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「協会から派遣された女では、ない。」
「じゃあ、どこで拾ってきたんですか。」
 拾ってきたというより、落ちてきたんだが。
 それを言ってもきっと信じてもらえないだろうし、余計にややこしいことになりそうなので、まぁ、言わないでおくが。
「協会の女の知人だということだ。異人で、言葉もわからず、困っているようだから暫く預かる。」
「身元不明の女を当屋敷に滞在させることには反対です。」
「もう決めたことだ。」
「……街にはそういった者達を一時的に保護する場所もあります。何らかの支援をすることには反対致しませんが、そういった場所に逗留させるべきでは、」
「ダメだ。」
 そう即断するとピクリと眉をうごかすものの、わかりました、と一礼して静かに出ていった。
 かちゃりと閉まる扉を見ながら椅子の背もたれに体を預ける。
 あの女を市井におろすなど、ダメなのだ。
 魔術師などそこらへんにいるわけでもないが、多少の魔力を持つ者は一定数いる。交わらなければ、その相手が希少な凝りを癒やし循環させる力を持つものだなんて、わかりもしないのだが。

 あれは、触れただけで魔力を循環させる。

 市井に下ろしたが最後、紆余曲折を経た後、クズのような魔術師に囲われ一生を終えるか、まともな賃金も支払われることなく体を売る羽目になるに違いないのだ。
 よくて魔術師協会に保護され、不特定多数の金のある魔術師に体を売るか。
 いずれにしろ、未来は明るくはない。
 そうして、あの珍しい黒い瞳を思い出す。黒目は初めて見たが、悪くなかった。
 むしろ、黒い髪色と相まって、キレイだった。
 髪の色と瞳の色が揃いというのはめったに見ないが、ひどく美しかった。

 後で、顔を出してみるか。

 午後になれば、仕事も一段落する。
 あの女も落ち着きを取り戻した頃だろう。


 名前を知りたいと、そうクライヴは思った。


  ◇◇◇◇◇◇


 落ち着いた紺の色合いの廊下を進みながら、ザラはひどく苛立っていた。
 理由はわかっている。

 追い出せなかった。

 知らず舌打ちをして、髪をかきむしりかけて、慌てて手を下ろした。
 あの得体のしれない女を、追い出せなかった。
 ザラの提案を主人が却下したことにも腹がたっていたし、庇う風な物言いも鼻についた。
 その主人の様子を思い出し、さらに苛立ちが募った時、廊下向こうから歩いてくる人影に気づいた。
 黒いメイドのお仕着せを着て、薄茶の長い髪を後ろに一つに纏めている。
 少し俯き加減に歩くその顔に陰影が落ちて、ひどく艶っぽい。

 シーナ。

 ちょうどいい。
 ザラは足早にシーナに近づくと、腕を掴み、すぐ横の扉を開け引きずり込んだ。
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