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19章
2 犬ではありません
しおりを挟む「勝手口から出て、裏山に行くように」とノエルに教えて貰い、リアムと二人で台所に行く。
なぜか後ろから、ノエルとサクラコもついてきた。これから狼になるということは一糸まとわぬ姿にならなくては服が絡まってしまうというのに。
「あの、俺……部屋で着替え……違う、狼になってもいいですか?」
「気にすんなよ!」
あっけらかんとノエルが言う。
(いやいや、何言ってんの。気にするでしょう!)
この辺もきっと生まれながらの人狼とそうでないものの違いなのだろう。おそらく、人狼は仲間の間で肌を見せることに忌避感がないのだ。ジェイムズと狼に変身する訓練をした時も、「気にしないよ?」と言われ、困惑した。普通は脱ぐ方が気にするのではないかとシロウは思ったものだ。幸いなのか、リアムからも「バスローブを着用する様に」と言われたので、そうしていたのだが……。
「そうよ、気にしないでいいわよ」
それなのに、何故か姉までノエルを擁護する。
「姉さん……」
「だって、狼のシロウを見てみたいんだもん」
それなら、変身した後にいくらでも見たらいいと思う。姉と義兄の目の前で、真っ裸になって狼に変身する必要はない。
「それじゃあ、狼になってから見たらいいでしょ?」
「それもそうね」
あっさり納得して引き下がる。
「じゃあ、部屋の前で待ってるから準備出来たら言ってね」
そう言って、「ほらほら、早く」と部屋までシロウの手を引っ張って行く。
一部屋だけ引き戸ではない、シロウの部屋の扉を開けると、サクラコはシロウとリアムを中に入れて、さっさと扉を閉めた。
実に落ち着かない。
部屋の前でサクラコが手ぐすねを引いて待っていると考えると、「早く変身しなくては」とか、「さすがにいきなり扉は開けないよな」とか、考え始めたらきりがない。
困惑を全面にした顔で、服を脱ぐでもなく部屋の中でオロオロとする。
「大丈夫。準備しよう」
押し込まれるように一緒に部屋へ入れられていたリアムがシロウの肩に手を置く。
少しだけ落ち着きを取り戻して、シャツを脱ぎ始めた。
カーテンから漏れ入る月明かりで、部屋の中はほんのりと明るい。電気がついているよりはマシだが、それでもお互いのことがよく見えた。
シロウはリアムに背を向けて、ズボンに手をかける。服を脱いでいる間に気持ちを落ち着けようとおもったが、夏は着ているものも少なく、あっという間に終わってしまう。最後の一枚、パンツを掴んで、大きく息を吐いた。
が、思い直して、脱いだシャツとズボンを畳み始める。それも、たったの二枚ですぐに終わった。
いよいよ、何もすることが無くなって、シロウは意を決してパンツを下ろす。脱いだパンツを丁寧に他のものの上に乗せて、そのまま正座で床に座った。
後ろは振り向かなかった。振り向いて、リアムの均整のとれた美しい肉体を目にして、再び平常心かき乱されたく無かった。
目を瞑り心を落ち着かせて、狼の姿になった自分を想像する。身体が熱を帯びて、狼の体温になってくる。
腕が毛に覆われて、だんだんと手足が変化する。背中の骨がぎゅっと縮んで、鼻先が伸びていく。
ほんの数分だろうか、目を開けると視界はモノクロで全身が毛皮に覆われいる。自分の意志で狼に変わることが出来た。
やっと後ろを振り返ると、すでに狼の姿になったリアムが静かに見守っていた。
「グルルル(変身出来ました)」
「ヴァン!」
「ヴーグルル?(リアムさん?)」
「ゥオン!」
(えぇ……)
シロウは困惑した。
自分が人間の時、狼のリアムとでは会話が成り立たないのは当然だと思っていた。だが、狼同士でも、会話が出来ないのは完全に想定外だった。
(小説とか漫画だと犬同士で喋っているじゃないか!!)
だが、残念ながらこれは物語ではなく、現実なのだ。事実が小説より「奇」なのは、狼に変身出来るということだけなのだった。
(どうしよう……)
不安に尻尾が下がる。思わず、「クゥーン……」と情け無い声を上げたところで、ガチャりと音を立てて、扉が開いた。
「獅郎?」
サクラコが扉の影から中を覗く。次の瞬間、バタンと大きな音を立てて扉が全開した。
「獅郎!?」
「ワン!」
「きゃー!」
サクラコがいきなり悲鳴をあげる。狼になった耳には暴力的な音量だった。
「ウーーーーッ」
シロウは抗議の唸りをあげる。
「可愛い!」
駆け寄ってきたサクラコはその勢いのまま、シロウを抱きしめる。首筋に顔を埋めて、擦りついた。
「ウゥーーー!!」
今度は尻尾をピンと立てたリアムが唸り声をあげる。
「そっちがリアムさんね。獅郎の方が小さい。リアムさんのサイズはノエルに近いけど、綺麗な銀色。獅郎はノエルと毛色がちょっと似てるね。やっぱり、犬種が違うのかしら」
(姉さん、犬ではありません)
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