この夢が醒めるまで──図書室から始まる恋の物語

蒼村 咲

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第35話 本当の理由

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「ごめんね、急ぎのメールがあって……ちょっとだけ失礼させて」

 スマホを取り出し心から申し訳なさそうに言う明美さんに、私は慌てて「もちろんです!」と返す。明美さんがスマホに向かっている間、私はのんびりとココアを飲む。

 何年も経った今、外から見た私にさえわかってしまうような三角関係が、渦中にいた明美さんには見えていないなんてことがあるだろうか。

(いや、違う……)

 きっと明美さんは自分が佐伯先輩に惹かれていることに気づいていて、それでも三人でいられる今の関係を優先したんじゃないだろうか。そしてそれは佐伯先輩も同じだった。だから二人にとっては「何もなかった」のだ。
 でも圭吾さんはずっとそばで明美さんを見ていたからこそ、二人の間の空気に気づいてしまった。

(じゃあ佐伯先輩が二年も休学した本当の理由は……!)

 自分がかばった友達が、自分を裏切って逃げおおせたことなんかじゃない。もちろん、それだってショックだっただろうけど。
 でも何よりの理由は、自分の想いにふたをしてまで守ろうとした関係を、容赦なく破壊されたからだ。
 佐伯先輩が、そして明美さんが守ろうとした今のままの三人の関係を、圭吾さんは佐伯先輩と明美さんの仲を裂くためだけに壊そうとした。

 そんな時、佐伯先輩ならきっと自分を犠牲にする。後から加わった自分が去ることで元の二人の関係が丸く収まるのなら、迷わず身を引く。
 最大の問題は、佐伯先輩のその選択が、圭吾さんには伝わらなかったことだと思う。だからこの間みたいなことになったのだ。圭吾さんの中の佐伯先輩が、打ちのめさなければならない敵のままだったから。

 なんだか心が苦しくなってきたところで、明美さんがスマホをバッグにしまった。

「ごめんね。もう大丈夫だから」

 そう言って明美さんは、もうぬるくなってしまっているだろうコーヒーをすすった。私もつられて、融けた氷で若干薄まったココアをストローで吸い上げる。

「……和斗といえば、言わなかったのね? 私と会うこと」

 明美さんの口調はあくまでさりげなかったけど、一番痛いところを突かれた私はつい押し黙ってしまう。

「心配、するんじゃないかしら?」

「それは……」

 その通りだと思う。こう言ってはなんだけど、明美さんは誘拐犯の片割れなのだ。私だって、こんな事情がなければ絶対に会おうとなんてしなかったと思う。

「……そうかもしれません。でも明美さんのことは、信用できると思ったので」

 思い切って言うと、明美さんは目を丸くして、それから可笑しそうに吹き出した。

「それは光栄だわ。……っていうか、それくらいじゃないと和斗とは付き合えないか」

 どういう意味だろう。というか、明美さんは私が一応は本物の彼女だとわかっていたのだろうか。

「そうだ、昔の和斗がどんな感じだったか気になる?」

 明美さんがどこかいたずらっぽい顔でそんなことを言うので、私は思わず「えっ」と身を乗り出しかけた。
 それはすごく気になる。気になるけれど──。

「──適当なこと吹き込むなよ、明美」

「──!」

 この声は──と思って見上げると、案の定そこには佐伯先輩の姿があった。

「佐伯先輩!」

 私が文字通り飛び上がりそうなくらいに驚いたのに対して、明美さんは顔色一つ変えずに「あら」と言っただけだった。どうやら佐伯先輩をここに呼んだのは明美さんらしい。

「……それじゃ、邪魔者は退散するわね」

 私がまだびっくりから立ち直れないでいるうちに、明美さんはひらりと立ち上がった。そしてバッグから何やら封筒のようなものを取り出し、佐伯先輩に押しつけるようにして渡す。

「可愛い彼女に美味しいものでも食べさせてあげなさいな」

 そう言ってにっこり笑ったその顔がとてもきれいで、私はしばらく見惚れてしまった。でも佐伯先輩はさすがにそんなことはなく、ぎょっとして封筒を突き返そうとしている。

「いや、そんなの受け取れな──」

「ほらほら、女子大生のお姉さんの厚意を無下にしないの」

 明美さんは佐伯先輩の抵抗を気にも留めずに押し切った。佐伯先輩は「お姉さんって……」と不満そうにしている。そりゃあそうだ──学年がずれているだけで実際は同い年なのだから。
 でもそんな佐伯先輩を見るのはなんだか新鮮だった。

「それじゃあお二人とも。……元気でね」

 明美さんが肩越しに振り返りながら言う。一瞬、言葉を選んだような気がしたのは気のせいだろうか。

(もしかしたら、少なくとも私にはもう会わないつもりなのかも……)

 そんなふうに思ってしまったのは、明美さんが「またね」ではなく「元気でね」と言ったからだと気付いた時には、彼女の姿はもう見えなかった。

「……富永さんは、甘いものとか好き?」

 さっきまで明美さんが座っていた席に、今は佐伯先輩が座っている。私服姿を見るのは勉強会の日以来二回目で、今日はシンプルなネイビーのシャツ姿だった。

(佐伯先輩って、たぶん濃い色が似合うんじゃないかな……)

 なんてことを考えていたせいで反応が遅れる。

「あ、はい。好きです」

 私の答えに微笑むと、佐伯先輩は通りかかった店員さんを呼び止めて、メニューを持ってきてくれるよう頼んだ。

「よかった。じゃあこの前の埋め合わせもかねて、ケーキでもパフェでも好きな物食べて」

 店員さんから受け取ったメニューをこちらに向けて開きながら、佐伯先輩が言う。

「え、でも……」

 少しくらいは財布にお金も入っているし、自分の分くらいは自分で出せる。けれど佐伯先輩はひらりと手を振った。

「いいの。あの女子大生のお姉さんがご馳走したいらしいから」

 佐伯先輩が「女子大生のお姉さん」というところをさっきの明美さんの口調に寄せて発声したので、私は思わず吹き出してしまった。
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