ブレンド・ソウル

野鈴呼

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新たなる出発

「再会」

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 黒くうずまく気体をともない、魔界の空にジオードが出現した。

 オレンジ色と黒、ブラウン系の、三つのジオードだ。それぞれ、内側から個々に耀かがよう色々が空にミステリアスなアートをつくり出している。

「ふあ~、おけえりなすったな?」

 ベンチに横たわり仮眠をとっていた駅員の男は、薄目をあけて大あくびをした。

「ありゃ? ありゃりゃりゃ?」男は上体を起こした。

 二つのジオードは難なく高度こうどを下げているが、黒のジオードだけは上空をふらふらと浮遊しておりいっこうに下りて来る気配がない。

「なんだなんだ? わしが酒に酔った時の足どりみてえだな。ほほぅ~、さては素人さんだな?」

 男はベンチから立ち上がると、空中でふらつくジオードを魔力で地上へと誘導した。

 そこは異世界に通じるゲートが開かれる駅裏の空閑地くうかんちで、年老いたこの男はベテランの車両整備士、ビル=トッベルホッグ。ビルじいだ。

 鉄道で働きながらほそぼそと暮らしており、裕福ではないが数多くの友人に恵まれ大好きな酒をたしなみ満たされた毎日を過ごしている。


 *  *  *  *  *  *  *


「す、すみません……」黒いジオードの中から、ロンヤが申し訳なさそうに出て来た。

「ハーハッハッハッハッハー!! あやまるこたねえさ。お前さん、ジオードを扱うのにまだ慣れちゃいねえんだろ?」ビル爺は高らかに笑い飛ばした。

「……というか、今回、あの……初めてで」

「ほほぅ~、そいつぁ、てえしたもんだ! 初めてでこんだけのジオードをつくり出せるとはよ。いったいどっからお帰りなんだ?」

「えっと、あの……」

「人間界だよ!!」

 背後からかけられた声にビクッと身をちぢめ、ビル爺は振り返った。

「元気だったか? じいちゃんよ!!」
「よお、じいさん」

 振り返ったビル爺の真ん前に、エバイとセンジは立っていた。

「エバイ……! セ、センジ! お前さん達かぁっっ!?」

 両手を伸ばし、ビル爺は二人まとめて思いきり抱き寄せた。ビル爺の腕は二人の背中まで届いていない。

「わしはまだ仮眠中か!? こいつぁ夢じゃなかろうな!?」ビル爺は自らのほおをギュイッとつねった。

「夢なんかじゃねえよっ。ばあちゃんも元気かっ?」

「もちろんじゃ。ザクロばあならピンピンしとるわい。それからエバイ、エバドゥーもなっ」エバドゥーとは、エバイの愛魔馬まばだ。

「こうして間近で見っと、じいちゃんもシワが増えたよなぁ~」

 センジが白い歯を見せガキ大将みたいに言い放つと、ビル爺は再び高らかに笑い飛ばした。

「ハーハッハッハッハッハー!! ごあいさつじゃなぁ~ エバイ、お前さんの弟分は相変わらず調子良さそうじゃなぁ!!」

「ああ、じいさん。こいつの脳みそはいつまでたってもジオードみてえに空洞だからな」エバイも変わらずのぶっきらぼうな口つきだ。

「およっ?」

 エバイのななめ後ろで、シルクとラズベリーがニコニコしている。ビル爺はキョトンとした。

「およよっ!? このお嬢ちゃん達は初顔だな? 酔いもいっぺんで醒めちまうべっぴんさんとかわい子ちゃんじゃねえかっ」

「紹介するぜ、じいちゃん。シルクとラズベリー、あっちの時が止まりそうにのんびりしてるのがロンヤ。三人とも魔族と人間の混血ブレンドで俺たちの弟妹きょうだいだ」

「初めまして、シルクです」内気なシルクは恥ずかしそうにペコッと頭を下げた。

「ぼくはラズベリー! 会えて嬉しいよっ! ラズって呼んでよ、じいちゃん!」

 ラズベリーの辞書に「人見知り」や「気おくれ」などのワードはない。初対面の相手でも、まるで以前から慣れ親しんでいるみたいな接し方だ。

「自分は、ロンヤです。さっきは、あの、迷惑かけました……」ロンヤはまだ落ち込んでいる。

「気にするな気にするな! 初心者なら仕方ねえこった!」ビル爺はロンヤの肩をバシバシ叩いて励ました。

「わしはビルじゃよ! 三人とも好きなように呼んでくれや。そりゃそうと、お前さん達そろいもそろって妙な格好してるじゃねえか。人間界あっちではそいつが普通なのかぁ?」

 度合どごう魔修理屋の仕事着上衣を羽織っている五人を、ビル爺はもの珍しそうに見た。

上衣こいつも含めて話すことは山ほどあるんだぜ、じいちゃん! 早いとこミナッタ村までの切符、ヨロシク頼むわ!」センジはビル爺の身体をクルリと半回転させ、軽く背中を押した。

