婚約破棄された悪役令嬢ですが、今さら戻ってこないでください

音無ナギ

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15話

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黒革の書を受け取ってからというもの、エリザベートのもとには不思議と人が訪れるようになった。

名もない旅人、かつて神殿に仕えながら追われた司祭、信仰に疑念を抱いた教師、そして何よりも――“語られなかった声”を抱えた民たち。

「あなたに話したいことがあるんです」

「本当に、神様は……私たちを見ているんでしょうか」

「信じていたのに。裏切られた気がして。でも、それでも、祈りたいんです」

彼らの語る“迷い”は、どれもがエリザベートの胸に響いた。

かつての自分も、そうだったから。

真実と虚構の狭間で、何を信じればいいのかも分からなくなり、言葉を失って沈黙するしかなかった日々。

「……いいえ、祈ってもいいの。祈る自由は、奪われるべきではないわ」

そう返す彼女の言葉には、もはや迷いがなかった。

それは神を否定するのでも、信仰を軽んじるのでもない。

“信じることを、自分で選ぶ権利”を――彼女は差し出そうとしていた。

その夜。

彼女は館の地下、かつて使われていなかった旧礼拝室に灯を入れた。

母が生前、大切にしていた場所。壁には風化したラベンダーの文様が刻まれ、今は誰にも使われていない小さな空間。

エリザベートは、その中央に椅子を置き、自ら語り始めた。

「私は、かつて“神に背いた女”として王都を追われました。ですが、今日ここで、もう一度口を開きます。誰のためでもない、“私自身の言葉”として」

集まったのはわずか十数人。

それでも、皆が真剣に彼女の言葉に耳を傾けていた。

「神の声が聞こえなくなったとき、人は何を頼りにすべきか――私は、それをずっと考えていました」

「そして気づいたのです。“声”を待つのではなく、“声を持つ”べきだと。自分の中にある、小さな光を疑わず、語ることを恐れず、他者と分かち合うべきだと」

それは、かつて彼女が王宮で否定された“在り方”だった。

だが今、それは確かに、誰かの救いになっていた。

語り終えたあと、礼拝室には静かな沈黙が満ちた。

それを破ったのは、一人の少女の涙声だった。

「……私、初めて、“赦された”気がしました」

それは祈りではなかった。ただの、人の言葉。

けれど、神託よりも、強く、温かかった。

その日の記録は、アインによって丁寧に記され、やがて一冊の書としてまとめられていくことになる。

**“エステルの灯”――それは、彼女の語りを記した新たな章だった。**

そしてエリザベートは気づいていた。

この物語は、もう自分一人のものではない。

誰かが語り継ぎ、誰かが受け取って、また別の誰かの心を照らす。

それこそが、本当の“光”なのだと。
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