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第3話 進むべき道
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「──おまたせ」
十五分はかかると言ったのに、佐伯先輩は十分足らずで現れた。
もしかして私が待っているから急いでくれたのだろうか、なんて都合のいいことを考える。
「……何か僕に用事だったのかな?」
靴を履き替えてそばまで来ると、佐伯先輩はそう言って首を傾げた。
「あ、ええと……」
うまく言葉が出てこない。というか、最初から用事なんてないのだ。しいて言うなら「先輩とお近づきになりたくて!」だけど、もちろんそんなこと言えるはずもない。
私が困っていると思ったのか、佐伯先輩はまた助け舟を出してくれる。
「いや、『一緒に帰ろう』なんて驚いたけど、辻先生に聞かれたくなかったのかな、と思って」
正直、名前を聞くまで辻先生のことなんてすっかり忘れていた。姿が見えなかったからたぶん奥の司書室にいたのだろう。そういえば、佐伯先輩が当番の日はたいてい奥に引っ込んでいる気がする。
「とりあえず帰ろうか。駅方向?」
私はこくこくとうなずく。なんだか声までもがうまく出せない──たぶん、柄にもなく緊張しているのだ。
「もう知ってくれてるみたいだけど、僕は佐伯和斗。君は? 名前、聞いてもいいかな?」
昇降口を出て、校門へと向かいながら佐伯先輩が言う。隣を歩いているだけで夢心地だった私は、急いで意識を引き戻した。
「はい! 富永香乃です」
つい勢い込んで言うと、佐伯先輩は「富永さんね」と微笑んだ。
「一年生、だよね?」
そう問われ、私はまたこくこくうなずく。
どうしよう。何を話せばいいんだろう。学年は違うし、先生や学校のことも、入学したばかりでまだよく知らない。全く予想しなかったわけじゃないけど、共通の話題がなかった。
──いや、ひとつだけあるかもしれない。
「先輩は……本が好きで図書委員になったんですか?」
そう、図書室関係だ。私たちの、唯一の共通点。
でも最初に繰り出す話題としてはちょっと不自然だったかもしれない。佐伯先輩も意外そうに目を瞬いている。
「まさか、委員のことが聞きたかったの?」
「委員のこと、というか……」
正確には委員じゃなくて委員長です、なんて言うわけにもいかない。
どう答えようかと考えを巡らせていたその時、脳裏にあるフレーズが浮かんだ。
(いや、でも……)
あまりにも唐突な感じがする。が、私としては是非とも確認したいことなのだった。半ばヤケになりながら、私は口を開いた。
「……あっ、あの! その……彼女さんとかに怒られないですか? 私……というか他の女子と一緒に帰ったりして……」
相手に彼女がいるかどうか知りたいときは、ストレートに尋ねるよりも「いる前提で」話を振る方がいいらしい。いればそのまま話が続くし、いなければ「いない」と言ってくれるから、と。この前読んだ本で主人公の友達が言っていた。
予想通り、佐伯先輩はびっくりしている。でもすぐに元の落ち着きを取り戻して言った。
「……彼女、いないからね」
拗ねるでもなく照れるでもなく、ただ苦笑している。
「いないんですか!? 先輩こんなに素敵なのに……」
つい余計なことまで言ってしまって、私は慌てて口をつぐんだ。でも、彼女がいないなら、もしかして私にも可能性があるのだろうか。
「……女の子に素敵なんて言ってもらったの初めてだよ」
佐伯先輩はそう言って微笑んだ。が、多分嘘だなと私は直感する。初めてと言いながらこんなにも動じないのだ──もし本当だとしたら、佐伯先輩は間違いなくポーカーフェイスの達人に違いない。
「……好きな人は」
「え?」
「好きな人はいないんですか?」
どうせ恋愛以前に人生の経験値的にも、私じゃ佐伯先輩には太刀打ちできないのだ。だったらもう、まっすぐにぶつかっていく方がいい。
だけど好きな人の恋路は邪魔しない──それが私のポリシーだった。たとえそれが私の目からは、望みのない片想いに見えたとしても。
「いない、けど……」
佐伯先輩から、今度ははっきりと戸惑いが感じられる。
つい私まで一時停止してしまった。
「そう、なんですか……」
ここに来て急に不安になる。
もしかしたら私は、佐伯先輩に「好きな人がいる」と言ってほしかったのかもしれない。そうすればまた、少なくともしばらくの間は片想いに浸れる。陰から佐伯先輩を眺めていられるのだ。もちろん、二度と手の届かない存在になってしまう可能性だってあるけど。
(でも……)
私は「いない」と聞いてしまったのだ──なら進むべき道はひとつしかない。
十五分はかかると言ったのに、佐伯先輩は十分足らずで現れた。
もしかして私が待っているから急いでくれたのだろうか、なんて都合のいいことを考える。
「……何か僕に用事だったのかな?」
靴を履き替えてそばまで来ると、佐伯先輩はそう言って首を傾げた。
「あ、ええと……」
うまく言葉が出てこない。というか、最初から用事なんてないのだ。しいて言うなら「先輩とお近づきになりたくて!」だけど、もちろんそんなこと言えるはずもない。
私が困っていると思ったのか、佐伯先輩はまた助け舟を出してくれる。
「いや、『一緒に帰ろう』なんて驚いたけど、辻先生に聞かれたくなかったのかな、と思って」
正直、名前を聞くまで辻先生のことなんてすっかり忘れていた。姿が見えなかったからたぶん奥の司書室にいたのだろう。そういえば、佐伯先輩が当番の日はたいてい奥に引っ込んでいる気がする。
「とりあえず帰ろうか。駅方向?」
私はこくこくとうなずく。なんだか声までもがうまく出せない──たぶん、柄にもなく緊張しているのだ。
「もう知ってくれてるみたいだけど、僕は佐伯和斗。君は? 名前、聞いてもいいかな?」
昇降口を出て、校門へと向かいながら佐伯先輩が言う。隣を歩いているだけで夢心地だった私は、急いで意識を引き戻した。
「はい! 富永香乃です」
つい勢い込んで言うと、佐伯先輩は「富永さんね」と微笑んだ。
「一年生、だよね?」
そう問われ、私はまたこくこくうなずく。
どうしよう。何を話せばいいんだろう。学年は違うし、先生や学校のことも、入学したばかりでまだよく知らない。全く予想しなかったわけじゃないけど、共通の話題がなかった。
──いや、ひとつだけあるかもしれない。
「先輩は……本が好きで図書委員になったんですか?」
そう、図書室関係だ。私たちの、唯一の共通点。
でも最初に繰り出す話題としてはちょっと不自然だったかもしれない。佐伯先輩も意外そうに目を瞬いている。
「まさか、委員のことが聞きたかったの?」
「委員のこと、というか……」
正確には委員じゃなくて委員長です、なんて言うわけにもいかない。
どう答えようかと考えを巡らせていたその時、脳裏にあるフレーズが浮かんだ。
(いや、でも……)
あまりにも唐突な感じがする。が、私としては是非とも確認したいことなのだった。半ばヤケになりながら、私は口を開いた。
「……あっ、あの! その……彼女さんとかに怒られないですか? 私……というか他の女子と一緒に帰ったりして……」
相手に彼女がいるかどうか知りたいときは、ストレートに尋ねるよりも「いる前提で」話を振る方がいいらしい。いればそのまま話が続くし、いなければ「いない」と言ってくれるから、と。この前読んだ本で主人公の友達が言っていた。
予想通り、佐伯先輩はびっくりしている。でもすぐに元の落ち着きを取り戻して言った。
「……彼女、いないからね」
拗ねるでもなく照れるでもなく、ただ苦笑している。
「いないんですか!? 先輩こんなに素敵なのに……」
つい余計なことまで言ってしまって、私は慌てて口をつぐんだ。でも、彼女がいないなら、もしかして私にも可能性があるのだろうか。
「……女の子に素敵なんて言ってもらったの初めてだよ」
佐伯先輩はそう言って微笑んだ。が、多分嘘だなと私は直感する。初めてと言いながらこんなにも動じないのだ──もし本当だとしたら、佐伯先輩は間違いなくポーカーフェイスの達人に違いない。
「……好きな人は」
「え?」
「好きな人はいないんですか?」
どうせ恋愛以前に人生の経験値的にも、私じゃ佐伯先輩には太刀打ちできないのだ。だったらもう、まっすぐにぶつかっていく方がいい。
だけど好きな人の恋路は邪魔しない──それが私のポリシーだった。たとえそれが私の目からは、望みのない片想いに見えたとしても。
「いない、けど……」
佐伯先輩から、今度ははっきりと戸惑いが感じられる。
つい私まで一時停止してしまった。
「そう、なんですか……」
ここに来て急に不安になる。
もしかしたら私は、佐伯先輩に「好きな人がいる」と言ってほしかったのかもしれない。そうすればまた、少なくともしばらくの間は片想いに浸れる。陰から佐伯先輩を眺めていられるのだ。もちろん、二度と手の届かない存在になってしまう可能性だってあるけど。
(でも……)
私は「いない」と聞いてしまったのだ──なら進むべき道はひとつしかない。
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