光の河

森山葵

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五、アルプス

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- 五 -
 僕の通う高校は長野県にあり、どこへ行っても四方をアルプスに囲まれている。そんな僕の高校を少し外れたところに市営の山岳公園がある。山岳公園、といってもその気になれば普通に歩いて行くことができなくもない。日曜日には親子連れがピクニックに行くこともあるし、自然豊かで映画やCMの撮影にも使われたりする。アスレチックも揃っているし、小さな滝や桜並木、高台に博物館、驚くべきことに小さな動物園もあって、花鳥風月の産物が揃った申し分のない公園だ。運動部なんかはよくランニングで行くらしいが、地学部の僕にはあまり縁がない。でも、この公園の博物館に星に関する展示があるということでギンガと公園まで足を運ぶことにした。
「長いなぁ」
行きはひたすら登り。道路が整備されているとはいえ、これはキツイ。
「おいまだまだ先だぞ」
うちの学校から歩けば三十分とギンガは言っていたけれど、とてもそんなんじゃ着きそうにない。足が鉛のように重たい。ギンガは山岳部で登りはなれてるかもしれないけど、僕にとってみればこんな登り道登るのはもう自殺行為としか言いようがない。
「ギンガ、もっとペースで落としてくれよ」
「根性ねえな。頑張れよ」
僕が息を切らしながら登っているうちにギンガはどんどん先に進んでいってしまう。先に進むギンガがもう豆粒くらいに見える。まずいな。
「バタン」
痛った。思わず転んでしまった。ダメだな、運動不足。地学部で一番体力がないのは明らかに僕だろう。
  結局ギンガより十五分遅れてやっとの思いで山岳公園に到着した。
「おせえよ」
ギンガは呆れた様子で息を切らした僕にこういった。
「仕方ないだろ、お前と違って登りなれてないんだから」
「おま、これを翼さんに見られたら彼女さぞ失望するだろうな」
「そりゃまずいや」
僕はフッと笑った。
「さ、それよりこっち来てみなよ。すげえぜ」
ギンガに言われるがままについて行くと、そこには街全体を上から見渡せる展望台があった。
「す、すげえ」
僕は思わず息を飲んだ。展望台から見える景色は僕の目を釘付けにした。そこらから見えるのは、いつも見ている建物や駅、川や田園風景。その一つ一つが豆粒くらいに小さく、でも太陽の光を反射して輝きを放つ宝石のように見るものを虜にする鮮やかな景色が広がっていた。
「こんなものが見れるなんて……」
僕は博物館の展示のことも忘れて十分ほど景色を見入ってしまった。
「俺も最初見たときは驚いたよ。街の標高がだいたい四百メートルでここがだいたい八百メートルだから、いつもの二倍のところから街を見てんだよ。驚きだよな」
僕はこの景色を翼さんと見たいと思った。彼女もこんなに綺麗な景色を見たらさぞ喜ぶだろう。
「ツバサさんともここに来たいな」
「だな、次来るときは俺の彼女として連れて来るよ」
「なんだと、僕の彼女だよ」
「いや、俺の女になるんだよ」
などとくだらないやりとりをしていると周りから変な目で見られたのでその場を立ち去ってから二人で笑った。僕らはバカだな。でも理想があっていい。たとえ僕の彼女でなくても翼さんにはこの景色を見せてあげたい。
「ま、お前の体力じゃ翼さんを連れて来ることはできまい」
痛いことをギンガに言われてしまった。悔しいがその通りだ。
「いつか、彼女と来れたらいいな」
理想は理想だけで終わらしてはいけない。
「体力つけないと」
僕は博物館で星の展示を見ながら漠然とこう思った。
 帰り際、もう一度あの景色を眺めた。やはり綺麗だ。いつも見ているものがこんなにも美しい顔を持っているなんて驚きだな。
「普段見ているものが見るところを変えるだけでこんなにも変わるなんてねぇ」
僕は不意にひいばあちゃんの言っていたことを思い出した。  高いところから見る街の景色。どんなものにだっていくつか顔はある。美しい顔も、凡庸な顔もだ。視点を変えればそれは見えて来るのだなぁとひいばあちゃんの言っていたことが身にしみた。
「なあヤス」
「どうした」
「腹減ったからラーメン食いに行かんか?」
ギンガにしてはなかなかいい提案だ。僕はグーサインをギンガに示した。
「んじゃ、行くか」
「おうよ」
僕は重たい足を引きずり、山岳公園を下へと向かって行った。行くところはもう決まっている。僕らの行きつけ、「吉弥食堂」だ。


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