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1章
5 出会い5
しおりを挟むはっとして、ベッドから飛び起きる。
今のは何だ……あんな!あんなことしたことないのに。
まだ、心臓がバクバクいっている。自分の股が濡れていることに気づき、恥ずかしさで消えたくなった。周りを見渡すと一度目が覚めた時と同じ部屋だとわかる。ただ、彼は居ないようだった。
起きて帰らないと。
服も持ち物もこの部屋には無い。起きあがろうにも股間が濡れていて気持ち悪い。何が起こったのか全くわからない。涙が出てきた。
「う……うぅ……」
扉がノックされ、男の声がする。
「大丈夫か?入るぞ?」
「駄目!!入らないで!!!」
シロウは酷く狼狽える。
部屋の中から、不安と涙の匂いがする。リアムはいてもたってもいられずに、扉を開けて中にはいる。
シロウは入ってきた男を睨みつける。自分の身体を暴いたであろう男に嫌悪の視線を向けた。
リアムは部屋に入った瞬間、微かな性の匂いを嗅いだ。ただ、シロウの全身から恐怖と拒絶と嫌悪の匂いがする。
「落ち着いて。なにもしないから。危害を加えるつもりもない。具合は良くなったか?」
「今すぐ、ここから帰して……お願い……。」
ぼろぼろと涙をこぼして怯える彼は酷く幼く見え、リアムの保護欲を掻き立てる。彼の望みを叶えてやりたい気持ちになる。しかし、そういうわけにはいかない。
「すまないが、それは出来ない。」
落ち着かせるように優しく声をかける。
「どうして……?」
シロウは絶望感でいっぱいの表情になった。
「事情が複雑なんだ。説明するから服を着なさい。」
そう言うとリアムは真新しい洋服を部屋のソファに置いて、部屋を出て行った。
リアムが立ち去ってから、震える身体に鞭をうち、立ち上がる。濡れているのはペニスだけではなかった。股の間からつーと垂れたものに気づき、ペニスの後ろの本来ふっくらとした睾丸がある部分にある、うっすらとした膨らみの上の小さな割れ目に手を這わすと、そこもぐっしょりと濡れていた。驚きと羞恥でどうにかなりそうだ。
こんなこと、今まで無かったのに……俺の身体はどうなってしまったっていうんだ。これまで何も無く、特に気にすることもなく、27年間過ごしてきたのに。そう思うとシロウは不安にまた涙が出た。
服を着替えて、部屋の外に出ると、長い廊下が続いていた。廊下の先に人影が見える。
いっそ逃げてしまおうかと思ったが、携帯も財布も家の鍵も無しに、外に出てもいいことはない。
とりあえず、人影のある方へ歩き出す。廊下を見渡すととても豪華な作りであることに気がついた。
いったい此処はどこなのだろう。
行き着いた先は広く明るいリビングのような場所だった。バーカウンター、大きなダイニング、ソファセットと大型テレビモニター。全面のガラス張りの窓からは広がる街の景色が一望できる。なんという豪華な作りだろう。
「こっちにおいで。お茶でもいれよう。それともコーヒーがいいかな?」
そこにはラフな服を着た、リアム・ギャラガーが立っていた。シロウは入り口から一歩も動かない。
「そう身構えないでくれよ。ほら、おいで。」
そう優しく言われると何故か自分でもわからないが従ってしまいたくなる心地がして、シロウは驚いた。
しぶしぶ近づく。
「ソファの方がいいだろう。あっちに座ろう。」
シロウはソファの端のほうにちょこんと腰掛けた。コーヒーとハーブティーのいい香りがしてくる。かちゃりと食器の置かれる音に肩をびくりとする。
「そんなに身構えないでくれ。」
そんなことを言われてもとシロウは困惑した。
「そんなに端に座らずにこっちに置いで。」
そう優しく声をかけられて、あまりの声の優しさに少し緊張が和らぐ。
「触れてもいいだろうか?」
シロウはまた身を固くした。
