ブレンド・ソウル

野鈴呼

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人間界・其の弍

「最後の人間界」

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 まずまずの晴天。

 本日はお日柄も良く~と云われる吉日に、「度合どごう魔修理屋」はめでたく閉業を迎えていた。

「修理以外にもいろいろ世話になったねぇ。ありがとう……感謝してるよ」

「『魔修理屋』なんて最初はおっかなかったけど、ホントに魔法で家具が新品になった時にはビックリしたよ」

 度合家の庭にはたくさんの常連客が詰めかけ、センジたち兄弟はみな、支えてくれた客たちに囲まれ感無量だった。

「おいおい、魔法じゃねえっつうの。ほぼほぼ手作業で俺たちの血と汗と真心の結晶だったんだぜ!?」センジが苦笑いすると、その場は高らかな笑いに包まれた。

 笑いの余韻が残る中、エバイは咳払いをしてのどを整え、締めのあいさつ始めた。

「皆さん。これまで長いこと度合魔修理屋うちを利用してくれて、信頼してくれてマジ恩に着る……じゃねえ、恩に着ます。今日もこうしてわざわざ集まってくれて、百年近くも続けてきた甲斐があったってもんだ……いや、もんです」苦手な敬語でエバイはしどろもどろになっている。

「いつものしゃべり方でいいよっ」
「そおそお、口は悪くてもいい奴だってみんな分かってんだからね」
「度合家のみんな、お疲れさまでした!」
「魔界でもずっと元気でいてくれよっ!」

 客の温かな呼びかけで、その場はますます和やかな雰囲気になった。

 エバイ、センジ、ロンヤ、シルク、ラズベリー五人は、そろいの仕事着上衣を羽織り、一列に並んで深々と一礼した。

 常連客たちの惜しみない拍手の音、別れを惜しみすすり泣く声。

 センジ達は決して忘れないだろう。人間界で受け入れられ、認められ、愛した分だけ愛された日々を――


 客たちが去り、静かになった庭でエバイはたたずんでいた。庭から、すっかりがらんどうになったガレージの作業場を眺めている。

 あのクールなエバイですら、さすがに目頭が熱くなっているみたいだ。

 いや、エバイだからこそだ。慣れない人間界で苦労を重ねながらも修理業の看板を上げ、家長としても社長としても常に全ての責任を負い守ってきたエバイだからこそ、込み上げるものがあるのだろう。

 やりきった感のすがすがしいまなざしの中にはきっと、言いようのない寂しさがにじんでいるに違いない。


 その日の夜は、家族だけでささやかに打ち上げパーティーをおこなった。兄弟五人とも、なかなか上衣を脱ごうとはしない。名残り惜しく、魔界でも着続けたいというほどに愛着があった。

 そして、五人が五人、口にせずにはいられない同じ思い。ここに、バットチッカが居ないむなしさを分かち合っていた。


 *  *  *  *  *  *  *


 王家兄弟とシェード達が港の空地あきちに現れた、満月の夜。センジたち三人が帰宅すると、バットチッカの姿はどこにもなかった。何やら慌てて飛んで行ったのだと、シルクは語った。

「天気がコロコロ変わってたでしょ? 最後にとんでもない青い稲光りの雷雨になった時、バットチッカさん、急に出て行ってしまったんです。危ないから止めたんですけど強引に振り切って……」

「バットチッカ、なんか言ってなかったか?」エバイが問うと、シルクとラズベリーは答えにくそうに顔を見合わせた。

「……出て行く時にさ。『みんな、すまねえ。あばよ』っつってたよ? それから、『人間界に荒くれ魔族はもう来ねえから安心して魔界さ戻れ』って……」ラズベリーはうつむき、しょげかえった。

「ごめんなさい、センにい。あん時、ぼくがセン兄をせかしたりしたから…… バッカくんなにか言おうとしてたのにさ」

「ラズは悪かねえ。あの状況だったら仕方ねえさ。それよりなんだよ、バットチッカの奴。『もう魔族は来ねえ』とか、なんでそんなん分かるんだよ? だいたい『あばよ』ってなんなんだよっ」センジはイラついた。

 イラつきあせりだった。もう二度と、バットチッカに会えないのではないかという、不安とあせり。

 センジはその時初めて気が付いたのだ。王の魔力でシェードやドラジャロシーらと共に彼らのジオードへと吸い上げられていた鳥らしき黒い生物は、あれはコウモリでバットチッカだったのではないかと……

