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狼の憂鬱 番外編
二人の憂鬱 side 櫻子2
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ノエルと出会ったのは自分がアメリカに語学留学している高校生の時だった。
両親亡き後、櫻子は高校を卒業したら大学には通わずに就職をするつもりでいた。祖母に迷惑をかけないように、なるべく早く独り立ちしなくてはならないと考えていたのだ。そんな自分に、祖母は獅郎やお金のことは気にせず、自分のやりたいことをしなさいと言ってくれた。
両親が亡くなる前、子供の頃の櫻子は映画の最後にクレジットされる翻訳家に憧れていた。
宇宙人と男の子が友情を育むその映画の最後は幼いながらも櫻子に深い感動として刻まれ、英語が話せたら、自分もこの宇宙人と男の子と友達になれるかもしれないと思わせた。そして、その英語の会話を日本語にしてみせるという職業があることを知り、それを素敵な仕事だと思うには十分な出来事だった。
そんな漠然とした、小さな女の子が「大きくなったらお花屋さんになるの!」というような、大人になったらなってみたい小さな頃に憧れた職業は、大きくなるにつれて現実的になり、映画にクレジットされるような翻訳家はほんの一握りの人間にしかなれないとわかると共に忘れてしまっていた。
だから、本当に翻訳家になりたかったわけではないし、ハリウッドに行きたいとかそういうことでもなかったが、一度でいいから、アメリカの地で生活をしてみたいと櫻子は密かに憧れていた。ただ、幼い弟を祖母に押し付けてまでアメリカに留学したいなどという我が儘は、到底叶えられるものではないとも思っていた。
だが、祖母はそんな櫻子の気持ちを知っていたのだろう。「やりたいことをしなさい。櫻子も我慢しなくていいの」と言われたとき、胸に秘めた想いを吐露し、嬉しいやら、申し訳ないやら、祖母に縋って泣いていた。
両親を亡くして以来、櫻子は幼い獅郎を自分が守らなくてはいけない、両親がいないことで寂しい思いをさせないように自分が頑張らなくてはならないと、ずっと肩肘を張っていた。祖母の一言で、少しだけ肩の荷がおりたように感じた。
両親が健在の時にはそれほど頻繁に祖母のもとに訪ねることがなかったため、一緒に暮らし始めてからも、櫻子は祖母との距離感をはかりかねていた。仲が悪いと言うわけでは無かったが、年に数回しか会うことのなかった祖母に、素直に甘えることがずっと出来ずにいた。この一件で、祖母にとっては自分もまだ甘えてよい孫なのだとわかって、祖母の膝に縋って泣いた。
そんな出来事を経て、一年間アメリカに留学することになり、その留学の間にノエルと出会ったのだ。
ノエルとその家族は、祖母が古い知り合いだといって紹介してくれた。「何かあったら頼るように」と。ホームステイ先は別の家庭だったが、何かにつけて櫻子を気にかけてくれた優しい人たちだった。
アメリカから戻り、最初は細々と続いていた手紙のやりとりも、祖母が亡くなるころは途絶えて、特に連絡を取ることもなく月日が流れた。
それが、2年前に偶然……。
本当に偶然に東京で日本のホテルに勤め始めたというノエルと再会した。
青春のひとときと思い出を語る間に付き合うこととなり、半年前に結婚をすることに決めたのだった。
祖母が生きていたら、きっととても喜んでくれたと思う。
獅郎の様子を心配する日々を過ごしていたある日、ノエルがアメリカの本社に顔を出す用事があると聞き、夏休みを取ってついて行きたい、獅郎の様子を見に行きたいと伝えると、快く同意してくれた。そして、ちょうど良い機会だし、両親にも会おうとノエルから提案されたのだった。結婚の報告は既にノエルから済ませていたし、最近は海外とのビデオ通話も普通になって、直接会ってはいないものの何度かは顔を見て話していたので、会えるのが楽しみで仕方がない。
一足先にアメリカに戻るノエルには、L.A.に寄ってから合流すると伝えて、まずは獅郎に会いに向かう。