まるで手負の獣のようだとリアムは思った。無理もない。手負ではないものの、訳も変わらず、知らない場所で裸に剥かれてベッドで目を覚したのかと思えば、よく知りもしない人間と密室で二人きりなのだ。
ただただ優しくして、甘やかしたい。可愛がって縋りつかせたい。そんな欲望がむくむくと芽生える自分に、リアムははっとして、シロウを見つめた。
俯いて小さく肩震わせる彼を抱きしめたい気持ちをグッと堪えて、優しく背中に手を置く。
シロウは背に回された手に驚きはしたが、あまりにも優しく触れてくるその手の温かさに、身を預けたくなる心地がして、そんな自分に一瞬怯む。
「飲むか?」
差し出されたハーブティーを受け取り、呆然と眺めた。
「ここはどこ?」
その聞き方がとても幼く感じられ、リアムの胸をぎゅっと締め付ける。
「順番に説明しよう。大学で倒れたことは覚えているか?」
こくりと頷く。
そうだ。お世話になる研究室に挨拶にいった帰りに具合が悪くなって倒れたのだったと思いいたる。
シロウははっとする。
「あの!携帯!!俺の携帯は?」
櫻子から連絡があるはずだった。
あれからどのくらい経ったのだろうか。電話に出なくて心配しているのではないかと焦りで頭がいっぱいになる。
「ちょっと待ってて」
そう言うと、リアムは立ち上がり、部屋を出て、シロウの荷物を持って、すぐに戻ってきた。
シロウはカバンを漁り、携帯を取り出す。電源が切れているのか画面が暗い。
「充電がきれているのか。急ぎの連絡でも?」
リアムは思いの外、自分が詰問するような声色になってしまったことに気づき、慌てる。
「姉とあの日の夜に連絡をする約束でした。連絡取れなくて、心配している…きっと」
姉……という言葉に安堵し、いまだ恐慌の中にいるシロウ手から携帯取り上げ、立ち上がる。
「充電して、電源が入ったら連絡しなさい。いいね?」
「はい」
素直に頷く彼の背中に再び手を戻し、優しく慰めるように撫でる。
「充電している間、俺の話を聞いてもらえるかな?」
そう言うとリアムはシロウの真横に座り、顔を自分の方に向けさせた。
綺麗な青みがかったグレーをした瞳をもつ、端正な顔に覗き込まれ、シロウは居た堪れない気持ちになり、顔だけ逸らす。
淡い茶の瞳ををすっと逸らされ、不満な気持ちになるが、努めて優しく声をかけた。
「君は倒れた後、随分と熱が出て、全く起きないものだから心配したんだ。もう、大丈夫かな?」
言われてみれば、熱も全身にあった痛みと倦怠感すっかり治まっている。ただ、さまざまなな感覚が鋭敏になった気がしていた。
「人狼……という言葉を知っているか?」
そう尋ねられても、シロウには御伽噺か映画やドラマの中の話でしかない。どう返事をしたものか。
シロウの思案をみてとり、先を続けた。
「人狼、狼男。そういった者は存在していてね。普通の人には存在は秘匿されているんだが、見せた通りに自分のように人狼は存在している。」
シロウ瞳が驚きに見開く。
(そうだ。この人、狼に変わっていた!)
シロウばっとソファから立ち上がり、リアムとの距離を取るように後退さる。
「またか……。少しは落ち着いてくれ。危害は加えないし、襲わない。仮に襲ったり食べたりするなら君が寝ている間に済ますよ。」
そんな恐ろしいことを言われて、はいそうですね。と納得できるか!とシロウは心の中で叫んだ。
「ほら、おいで。座ってお茶でも飲んで、落ち着きなさい。」
何故かその言葉に従ってしまいたくなる感覚に心の中で葛藤するが、確かに突っ立ってても何も進まないかと思い返して、またソファの同じ場所に戻る。
ソファに戻ると再び身体を相手の方に向かせられ、今度は両手を繋がれた。もう、逃げられない。
「落ち着いて聞いて。君自身もどうやら人狼のようだ。」
言われた言葉は頭を殴られたような衝撃だった。
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