「ラジャーラジャー! タイミング良く次の便はすぐ着くからよ!」顔だけ振り向き、ビル爺は親指を立てた。

「悪いな、じいさん。金はいつか払うからよ」

「エバイ、みずくせえこと言うでないわ、バカもんが! 乗り場で待っとれ!」年齢としにそぐわない軽快な足どりで、ビル爺は駅舎へ走って行った。

 それから十数分後、魔界の空に機関車の出発を告げる汽笛が遠く鳴り渡り、エバイとセンジたち五人を乗せた列車はミナッタ村の方角へ発車した。

「わしも休日にはそっち行くからなぁ~!!」

 クダランモン駅のホームから、ビル爺は列車に何度も手を振った。
 

 *  *  *  *  *  *  *

 
 ドリンガデス国、カジユス地方。

 見渡す限り豊かな緑が映える、果樹園だらけの平和なミナッタ村。

 開放的な草地に建つ、丸太づくりの二軒の家。二階建てはエバイの家で、少し離れた隣りの平屋ひらやはザクロ婆の家だ。

 エバイとセンジはザクロ婆とも再会を果たし、ロンヤ、シルク、ラズベリーを紹介した。穏やかで包容力のあるザクロ婆に三人が親しみをいだくのは簡単な事だった。

 三人にとっては初めての魔界だ。シルクも覚えていないのだから初めてだと言える。

「魔界って、人間界とそんなに差はないみたいですね。ちょっと不便てだけで……」

「なんていうか、えっと、列車からの風景、大昔の外国にタイムスリップしたみたいな……」

 魔界は人間界でいう中世西洋的な建築物の街並みで、人々の服装も古風だ。交通手段は鉄道や馬、馬車などが主である。

「ぼく、魔界もミナッタ村も気に入ったよっっ」

 草をむ山羊にあいさつ代わりのハグとキスを繰り返し、ラズベリーは草原みたいな庭を思う存分駆け回った。

 三人の魔界の印象が良さそうだったので、エバイとセンジはひと安心した。が、どうにも心苦しいのは、バットチッカの件をビル爺とザクロ婆に伝えていない事だ。二人は何もきいてこなかった。おそらく、明らかにおかしいと考えあえて触れないよう忖度そんたくしたのだろう。内心どうなっているのかやきもきしているはずなのに……

 とりあえず、ザクロ婆にこのまま何もきかれない限りは、ビル爺が来てから二人一緒の時にちゃんと説明しようと決め、センジ達はそれまでの間バットチッカについての口を閉ざしていた。


 †    †    †    †    †    †    †    †    †


 数日後の夕方、エバイとザクロ婆の家の敷地で、村人らを招き再会のホームパーティーが行われた。

 ビル爺は酒ビンを何本も抱えてやって来た。すでに微酔びすい気味だ。村人たちはエバイに弟妹きょうだいが増えた事に驚いたが、それ以上に、近寄りがたかったエバイの角が取れだいぶ性格が丸くなっている事にもっと驚いていた。
 
 だが、驚いたのは村人だけではない。彼らに紛れている見覚えのある少女をまじまじと凝視したセンジは、喫驚して大音量の声を出した。

「サファ!? サファじゃねえかっ!?」

 幼なじみのサファイアがパーティーにしれっと参加していたのだ。しかも、部外者よそものでありながら人気者になっている。人間界で会った時とは違って、Tシャツにサロペットパンツというカジュアルな服装だ。センジが呼びかけるや、サファイアはダッシュして飛びついてきた。

「気づくの遅いっっ!!」センジを見上げるサファイアの目は涙でうるうるになっている。

「サファ…… マジでサファなんか?」

「マジサファだよっ。遅いけど気づいたから許してあげる。人間界のあん時だってあたしに気づいてたよね? センジのくせになんでシカト?」

「くせにってなんだよ。あん時はごめん。王子の手前、そうした方がサファのためだと思ってよ」ぎこちない手つきでサファイアの頭をなでながら、センジはあやまった。

 あやまりつつ、センジの全身は熱くなりかけていた。

 抱きついているサファイアの胸のふくらみ、肌の艶めき、もう子供ではない彼女があまりに蠱惑こわく的で、不覚にも心臓がほてりそうになっていたのだ。

「けど、なんだってサファがここに居るんだよ?」サファイアを自分からそっと離し、センジはきいた。

「サプライズだよっ。王子が約束の温泉休暇くれたから来ちゃった。近いうちにセンジが魔界こっちに帰って来るって聞いてたからさ」

「聞いたって誰にだよっ? そもそも俺の居場所どうやって調べたんだ!?」

「話はあとっっ。せっかくのパーティーなんだから今はエンジョイしちゃおっっ」場の雰囲気に気をとられたのか、サファイアはブルーの目をキラキラさせてテーブルへと駆けて行った。

「なんだ? あいつ、変わってねえ…… いや、変わったよな」

 不可解さはぬぐえないが、パーティーを純粋に楽しむサファイアをセンジは感慨深く見守り、そして、自分たちのためのパーティーを傍観した。


「わしはアルゴル地方の出身じゃからよぉ~ 食いもんより酒じゃ、酒! ロンヤ、もっと酒持って来んか~い!!」ビル爺は酔っぱらい、ロンヤにからんでいる。

 心配していたシルクは特に変化なくザクロ婆の料理を手伝い忙しくしており、エバイは村の娘たちに包囲されその場しのぎのあからさまな愛想笑いで乗り切ろうとしている。適当感はあるものの、寄せつけないオーラを隠しあんなふうに愛想笑いできるようになったのだから、エバイは本当に丸くなった。

 ラズベリーはセンジも顔負けのコミュニケーション力を発揮し、さっそく友達をつくって大はしゃぎだ。サファイアもラズベリーの新しい友達の一人になっている。ラズベリーはサファイアのピンク色の髪に大興奮だ。

「センジ、なにやってんだ!? こっち来いよ!!」村の若い衆らに誘われ、センジもテーブルに戻った。

 あちらこちらに置かれた数々のテーブルは、参加者が持ち寄ったさまざまな食材で調理したザクロ婆自慢のミートパイやガッツリ系の肉料理、新鮮な野菜のサラダにこんがり焼いたパンなどで埋めつくされている。

 こんなふうにワイワイにぎやかに過ごしていると、過去の惨事などなかった事のように錯覚してしまう。

 すっかり日が落ち暗くなると、各テーブルに置かれたランタンのロウソクに灯りがともされた。センジは村人たちとの談笑の輪から抜け出し、喧騒からやや遠ざかり牧柵ぼくさくに尻を乗っけて星をあおいだ。

「キレイだね。田舎の星空だけあるわ」サファイアが再びセンジに歩み寄った。

「なあ、サファ。お前変わったよな。俺と母さん以外の連中には、てんで無感情だったのによ」

「……だね。変われたのはゼスタフェさんのおかげかな」

「ゼスタフェ?」

「あたしの才能を見出みいだして育ててくれた恩師だよ」

 センジはドキッとした。ゼスタフェの事を語るサファイアの唇は、肌の艶よりも光沢が増している。

「センジはちっとも変わらないね。いい意味で昔のまんまだよ。身体はでっかくなったけど……」

 突然、サファイアが何かをじーっと見つめて黙り込んだ。サファイアの視線の先では、酒ビンを乗せた重そうなトレーをシルクが運び、せっせと動き回っている。

「あいつ……  悪い、サファ。ちょっくら行ってくるわ」

 センジはシルクに代わってトレーを運ぼうと立ち上がった。が、通りかかったエバイが先にシルクに手を貸していた。

「シルクもラズもロンヤも、いい子たちだね。アンタの家族ならいい奴らに決まってる。エバイさんもね」素っ気なく酒ビンを配るエバイを目で追いながら、サファイアは言った。

「……  ああ。アニキがいなけりゃ、間違いなく俺は母さんともども死んじまってたよ。バットチッカってコウモリにも助けられたんだ。それからもう一人、謎の男にも……」

 だんだんと気温が下がってきた。センジは上衣を脱ぎサファイアに手渡した。タンクトップ一枚になったセンジだが、サファイアを前にするとやたら身体が熱っぽくなっていたので、これくらいがちょうど心地良い。

「着とけよ。俺らの再会パーティーで体調崩されたりしたら、たまったもんじゃねえからな」

「こんくらいで体調崩したりしないってば。シェードがそんなヤワじゃつとまらないもんね。ところでさぁ~、アンタたち五人で仲良くおそろいの、この変てこな上着っていったいなんなの?」上衣を広げ、サファイアはなぜかふくれっ面になった。

 センジはセンジで「シェード」というひと言に敏感に反応した。

「サファ……  お前がシェードになったのって、俺と母さんのためなんだろ?」センジがうつむき加減でつぶやくと、サファイアはうわずった声つきで返してきた。

「そうじゃないよっ。そりゃ、それもあるけどさ。あたしはもともと孤児院が嫌いだったから養成所に入ったんだよっ。んなことより、タンクトップだけじゃアンタこそ風邪ひいちゃうから、ほらっ」深刻なムードになるのを避けるように、サファイアは上衣をセンジに突き返した。

 センジとサファイアはどちらも静かになり、なんとなく居づらい空気が二人を取り囲んだ。

「サファ。今夜泊まってけるんだろ? パーティーすんだらじいちゃんやばあちゃんに話すことあるからお前もいてくれよ」

「じいちゃんてビル爺のことだよね? あの人、あんなんで話なんか聞けんの?」いまだ酒をかっ喰らっているビル爺をサファイアは指さした。

「じいちゃんはあんくれえの酒でつぶれたりしねえよ。パーティー終わって小一時間休めば話くらい聞けるさ。な、サファもいいだろ?」

「……  うん」サファイアはコクッとうなずいた。そしてもう一度、センジにゆっくり抱きついた。

「おかえり、センジ」
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