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1.片目
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嗚呼、今日も見えない。その失望はもう既に当たり前になっていた、当たり前にされていた。それが「もう」で正しいのか、はたまた「やっと」なのかは左目が見えなくなった理由と同じくわからない。疑問になれなかった「ナニカ」は餌を欲しがる犬のようについて回ってくる。制服に腕を通し、リビングの椅子に座り、ジャムの塗られた食パンを頬張る。ジャムが塗られていない部分はなんのためにあるのか。乾いた口のせいか、思考まで乾いている。「ナニカ」がまた大きくなる。食べ終わると、洗面所へ向かう。歯を磨く。コンタクトレンズをつける。視力は全く悪くない。左目、見えていない方の目から保存液が垂れる。毎朝この瞬間だけ、この一瞬だけはすべて見えるようになる気がする。冷たい液は目を覚まさせるのだ。
「あぁ…」
洗面台に身を乗り出し、口をまんまるに開けて、声が漏れ出してしまう。この快感に比喩は侮辱行為だ。コンタクトレンズユーザーを代表して私が許さない。そんな快感に浸りながら洗面所を出る。通学用の鞄に昨晩から充電しておいたスマホを突っ込んで家を出る。最寄り駅まで歩く。べっとりくっついてくる湿気が一昨日梅雨入りしたというお天気お姉さんの言葉を思い出させる。毎朝駅で待ち合わせしている加奈子にも愚痴る。
「めっちゃベタつくんだけど」「梅雨入りしたってね」「らしいね」「なんか今年は早いらしい」「へぇ」
スマホを取り出してインスタグラムを開く。クラスメイトのストーリーズにはアーティストが逮捕されたという記事のスクショが泣いている絵文字とともに載せられている。
「ねね、これ見て」「あーちゃんの?」「そそ。この人逮捕されたらしい」「え、なんでなんで」「ちょまって、調べる」
すぐに検索エンジンのタブを開く。こういうニュースはなぜだかすぐに見せたくなる。「大麻だってさ」というと鼻で笑った。スマホをしまうと「すいすい」と加奈子から呼ばれた。「すいすい」というのは私の名前である翠からとったものだ。
「明日から水泳始まるけど参加できるの」「んーん、目」「残念」
加奈子は片目の失明のことを話している数少ない友人のうちの一人だ。いつも左側を歩いてくれるから助かる。しばらくして同じ制服数人と同じ駅で降りる。駅の階段を降り、大通りを歩いていく。サッカー部の朝練の声をよそにグラウンドの横を女子2人が通る。下駄箱の木と靴の匂いはいつになっても慣れない。階段を登った先の2年C組の教室にはまだ誰もいなかった。
「あぁ…」
洗面台に身を乗り出し、口をまんまるに開けて、声が漏れ出してしまう。この快感に比喩は侮辱行為だ。コンタクトレンズユーザーを代表して私が許さない。そんな快感に浸りながら洗面所を出る。通学用の鞄に昨晩から充電しておいたスマホを突っ込んで家を出る。最寄り駅まで歩く。べっとりくっついてくる湿気が一昨日梅雨入りしたというお天気お姉さんの言葉を思い出させる。毎朝駅で待ち合わせしている加奈子にも愚痴る。
「めっちゃベタつくんだけど」「梅雨入りしたってね」「らしいね」「なんか今年は早いらしい」「へぇ」
スマホを取り出してインスタグラムを開く。クラスメイトのストーリーズにはアーティストが逮捕されたという記事のスクショが泣いている絵文字とともに載せられている。
「ねね、これ見て」「あーちゃんの?」「そそ。この人逮捕されたらしい」「え、なんでなんで」「ちょまって、調べる」
すぐに検索エンジンのタブを開く。こういうニュースはなぜだかすぐに見せたくなる。「大麻だってさ」というと鼻で笑った。スマホをしまうと「すいすい」と加奈子から呼ばれた。「すいすい」というのは私の名前である翠からとったものだ。
「明日から水泳始まるけど参加できるの」「んーん、目」「残念」
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