この夢が醒めるまで──図書室から始まる恋の物語

蒼村 咲

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第24話 真綿のような絶望

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(……は?)

 一瞬、脳内まですべて言葉を失ってしまった。今でも「まじか」とか「嘘でしょ」とか残念な語彙しか浮かばない。

(あの女の人は危害は加えないって言ったのに……)

 私は途方に暮れ、なんとなく女性の方に目を向けた。

(……?)

 なんだか、不自然な動きをしているように見える。手首から先をあれこれ動かしているのだ。
 私は横目で確認したが、男は佐伯先輩に気をとられていて、女性の方に目をやる気配はない。わたしはほんの少しだけ首を回し、女性の動きをちゃんと見た。
 手のひらを下にした状態で両手の親指を重ね、残りの指を軽く上下に動かしている。

(これは……ちょうちょ?)

 幼稚園でよく見聞きした「♪グーチョキパーでなにつくろう」という歌詞の手遊び歌の一部に出てくる「ちょうちょ」に見える。
 それから彼女は手の甲側の手首をくっつけた。そしてしばらくしてまた、ちょうちょの動きにもどる。

(──! もしかして……)

 手首をくっつける動作は、縛られている私の両手のことを言っているのではないだろうか。ということはちょうちょは……。

(ちょうちょ結び?)

 私は男に気づかれないよう少しずつ、指先で探ってみた。

(……! ゆるい……)

 確かに、縛られている時もきつく締め付けられている感じはしなかった。けれどこれは明らかに意図的にゆとりを持たせてある。勝手にほどけたり手首が抜けたりはしない、でも縦に縛られた両手を横向きにできるくらいの、絶妙なゆとりだ。

(あった!)

 リボンの端を掴むことができた。そっと、すこしずつ、一センチずつつまみなおすようにしてリボンを引っ張っていく。

「……なんでそれで俺が本気になるわけ?」

 佐伯先輩が口を開いた。ことばの通り、軽く首を傾げている。私はとっさに(あれっ?)と思ったものの、違和感の正体はわからない。

「は? だってお前の女だろ」

 苛立ちをにじませながら男が言う。
 が、佐伯先輩は意外そうに目を瞬き、それから吹き出した。

「女? そんな子どもが? 俺の女?」

 そう言ったかと思えば、今度はこらえきれないとばかりに笑い出す。

「あ、ごめんごめん。別に富永さんがガキっぽいとかそういうことじゃないよ。十五歳でしょ? 年相応」

 思い出したようにそんなフォローを挟んでくる。いたたまれないのでやめてくださいと言うに言えず、私はうつむいた。

「ふざけんなよ! 休日も一緒にいたくせに!」

(え?)

 男の言葉に私は固まる。どうしてそれを知っているのだろう。私が休日に佐伯先輩と会ったのは、図書館で一緒に勉強したあの日だけなのに。

(──そういえば!)

 図書館から出てきたあの時も、今日乗せられたような車がいなかったか? そしてその直後に、佐伯先輩は予定を変更して──まさか。

「休日返上で一年生の勉強を見てあげるなんて、いかにも優等生でしょ」

 そう言って、佐伯先輩はわざとらしく微笑んだ。

「は? そんな体裁のために?」

 思わず口から出てしまったのだろう。そんな男のつぶやきを、佐伯先輩は鼻で笑った。

「わかってないな。俺はもう、警察署で一晩明かすなんてごめんなんだよ」

「──!」

 男が息をのんだ。男だけじゃない、私もだ。
 期待通りの反応が得られたのか、佐伯先輩は満足そうに微笑む。

「もしまた何かで疑われても、『あの人なわけない』って否定してもらいたいんだよね。今度はちゃんと」

 男の左腕に込められた力が緩むのが感じられた。今なら抜け出せるかもしれない。

(でも──何のために?)

 こんな、言ってみれば極限状態で、大好きな人にまでただの駒だったと言われてしまった私は、ここから逃れたとして何になるのだろう?
 私は佐伯先輩のことを何も知らない。今のことも過去のこともだ。知ろうとする機会はあったはずなのに、私はそれに目をつぶった。「信じる」なんて聞こえの良い言葉で飾って、ふたをした。
 この男と私とでは、きっと息をのんだ理由が違う。

「……なあ、お前。お前あいつの何なの?」

 毒気を抜かれたのか、さっきまでより格段に落ち着いた声で男が聞いてきた。そんなの、私にだってわからない。でも答えないわけにはいかなくて、私は半ばヤケになりながら答えた。

「彼女──気取りの追っかけ、ってとこじゃないですかね」

 あんな言葉を吐いた佐伯先輩の前で、彼女だなんて宣言する勇気は、さすがの私にもない。
 でも自分の口で否定したことで、全身から力が抜けてしまった。後ろ手に縛られた状態のまま、その場に座り込んでしまう。

「お、おい! 立てって!」

 男が慌てて引っ張り上げようとするが、情けないことに足に力が入らない。

「す、すいません……」

 私は何も悪くないはずだけど、つい謝ってしまう。すると男は私から手を離し、カッターナイフの刃をしまった。
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