「あの、う、うそ、ですよね?」
「?」
雪影が首を傾げる。サラサラの白いまつげがすぐ目の前にある。
「だ、だって、蛇神様が、本当に現れるなんて……」
本当にいたらいいなとは思っていたが、いざ目の前にすると信じられなかった。
もちろん、一族にとって蛇神様の降臨はとてもめでたいことだ。言い伝えによると、前回の降臨は少なくとも百年以上前である。きっとみんな喜ぶはずだ。
けれど、蛇神様が姿を現すのは、神通力を持っていたり、気高く清らかな心を持っている巫女の前だけだとされていた。美鎖は、そのどちらにも当てはまらない。ごくごく普通の、個性のない、 つまらない人間だ。
雪影は美鎖の頬を包み込むように手で触れた。
「そんなに信じられませんか?」
少し寂しそうな笑い方だった。
「いいでしょう、待つのは得意です。あなたが信じてくれるまで付き合います」
そう言って、雪影の顔が近づいてくる。もしかして、キスをしようとしているのだろうか。そう思った時には、もう唇が重なっていた。
男の人なのに、その唇はとても柔らかかった。
目を閉じることも出来ずに固まっていると、顔を離した雪影が微笑んだ。
「可愛いですね」
大人びた男の視線に、カッと頬が熱くなる。もちろん美鎖にとっては初めてのキスだ。
「雪影ばっかりずるい」
金髪の穂波が、いつの間にか美鎖の頭の方に回り込んでいた。
「順番はもう決めてあっただろーが。大人しくしてろ」
右手には黒髪の暗夜が座っている。
どこかで、この光景を見たことがあるような。
雪影の手が、美鎖の巫女装束を脱がしていく。
「やめて……!」
抵抗しようとした美鎖の手を、穂波がひとまとめにして頭上に固定してしまう。
「ごめんね、美鎖。初めてで三人はちょっときついかもしれないけど、すぐよくなるよ」
天使のように微笑む顔は、美鎖を解放する気が全くない。
暗夜の手が伸びて、美鎖の目尻に溜まった涙をぬぐっていく。
「泣くな」
どうやら、本当に、自分は蛇神様の供物になるらしい。
何かの気配に、うとうとしていた美鎖は目を覚ました。
カタカタカタ……。
物音に気づいて起き上がる。まだ寝ぼけ眼だった美鎖は、一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。
薄暗い社。蝋燭の灯りに祭壇が浮かび上がっている。
そうか、まだ祭の最中だった。
ふいに喉が渇き、美鎖は酒樽のお神酒を飲むことにした。あまりお酒は好きではないが、背に腹は代えられない。
一口飲んだだけで、喉から燃え上がるように体が熱くなった。
「はぁっ……」
美鎖は艶っぽい溜め息を吐く。
お神酒のアルコール度数は、正月に振る舞われる甘酒と大差ないらしい。それなのに体がふわふわするのは、自分は酒に弱いということなのだろうか。
カタカタ……カタカタ……。
今度の物音には、美鎖も反応した。眠っているうちに朝になっていれば良かったのに。
しばらく様子を伺ってみたが何も起こらない。また布団に戻ろうとした時、蝋燭の灯りが消えた。
「ひっ!」
唯一の灯りがなくなり、視界が奪われる。何も見えない。美鎖は布団に戻ることも出来ず、その場でへたりこんだ。
「な、な、なに、今の……?」
風で炎が消えたのだろうか。しかしここは社の中だ。風なんて吹いていなかった。
それどころか、今は何の音もしない。フクロウの声も、森のざわめきも。耳が痛いほどの静寂と不気味さに襲われて、美鎖の目から涙が溢れた。
「ううううう……」
震えが止まらない。早く屋敷に帰りたい。三日間もこんな場所で一人きりなんて耐えられない。
朝日が昇ったらすぐに下山してしまおうか。そんなことをしたら祖母たちにはものすごく怒られるだろう。しかしこの孤独感と恐怖に耐えられるのか。どうしたらいいのだろうか。
その時。
バァン!!
