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幕間Ⅱ 【宰相】編
父と子の終焉 ★
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カルヴァラ大公殿下、そして宰相閣下。聖竜神殿の前神官長にして、今は【竜を祀る祭壇】の祭司。他にも細々とあるが、これらの地位や称号は全て、ジオルグ・ジルヴァイン・ロートバルただ一人を指すものだ。
あとは、こんなものもある。
【氷のグリフォン】
ロートバル一族の紋章に使われている幻獣と、彼自身の冷たい美貌、怜悧冷徹な思考能力とをかけ合わせたジオルグの異名である。
古代種の中では比較的新しい種にあたる竜人種は、その成り立ちからして特異な種族といえた。
竜の言葉を解する能力と、竜の持つ権能の一部を有する彼らは、女神レンドラの眷属である竜種の世話役として【始めの人間】に先立って造られた人種でもあり、その魔力生成量は精霊種の原種に匹敵するとさえいわれている。
【始めの人間】として生まれた存在を育て導いたのも竜人種であり、いわば竜と人とが共存するこの王国の基盤そのものを創り上げた種族といっても過言ではないだろう。その末裔として生まれたジオルグの中にも少なからずそうした自負はあった。
──まあ、矜恃に溢れる一部の精霊種からは、女神の使い走りとも言われているが。
その自覚も無きにしも非ず。そしてそれは身内からも然り。当代の王太子からも、
『叔父上は働きすぎですよ』
と折りに触れて揶揄される。ジオルグが何事においても決して手を抜かない性格だということは、百年以上も前から王国中には知れ渡っている。
宰相府に勤める役人たちや、神殿の神官たち、屋敷の使用人たち。直接的には何も言ってこない彼らの胸の裡にあるのも、きっと似たような感慨だろう。
──では、彼は? シリルはどう思っているのだろう?
立場や役職にかまけ、昼夜を問わず屋敷を空けることが多かったジオルグのことを、彼は一体どう思ってきたのだろうか。
十年前に引き取った子供の世話と教育は、真に信頼のおける者たちを選び、任せてきた。
例えば侍女のルイーズもそのうちの一人だったが、特に気質が合うのかシリルは当初からよく懐いていた。……時にジオルグが、ささやかな妬心を抱いたほど。
宰相職についてからは特に、多忙のあまり顔を合わせることすら稀になっていった。
深夜、屋敷に帰り着いたその足で、ひっそりとシリルの部屋を訪ったこともある。ほんの束の間、その寝顔を見るだけで言い尽くせぬほどの癒しを得ていたことなど、そのときまだ幼かった子供には知る由もないことだ。
百年余も前に兄を亡くして以来、ジオルグに共に暮らす血縁の家族はない。
兄の妻とその子たちは、とうの昔にロートバル一族が代々暮らす領地、カルヴァラに移り住み、今では王都を訪れることさえ稀だ。
そしてジオルグは、誰に対しても必ずシリルを自分の養子として紹介する。たまに首を傾げられても、余程の相手でない限り、込み入った事情は話さなかった。
実のところ、ジオルグはシリルの正式な養い親ではないのだった。
当然のこと、ロートバルの籍に入れられるものならすぐにも入れてしまいたかったのだが、十年前の惨劇で故郷と母親を亡くしたシリルを王都に連れ帰ろうとした際、セラザの辺境伯を介して強力な横槍が入った。
それは、古くよりブライトの氏族を後見していたとある精霊種の長からのもので、ジオルグは浅からぬ因縁のあるその相手と、他の精霊種の王たちの力も借りながら、慎重にかつ粘り強く交渉を重ねた。何としてもシリルを王都に連れ帰り、ジオルグの庇護の元で養育する権利を獲得する為に。
シリルに徴が現れるまでは、月精については何も告げぬという各所との約定も、そのときに結ばれた。そしてもう一つ、ジオルグのとある意志についても、同様の誓約を結ばされている。
シリルも、自分が正式なロートバルの養子ではないことは当然知っている。引き取られたあとも、ずっとブライトの姓を名乗っているため、周囲からその説明を求められることはこれまで幾度となくあっただろう。
それでも、ただ互いに養父子であると認め合って暮らしてきた。ジオルグは、何にも憚ることなく、その成長を今日までずっと見守ってきたのだ。
その平穏は、いずれ破られるものと知りながら。
破るのは、養父か養子か?
