狼の憂鬱 With Trouble

鉾田 ほこ

文字の大きさ
128 / 146
19章

2 犬ではありません

しおりを挟む

 「勝手口から出て、裏山に行くように」とノエルに教えて貰い、リアムと二人で台所に行く。
 なぜか後ろから、ノエルとサクラコもついてきた。これから狼になるということは一糸まとわぬ姿にならなくては服が絡まってしまうというのに。
「あの、俺……部屋で着替え……違う、狼になってもいいですか?」
「気にすんなよ!」
 あっけらかんとノエルが言う。

(いやいや、何言ってんの。気にするでしょう!)

 この辺もきっと生まれながらの人狼とそうでないものの違いなのだろう。おそらく、人狼は仲間の間で肌を見せることに忌避感がないのだ。ジェイムズと狼に変身する訓練をした時も、「気にしないよ?」と言われ、困惑した。普通は脱ぐ方が気にするのではないかとシロウは思ったものだ。幸いなのか、リアムからも「バスローブを着用する様に」と言われたので、そうしていたのだが……。

「そうよ、気にしないでいいわよ」
 それなのに、何故か姉までノエルを擁護する。
「姉さん……」
「だって、狼のシロウを見てみたいんだもん」
 それなら、変身した後にいくらでも見たらいいと思う。姉と義兄の目の前で、真っ裸になって狼に変身する必要はない。

「それじゃあ、狼になってから見たらいいでしょ?」
「それもそうね」
 あっさり納得して引き下がる。
「じゃあ、部屋の前で待ってるから準備出来たら言ってね」
 そう言って、「ほらほら、早く」と部屋までシロウの手を引っ張って行く。
 一部屋だけ引き戸ではない、シロウの部屋の扉を開けると、サクラコはシロウとリアムを中に入れて、さっさと扉を閉めた。
 実に落ち着かない。
 部屋の前でサクラコが手ぐすねを引いて待っていると考えると、「早く変身しなくては」とか、「さすがにいきなり扉は開けないよな」とか、考え始めたらきりがない。
 困惑を全面にした顔で、服を脱ぐでもなく部屋の中でオロオロとする。
「大丈夫。準備しよう」
 押し込まれるように一緒に部屋へ入れられていたリアムがシロウの肩に手を置く。
 少しだけ落ち着きを取り戻して、シャツを脱ぎ始めた。

 カーテンから漏れ入る月明かりで、部屋の中はほんのりと明るい。電気がついているよりはマシだが、それでもお互いのことがよく見えた。
 シロウはリアムに背を向けて、ズボンに手をかける。服を脱いでいる間に気持ちを落ち着けようとおもったが、夏は着ているものも少なく、あっという間に終わってしまう。最後の一枚、パンツを掴んで、大きく息を吐いた。
 が、思い直して、脱いだシャツとズボンを畳み始める。それも、たったの二枚ですぐに終わった。
 いよいよ、何もすることが無くなって、シロウは意を決してパンツを下ろす。脱いだパンツを丁寧に他のものの上に乗せて、そのまま正座で床に座った。
 後ろは振り向かなかった。振り向いて、リアムの均整のとれた美しい肉体を目にして、再び平常心かき乱されたく無かった。

 目を瞑り心を落ち着かせて、狼の姿になった自分を想像する。身体が熱を帯びて、狼の体温になってくる。
 腕が毛に覆われて、だんだんと手足が変化する。背中の骨がぎゅっと縮んで、鼻先が伸びていく。
 ほんの数分だろうか、目を開けると視界はモノクロで全身が毛皮に覆われいる。自分の意志で狼に変わることが出来た。
 やっと後ろを振り返ると、すでに狼の姿になったリアムが静かに見守っていた。

「グルルル(変身出来ました)」
「ヴァン!」
「ヴーグルル?(リアムさん?)」
「ゥオン!」

(えぇ……)
 シロウは困惑した。
 自分が人間の時、狼のリアムとでは会話が成り立たないのは当然だと思っていた。だが、狼同士でも、会話が出来ないのは完全に想定外だった。

(小説とか漫画だと犬同士で喋っているじゃないか!!)

 だが、残念ながらこれは物語ではなく、現実なのだ。事実が小説より「奇」なのは、狼に変身出来るということだけなのだった。

(どうしよう……)
 
 不安に尻尾が下がる。思わず、「クゥーン……」と情け無い声を上げたところで、ガチャりと音を立てて、扉が開いた。
「獅郎?」
 サクラコが扉の影から中を覗く。次の瞬間、バタンと大きな音を立てて扉が全開した。
「獅郎!?」
「ワン!」
「きゃー!」
 サクラコがいきなり悲鳴をあげる。狼になった耳には暴力的な音量だった。
「ウーーーーッ」
 シロウは抗議の唸りをあげる。
「可愛い!」

 駆け寄ってきたサクラコはその勢いのまま、シロウを抱きしめる。首筋に顔を埋めて、擦りついた。
「ウゥーーー!!」
 今度は尻尾をピンと立てたリアムが唸り声をあげる。
「そっちがリアムさんね。獅郎の方が小さい。リアムさんのサイズはノエルに近いけど、綺麗な銀色。獅郎はノエルと毛色がちょっと似てるね。やっぱり、犬種が違うのかしら」

(姉さん、犬ではありません)

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

だって、君は210日のポラリス

大庭和香
BL
モテ属性過多男 × モブ要素しかない俺 モテ属性過多の理央は、地味で凡庸な俺を平然と「恋人」と呼ぶ。大学の履修登録も丸かぶりで、いつも一緒。 一方、平凡な小市民の俺は、旅行先で両親が事故死したという連絡を受け、 突然人生の岐路に立たされた。 ――立春から210日、夏休みの終わる頃。 それでも理央は、変わらず俺のそばにいてくれて―― 📌別サイトで読み切りの形で投稿した作品を、連載形式に切り替えて投稿しています。  エピローグまで公開いたしました。14,000字程度になりました。読み切りの形のときより短くなりました……1000文字ぐらい書き足したのになぁ。

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

処理中です...