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第一章 オメガの俺が最強勇者の子供を身ごもるまでの話
8. 旅の仲間
レオスに抱えられるようにして宿まで帰り着いた俺は、まず部屋についている風呂の支度をしてゆっくりと湯に浸かった。
この街で一番大きな宿といっても所詮は田舎宿だ。部屋付きの風呂も、洗面所に盥のようなこぢんまりとした風呂桶がでんと置かれているだけである。
昨夜の宿の風呂なしの部屋よりは格段に良いが、残念ながら湯を沸かす機能は付いていなかった。
風呂に入るときには、宿屋の従業員に頼んでいちいち沸かした湯を運んで来てもらう必要があるが、重い上に運ぶ回数が一度では済まないので、結構な重労働になる。
だが、俺にはパットがいた。彼女が火の属性魔法で湯を沸かしてくれるおかげで、風呂桶に入れるのはただの水でいい。それなら部屋の洗面台からいくらでも出せる。
本来、それぐらいの魔法は俺にとっても朝飯前である。レオスやヴォルフにも出来た。ただ、その日の俺は魔法を使うには疲労困憊し過ぎていて、見かねたパットが代わりに湯を沸かしてくれたのだった。
ちなみに俺が泊まっている部屋は、キリィと相部屋である。
俺がパーティに加入する前まで、宿に泊まる場合は大体レオスとヴォルフ、キリィとケルスの二人ずつに分かれて泊まっていた。女性のパットだけは一人部屋に泊まっていたのだが、俺が仲間に加わったとき、その部屋割りのことでちょっとばかり悶着があったのだった。
➕ ➕ ➕
『じゃあ俺とトワ、ヴォルフとキリィで男は二部屋に分かれよう』
リーダーであるレオスの提案に、彼のパーティに入ったばかりの俺は当然ながら内心で冷や汗をかいていた。いくらなんでも勇者を名乗るアルファと一緒の部屋に、しかも二人きりで泊まる度胸はなかったのだ。
『それでいいかな、トワ?』
『い、いや……、あの、いきなり勇者様と同室になるのは緊張するので……で、できればヴォルフさん、とか』
俺自身も何を言ってるのかよくわからなくなり、焦りすぎて勇者に様までつけてしまった。
『……トワ。俺と一緒は嫌なのか?』
ものすごく悲しそうに勇者様が言った。
そんな直球な言い方はやめろ。あんたは何ひとつ悪くないんだから。頼むからそんな目で俺を見ないでくれ。
気のせいか、勇者の象徴であるとされる真紅のマントまでしょぼくれて見えた。マントの下は落ち着いた暗色系の上下とブーツなのだが、上質な革製の胸当てはやはり紅かった。
『じゃあ、トワちゃんは俺と一緒に泊まるか?』
軽い調子で助け舟を出してくれたのがキリィだった。つば付きの帽子に、皮革製の上着と職人が履くような丈夫な厚地の綿の黒いパンツにショートブーツを履いている。守備よりも身軽さを重視した装備だった。
その横で、何故かパットも援護してくれた。
『それはそうよね。トワはケルスの代わりに入ったんだから、別にキリィと一緒でもいいでしょ?』
『ほら、レオ。パティ嬢さんもそう言って……』
『ちょっとキリィ、あんたねえ。いい加減その舐めた呼び方やめなさいよ! あたしはパットよ、パット!』
後で知ったが、彼女の本名はパトリシアだそうだ。だからパティもパットもその愛称になるわけだが、冒険者ギルドに登録した冒険者名はパットなのだという。
パティは小さな女の子みたいで嫌、という彼女なりの強固なこだわりがあるらしいのだが、だとすると「嬢さん」呼びはよくてパティは駄目なのか、と妙な感慨を抱いたことはよく覚えている。
それで噛み付かれたキリィは、してやったりといった風にニンマリ笑っていた。わかっていて、たまに揶揄うようだ。
『……トワはどうだ。キリィとならいいか?』
落ち着き払った声でそう尋ねてくれたのはヴォルフだ。わざわざ俺の意向を尋ねてくれたのは、俺がレオスじゃなくヴォルフがいいと言ったからだろう。
この中で一番大柄なヴォルフの服装は、冒険中は魔法で重さを軽減した黒い甲冑姿だが、今はレオスと同じような暗色系の上下にブーツを履いた軽装だった。
『……は、はい。大丈夫、です』
本当は自腹を切ってもいいから、パットのように一人部屋が良かったのだが、さすがにそこまでの勝手は言えない。
相手がベータでも、オスならヒートに気づかれる可能性がある。だが、これまで通りに抑制剤をちゃんと飲んで、それでもまだ危ないようなら理由を作ってなんとか一人きりになるしかない。
『キリィのガサツさに耐えきれなくなったら、あたしの部屋に泊まりにきてもいいわよ。寝付けない夜の魔法談義ぐらいになら付き合ってあげる』
『え?』
パットの言葉に、それまでしょんぼりと俯いていたレオスが驚いたように顔を上げた。
『え? って何よ、レオ』
『い、いやだって、君は女性だから……』
『何か間違いがあったらいけないってこと? でもあたしとトワは魔法使いだし、いざとなったらあたしの方が強いから大丈夫よ。……それにトワは見境なく女を襲ったりなんて絶対にしないから。ね?』
大きなフリル付きの黒のフレアドレスを着て、肩の上で切り揃えた髪をピンクブロンドに染めた目鼻立ちのくっきりした可憐な魔法使いの少女──に見えるが、実際は俺より一つ歳上であった──に意味ありげに見つめられて、俺は『はい』としおらしく返事をした。それにしても、えらく目力が強い……。
このときの俺は、パットにじっと見られているせいで、急に自分の見栄えのしない容姿が気恥しくなっていた。
背丈だけはひょろりと高いが(それでもキリィの身長と同じぐらいで、レオスとヴォルフはさらに頭一つ分ぐらい高かった)、痩せぎすで、いくら動いても筋肉などほとんど付かない貧相な身体つきに、着ているものは襟の詰まった流行もへったくれもない地味な灰色のローブ。
顔立ちはよく言ったとしてもせいぜい十人並み程度。目が少し吊り気味なせいで、顔つきがきつく見える、可愛げがないと両親からそう言われ続けて育った俺から見たら、……レオスについては全てが破格だが、勇者の仲間である他の三人もそれぞれに垢抜けていて、張りのある整った良い顔をしていた。
特にパットは、文句なく美しい顔をしている。常に堂々として、生気に満ち溢れていた。
ちなみに。俺のことを穴が開きそうなぐらい見ていた理由をパットに聞いてみたところ、このときにはもう、脈絡のないただの直感だけで「……この人、ひょっとしてオメガ?」と思われていたらしかった。
➕ ➕ ➕
食事に行ったきり、翌日の昼近くまで戻らなかった俺たちをもっとも心配してくれていたのは、意外にも最年長のヴォルフだった。
何度もおろおろと探しに出ようとするのを、パットとキリィがどうにか宥めていたのだとか。
キリィも、俺がオメガだということはなんとなくわかっていたらしく、もし仮に何かあったとしても、レオスが一緒なら心配ないだろうと思っていたという。
……俺がオメガだと知っていて、何故アルファのレオスといれば心配ないと思ったのかは大いに不可解だ。
問い詰めようとすると、キリィは掴みどころのない表情に笑みを乗せ、
「じゃ、あとは任せたー」
と、風呂に入ったあとで寝込んでしまった俺の世話を上手にパットに押し付けた。
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