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狼の憂鬱 番外編
二人の憂鬱 side櫻子1
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弟の獅郎が大学の研究室で働くために渡米して、一週間もしないうちに、音信不通となった。
丸一日、電話をしようがメッセージを送ろうが、返信はなく、そのうち携帯そのものが鳴らなくなったのだ。
たかが一日連絡が取れなくなったくらいで……と。成人のそれも男性である弟に対して、なんとも過保護が過ぎるのではと周りは言うが、仕方がない。両親を早くに亡くした後、祖母と暮らしてはいたものの、その祖母も亡くなったいまとなっては、獅郎は唯一の肉親だ。普通の姉弟がどんなものかなんてことはどうでもいい。獅郎を失ったら自分も生きている意味がないと思うほどに、櫻子にとって弟以上に大切な存在だった。
それが、大学に……通う予定の研究室に挨拶へ行った帰りに気を失ったという。櫻子が知る限り、獅郎には昏倒するような持病はなかったはずだ。
どうしてまた遠い異国の地でそんなことに……と連絡がついた時は、体調に問題はないのか、怪我はしなかったかと、櫻子は大いに気を揉んだ。
数日後に《携帯に出ないときは……》と連絡されていた番号に電話をかけた櫻子は再び驚愕することとなった。
助けてくれた見ず知らずの男性にそのまま世話になった挙句、その人物の部屋でしばらく暮らしていると言う。
見ず知らずの?初対面の男の部屋に??
そんなの!あぶないじゃない!!
電話に出た男曰く、「一人にしたら心配だから」と。
櫻子は思った。
いやいやいや、あんた誰よ。あんたと一緒の方が心配だわ。
『獅郎を助けてくれてありがとう。でも、さようなら』
これが櫻子の本音。
見ず知らずの素性も明らかでない人物のところにこれ以上獅郎を置いておくことは出来ない。一刻も早く獅郎にそこから出るように説得しなくてはと思う。
電話口に獅郎を出すように言ったが、眠っていて電話に出るためには起こさないとならないと告げられた。
今、この男がいる隣で「今すぐそこから出るべきだ」と獅郎に言って、男の不興を買って何かされても困ると櫻子は思い直し、努めて冷静を装って、「起きたら折り返すように」と伝えて電話を切った。
その晩、獅郎の携帯から着信があり、リアム何某は「とても良くしてくれていて、心配はない」と言う。だが、それでも櫻子の憂いは尽きない。
アメリカに知り合いも多い、自分のフィアンセに頼み、誰か獅郎の様子を見に行ってもらおうかと考えていたところで、獅郎から「本当に大丈夫だから、安心してほしい」と言われてしまい、それ以上はどうにもしようがなかった。
それからしばらくは、櫻子がメールをしても、電話をかけても、獅郎が出ないということはなかった。連絡から垣間見えるアメリカでの生活も落ち着き始めているように思えた。
それなのに……。
安心していたのも束の間、その後たかだか一か月もしないうちに、今度は財布も携帯も無くしてしまったというではないか。
どんな危ない目にあったのか、櫻子は胸をつかれた。
獅郎本人の希望もあって、フィアンセであるノエルの勧めるがままに渡米を許した。櫻子の結婚は一種のタイミングでしかなかった。だが、こんなことになるなら、軽々にアメリカに行かせるべきでは無かったと櫻子は深く後悔していた。
男は言っていた「一人にしたら心配だから」と。
一人にしていなくても、危ない目に獅郎があったではないか──。
責任転嫁もいいところだが、櫻子は自分を責めるのと同じく、リアム何某のことも心の中で責めた。
そんな獅郎の様子を自分の目で確かめるべく、婚約者の出張に自分の夏休みをかこつけて同行することとしたのは我ながらベストアイデアだと思う。ついでにその男──リアム何某がどんな人なのかも確かめることが出来る。
一挙両得だ。
それに婚約者の両親にも会えるらしい。
ノエルの両親と会うのは……かれこれ20年ぶりになるかもしれない。
丸一日、電話をしようがメッセージを送ろうが、返信はなく、そのうち携帯そのものが鳴らなくなったのだ。
たかが一日連絡が取れなくなったくらいで……と。成人のそれも男性である弟に対して、なんとも過保護が過ぎるのではと周りは言うが、仕方がない。両親を早くに亡くした後、祖母と暮らしてはいたものの、その祖母も亡くなったいまとなっては、獅郎は唯一の肉親だ。普通の姉弟がどんなものかなんてことはどうでもいい。獅郎を失ったら自分も生きている意味がないと思うほどに、櫻子にとって弟以上に大切な存在だった。
それが、大学に……通う予定の研究室に挨拶へ行った帰りに気を失ったという。櫻子が知る限り、獅郎には昏倒するような持病はなかったはずだ。
どうしてまた遠い異国の地でそんなことに……と連絡がついた時は、体調に問題はないのか、怪我はしなかったかと、櫻子は大いに気を揉んだ。
数日後に《携帯に出ないときは……》と連絡されていた番号に電話をかけた櫻子は再び驚愕することとなった。
助けてくれた見ず知らずの男性にそのまま世話になった挙句、その人物の部屋でしばらく暮らしていると言う。
見ず知らずの?初対面の男の部屋に??
そんなの!あぶないじゃない!!
電話に出た男曰く、「一人にしたら心配だから」と。
櫻子は思った。
いやいやいや、あんた誰よ。あんたと一緒の方が心配だわ。
『獅郎を助けてくれてありがとう。でも、さようなら』
これが櫻子の本音。
見ず知らずの素性も明らかでない人物のところにこれ以上獅郎を置いておくことは出来ない。一刻も早く獅郎にそこから出るように説得しなくてはと思う。
電話口に獅郎を出すように言ったが、眠っていて電話に出るためには起こさないとならないと告げられた。
今、この男がいる隣で「今すぐそこから出るべきだ」と獅郎に言って、男の不興を買って何かされても困ると櫻子は思い直し、努めて冷静を装って、「起きたら折り返すように」と伝えて電話を切った。
その晩、獅郎の携帯から着信があり、リアム何某は「とても良くしてくれていて、心配はない」と言う。だが、それでも櫻子の憂いは尽きない。
アメリカに知り合いも多い、自分のフィアンセに頼み、誰か獅郎の様子を見に行ってもらおうかと考えていたところで、獅郎から「本当に大丈夫だから、安心してほしい」と言われてしまい、それ以上はどうにもしようがなかった。
それからしばらくは、櫻子がメールをしても、電話をかけても、獅郎が出ないということはなかった。連絡から垣間見えるアメリカでの生活も落ち着き始めているように思えた。
それなのに……。
安心していたのも束の間、その後たかだか一か月もしないうちに、今度は財布も携帯も無くしてしまったというではないか。
どんな危ない目にあったのか、櫻子は胸をつかれた。
獅郎本人の希望もあって、フィアンセであるノエルの勧めるがままに渡米を許した。櫻子の結婚は一種のタイミングでしかなかった。だが、こんなことになるなら、軽々にアメリカに行かせるべきでは無かったと櫻子は深く後悔していた。
男は言っていた「一人にしたら心配だから」と。
一人にしていなくても、危ない目に獅郎があったではないか──。
責任転嫁もいいところだが、櫻子は自分を責めるのと同じく、リアム何某のことも心の中で責めた。
そんな獅郎の様子を自分の目で確かめるべく、婚約者の出張に自分の夏休みをかこつけて同行することとしたのは我ながらベストアイデアだと思う。ついでにその男──リアム何某がどんな人なのかも確かめることが出来る。
一挙両得だ。
それに婚約者の両親にも会えるらしい。
ノエルの両親と会うのは……かれこれ20年ぶりになるかもしれない。
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