否。
「ちょうど、潮時か」
それはなんともいえぬ、複雑な色が篭もった独言だった。
いつもは束ねられている長く艶やかな銀の髮は、今は結わず、そのまま黒の法衣を纏う背に流している。けぶるような黄金の瞳に哀愁の翳を宿らせ、彼は午前の光が射し込む自室の窓辺に立っていた。
そう、良き親でありたいと願ったことなど一度たりともないが、彼を我が子のように愛おしむ瞬間がなかったのかといえば、それもまた虚言になる。
故の、ゆらぎだ。今から犯そうとしている裏切りに対し、小さな棘のごとき悔悟の念は抱くとも……、これ以上の偽りは無用と断じる。
──我が手を離れ、自立がしたいなどと……。
今日、もしも帰って来るのなら、何としてもその小癪な思い違いを正す必要がある。あの可愛らしくも憎らしい頑固者を説き伏せるのは、さぞかし骨が折れるだろうが……。
ふと違和感を覚え、左腕の腕輪に視線を転じる。
そこに嵌っている翠緑色の魔法石は、兄の形見。まもなく正式な養子として迎える予定のその孫息子に、いずれは返してやるつもりだった。
そして、その反対側に嵌まっている紺青の魔法石。こちらは、シリルのサークレットに使った石の半分だ。彼の魔力量を補整する役割を担ったあちらの石と連動して、彼自身に起こっている異常や状態の低下などを報せる術式が編み込まれている。やや黒ずんだ色に変わったその石を見て、ジオルグは顔を顰める。
──ああ、魔力切れを起こして、倒れたか。
全く、いよいよもって危なっかしい。
目の高さに腕を上げ、石を水平にする。「示せ」と短く唱えると、ほんのりと発光したそれは、ぐにゃぐにゃと光の形を変えながら次第に集束し、光を強めていく。やがて、一筋の光になって窓を貫いたあと、それは瞬く間に消え去った。
「……東の市街地。あれはレンドラ教会の近く、か?」
光が指し示した方向にある教会の鐘楼を見遣って、呟く。
今日、ここに帰ってくるのではなかったのか。単なる寄り道なのか、それとも。
この王都に危険が全くないとは言わないが、至天の竜の御座所ともいえるリグナ・オルムガに近いところほど、竜の結界の力が強く働いている。
王立の第一と第二の騎士団も各所の守りに配備されているため、辺境の地に比べれば治安もすこぶるいい土地だ。
そのうえ、影形との従属契約が成立したのなら、そうそう滅多な目には遭うまいが。
戸口に近い壁際で無言のうちに待機していた従僕を振り返り、命じる。
「クリスチャードを呼べ」
「は、かしこまりました」
家令はすぐやってきた。
「お呼びでございますか」
「ああ、急ぎ馬車の支度を頼む」
「承知いたしました……。ですが、今日はシリル様がお戻りになる日では?」
こんな日にまで、性懲りも無く仕事に出るとでも思ったのか。彼らしからぬ些か非難めいた異議を聞き、ジオルグはわずかに口の端を上げる。日頃の多忙が祟っているのか、信用がないとはこのことだ。
「だからこそ行かねば。我が伴侶たる者に不測の事態が起きたようだ。先に向かうので、お前は迎えの馬車を用意して待っていろ」
場所は追って知らせる。そう言い置くなり、ジオルグは転移の魔法を発動させた。
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