演出家の助手(仮)

数波ちよほ

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盗人

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「東村山 東京の外れ 大外れー」

 手に入れたばかりの鍵のようなものを天高く放り投げながら、マヌーは広場へつづく坂道を上っていた。
 シャラシャラと鳴る鍵の鎖で音頭を取りながら、歌う姿はとてもさっきまでバーのカウンター席でくだを巻いていた人物とは思われない。

「いいとこ どこにも 何にもない たまたま人が 住んでいる~♪」
「そこの失礼なやつ止まれ!」
「えっ」

 マヌーの驚いたことには、職質とは何度も繰り返しされるものであるらしい。振り向けば見覚えのあるバディの片割れが呆れ顔で立っているではないか。

「なんだまたお前か。連れはどうした?」

 急に先輩面した態度に新人なのかベテランなのかよくわからないなと思いながらマヌーは普通を装った。

「ああ、あの人ならまだバーで飲んでると思いますよ。じゃ、僕急いでるんで」
「ちょっと待て」
「何か?」

 マヌーはあくまで親切に答えた。

「お前の手に持ってるそれ、どうした? まさか……」
「貰ったんですよ」
「もらったって、連れから……?」
「ええ、賭けに勝ったんで。『先に潰れた方が負け』って」

 マヌーはぐいっとグラスをあおるそぶりした。ほんとうは妙な警官がすぐに酔い潰れたので勝負も何もなかったのだが、不自然に二の腕を擦られた手前、眠り込んだ人の手の内から鍵のようなものを抜き取ることに躊躇いはなかった。

「はぁ、またかあいつ。この前も人に仕事押しつけて」
「はは、妙な相棒を持つと大変ですねえほんと。それじゃ」
「ちょっと待った」
「まだ何か?」

 マヌーは吐き捨てるように言った。

「お前これからあの広場に行くのか?」
「そうですけど」

 あれ、この人にそんなこと話したっけ? マヌーは不思議に思ったが、特に気に留めることもなく続けた。

「それがなにか」
「あぁいや、ちょっと聞いてみただけだ。この街の連中もあの広場には滅多に近づかない。俺もちょうど柵のとこで引き返してきたとこだ。気をつけて行けよ」

 じゃあな、と軽やかに手を振りながら背を向けた警官服の、腰ポケットからチラリとのぞいたものを目に留めるやマヌーは勢いよく叫んだ。

「ちょっと待った!」

 うってかわって逃がすまいと大変な剣幕で警官服の肩を掴むマヌー。

「なんだよ急に大声出して」
「それ、どうしたんです?」
「急にそれっていわれてもよ」
「そのは・な・か・ん・む・り!」

 マヌーは腰ポケットからのぞく花冠を指差した。

「あぁ、コレか? 街を見回ってたらその辺に落ちてたんだよ。よく出来てるよな」
「ほんとうに? 落ちてたの? 花冠だけが……?」
「なんだよ。疑ってるのかよ」
「その辺て、どこら辺? 近くに誰かいたでしょう?」
「そんなのいちいち覚えてねぇよ」
「そんなはずないでしょう、だってそれは僕が……」

 それは僕がチアキにあげたくて臨時のバイトにお願いして作ってもらった花冠なのに。マヌーは不安を掻き消すようにかぶりを振った。

「ほんとに誰も近くにいなかった? 一人も? いや、いたはずだ」
「だから覚えてねぇって。だいたいあんなとこ誰も行きたがらな……ぁ」
「ねえお巡りさん。もしかして、柵の向こう側、行ってきたでしょう?」

 不審な警官は急にフリーズしたように黙り込むと、二度ほど目をしばたたいて、視線を固定したまま再び黙り込んでいる。

 はぁ、と呆れながらマヌーは大きなため息をついた。

「どうしてそんなしょうもない嘘ついたんですか」
「うるせぇな」
「というかあなた本当に警察……? ことによっては通報しますよ。それともバーまで一緒に戻ります?」
「フッ、それには及ばん。こんなこともあろうかと」

 待ってましたとばかりに不審な警官は警察手帳をキラリと見せつけた。

「国家警察……」
「どうだ? 本物だろ?」
「え、ほんとに警察なの……? 余計に意味がわからない。じゃあ尚更なんであんなしょうもない嘘を?」
「しつけぇな。報告書書くのが面倒だったんだよ」

 不審な警官は観念したようにはいた。

「しょうもな」
「うるせぇ」
「え、でも。じゃあ花冠の近くにはほんとに誰もいなかったってこと……?」
「だから知らねぇよそんなこと」
「どうして……」
「まぁ、なんだかよく知らねぇが。おめぇも大変だな。わりぃが俺もそろそろ戻らねぇと。じゃあな」

 マヌーは立ち去る警官の腰ポケットから花冠を抜き取りたい衝動に駆られたが、なんとか堪え、いたって平静を装い、警官服の袖口を引っ張るだけにとどめた。

「ちょっと待って」
「なんだよ」
「いや、あの……。うん。やっぱり、警察といえども嘘はいけないと思うんです、僕。うん。だからここはやっぱり……あ、そうだ。やっぱり、一度バーまで戻ってあの人に正直に言いません? 僕も一緒に行きますから」
「あーだからそれは」

 しょうもない警官は帽子の上から頭を掻きむしると、くるっと華麗に手のひらを返すや清々しいほどに拝んだ。

「頼む、見逃してくれ」
「え、まさか……」

 マヌーは信じられないとでもばかりに目を見開くと心底呆れた顔を装った。

「見てみぬふりをしろというんですか? こともあろうにお巡りさんが?」
「この通り、な」
「そんなことして僕になんか得があります?」
「そういうなって。今度お礼するから」
「その今度って、一体いつでしょうね?」
「まぁそういわずに」
「口だけなら何とでも言えますからね」
「ほんとうだって。あ、そうだ、じゃあこれお前にやるよ、な! 結構気に入ってたんだがしょうがねぇ」
「あ、ちょっと!」
「次会ったときに見せてくれりゃ奢るからよ、な、男の約束だ」
「いやだからその約束って――」
「なに、礼はいらねぇよ」

 しょうもない警官は花冠をマヌーに押し付けるように渡すと、じゃあなと大変な急ぎ足で坂を下った。
 坂の下、大通りへとつづく交差点を曲がる手前で、警官らしき人影は帽子を掴むや頭の上で軽やかに振った。

「どうせ証拠隠滅したかっただけでしょうー!」

 マヌーは大声で叫んだが、軽やかな人影は立ち止まることなくひょいと角を曲がってしまった。

「まったく」

 マヌーはしばらくプンプンしていたが、人影が戻って来ないのを確認すると、ようやく坂の上を振り返った。
 天を見据えるその視線は意外にも真っ直ぐでどこか清しい。

「さてと」

 うってかわって小さく独りごちると、マヌーはふたたび坂道を歩き出した。

 ゆっくりそろそろひそやかに。
 しっかりだんだんしたたかに。

 不意に転びそうになって、マヌーは地面に手をついた。
 なんとか痛みに耐えて起き上がると、手の平の埃を淡々と払い、みたび坂の上を目指した。
 ままならぬ現実に慣れたわけではなかったが、今はそれに耐えうるほどの自由があることも彼は知っていた。

 シャラシャラと鍵のようなものを天高く放り投げながら、マヌーは広場へつづく坂道を歩きつづけた。

「準急だってとまる 乗り越しすると川越だー」
 
 きっと責任ばかり押しつけられていた頃の彼には想像もつかなかったろう。
 どうやらこの舞台の上には責任も喜びも常に一緒にあるらしいと。
 
「埼玉県の隣 東京都の仲間ー」

 マヌーは飽くことなく歌いつづけた。人知れず呑気に強かに。手には花冠を持って。

「東村山 夢の街~♪」

 彼は今その肌身で、その自由を全身に感じていた。
 演じることの喜びを、その手の内に取り戻していた。
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