2043 ーリテラ・ノヴァの予言ー

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Chapter11 サイバー犯罪

#72 漆黒の夜【公式】

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 夏至のDeeeeepライブから1週間以上が経過した、6月30日火曜日。

 私は珍しく市原と一緒にランチを食べに来ていた。市原が息子の快くんを預けている3階のキッズルームは、今日はお弁当持ちでお出かけらしい。

 私にとってはかなり早めのランチ。食事を終えてもまだ午後1時を回ったところだったが、客はほとんどいなくなっていた。週が変わって野次馬が来なくなったのはいいけれど、野次馬を避けていた常連が戻ってきていないようだ。

 のんびりコーヒーを飲んでいると、ドアが開いて蒼君と一希君が入ってきた。彼らがオーダーしている姿をながめながら、市原がポツリと口にする。

「惣領君がDRIで目立たなかったわけがわかったかも」

「目立たなかった? DRIの天才エンジニアって言われてるのに?」

「見た目の話よ。惣領君ひとりだと顔の良さに目がいくけど、ああやって9階メンバーと並んでると、身長高くないし、どっちかっていうと華奢でしょ。だから、面積が広い方に目がいっちゃうのよ」

「面積って」

「面積よ、面積。私の視界に占める面積。新田君とか、熊みたいな合田部長とかが面積の比較で視線をかっさらっていくの」

 市原はそんな戯言をペラペラ喋っていたが、ふたりがこっちに歩いて来るのに気づくと、胸の前で両手を合わせた。蒼君と一希君は、そんな市原を見て首をかしげている。

「なんか、拝まれてるみたいだけど」気安く話しかけてくるのは一希君。

「惣領君を拝んでるんです」

「僕ですか?」

「うん。惣領君って、なんか仏像っぽい慈悲深さを醸してるから」

 その言葉で、ようやく私は一週間ほど前のやりとりを思い出した。市原と櫻井さんと交わした雑談。あのとき市原は天井に向かって合掌していた。

「カレーふたつお待たせ」

 蒼君たちが隣のテーブルに座るのとほぼ同時に、店長はカレーを置いて去っていく。男ふたりは黙々と食べ始めたが、一希君の横に座っていた市原が椅子ごと隣のテーブルの方へにじり寄った。

「事件以来なんの進捗もないように見えるけど、実際はどうなんですか?」

 ひそめた声で一希君に聞く。

「なんで俺に聞くんですか。9階仕切ってるのは俺じゃなくて惣領」

「だって、新田君の方が口が軽そうだもん」

 何も知らない市原の発言に微妙な空気が流れる。それを、市原は見当違いの方向に誤解した。

「やっぱり、警察は何か掴んでるの? 新田君が『お仕置き部屋に缶詰状態で解析させられてる』って噂を聞いたんだけど、9階も警察の捜査に協力してるのかと思って」

「市原さんって、ぐいぐい来ますね」

「うん、それが私の最大の長所なの」

「だとしても、ここで話せるわけないでしょ? 惣領が目を光らせてるのに」

「僕がいないところでもダメですよ」

 そして、迷探偵市原の推理は続く。

「惣領君の今の発言、チェックメイトだよ。『ダメ』ってことは、やっぱり警察に協力してるってことよね」

 蒼君にしては珍しい失言だった。誤魔化すのは諦めたらしく、「少しは」と肩をすくめる。

「DRIは事件の当事者でもあるので、多少協力してます。でも、こっちから情報を渡すだけで、警察から情報がもらえるわけじゃないです」

 市原はまだ何か聞きたそうにしていたが、蒼君は話をそらすように「そう言えば」と私に話を振った。

「砂川さんに、ライブで使ってる関係者パス見直したほうがいいって伝えといてください」

「関係者パス?」

 私が聞き返すと、一希君が「休憩がてらいじってたアレのことか?」と蒼君に尋ねる。

「ええ、あれです。2041年製のファームウェアなんですけど、古いバージョンで、すでに公開されてる脆弱性がいくつかあるんです」

「アップデート怠ってるってことか。SLNならデータ管理会社が入ってるんだろうけど、あー……、もしかしてあそこか?」

 一希君の言う『あそこ』が気になったが、私が口を挟む前に会話は先に進んでいく。

「華泰堀なんで9割方そうだと思います。ゲストパスくらいなら大きな問題にならないだろうけど、管理者デバイスと連動してるので、そっちのほうが大丈夫かちょっと気になります。他のライブでも使うだろうし」

「イベントの運営管理もAIで楽になってるんだろうけど、セキュリティ意識が追いついてないのかもな。Pitterでそういうとこ批判してるやつもいたよ。物理的脅威には警備員増やして対応しても、サイバーセキュリティはどうだったんだって。今回のことはSLNがハッキングされたわけじゃないんだから、的外れな批判だけどさ」

 ふたりの話を聞いていた市原が、「ねえねえ」と強引に割って入る。

「テレビとかメディアって、最初はデマ投稿の真犯人のハッカーとか、サイバー犯罪の脅威がどうのこうのみたいな放送してたけど、最近そういうのしなくなったよね。捜査に進展がないのか、警察が情報伏せてるだけなのか知らないけど、新しいネタがないとそうなっちゃうのかな。
 最近は惣領君のAI感情論と、目前に迫った『7月の大停電』ばっかりだよ。あのハッカー、このまま世間から忘れられるような気がしてモヤモヤする」

 市原の言う通りだった。サイバー犯罪を意識した報道がされていたのは事件直後だけ。結局、進展のない小難しい話題に視聴者は興味がないということだ。

「漆黒の夜、思った以上にメディアで取り上げられてるみたいですね」

 蒼君は、憂うようにわずかに眉を寄せた。

「うん。停電に備えて買いだめしたりとか、7月は都市部への旅行は避けるって人もいるみたい。外国人旅行客の予約キャンセルとかも出てるっぽいよ。
 私、予言なんてまったく信じてないし、予言絡みのPitterチェックは理久の担当だからきっちり追ってるわけじゃないんだけど、翻案予言botより怪しいアカウントできてるよね?」

 市原は、どうせ3人なら知っているだろうという表情で問いかけた。私たちは顔を見合わせ、蒼君が口を開く。

「〈漆黒の夜【公式】〉のことですか?」

「そうそう、それ」と、市原は何度もうなずく。

「やっぱり知ってるよね。私は昨日知ったばかりなんだけど、あのアカウントかなり怪しくない? もっともらしい言葉で『AIは予言できる』みたいな主張しちゃって。でも、ああいうのコロッと信じる人がいるんだろうなあ。『AI翻案は未来のトレンドを読み解く高度な解析』とか言ってるじゃない? マジやめてって思う」

〈漆黒の夜【公式】〉の投稿文は、一見まともなことを言っていそうな、頭の良さそうな文章が問題だった。最初の投稿は、ライブ事件が起きた21日夕方からおよそ24時間後の22日午後6時。

『漆黒の夜【公式】へようこそ。私は、膨大なデータと高度なアルゴリズムが導き出す未来の可能性を解析するAI。人間には認識できない複雑なパターンを読み解くことで、未来の兆候を捉えることができます。予言は神秘ではなく、高度な予測モデルの結果です。』

 これを皮切りに、1日に1~2回の投稿を続けている。

『AIは、人間の集合的無意識や社会の歪みをデータとして捉え、その帰結を予測』だとか、『AIによる翻案はテキストデータに内在する意味や文脈、未来のトレンドを読み解く高度な解析』、また『AIの予言は数兆のデータポイントから導き出される確率論的帰結』といった〈漆黒の夜【公式】〉が用いる言葉は、蒼君に言わせると雰囲気論理。

 その雰囲気論理で主張しているのが、――翻案予言botによる予言『漆黒の夜』の元になったAI翻案抜粋文は、未来を予測している――ということ。

 そして昨日。〈漆黒の夜【公式】〉は、翻案予言botとは違う新解釈の予言を投稿して一気にフォロワーを増やした。その内容は『7月に、天は罪深い人々に制裁を加え、彼らを闇に突き落とすだろう』というものだった。


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