狼の憂鬱 With Trouble

鉾田 ほこ

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14章

1 お付き合いの意味

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 部屋から出ようと歩き出したリアムに連れられて、シロウも出口へと歩き出す。肩に回された腕を振り払わないかぎり、リアムと共に部屋を後にせねばならない。
 シロウはこのままこの場を後にするには、あまりに姉を無視し続けていることに後ろ髪を引かれていた。
「あの……」
 小さく声を出したその時、「シロウ!」と呼びかけたサクラコが小走りに近づいて来る。
「獅郎……ちょっと」
「姉さん」
 日本語で話しかける姉に振り返りながら、日本語で呼び返す。
 歩みを止めてしまったシロウに合わせて、リアムもまた止まると、サクラコの方を向いた。

「シロウと二人で話をしたいのですが?」
 伺うようでいて、有無を言わせないサクラコの問いかけに、リアムは喉をぐっと鳴らして押し黙る。二人の視線の間に小さな火花が散ったように見えるのは気のせいか。厳しい口調と眼差しをリアムに向けるサクラコは、自分の方に引き寄せるようにシロウに触れる手に力を込めた。
 逆にリアムは留めるように、シロウの肩に回した腕に力を入れて、意志を確認するように見つめる。シロウはコクリと頷くと、肩を掴むリアムの手にそっと触れ、優しくその手を肩から外す。
 それを見たサクラコは再びリアムが引き留めようとする前に、シロウの手を引き歩き出す。
 気遣わし気だが、何も言わないリアムをその場に残して、シロウは姉に手を引かれるまま、距離を取るように広い部屋の隅へと連れていかれた。
 部屋の隅へ歩いている間も、シロウの頭の中は、この後「サクラコになんと説明したものか」とぐるぐると頭を悩ませていた。

 
 たかがダイニング、されど豪邸のダイニング。
 部屋の隅まで来てしまえば、大声で話さない限り、リアムに声は届かなそうだ。そもそも届いたところで日本語ではわからないだろうし、シロウ自身はリアムに聞かれて困るようなことを話すつもりもない。
 だが、サクラコはどうか……。
 リアムをあまりよく思っていないのか先日の食事会の時から普段の姉では考えられないほどに刺々しい。ちらっと振り返ると、リアムの元には、もう一人の残されたパートナーが合流して、何か二人で話をしている。

「驚いたんだから!昨日見かけて……」
 サクラコの少し大きな声に、シロウは肩をびくっと震わせ、振り向く。
 今日初めて言葉を交わす姉に場違いかもしれない朝の挨拶をした。
「あ、姉さん……、おはよう……」
「どうしてここにいるの?どういうこと?」
 サクラコはシロウの挨拶を無視して、射るような視線を向け、質問する。
 サクラコはノエルから何も聞いていないのか──シロウはそう思ってから、ノエルも話せるほどの情報を持っていなかったことを思い出す。
 おそらく、昨晩のノエルもこの調子でサクラコから質問責めにあったに違いない。まともに答えられることはなく、悶々としたことだろう。シロウは申し訳ない気持ちになった。

 何から話したらいいのか──。
 リアムとノエルが従兄弟だから?
 リアムに身内の集まりがあると誘われたから?
 
 いや、そんなことでは無い。
 サクラコが聞きたいことは、もっと核心だろう。
 隠さずにありのまま、二人の関係を、自分の気持ちをサクラコに伝えなくてはと思う。
 小さく息を吸う。意を決して、まっすぐに姉を見返した。
「あのね、姉さん。俺はリアムさんとお付き合いしているんだ……」
 
 反応の返ってこない姉に自分の声が小さかったのかな?と思い、少しだけ大きな声で「付き合うことになったんだよ」と言って、サクラコの顔を窺う。
 だが、その複雑な表情からはどう考えているのか読み取れない。
 男性と付き合うということに姉は何て言うだろうか──先程の朝食の席でのリアムの母の言葉が思い出される。
『だって、男の子よ……』
 言ってしまった後で、シロウはサクラコにどう思われるか不安で仕方がなかった。
(なんで黙ってるんだろ……)
 シロウは黙して困惑した表情を浮かべている姉をただただ見ていることしか出来ない。
 落ち着かない。
 シロウはそわそわしそうになり、落ち着くように足に力をこめた。

「……どういうこと?……どうして?」
 やっと口を開いた姉の言葉に、シロウも首をかしげる。
(どういうこと……ってどういうことだろう……)
 拒絶とは違う櫻子の様子に、今度は「付き合う」の意味が上手く伝わっていないのかとシロウは不安になる。
「えーと……、恋人……になったんだ。リアムさんと。その、そういうお付き合いをしているんだ」

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