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亜季の日常で変化したことは今まではあまり着ることのなかったタートルネックや立ち襟のシャツをよく着用するようになったことだ。うなじそのものを隠すためでもあり、うなじを守るためのネックガードを隠すためでもあった。
アルファばかりの親族からは時折、亜季が当初家族から向けられるだろうと想像していた、侮蔑と嘲笑を受けた。
滅多に会うことのなかった母方の祖母は、どこからか聞きつけてわざわざ何かを話しに来た。何なのかわからないが一方的に何かを巻し立てて、帰り際に亜季を見かけると、
「オメガなんて! 汚らわしい」
とはき捨てるように言った。
それを聞いた母は見たことのないほどの真っ赤な憤怒の表情で、
「二度と顔を見せるな!」
と家から叩きだすようにして祖母を車の中に押し込んだ。
「亜季ちゃん、あのババアの戯れ言なんて、なんにも気にすることないんだからね」
そう言って、自分よりまだ背の高い母は亜季を強く抱きしめる。力強い慰めよりも、そんな粗野な言葉遣いを母がすることのほうに驚いて、目を白黒させたのだった。
それからというもの、もともと頻繁ではなかった親戚の集まりに亜季が参加することはなくなった。それだけでなく、両親も兄弟たちも「必要ないから」と顔を出さなくなったことに亜季は少しだけ申し訳ない気持ちになった。
しばらく変わらぬ穏やかな日常が過ぎた。それは秋から冬への変わり目の季節。ちょうど亜季の誕生日を週末に控えていたある日。
亜季は朝から体の怠さを感じていた。
世間は「ハロウィンだ」、「クリスマスだ」と年末に向けて慌ただしい。晴れて陽が出ていると夏のように暖かく、かといって陽が沈んだ夜や朝はもうすっかり冬に向けて寒くなっていた。
ちょっとだけ、体も熱っぽい気がして、昼夜の寒暖差に「風邪でも引いたのか?」と、寝間着のまま家政婦に体温計を持ってきてもらうようにお願いをする。
体温を測ると微熱程度。
「お風邪の引きはじめかもしれませんので、今日はおやすみなさいましょう」
計測が終わるのを待っていた家政婦に体温計を見ながら言われ、喉の痛みも咳が出るわけでもないが、熱があることは確かだと亜季は素直にベッドに戻った。
せっかく今朝は久しぶりに母と兄たちと朝食を取れると思っていたのに……と頬を膨らませて布団をかぶる。
「お粥をお持ちいたしますね」
「はい……」
微妙に身体は怠いものの、ツラいほどではない。体も熱い気がするが、カーテンを開けて窓からさんさんと差し込む陽の光に部屋の温度は上がり気味だ。
夜はもう寒いからと、厚手の寝間着と冬物の布団に包まれていると、汗をかき始めるほどである。
冬用の分厚い布団を押しやって、薄手の上掛けだけにしてみるが、体の熱が治まることはない。
うとうとと微睡んで目を覚ますと、びっしょりと汗をかいていた。熱があがったのか、部屋が暑いのか。部屋に差し込む太陽は随分と傾いているように見えた。
ベッドサイドのスマートフォンを見ると、晴臣からのメッセージが届いていた。
『今年の誕生日プレゼントはもう決めた?』
もう社会人で働き始めている長兄は、いつも亜季を甘やかしてくれている。そんな中でも、誕生日やクリスマスのプレゼントは「これ」というものを指定しないでいると、兄弟では普通そんな金額のプレゼントを送らないだろうというほどのものを用意してくる。嬉しい反面、年齢に不相応な高価なものな気がして、兄の好意を素直に受け取れない。
父や母からは、「晴臣が贈りたいっていうんだからもらっておきなさい」と言われ、晴臣にも「亜季が使ってくれないと悲しい」と面と向かって言われると、申し訳ないという思いは胸の奥にしまって、笑顔で受け取った。
高いものを贈ってくれなくても、気持ちだけで嬉しいことを伝えたものの、晴臣が納得しないので、亜季はなるべく高くなく、実用性があるものを晴臣にプレゼントしてもらうように画策していた。
第二性のことで、身体ともにばたばたとしていたこともあって、今年のリクエストはまだ言っていない。
家族そろっての誕生日会は今週末だ。
忙しい晴臣はそれまでにプレゼントを買いに行く時間はあるのだろうか──。
晴臣のことを考えていたら、晴臣のいつも纏っている甘やかでスパイシーな香水の匂いをふと思い出した。
「香水……」
同じ香水が欲しいわけではないが、香水をつけるということがなんだか大人になったような気がして、少しだけ憧れるものがある。
「ませてる……とか思われるかな」
プレゼントを考えていただけなのに、なんだか動悸が激しくなってくる。心なしか体も熱くなってきた。