 もしそうなら、シルクとラズベリーの話からして、バットチッカはそうなる事を覚悟していたのかもしれないと……


 謎を多く残したまま、バットチッカは数日経っても、半月過ぎても帰っては来なかった。やはり、王子やシェードらのジオードで魔界へ戻ったのだろう。

 今頃、魔界のどこで何をしているのか。ドリンケルツ城に居るのか、そもそも無事なのか、あれこれ考えるとセンジは胸が苦しくなった。

 ミナッタ村のビルじいやザクロばあの元で、自分たちを待っていてくれる事を心から願っていた。


ゼロからのスタートに逆戻りだな。王子からラスいち遺種いだねを奪うのは、人間界ここで何百の吸血鬼らるよりはるかに面倒だ」あごに手をやり、エバイは思案している。

「あのさ、センジさん……  第一王子に付いてた女の子、センジさんの知り合いだよね? ピンク色の髪の……」ロンヤが何やら遠慮がちに、センジに問いかけた。

 ピンク色の髪の少女とは、センジの幼なじみ、サファイアの事だ。

「え? な、なんでだよ?」唐突だったので、センジは一瞬戸惑った。

「だってさ。あの少女、センジさんのこと、じっと見つめてたから……」

「だな」エバイもセンジを横目で見た。二人とも気づいていたらしい。

「……そう。幼なじみのサファだよ」

「孤児院からシェード養成所へ入ったっつってたもんな」

「でもまさか、第一王子のシェードになってるなんてよ…… あいつそんな優秀だったか? けっこうポンコツだったけどな」

「でさ、センジさん。えっと、その、サファちゃんて幼なじみの子、彼女ならラストの遺種、どうにかできない、かな……」ロンヤはますます遠慮気味に、もじもじしながら小声できいた。

「はあ? ムリに決まってんだろ? 自分てめえが仕える王子を裏切るマネなんざ、絶対にさせられねえよっ!」センジが口調を荒げると、ロンヤはおろおろと首をすくめた。

「だ、だよね……  センジさんの幼なじみ、利用するみたいなこと、アウトだよね……」

 当然、ロンヤに悪気はない。ここまできて手に入れられなかった最後の遺種をどうにかして……と考えるのは、センジも同じだった。しかし、何がどうあってもセンジはサファイアを巻き込みたくはなかった。


「ロンヤさん、平井さんのお見舞いに行くんでしょう? そろそろ出た方が……」

 気まずくなった空気を読み、シルクがロンヤに声をかけた。

「平井さんて、平井のじいさんのひ孫か?」

「ええ。施設に入所されてるんですけど、ロンヤさん魔界へ行く前にもう一度会っておきたいんですって」

「そう、平井さんとこには、自分は代々良くしてもらったから……」

 ロンヤは街の高齢者の自宅へ出向き、些細な修理作業や長々とした会話の相手をイヤがらずに続けてきた。中でも、平井家とは亡くなった先々代や先代、そして現在いまの代に至るまで、信頼し合える良い関係を築き、つなぎ、維持してきたのだ。特別な感情があるのは納得できる。

「最近では、認知症の症状が、すすんでるみたいでさ。こっちのこと、理解できないかも……なんだけどね」

「たとえそうでも魂では分かってくれるさ。行って来いよ」センジはロンヤにほほ笑んだ。

「うん、ありがとう。じゃあ、行って来ます」

 
 ロンヤが出かけた後、今度はシルクがもじもじしていた。

「なんだよ、シルク。お前もなんかあんのか?」

「……はい。実は私も、どうしても行っておきたい所があるんです。私が倒れていたという、シセド国の洋館なんですけど……」

やかたはとっくに撤去されて公園になっちまってるよ」エバイがそう伝えると、

「それでもかまいません。連れてってもらえませんかっ? お願いします!」珍しく声を大きめにして、シルクは頭を下げた。

「洋館はなくなっていても、そこへ行けば思い出せることがあるかもしれません。今までは、なんだか怖くて避けてきました。だけど、人間界に居るうちに行っておいた方がいいような気がして……」

 もうじき、人間界を去る。

 だからこそ、それぞれ行っておきたい場所へ行き、会っておきたい人に会う。悔いを残さないためにはきっととても大切な事なのだろう。

「いいぜ、シルク。俺が連れてってやるよ!」センジは快諾した。

「ぼくも行きたいっ! 行く行くっ! エバ兄も一緒に行こ!!」ラズベリーが飛びはねながら近づいて来た。
 
「……しゃあねえな。バットチッカみてえに消えられても後味わりいしな。俺もついてってやるか」エバイは相変わらずの不器用な言い回しだ。

「アニキはどこまでも素直じゃねえな」

「わーい!! ルクちゃん、お弁当つくってこ!!」

「ラズちゃん。遊びに行くワケじゃないから……」

 言い出したもののシルクは少々緊張しているふうだが、ラズベリーはまるで遠足気分のようだった。


 †    †    †    †    †    †    †    †    †


 北欧、シセド国の素朴で小さな町、ペネブイク。

 図本ずほん国とは時差があり、こちらは朝の出勤時刻だ。職場へ急ぐ人々が慌ただしく行き交っている。

 豪華で立派だった館は跡形もなく取り壊され、今や大きな公園になっている。

「どお? ルクちゃん、なんか感じるものとかある?」

「ううん、特には……  やっぱりちょっと無謀だったかな。建物がなくなってるのに思い出そうなんて……」シルクはため息まじりで公園内を見回した。

「建物じゃなくてよ。この場所自体や周りの景色に思い当たることはねえのか?」

 エバイがきくと、シルクは公園の外側にも目をやり、全方角を遠く見渡した。それから公園のあちこちを歩きまわり、シルク自身は気を失っていて覚えていない館が建っていた所をセンジが教え、その辺りで目を閉じ精神統一も試みた。だが、失った記憶にはかすりもしなかった。

「ソラなら、全部知っているんでしょうね……」時間が経つにつれシルクは弱気になっている。

「シルク、ソラの奴が調子こくようなことぼやくんじゃねえよ。お前自身が思い出さねえ限り先へは進めねえんだぞっ」シルクがソラに負けてしまわないよう、センジはややきつめに忠告した。

「そ、そうですよね。私ったら、早々はやばや弱音を吐いたりして……」

「ねえ、ルクちゃん。思い出せなかったところで別に困ったりしないだろ? そんな思いつめないでさぁ。ひと休みしよっ」

 ラズベリーはシルクの手を引き、そばにあるベンチに二人で腰をかけた。

 目の前を、大型犬の散歩をする父娘おやこが通り過ぎて行く。幼い女の子は小さな腕の中いっぱいに大事そうに人形を抱いているのだが、その人形が可愛いとは無縁の、あまりにも滑稽な形相でセンジは思わず吹き出しそうになった。

「ラズ、見てみろよ。お前もガキの頃、趣味わりい人形が好きだったけどそれ以上だなっ」

「はあ!? 趣味悪いってなんだよっっ」

「セ、センジさんたらっ。聞こえちゃいま……」

 父娘を気にかけヒヤヒヤしていたシルクが、なぜだか人形をじーっと見つめたまま固まってしまった。

「シルク? どうかしたのか?」
「ひょっとしてルクちゃん、なんか感じとったのか!?」動かないシルクをラズベリーは揺さぶった。

「……感じるものというか、人形になにか引っかかるものがあるような……」両側からこめかみを押さえつけ、シルクは沈思ちんし黙考もっこうになっている。

「……ダメだわ。死霊魔族から逃げてるとこまでで完全に止まっちゃってて……」頭を抱えるようにしてシルクはちぢこまった。

 北欧の寒さのせいもあるだろうが、死霊魔族に追われた恐怖体験を想起したせいもあるのだろう。そして多分、肝心なその先をいっこうに思い出せないという心細さもあるに違いない。


「気がすんだか? もういいだろ。がんばって思い出すもんでもねえしよ」人形を抱いた少女を見送りつつ、エバイは言った。

「なあシルク。お前は昔魔界に居たんだよな。だったらここより魔界の方が、記憶が返る確率もたけえんじゃねえの?」センジもシルクをなだめるように言った。

 結局、なんの成果も得られぬままセンジ達はシセド国を後にし、数週間後には、家族五人でついに人間界をち魔界へと旅立った。

 人間界で改めて学んだ命の尊さと、ひたむきに生きる懸命さ、はかなくも強い芯の太い愛情、数えきれぬ程の出会いと別れ、人々の優しい心……

 それら全てを、胸の奥底にある引き出しにこれでもかという位ぎゅうぎゅうに押し込んで――
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