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【10】
「置き引きするならさとうきびをくれ!!」①
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「煎路さん……ずっと目が開いたままだけど、ちゃんと眠れてる……?」
ブアイスディーの昼下がり。
決して天気が良いとは言えない曇り空の下、ロンヤは一人、宿屋ロビーのテラスで昼食をとっていた。
もとい。一人ではない。
隣りのイスには人形煎路を座らせてある。
「あ……もしかしたら……」
ふと、何かを思いついたロンヤはフォークを皿に置き、腕を伸ばして人形煎路を抱え上げるとテーブルの上にあお向けに寝かせてみた。
「……寝かせたら、目が閉じられるかもと思ったけど……」
けど、人形煎路はスリープアイタイプの人形ではなく、ごく普通の人形だった。
(おい。空しか見えねーぞ、ロンヤ。これじゃあ女の子が通っても見られねえだろうがっっ。はやいとこイスに戻せっっ)
人形煎路は声にならない言葉をロンヤに投げかけるが、当然ロンヤは全く気づかない。
それどころか、
「煎路さん。せめてそうやって、体だけでも横になって休むといいよ」
煎路を気づかい、人形煎路をテーブルに寝かせたままでロンヤは再びフォークを手にとった。
「まさか煎路さんが人形になるなんてさ……今でもまだ、信じられない……」
食事の続きを始めるのかと思いきや、ロンヤはフォークを握りながら料理はそっちのけで、人形煎路が目にしている空をボーッと見上げた。
(こらこらこらこら。ロンヤ! いつも言ってっだろーが! 食事中は食事にだけ集中しろ! そして集中する前に俺をイスに戻せっ)
「……なんか、もうすぐひと雨きそうな感じだね……」
(おーうよ。だからさっさと飯食っちまえ! つうかお前、なんだってこんな日にテラスに出て食おうなんて考えたんだよ!?)
「あ、そういえば……
煎路さんと初めて会った時も、これとおんなじ曇り空だっよね……」
(あ?? な、なんだ?? 急によっっ)
「自分は妙な連中にからまれて困っててさ……
たまたま通りかかった煎路さんが、助けてくれたんだ……」
ロンヤがしみじみ昔を思い出しつぶやくと、煎路もつられてロンヤと出会った時の事を思い出した。
(ああ……そおだったっけなぁ)
「煎路さんは強くてカッコ良くて……
人間相手だから魔力は使わず、でもいとも簡単に連中をやっつけて……
その場でへたり込んでた自分に『大丈夫か?』って、わざわざ腰を落としてきいてくれたんだ……
自分は、ずっと忘れてない。あの時目の前にあった煎路さんの晴れやかな笑顔、パワフルなオーラを……
灰色の空が、まるで太陽が出たみたいに明るく見えたんだ……」
ロンヤは、当時を振り返り懐かしそうにほほ笑んだ。
「それから煎路さんは同じブレンドの自分を気にかけてくれて、まだ魔力の使い方がよく分からなかった自分に、焙義さんと一緒にいろいろ教えてくれた……」
(……正確には、ほとんどアニキが教えたんだけどな。
俺はお前のスローテンポに正気を保てずサジ投げちまってよ。
まあお前はもともと才能あったもんでその後メキメキ成長して、並みのブレンドより強くなったけどよ)
「……変な感じだな……
ブレンドなのに魔界のこと何も知らなかった自分が、人間界育ちの自分が、こうして魔界で普通に食事してるなんて……」
(普通じゃねえだろ。これから夕方になるまで時間かけて昼飯食うつもりだろ。
それにしても今日はよくしゃべるじゃねえか。
そうでなくてもなかなか食べ終わらねえってのに昔話で追想なんぞにふけってんじゃねー!!)
ポツッ。
人形煎路の鼻先に、小粒の雨が落ちてきた。
(それみろ。さっそくきやがった。
とりあえずここから撤退するぞ、ロンヤ!)
ポツッ、ポツッ。
ロンヤのメガネにも、雨が2滴落ちてきた。
「や、やばい。中へ入らないと……」
ロンヤは立ち上がり、昼食の乗ったトレーをマイペースに屋内へと移動させた。
そしてそれっきり、テラスのテーブルに人形煎路を置き去りにしたまま、ロンヤはテラスに戻って来なかった。
ようやく食べる事に集中し、煎路の事を忘れてしまったのだ。
落ちてくる雨はだんだんと多くなり、いよいよ本格的に降ってきた。
(……だから上等だっつってんだよ。
アニキといいロンヤといい、ずいぶんとえぐ味対応じゃねえか。
魔女の魔法を解くのに必要な優しさなんざカケラもねえ。
チッ。ついてねえな……これじゃあさすがの俺も風邪ひいちまうぜ)
いくら生身ではない人形の体とはいえ、
あお向けに寝かされ本降りの雨をまともに受けるのは、やはりこたえる。
それも、北の街ブアイスディーは気温が低い。
(……不思議だぜ。
感覚なんかねえはずなのに、手も足も指先がこごえてジンジンしやが……)
バサッ――!!
(……!?)
突如、風を伴い音をたて、大きなグレーの傘が煎路の上に広げられた。
(あ……? な、なんだぁ!?)
煎路が驚いた直後、大きな傘は再び風と音をたてて視界から消えかと思うと、
代わりに今度はブロンドの髪を垂らした蒼白い肌の美女の顔が、人形煎路にのしかかるように現れた。
この美女が、人形煎路の上に傘を広げ、そしてすぐに傘を閉じたのか?
しかしなぜ閉じたのか……濡れてしまうというのに。
「あ~ら。私好みの、クセのある可愛らしいお人形さんだこと。
誰かの忘れ物かしら? それとも捨てられたの?」
美女の魅惑的なパープルの目が、人形煎路のブヨブヨ顔を真上からのぞき込む。
(ち、近いっっ!)
あまりの顔の近さに煎路は驚きを通りこし、嬉しさと興奮を隠しきれずニタニタと頬の筋肉を上げていた。
「まあ。いやらしそうに笑っているわ? 気味の悪いお人形さんね。
着せてる服も滑稽だし、ますます私の好みだわ」
煎路がこよなく愛する、女性たちの艶やかな唇――
ブロンド美女の、鬼気迫るような冷たく赤い、艶めかしい唇からは尖った牙が見え隠れし、
煎路はこれまで体験した事のないゾクゾクする快楽に浸っていた。
「こんなにびしょぬれになっちゃって。かわいそうに。
私も雨やどりする場所を探していたところよ? でもこの宿屋はダメね。私にふさわしい高級ホテルはこの辺にはないのかしら?」
美女は人形煎路を手にすると、ドレスのバタフライ袖の内側にあるポケットに入れこんだ。
(ん……?? こんなとこにポケットがあんのか? しかもかなりしっかりしたでっけえポケットだぜ。おかげで快適だけどな)
バサッ――!!
またもや、先ほどから聞いている音がした。
美女が再度、傘を広げたのだろう。
だが奇妙な事に、これまでと違って音は連続して聞こえてくる。
そればかりか、人形煎路の体はバサッ、バサッと音がするたび、激しく揺らされていた。
(な、な、なんだってんだ!?)
人形煎路の鼻から上は、ポケットからはみ出ている。
煎路は激しく揺らされながらも、何とか必死で周りの状況を確認した。
(こ、これは!?)
煎路は驚愕し、思わず我が目を疑った。
――飛んでいる!!
なんと、空を飛んでいるではないか――
ぐんぐんぐんぐん上昇している!!
(は、羽だ!! こいつぁでっけえ羽じゃねーか!!)
そう。傘の開閉の音だと思っていた音は傘ではなく、翼を羽ばたかせる音だった。
ドレスの袖にあると思っていたポケットは、吸血魔族が便利さを追求して進化させた、飛膜の翼の裏側にあるポケットだったのだ。
(ちょ、ちょっと待て!! 俺をどこに連れ去ろうってんだ!!
いくら美女でも吸血鬼はおことわりだぜ!!
今の俺は人形なんだっっ。噛みついたって血なんか出ねえぞ!!)
逃げ出したくても、人形の体は動かない。
動かせたところで、高い空から落ちればひとたまりもない。
(ロンヤ!! さっきみたく、いきなり過去を思い出せ!!
俺をテーブルに寝かせた過去を思い出せ!!
ロンヤってばよ!! ロンヤロンヤロンヤロンヤ、
ロンヤァァ――――ッッ!!!!)
煎路は全神経を使って、ただがむしゃらにロンヤに向け猛烈な念を送った。
ロンヤの名前をひたすら連呼した。
それが功を奏し、
「……!! せ、煎……路さん……!?」
屋内に移動して食事だけに集中していたロンヤの頭の奥に、煎路の叫び声が届き続けざまに繰り返し響いた。
「あ……!! 煎路さんを、外に置きっぱに……」
ロンヤは青ざめ、慌ててテラスへと飛び出した。
が、テーブルの上から人形煎路の姿がなくなっている。
「煎路さん……!? ど、どこに!?」
辺りを見回した後、ロンヤはとっさに雨空を振り仰いだ。
すると、その雨空には――
「コ、コウモリ!?」
大型のコウモリらしきグレーの翼が、同じグレーの空に紛れこんでうっすらと見えた。
そして翼の裏側では、オレンジ色の髪がかすかになびいている――!!
「あれは……!! 煎路さん!?」
コウモリらしき翼は、どんどん離れて飛び去って行く。
ロンヤは魔力を放とうとしたのだが、コウモリもろとも人形煎路も落下する恐れがあるため躊躇した。
「やっぱりダメだ……とにかく、追いかけるしかない……!!」
魔力はあきらめ、ロンヤは魔馬小屋へと急いだ。
魔馬にまたがるとすぐさまコウモリを追い、勢いよく走らせる。
「人形煎路さんでもやっと会えたのに……
自分のせいでまた……!!」
自分が人形煎路をテーブルに置き忘れたせいで、煎路はコウモリにさらわれてしまった。
ロンヤはつくづく己に嫌気がさしていた。
(なんで自分は……こうなんだろう……
こんなボケッとしてるんだろう……)
今みたいに、ここぞという時には素早く行動でき、ポケポケする事もないというのに……
それなのに、普段の自分ときたらぐずぐずノロマで二つの行為を同時に行うのが得意ではなく、
周りをイラつかせたり、時には迷惑さえかけてしまう。
「絶対に煎路さんを取り戻すんだ!! 絶対に……!!」
降りしきる雨の街を、ロンヤは魔馬に乗り駆けぬける。
煎路を連れて遠のいて行く大型コウモリを見失わないよう、メガネの水滴を片腕で何度も拭きとりながら無我夢中で……
ブアイスディーの昼下がり。
決して天気が良いとは言えない曇り空の下、ロンヤは一人、宿屋ロビーのテラスで昼食をとっていた。
もとい。一人ではない。
隣りのイスには人形煎路を座らせてある。
「あ……もしかしたら……」
ふと、何かを思いついたロンヤはフォークを皿に置き、腕を伸ばして人形煎路を抱え上げるとテーブルの上にあお向けに寝かせてみた。
「……寝かせたら、目が閉じられるかもと思ったけど……」
けど、人形煎路はスリープアイタイプの人形ではなく、ごく普通の人形だった。
(おい。空しか見えねーぞ、ロンヤ。これじゃあ女の子が通っても見られねえだろうがっっ。はやいとこイスに戻せっっ)
人形煎路は声にならない言葉をロンヤに投げかけるが、当然ロンヤは全く気づかない。
それどころか、
「煎路さん。せめてそうやって、体だけでも横になって休むといいよ」
煎路を気づかい、人形煎路をテーブルに寝かせたままでロンヤは再びフォークを手にとった。
「まさか煎路さんが人形になるなんてさ……今でもまだ、信じられない……」
食事の続きを始めるのかと思いきや、ロンヤはフォークを握りながら料理はそっちのけで、人形煎路が目にしている空をボーッと見上げた。
(こらこらこらこら。ロンヤ! いつも言ってっだろーが! 食事中は食事にだけ集中しろ! そして集中する前に俺をイスに戻せっ)
「……なんか、もうすぐひと雨きそうな感じだね……」
(おーうよ。だからさっさと飯食っちまえ! つうかお前、なんだってこんな日にテラスに出て食おうなんて考えたんだよ!?)
「あ、そういえば……
煎路さんと初めて会った時も、これとおんなじ曇り空だっよね……」
(あ?? な、なんだ?? 急によっっ)
「自分は妙な連中にからまれて困っててさ……
たまたま通りかかった煎路さんが、助けてくれたんだ……」
ロンヤがしみじみ昔を思い出しつぶやくと、煎路もつられてロンヤと出会った時の事を思い出した。
(ああ……そおだったっけなぁ)
「煎路さんは強くてカッコ良くて……
人間相手だから魔力は使わず、でもいとも簡単に連中をやっつけて……
その場でへたり込んでた自分に『大丈夫か?』って、わざわざ腰を落としてきいてくれたんだ……
自分は、ずっと忘れてない。あの時目の前にあった煎路さんの晴れやかな笑顔、パワフルなオーラを……
灰色の空が、まるで太陽が出たみたいに明るく見えたんだ……」
ロンヤは、当時を振り返り懐かしそうにほほ笑んだ。
「それから煎路さんは同じブレンドの自分を気にかけてくれて、まだ魔力の使い方がよく分からなかった自分に、焙義さんと一緒にいろいろ教えてくれた……」
(……正確には、ほとんどアニキが教えたんだけどな。
俺はお前のスローテンポに正気を保てずサジ投げちまってよ。
まあお前はもともと才能あったもんでその後メキメキ成長して、並みのブレンドより強くなったけどよ)
「……変な感じだな……
ブレンドなのに魔界のこと何も知らなかった自分が、人間界育ちの自分が、こうして魔界で普通に食事してるなんて……」
(普通じゃねえだろ。これから夕方になるまで時間かけて昼飯食うつもりだろ。
それにしても今日はよくしゃべるじゃねえか。
そうでなくてもなかなか食べ終わらねえってのに昔話で追想なんぞにふけってんじゃねー!!)
ポツッ。
人形煎路の鼻先に、小粒の雨が落ちてきた。
(それみろ。さっそくきやがった。
とりあえずここから撤退するぞ、ロンヤ!)
ポツッ、ポツッ。
ロンヤのメガネにも、雨が2滴落ちてきた。
「や、やばい。中へ入らないと……」
ロンヤは立ち上がり、昼食の乗ったトレーをマイペースに屋内へと移動させた。
そしてそれっきり、テラスのテーブルに人形煎路を置き去りにしたまま、ロンヤはテラスに戻って来なかった。
ようやく食べる事に集中し、煎路の事を忘れてしまったのだ。
落ちてくる雨はだんだんと多くなり、いよいよ本格的に降ってきた。
(……だから上等だっつってんだよ。
アニキといいロンヤといい、ずいぶんとえぐ味対応じゃねえか。
魔女の魔法を解くのに必要な優しさなんざカケラもねえ。
チッ。ついてねえな……これじゃあさすがの俺も風邪ひいちまうぜ)
いくら生身ではない人形の体とはいえ、
あお向けに寝かされ本降りの雨をまともに受けるのは、やはりこたえる。
それも、北の街ブアイスディーは気温が低い。
(……不思議だぜ。
感覚なんかねえはずなのに、手も足も指先がこごえてジンジンしやが……)
バサッ――!!
(……!?)
突如、風を伴い音をたて、大きなグレーの傘が煎路の上に広げられた。
(あ……? な、なんだぁ!?)
煎路が驚いた直後、大きな傘は再び風と音をたてて視界から消えかと思うと、
代わりに今度はブロンドの髪を垂らした蒼白い肌の美女の顔が、人形煎路にのしかかるように現れた。
この美女が、人形煎路の上に傘を広げ、そしてすぐに傘を閉じたのか?
しかしなぜ閉じたのか……濡れてしまうというのに。
「あ~ら。私好みの、クセのある可愛らしいお人形さんだこと。
誰かの忘れ物かしら? それとも捨てられたの?」
美女の魅惑的なパープルの目が、人形煎路のブヨブヨ顔を真上からのぞき込む。
(ち、近いっっ!)
あまりの顔の近さに煎路は驚きを通りこし、嬉しさと興奮を隠しきれずニタニタと頬の筋肉を上げていた。
「まあ。いやらしそうに笑っているわ? 気味の悪いお人形さんね。
着せてる服も滑稽だし、ますます私の好みだわ」
煎路がこよなく愛する、女性たちの艶やかな唇――
ブロンド美女の、鬼気迫るような冷たく赤い、艶めかしい唇からは尖った牙が見え隠れし、
煎路はこれまで体験した事のないゾクゾクする快楽に浸っていた。
「こんなにびしょぬれになっちゃって。かわいそうに。
私も雨やどりする場所を探していたところよ? でもこの宿屋はダメね。私にふさわしい高級ホテルはこの辺にはないのかしら?」
美女は人形煎路を手にすると、ドレスのバタフライ袖の内側にあるポケットに入れこんだ。
(ん……?? こんなとこにポケットがあんのか? しかもかなりしっかりしたでっけえポケットだぜ。おかげで快適だけどな)
バサッ――!!
またもや、先ほどから聞いている音がした。
美女が再度、傘を広げたのだろう。
だが奇妙な事に、これまでと違って音は連続して聞こえてくる。
そればかりか、人形煎路の体はバサッ、バサッと音がするたび、激しく揺らされていた。
(な、な、なんだってんだ!?)
人形煎路の鼻から上は、ポケットからはみ出ている。
煎路は激しく揺らされながらも、何とか必死で周りの状況を確認した。
(こ、これは!?)
煎路は驚愕し、思わず我が目を疑った。
――飛んでいる!!
なんと、空を飛んでいるではないか――
ぐんぐんぐんぐん上昇している!!
(は、羽だ!! こいつぁでっけえ羽じゃねーか!!)
そう。傘の開閉の音だと思っていた音は傘ではなく、翼を羽ばたかせる音だった。
ドレスの袖にあると思っていたポケットは、吸血魔族が便利さを追求して進化させた、飛膜の翼の裏側にあるポケットだったのだ。
(ちょ、ちょっと待て!! 俺をどこに連れ去ろうってんだ!!
いくら美女でも吸血鬼はおことわりだぜ!!
今の俺は人形なんだっっ。噛みついたって血なんか出ねえぞ!!)
逃げ出したくても、人形の体は動かない。
動かせたところで、高い空から落ちればひとたまりもない。
(ロンヤ!! さっきみたく、いきなり過去を思い出せ!!
俺をテーブルに寝かせた過去を思い出せ!!
ロンヤってばよ!! ロンヤロンヤロンヤロンヤ、
ロンヤァァ――――ッッ!!!!)
煎路は全神経を使って、ただがむしゃらにロンヤに向け猛烈な念を送った。
ロンヤの名前をひたすら連呼した。
それが功を奏し、
「……!! せ、煎……路さん……!?」
屋内に移動して食事だけに集中していたロンヤの頭の奥に、煎路の叫び声が届き続けざまに繰り返し響いた。
「あ……!! 煎路さんを、外に置きっぱに……」
ロンヤは青ざめ、慌ててテラスへと飛び出した。
が、テーブルの上から人形煎路の姿がなくなっている。
「煎路さん……!? ど、どこに!?」
辺りを見回した後、ロンヤはとっさに雨空を振り仰いだ。
すると、その雨空には――
「コ、コウモリ!?」
大型のコウモリらしきグレーの翼が、同じグレーの空に紛れこんでうっすらと見えた。
そして翼の裏側では、オレンジ色の髪がかすかになびいている――!!
「あれは……!! 煎路さん!?」
コウモリらしき翼は、どんどん離れて飛び去って行く。
ロンヤは魔力を放とうとしたのだが、コウモリもろとも人形煎路も落下する恐れがあるため躊躇した。
「やっぱりダメだ……とにかく、追いかけるしかない……!!」
魔力はあきらめ、ロンヤは魔馬小屋へと急いだ。
魔馬にまたがるとすぐさまコウモリを追い、勢いよく走らせる。
「人形煎路さんでもやっと会えたのに……
自分のせいでまた……!!」
自分が人形煎路をテーブルに置き忘れたせいで、煎路はコウモリにさらわれてしまった。
ロンヤはつくづく己に嫌気がさしていた。
(なんで自分は……こうなんだろう……
こんなボケッとしてるんだろう……)
今みたいに、ここぞという時には素早く行動でき、ポケポケする事もないというのに……
それなのに、普段の自分ときたらぐずぐずノロマで二つの行為を同時に行うのが得意ではなく、
周りをイラつかせたり、時には迷惑さえかけてしまう。
「絶対に煎路さんを取り戻すんだ!! 絶対に……!!」
降りしきる雨の街を、ロンヤは魔馬に乗り駆けぬける。
煎路を連れて遠のいて行く大型コウモリを見失わないよう、メガネの水滴を片腕で何度も拭きとりながら無我夢中で……
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