婚約破棄された悪役令嬢ですが、今さら戻ってこないでください

音無ナギ

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12話

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春の風に吹かれて、エリザベートは再び北の地へと帰ってきた。

辺境館の石造りの門が見えたとき、不思議と胸が静かに温まる。あれほど寂しかった場所が、今は“戻るべき場所”に変わっていた。

「お帰りなさいませ、お嬢様!」

出迎えたのはロザンナと、館に残る数名の使用人たち。彼らの目に、もう“落ちぶれた令嬢”を見る影はなかった。

「ただいま、ロザンナ。少し……遠回りしたけれど、ようやく帰ってこられたわ」

「ご無事で何よりです。……ですが、もう“お嬢様”とはお呼びいたしませんよ?」

「え?」

ロザンナは目を細めて言った。

「あなたは、もう“誰かの影”ではない。“エリザベート様”として、この地に根を下ろされたのですから」

その言葉に、思わず笑みがこぼれる。そうか、自分はもう“王妃候補”でも“悪役令嬢”でもない。ただ、“私自身”なのだ。

「ふふ……なら、あなたも今さら敬語はやめてもいいのよ?」

「……それはそれ、これはこれです」

ロザンナの頑なな一言に、二人してくすりと笑った。

その夜、エリザベートは久々に書き物机に向かった。手紙を書こうと思ったのだ。届ける相手は、かつての婚約者――レオニスではない。王都に残る親友、カロリーヌへ。

> 『あなたのおかげで、私はもう一度、自分の足で立つことができました。  
>  この地で私は、少しずつですが“生き直す”つもりです。  
>  もし悩んだら、ここへいらして。春にはラベンダーが咲きます――きっと、去年よりもずっと美しく』

書き終えると、そっと封を閉じ、ラベンダーの花びらを一枚、同封した。

そして翌朝。

館の裏庭では、子どもたちが集まり、エリザベートの周りに膝をついていた。

「ねえ、お姉さま。今日もお話して?」

「うん。雪の国のお姫様のお話。すごく泣いちゃうの、でも……最後は、ちゃんと笑えるのよね?」

「ええ、もちろん。今日は続きを話しましょうね」

そう言って彼女は語り始めた。

自分自身の物語を、別の名で、子どもたちの前で。泣いて、笑って、そして歩んでいくお姫様の話を。

その語りの途中。

ふと顔を上げると、アインが塀の向こうからこちらを見ていた。いつもの皮肉な笑みを浮かべながら、ひらひらと手を振る。

彼はもうすぐ旅に出るという。次なる“記録”を求めて。

けれど、別れの言葉は必要なかった。

彼女の物語は、もう彼の助けがなくても続いていく。

この地で、新しく始まった日々の中で。

――そして春。

雪解けの大地に、ラベンダーの花がいっせいに咲き誇る。

それはまるで、過去を赦した土が、未来へ続く道を静かに照らすかのようだった。
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