夕方になって熱が上がったのだろうか──。
陽も翳ってきて、部屋の中も薄暗くなり始めていた。
アルファばかりの親族からは時折、亜季が当初家族から向けられるだろうと想像していた、侮蔑と嘲笑を受けた。
滅多に会うことのなかった母方の祖母は、どこからか聞きつけてわざわざ何かを話しに来た。何なのかわからないが一方的に何かを巻し立てて、帰り際に亜季を見かけると、
「オメガなんて! 汚らわしい」
とはき捨てるように言った。
それを聞いた母は見たことのないほどの真っ赤な憤怒の表情で、
「二度と顔を見せるな!」
と家から叩きだすようにして祖母を車の中に押し込んだ。
「亜季ちゃん、あのババアの戯れ言なんて、なんにも気にすることないんだからね」
そう言って、自分よりまだ背の高い母は亜季を強く抱きしめる。力強い慰めよりも、そんな粗野な言葉遣いを母がすることのほうに驚いて、目を白黒させたのだった。
それからというもの、もともと頻繁ではなかった親戚の集まりに亜季が参加することはなくなった。それだけでなく、両親も兄弟たちも「必要ないから」と顔を出さなくなったことに亜季は少しだけ申し訳ない気持ちになった。
しばらく変わらぬ穏やかな日常が過ぎた。それは秋から冬への変わり目の季節。ちょうど亜季の誕生日を週末に控えていたある日。
亜季は朝から体の怠さを感じていた。
世間は「ハロウィンだ」、「クリスマスだ」と年末に向けて慌ただしい。晴れて陽が出ていると夏のように暖かく、かといって陽が沈んだ夜や朝はもうすっかり冬に向けて寒くなっていた。
ちょっとだけ、体も熱っぽい気がして、昼夜の寒暖差に「風邪でも引いたのか?」と、寝間着のまま家政婦に体温計を持ってきてもらうようにお願いをする。
体温を測ると微熱程度。
「お風邪の引きはじめかもしれませんので、今日はおやすみなさいましょう」
計測が終わるのを待っていた家政婦に体温計を見ながら言われ、喉の痛みも咳が出るわけでもないが、熱があることは確かだと亜季は素直にベッドに戻った。
せっかく今朝は久しぶりに母と兄たちと朝食を取れると思っていたのに……と頬を膨らませて布団をかぶる。
「お粥をお持ちいたしますね」
「はい……」
微妙に身体は怠いものの、ツラいほどではない。体も熱い気がするが、カーテンを開けて窓からさんさんと差し込む陽の光に部屋の温度は上がり気味だ。
夜はもう寒いからと、厚手の寝間着と冬物の布団に包まれていると、汗をかき始めるほどである。
冬用の分厚い布団を押しやって、薄手の上掛けだけにしてみるが、体の熱が治まることはない。
うとうとと微睡んで目を覚ますと、びっしょりと汗をかいていた。熱があがったのか、部屋が暑いのか。部屋に差し込む太陽は随分と傾いているように見えた。
ベッドサイドのスマートフォンを見ると、晴臣からのメッセージが届いていた。
『今年の誕生日プレゼントはもう決めた?』
もう社会人で働き始めている長兄は、いつも亜季を甘やかしてくれている。そんな中でも、誕生日やクリスマスのプレゼントは「これ」というものを指定しないでいると、兄弟では普通そんな金額のプレゼントを送らないだろうというほどのものを用意してくる。嬉しい反面、年齢に不相応な高価なものな気がして、兄の好意を素直に受け取れない。
父や母からは、「晴臣が贈りたいっていうんだからもらっておきなさい」と言われ、晴臣にも「亜季が使ってくれないと悲しい」と面と向かって言われると、申し訳ないという思いは胸の奥にしまって、笑顔で受け取った。
高いものを贈ってくれなくても、気持ちだけで嬉しいことを伝えたものの、晴臣が納得しないので、亜季はなるべく高くなく、実用性があるものを晴臣にプレゼントしてもらうように画策していた。
第二性のことで、身体ともにばたばたとしていたこともあって、今年のリクエストはまだ言っていない。
家族そろっての誕生日会は今週末だ。
忙しい晴臣はそれまでにプレゼントを買いに行く時間はあるのだろうか──。
晴臣のことを考えていたら、晴臣のいつも纏っている甘やかでスパイシーな香水の匂いをふと思い出した。
「香水……」
同じ香水が欲しいわけではないが、香水をつけるということがなんだか大人になったような気がして、少しだけ憧れるものがある。
「ませてる……とか思われるかな」
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夕方になって熱が上がったのだろうか──。
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