この夢が醒めるまで──図書室から始まる恋の物語

蒼村 咲

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第43話 秘密の書庫

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「これは……」

 珍しいことに、佐伯先輩が言葉を失っている。
 いったい何があったんだと閉めたばかりのドアから手を離し目を向けると、佐伯先輩の絶句の意味がわかった。

 壁だったはずのところに、ぽっかりと穴があいている──いや、どうやらもともと壁ではなく扉だったらしい。その扉が開け放たれているのだ。

「辻先生、これは一体どういうことなんですか」

 佐伯先輩が呆れたように辻先生を振り返る。

「ちょっと、まるで私が勝手に改造したみたいに言わないでよ」

 辻先生は心外だと言わんばかりの表情でそのそばへと歩み寄った。それからなぜか私の方に向き直る。

「富永さんのおかげで気づいたのよ」

私、ですか?」

 心当たりがないままに聞き返すと、辻先生はうなずいた。

「この前ここに来てくれた時、そこに座ってもらったでしょ? あの長椅子を置いてたから」

 辻先生が指さした先には、あの背もたれのない合皮張りのベンチがあった。

「覚えてないと思うけど、富永さんが壁にもたれた時、ドンって音がしたのよ。あれは──学校の校舎の壁にもたれたときの音じゃなかった」

 言われて思い出す。辻先生に佐伯先輩とのことを追及されて反射的に上半身を引いてしまった時、背後の壁にぶつかったのだ。その時たしかに「ドン」とわりあい大きな音がした。

「それじゃあ……司書である辻先生すら存在を知らない、文字通り秘密の書庫があったって言うんですか?」

 眉間にしわを寄せる佐伯先輩に、辻先生は「そうなるわね」とうなずく。

「開かずの間的な……まさか、死体が隠されてたとかないですよね?」

 私はいつかに読んだミステリー小説の結末を思い出してしまった。壁の中に立ったままの状態の死体が隠されていた、というやつだ──まさかそんなことはないとは思うけど。

「何言ってるの。そんなことがあったら呑気に蔵書整理なんてやってられないわよ」

 辻先生が笑い飛ばしてくれたことに私は内心ほっとする。

「でも現状、書庫というよりは倉庫なのよ。だからきちんと書庫として機能させようと思って」

 辻先生はそう言うと、自分の机からプリントを持ってきた。

「僕たちは何をすればいいんでしょう?」

 プリントを受け取った佐伯先輩が尋ねる。

「一応、書庫の資料管理リストは見つけたから、まずはそれとの照合ね。それから、いくつか開架に移そうと思ってる本があるから、それを抜き出しておいてもらえるかしら」

「わかりました」

 プリントを見てみると、書名や著者名、出版社名、発行年といった基本的な情報に加え、管理番号らしき記号や分類などが載っていた。

「それじゃあ、私はしばらく向こうにいるから、何かあったら呼んで」

 図書室の方の指導も必要なのだろう、辻先生は書庫を私たちに任せ、司書室を出て行った。

「まさか、こんなところに隠し扉があったなんて……」

 私はおそるおそる、ドアの向こうを覗き込む。すると、図書室にあるような木製の本棚ではなく、スチール棚が目に入った。

「ほんとは隠し扉でも何でもないんだけど、辻先生の前任者か、もっと前の人か──とにかく誰かがどこかのタイミングで封印したんだろうね」

 たしかに、いかにも隠したという感じだったけど。

「なんでそんなことを……?」

「さあ……蔵書が増えすぎて管理が面倒になったのか……。とりあえず始めようか」

 私がうなずくと、佐伯先輩は内側の壁についていたらしい電気のスイッチを入れた。


「書庫」は司書室よりも広かった。といっても、図書室本体に比べれば大した広さではない。

 何冊くらいの本が収められているのかはわからないけど、少なくとも、佐伯先輩と二人だけでは手に負えない──なんてことはなさそうだった。

「じゃあ僕はリストの前半からチェックしていくから、富永さんは後半をお願い」

「了解です」

 私は右手に蛍光ペンを持ったまま敬礼し、真ん中あたりの書架から照合を開始した。

 一段ずつ順番に、並んでいる本とリストにある書名を突き合わせていく。
 一致すればリストに蛍光ペンでチェックを入れ、リストにない本が棚にあれば別でメモを残す──のだが、リストに載っているほとんどの本はしかるべき位置にきちんと収められていた。

(これ、もしかして案外スムーズに終わっちゃう……?)

 なんて思った瞬間、私はふと違和感を覚えた。
 明らかにこの棚にそぐわないタイトルの本があるのだ。『ライ麦畑でつかまえて』──今私が見ているのは産業系の棚なのに。
 もしかして、「ライ麦畑」という言葉から機械的に農業分野に割り当てられたのだろうか?

(……んなわけないよね)

 ラベルに印刷された番号は一桁目から違っている。ということは分類は正しく、ただおかしな場所にあっただけらしい。

 私は『ライ麦畑でつかまえて』を棚から抜き出し、司書室の机に置いた。そうするように佐伯先輩から言われていたからだ。
 明らかにおかしな位置にあった本は、その都度正しい場所に移動するより後でまとめて戻した方が効率がいいという話だった。

 私は書庫に戻って作業を再開する。
 次の棚、そしてまた次の棚へと作業を進めていくと、再び不自然な書名が目に飛び込んできた。

「あれ? また……」

 今度は『はてしない物語』だ。今度は上の方の棚だけど、精一杯背伸びすればぎりぎり届くだろう。
 私は紙のリストと蛍光ペンをいったん置いて、件の本に手を伸ばした。
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