2043 ーリテラ・ノヴァの予言ー

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Chapter13 渦中

#91 輝く星の裏側

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【広告配信システムの一部不具合に関するご報告と、お客様へのお詫び】

株式会社インサイト・エンジン
2043年7月9日 15時30分

株式会社インサイト・エンジンは、本日未明より、弊社が提供しておりますAI広告配信システムの一部において、不適切な広告表示が断続的に発生するシステム障害が発生していることをお知らせいたします。

これにより、一部のユーザー様には意図しない広告が配信され、また広告主の皆様には多大なるご迷惑とご心配をおかけしておりますこと、深くお詫び申し上げます。

現在、弊社ではこのシステム障害の原因究明と復旧に全力を挙げております。現時点では、外部からの不正アクセスの可能性も視野に入れ、詳細な調査を進めているところでございます。

お客様の個人情報(氏名、住所、電話番号、購買履歴など)の漏洩につきましては、現時点では確認されておりません。引き続き、最優先でセキュリティの確保と情報保全に努めてまいります。

***

 プレスリリースを読んで気になったのは、『外部からの不正アクセスの可能性も視野に入れ』という表現。蒼君も合田部長もインサイト・エンジンがハッカーと交渉中だと考えていたが、ふたりの予想が間違っていたのか、それとも交渉中であることを伏せるためにこういった表現をしているのか。

 いずれにせよ、インサイト・エンジンが公式発表を行ったことでPitterはさらに荒れていった。

『漆黒の夜』と『欺瞞のエンジン』が同時にトレンド入りし、AIによる〝正義の制裁〟を支持するポストが溢れ、それを批判する声があがり、あちこちで小火騒ぎが起きているような状態。一方で、蒼君が言った通り、DRIや一希君への批判は一時的に落ち着いたように見えた。

 私は気づかなかったけれど、インサイト・エンジンのプレスリリース発表後、佐伯部長は蒼君を連れて慌ただしく堂坂に向かったらしい。糸井部長も「堂坂に行く」ということしか聞いていないらしく、目的も場所も詳細はわからない。

 堂坂府警に〈漆黒の夜【公式】〉の情報を提供してもらいに行ったのかもしれないが、テレビ出演以来、蒼君が警察に振り回されているように見えて少し心配だった。それに、彼は昨夜からまともに寝ていない。

 なんとなくモヤモヤした気持ちを抱えたまま、新たな騒動が起きた。この日の夕方、〈漆黒の夜【公式】〉が新たな予言を投稿したのだ。

『【新たな予言】輝く星の裏側で、影が囁き合う。 沈黙の取引が交わされ、真実は金の鎖に繋がれようとしていた。 だが、夜の瞳はすべてを見通す。2043年7月9日・18:30』

 異様に短いこの予言文には、いつもの【AI解析】はついていなかった。

 Pitterでは『輝く星』がDeeeeepの所属事務所スターライト・ネクストだろうという意見がほとんど。解釈は色々と投稿されたが、DRIにとって不本意な予言文解釈が、火がついたように拡散されていった。

『SLNは解散予言とライブ事件について裏取引をした。結城とDRI職員Kが刑事告訴されなかったのはそのため。AIがその罪を暴くだろう。』

 報道やネットだけで事件を知る人にとって、この解釈はもっともらしく聞こえたようだ。

 幸いなことに、『SLN裏取引』がPitterトレンドに載ったのは午後8時の電話受付終了後。そのため、今日に限っては電話対応に追われるようなことはなかった。

 AIチームに確認したところ、やはりサイトへのアクセス数は増えているらしい。総務部から出てきた遠藤さんにも状況を聞いてみると、問い合わせフォームからの『ご意見』も次々送られて来ているようだった。

「理久ちゃんも、キリがないから適当に切り上げて帰ったほうがいいよ~。落ち着かないかもしれないけど、ずっと気を張ってたらおかしくなっちゃうから」

 遠藤さんはポンポンと私の腕を叩き、「じゃあ、お先」とエレベーターに向かった。

 通路最奥の倫理法務部の半開きのドアからは明かりが漏れているが、カンサポ部の電気はすでに消えている。ガラス越しにうっすら見える壁掛け時計は午後9時になろうとしていた。

 キュレ部に戻ると、糸井部長が帰り支度をしていた。まだ2歳だという娘さんは、きっともう眠っている頃だ。

「本宮さんも、そろそろ帰ったら? 家ではあまり事件のことは考えないように。ずっと気にしてたら疲れちゃうから」

「遠藤さんにも同じこと言われました。あの、佐伯部長は直帰ですか? 堂坂府警に行ってるんですよね?」

 私が問うと、糸井部長はどこか思案するように眼鏡を指で押し上げる。

「まあ、口止めされたわけじゃないから話してもいいか。佐伯部長と惣領君が向かったのはSLNらしいよ。そこに堂坂府警の人もいるのかもしれないけど、どういう用件で行ったのかは私もよくわからないんだ」

「それ、新しい予言が出る前の話ですよね」

「うん。このタイミングであの予言が出たから心配にもなるけど、下手にあれこれ考えないほうがいい。合田部長も何も聞いていないみたいだから、切羽詰まった状況で堂坂に向かったわけじゃないと思う」

 糸井部長は奥さんからのメール着信があったのを機に、「お疲れさま」と帰っていった。糸井部長のように家に誰かいれば気持ちを切り替えられるかもしれない。けれど、一人暮らしだとそれが難しい。

 チューハイ買って帰ってお笑いでも観よう――そう決めて退社することにした。

 蒼君に連絡しようかとも思ったけれど、深刻な話し合いの最中かもしれないと考えるとメッセージを送るのも憚られた。

 意外な人物から着信があったのは、地下駐車場からコネクト・アベニューへと続く通路を歩いているとき。

 スマホ画面には『堂坂グランドホテル〈ゲスト〉』と表示されていて、一瞬眉をひそめた。匠真だろうかと頭を過ったけれど、堂坂グランドホテルは最高ランクの高級ホテル。5コールくらいしたところで、不意にハヤト君の姿が頭に浮かんで慌てて〈通話〉をタップした。

「もしもし?」

『あっ……、えっと、理久さんですか?』

「そうです。ハヤト君ですよね?」

『良かった。電話とってくれないかもって思ってたんです』

 ホッと安堵したような、無邪気な声が聞こえてきた。
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