これだけ心配をかけたのだ。獅郎にも、その男にも一言物申さずにはいられない。
両親亡き後、櫻子は高校を卒業したら大学には通わずに就職をするつもりでいた。祖母に迷惑をかけないように、なるべく早く独り立ちしなくてはならないと考えていたのだ。そんな自分に、祖母は獅郎やお金のことは気にせず、自分のやりたいことをしなさいと言ってくれた。
両親が亡くなる前、子供の頃の櫻子は映画の最後にクレジットされる翻訳家に憧れていた。
宇宙人と男の子が友情を育むその映画の最後は幼いながらも櫻子に深い感動として刻まれ、英語が話せたら、自分もこの宇宙人と男の子と友達になれるかもしれないと思わせた。そして、その英語の会話を日本語にしてみせるという職業があることを知り、それを素敵な仕事だと思うには十分な出来事だった。
そんな漠然とした、小さな女の子が「大きくなったらお花屋さんになるの!」というような、大人になったらなってみたい小さな頃に憧れた職業は、大きくなるにつれて現実的になり、映画にクレジットされるような翻訳家はほんの一握りの人間にしかなれないとわかると共に忘れてしまっていた。
だから、本当に翻訳家になりたかったわけではないし、ハリウッドに行きたいとかそういうことでもなかったが、一度でいいから、アメリカの地で生活をしてみたいと櫻子は密かに憧れていた。ただ、幼い弟を祖母に押し付けてまでアメリカに留学したいなどという我が儘は、到底叶えられるものではないとも思っていた。
だが、祖母はそんな櫻子の気持ちを知っていたのだろう。「やりたいことをしなさい。櫻子も我慢しなくていいの」と言われたとき、胸に秘めた想いを吐露し、嬉しいやら、申し訳ないやら、祖母に縋って泣いていた。
両親を亡くして以来、櫻子は幼い獅郎を自分が守らなくてはいけない、両親がいないことで寂しい思いをさせないように自分が頑張らなくてはならないと、ずっと肩肘を張っていた。祖母の一言で、少しだけ肩の荷がおりたように感じた。
両親が健在の時にはそれほど頻繁に祖母のもとに訪ねることがなかったため、一緒に暮らし始めてからも、櫻子は祖母との距離感をはかりかねていた。仲が悪いと言うわけでは無かったが、年に数回しか会うことのなかった祖母に、素直に甘えることがずっと出来ずにいた。この一件で、祖母にとっては自分もまだ甘えてよい孫なのだとわかって、祖母の膝に縋って泣いた。
そんな出来事を経て、一年間アメリカに留学することになり、その留学の間にノエルと出会ったのだ。
ノエルとその家族は、祖母が古い知り合いだといって紹介してくれた。「何かあったら頼るように」と。ホームステイ先は別の家庭だったが、何かにつけて櫻子を気にかけてくれた優しい人たちだった。
アメリカから戻り、最初は細々と続いていた手紙のやりとりも、祖母が亡くなるころは途絶えて、特に連絡を取ることもなく月日が流れた。
それが、2年前に偶然……。
本当に偶然に東京で日本のホテルに勤め始めたというノエルと再会した。
青春のひとときと思い出を語る間に付き合うこととなり、半年前に結婚をすることに決めたのだった。
祖母が生きていたら、きっととても喜んでくれたと思う。
獅郎の様子を心配する日々を過ごしていたある日、ノエルがアメリカの本社に顔を出す用事があると聞き、夏休みを取ってついて行きたい、獅郎の様子を見に行きたいと伝えると、快く同意してくれた。そして、ちょうど良い機会だし、両親にも会おうとノエルから提案されたのだった。結婚の報告は既にノエルから済ませていたし、最近は海外とのビデオ通話も普通になって、直接会ってはいないものの何度かは顔を見て話していたので、会えるのが楽しみで仕方がない。
一足先にアメリカに戻るノエルには、L.A.に寄ってから合流すると伝えて、まずは獅郎に会いに向かう。
これだけ心配をかけたのだ。獅郎にも、その男にも一言物申さずにはいられない。
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