派手な音とともに、扉が開け放たれた。
「きゃあああああああ!!」
美鎖はうずくまったまま絶叫した。
「すごい悲鳴ですねぇ」
ふいに、男性の声がした。この場の空気に合わない、のんびりとした明るい声だった。
開け放たれた扉の向こうには、大きな月が昇っていた。月光を背景にして、人影が浮かび上がる。
一人目は、白銀の髪をゆるく結んだ、落ち着いた雰囲気の男性だった。
「すみません、驚かせてしまいましたね」
のほほんと微笑みかけてくる。タレ目で優しそうな顔つきだ。薄いブルーの瞳が飴玉のように甘くとろけそうな輝きを放っている。
「いきなりこんな現れ方したら、そりゃ驚くだろ」
二人目はボサボサの黒い髪をしていた。目はややつり上がっていて、瞳の色は赤。近づきがたい迫力がある。
「だって早く美鎖に会いたかったから!」
三人目は、きらきら輝く金髪の愛らしい少年だった。大きな若葉色の瞳は好奇心に溢れ、無邪気な顔で微笑んでいる。
名前を呼ばれた美鎖は、ビクリとしたまま固まった。突然現れた三人組に混乱する。
ここは山の中だ。こんな夜中にわざわざやってくる人間がいるとは。そもそもこの一帯は美鎖の一族の土地であり、部外者は入って来られないはず。
ひく、と喉がひきつる。
「ど、ど、ど、どなた、ですか?」
美鎖がようやく声を絞り出すと、三人はきょとんとした顔をした。
「おやおや、覚えてないんですか?」
「本当かよ……」
「美鎖、僕たちのこと忘れちゃったの?」
そんなことを言われても、全く身に覚えがない。
こちらの名前を知られているのが不気味だった。もしかして最初から美鎖が一人になることを見越して忍びこんできたのだろうか。身代金目的の誘拐だろうか。
まずい。助けを求めようにも、山を下らなければならないし、そこまで一人で逃げられるとは思えない。
美鎖はガタガタと震え出した。
「怯えないで、大丈夫だから」
金髪の少年が抱きついてきた。急に温もりに包まれて、美鎖は目をしばたく。
「僕は穂波。ゆっくり思い出してくれればいいから」
近くで見る少年の顔は、天使のようだった。こんなに可愛い男の子が存在するなんて信じられない。
「抜け駆けしてんじゃねーよ」
穂波の頭をつかんで美鎖から引き剥がしたのは、ボサボサの黒髪の青年だ。
「俺は暗夜」
彼はぶっきらぼうに言う。
「私は雪影ですよ」
銀髪の青年がにこにこ笑う。彼は言葉も丁寧だし、表情も穏やかだ。
社の扉が閉められた。再び真っ暗になるかと思ったが、祭壇の蝋燭に火が点った。誰も触れていないのに、なぜ。
狭い小部屋に美鎖と男が三人。彼らは美鎖よりも身長が高く、見下ろされると酷い威圧感だった。三人の背後で、長く伸びた影が嘲笑うように揺れている。
「じゃあ早速……一番手は私です」
銀髪の雪影が微笑みながら、妖しげにちろりと唇を舐めた。
「きゃ……」
雪影に抱き上げられ、布団に寝かされる。
「な、何……を……」
歯がカチカチと震えている。
「何っておまえ……巫女になったんだろうが」
黒髪の暗夜が呆れたように言う。
「僕たちのお嫁さんってことでしょ?」
金髪の穂波の無邪気な言葉に、美鎖は固まった。
「ど、どういうことですか……」
答えてくれたのは雪影だ。
「巫女は蛇神に身を捧げる――つまり、私達にね」
「え?」
自分を取り囲む三人を見上げる。
銀髪の雪影。
黒髪の暗夜。
金髪の穂波。
確かにみんな、人離れした整った顔立ちをしている。服装も神話に出てくるような、ゆったりとした衣だった。
「皆さん、蛇神様……なんですか?」
「何を今更……」
つり目の暗夜が顔をしかめると、妙な迫力がある。
「暗夜、怖がらせてはいけませんよ」
雪影にたしなめられて、暗夜は目を見開いた。
「別に怖がらせようと思ったわけじゃ……」
だが美鎖の怯えた表情を見て、暗夜はばつが悪そうにそっぽを向く。
「暗夜は顔が極悪だからね~」
「穂波、てめえ……」
二人が言い合っているうちに、雪影が服を脱いでいく。彼の銀色の髪にも負けない、真っ白な肌が闇に浮かび上がる。
「では、始めましょうか」
「ひゃっ」
慌てて美鎖は顔をそらした。初めて見る男の体だ。肝心な場所は見ていないが、細身ながらも締まった肩や胸などが脳裏に焼き付いてしまった。
布団に横たえられた美鎖の上に、雪影が覆い被さってくる。銀色の髪が流れ落ちて、雪影と美鎖を檻の中に閉じ込めてしまう。あまりの近さに息も出来ない。
「あの、う、うそ、ですよね?」
「?」
雪影が首を傾げる。サラサラの白いまつげがすぐ目の前にある。
「だ、だって、蛇神様が、本当に現れるなんて……」
本当にいたらいいなとは思っていたが、いざ目の前にすると信じられなかった。
もちろん、一族にとって蛇神様の降臨はとてもめでたいことだ。言い伝えによると、前回の降臨は少なくとも百年以上前である。きっとみんな喜ぶはずだ。
けれど、蛇神様が姿を現すのは、神通力を持っていたり、気高く清らかな心を持っている巫女の前だけだとされていた。美鎖は、そのどちらにも当てはまらない。ごくごく普通の、個性のない、 つまらない人間だ。
雪影は美鎖の頬を包み込むように手で触れた。
「そんなに信じられませんか?」
少し寂しそうな笑い方だった。
「いいでしょう、待つのは得意です。あなたが信じてくれるまで付き合います」
そう言って、雪影の顔が近づいてくる。もしかして、キスをしようとしているのだろうか。そう思った時には、もう唇が重なっていた。
男の人なのに、その唇はとても柔らかかった。
目を閉じることも出来ずに固まっていると、顔を離した雪影が微笑んだ。
「可愛いですね」
大人びた男の視線に、カッと頬が熱くなる。もちろん美鎖にとっては初めてのキスだ。
「雪影ばっかりずるい」
金髪の穂波が、いつの間にか美鎖の頭の方に回り込んでいた。
「順番はもう決めてあっただろーが。大人しくしてろ」
右手には黒髪の暗夜が座っている。
どこかで、この光景を見たことがあるような。
雪影の手が、美鎖の巫女装束を脱がしていく。
「やめて……!」
抵抗しようとした美鎖の手を、穂波がひとまとめにして頭上に固定してしまう。
「ごめんね、美鎖。初めてで三人はちょっときついかもしれないけど、すぐよくなるよ」
天使のように微笑む顔は、美鎖を解放する気が全くない。
暗夜の手が伸びて、美鎖の目尻に溜まった涙をぬぐっていく。
「泣くな」
どうやら、本当に、自分は蛇神様の供物になるらしい。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,069
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる