15 / 52
第15話 勉強会
しおりを挟む
「──! 佐伯先輩!」
建物の前にその姿を認めると、私はすぐに佐伯先輩のもとへと駆け出した。
(佐伯先輩の私服姿!!)
校内じゃ絶対に見ることのできない貴重な光景に思わず目を奪われる。黒いTシャツにグレーのジャケットというのは、春コーデとしては少し色合いが暗い気がしないでもないものの、佐伯先輩にはとても似合っていた。
「早くないですか!」
言ってしまってから(あ、間違えた)と思うがもう遅い。せめて「お待たせしてしまってすみません」と言いたかった。
でも、まだ待ち合わせ時間の十二分前なのだ。いったいいつから待っていたのだろう。
「だって、いつも待ってもらってるから」
たしかに、佐伯先輩の委員の仕事が終わるまで待ってはいるけれど。でもそれは私が勝手に待っているだけなのだ──佐伯先輩と一緒に帰りたいがために。
そう言うと、佐伯先輩はふわりと微笑んだ。
「それと一緒。僕も富永さんを待ってたかっただけ」
「──! それは……反則です……」
佐伯先輩の優しい微笑みが眩しくて、思わず目を逸らしながら言う。これから先、私の心臓はちゃんともつのだろうか。……正直、あまり期待できない。
「それじゃ、行こうか」
佐伯先輩の言葉にうなずいて、一緒に自動ドアをくぐる。私たちの勉強会は、結局市立図書館で行うことになったのだった。
「よかった。今日はそんなに混んでないね」
先輩の言う通り、閲覧席はまばらにしか埋まっていない。これなら読書や蔵書の閲覧以外のこと──それこそ勉強なんかをしていても迷惑になることはなさそうだ。
私たちは手近な大テーブルを選び、端の席に並んで腰かけた。
「わからないとこでもあれば何でも聞いて。これでも一応、先輩だし」
隣から佐伯先輩が囁く。
(ああ、これはほんとに勉強会っぽい)
向かい合わせに座った方が、勉強しながら佐伯先輩の顔を盗み見しやすかったのはたしかなのだけど、こうやって会話するには隣同士が一番だ。……距離も近いし。
少しでも油断したらすぐに緩んでしまいそうな顔を引き締め、私は教科書とノートを開いた。
まずは数学の授業の内容を復習し、問題集に向かう。
公式の当てはめ方のパターンを掴んでしまえば特につまづくところはなかった。問題は来週以降に習うはずの応用についていけるかだ。
(うわあ……)
試しに教科書の先のページをめくってみると、一気に数値と式が複雑になっていたのだ。私は思わず顔をしかめ、見なかったことにしてそのまま教科書を閉じる。
そのタイミングでなんとなく隣を盗み見てみると、佐伯先輩は過去問か何かを解いているようだった。手元の無地のルーズリーフの上でシャープペンを動かしている。
(きれい、だなあ……)
ニキビ一つないなめらかな肌に、まつげはすっと長い。それでも中性的な感じはしなくて、ちゃんと男の人なのだ。女装は似合いそうな気がするけど。
「ん? 何か聞きたいことでも出てきた?」
私の視線に気づいたらしい佐伯先輩がこちらを向いて囁く。
「あっ、いえ、大丈夫です!」
慌てて首を振り、私は英語の教科書を開いた。
「ふぅーっ」
数時間後、図書館を出た私はぐっと伸びをした。同じ姿勢で長時間勉強をしていると、どうしても全身の血の巡りが悪くなる気がする。図書館は居心地のいい場所だけど、やっぱり読書と勉強では話が違うのだ。
「佐伯先輩って、英語得意なんですね」
一緒に出てきた佐伯先輩に声をかける。予習として教科書の英文を訳していた時、どうしても文型がとれない文に出会ったのだ。それを佐伯先輩はさっと一読しただけで正確に訳してみせた。
「まあ、得意な方ではあるかな。さっきみたいな文は主節のSVを正しく見極められるかがカギだよね」
佐伯先輩はその見極めのコツを教えてくれたが、そのコツを活かすためには登場する単語の品詞と意味を知っていなければならない。その意味で結局、単語の暗記は最も効率的な方略なのだろう。
「得意な方、ってことは英語は一番じゃないんですか?」
私だって、英語は決して苦手な方じゃない。でも佐伯先輩は、知識や経験値の二学年分を差し引いても私の遥か先を行っている。
「うん、一番はやっぱり国語かな」
「さすが、図書委員長らしいですね」
だが佐伯先輩は少し複雑な表情だ。
「男子としては物理とか数学って言いたいとこなんだけど」
「……そんなもんなんですか?」
確かに、女子より男子の方が理数系に強いイメージはあるけれど。
「その方がかっこよくない?」
「ど、どうですかね……」
一瞬答えに迷ったものの、自信をもって得意だと言える科目があるのなら十分だという気がする。それが何の科目であっても。
「国語が得意なのもちゃんとかっこいいと思います」
私が力を込めて言うと佐伯先輩は笑った。
「じゃあ……勉強もお互い進んだみたいだし、良かったら慰労会って名目でお茶でもしていく?」
予想外の提案に思わず目を瞬く。
「え、いいんですか?」
きっと忙しいだろうに。勉強だって、一人でやった方がはかどるだろうところにこうして付き合ってくれたのに。
「この辺にあるのはほとんどチェーンのカフェだけど、それでも良ければ」
チェーン店だろうと個人経営の店だろうとカフェはカフェだ。二人でカフェなんて、これはもう勉強会を超えた……そう、デートだ。
「もちろんです!」
勢い込みそうになるのを抑えて答える。そんな私に佐伯先輩は「了解」と笑い、私たちは図書館の建物を出た。
建物の前にその姿を認めると、私はすぐに佐伯先輩のもとへと駆け出した。
(佐伯先輩の私服姿!!)
校内じゃ絶対に見ることのできない貴重な光景に思わず目を奪われる。黒いTシャツにグレーのジャケットというのは、春コーデとしては少し色合いが暗い気がしないでもないものの、佐伯先輩にはとても似合っていた。
「早くないですか!」
言ってしまってから(あ、間違えた)と思うがもう遅い。せめて「お待たせしてしまってすみません」と言いたかった。
でも、まだ待ち合わせ時間の十二分前なのだ。いったいいつから待っていたのだろう。
「だって、いつも待ってもらってるから」
たしかに、佐伯先輩の委員の仕事が終わるまで待ってはいるけれど。でもそれは私が勝手に待っているだけなのだ──佐伯先輩と一緒に帰りたいがために。
そう言うと、佐伯先輩はふわりと微笑んだ。
「それと一緒。僕も富永さんを待ってたかっただけ」
「──! それは……反則です……」
佐伯先輩の優しい微笑みが眩しくて、思わず目を逸らしながら言う。これから先、私の心臓はちゃんともつのだろうか。……正直、あまり期待できない。
「それじゃ、行こうか」
佐伯先輩の言葉にうなずいて、一緒に自動ドアをくぐる。私たちの勉強会は、結局市立図書館で行うことになったのだった。
「よかった。今日はそんなに混んでないね」
先輩の言う通り、閲覧席はまばらにしか埋まっていない。これなら読書や蔵書の閲覧以外のこと──それこそ勉強なんかをしていても迷惑になることはなさそうだ。
私たちは手近な大テーブルを選び、端の席に並んで腰かけた。
「わからないとこでもあれば何でも聞いて。これでも一応、先輩だし」
隣から佐伯先輩が囁く。
(ああ、これはほんとに勉強会っぽい)
向かい合わせに座った方が、勉強しながら佐伯先輩の顔を盗み見しやすかったのはたしかなのだけど、こうやって会話するには隣同士が一番だ。……距離も近いし。
少しでも油断したらすぐに緩んでしまいそうな顔を引き締め、私は教科書とノートを開いた。
まずは数学の授業の内容を復習し、問題集に向かう。
公式の当てはめ方のパターンを掴んでしまえば特につまづくところはなかった。問題は来週以降に習うはずの応用についていけるかだ。
(うわあ……)
試しに教科書の先のページをめくってみると、一気に数値と式が複雑になっていたのだ。私は思わず顔をしかめ、見なかったことにしてそのまま教科書を閉じる。
そのタイミングでなんとなく隣を盗み見てみると、佐伯先輩は過去問か何かを解いているようだった。手元の無地のルーズリーフの上でシャープペンを動かしている。
(きれい、だなあ……)
ニキビ一つないなめらかな肌に、まつげはすっと長い。それでも中性的な感じはしなくて、ちゃんと男の人なのだ。女装は似合いそうな気がするけど。
「ん? 何か聞きたいことでも出てきた?」
私の視線に気づいたらしい佐伯先輩がこちらを向いて囁く。
「あっ、いえ、大丈夫です!」
慌てて首を振り、私は英語の教科書を開いた。
「ふぅーっ」
数時間後、図書館を出た私はぐっと伸びをした。同じ姿勢で長時間勉強をしていると、どうしても全身の血の巡りが悪くなる気がする。図書館は居心地のいい場所だけど、やっぱり読書と勉強では話が違うのだ。
「佐伯先輩って、英語得意なんですね」
一緒に出てきた佐伯先輩に声をかける。予習として教科書の英文を訳していた時、どうしても文型がとれない文に出会ったのだ。それを佐伯先輩はさっと一読しただけで正確に訳してみせた。
「まあ、得意な方ではあるかな。さっきみたいな文は主節のSVを正しく見極められるかがカギだよね」
佐伯先輩はその見極めのコツを教えてくれたが、そのコツを活かすためには登場する単語の品詞と意味を知っていなければならない。その意味で結局、単語の暗記は最も効率的な方略なのだろう。
「得意な方、ってことは英語は一番じゃないんですか?」
私だって、英語は決して苦手な方じゃない。でも佐伯先輩は、知識や経験値の二学年分を差し引いても私の遥か先を行っている。
「うん、一番はやっぱり国語かな」
「さすが、図書委員長らしいですね」
だが佐伯先輩は少し複雑な表情だ。
「男子としては物理とか数学って言いたいとこなんだけど」
「……そんなもんなんですか?」
確かに、女子より男子の方が理数系に強いイメージはあるけれど。
「その方がかっこよくない?」
「ど、どうですかね……」
一瞬答えに迷ったものの、自信をもって得意だと言える科目があるのなら十分だという気がする。それが何の科目であっても。
「国語が得意なのもちゃんとかっこいいと思います」
私が力を込めて言うと佐伯先輩は笑った。
「じゃあ……勉強もお互い進んだみたいだし、良かったら慰労会って名目でお茶でもしていく?」
予想外の提案に思わず目を瞬く。
「え、いいんですか?」
きっと忙しいだろうに。勉強だって、一人でやった方がはかどるだろうところにこうして付き合ってくれたのに。
「この辺にあるのはほとんどチェーンのカフェだけど、それでも良ければ」
チェーン店だろうと個人経営の店だろうとカフェはカフェだ。二人でカフェなんて、これはもう勉強会を超えた……そう、デートだ。
「もちろんです!」
勢い込みそうになるのを抑えて答える。そんな私に佐伯先輩は「了解」と笑い、私たちは図書館の建物を出た。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
両隣の幼馴染が交代で家に来る
みらいつりびと
恋愛
両親がタイへ行く。
父親が3月上旬に上司から命じられた。4月1日からバンコクで勤務する。
うちの父と母はいわゆるおしどり夫婦というやつで、離れては生きていけない……。
ひとり暮らしの高校2年生森川冬樹の世話をするため、両隣の美しい幼馴染浅香空と天乃灯が1日交代で通ってくる。
冬樹は夢のような春休み期間を過ごし、空と灯は火花を散らす。
幼馴染三角関係ラブストーリー。全47回。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる