人生のセーブポイント

星健

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やり直すことが正解だとは限らない

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 俺は自分の目を疑った。

 恵菜が生きている?  こんなことが本当に起こり得るのだろうか?

 俺は、自宅へ電話せずに公衆電話ボックスから出た。

「……恵菜。」
 俺は手をわなわなと震わせながら、恵菜に近付く。

「どうしたの翔?」
 恵菜は首をコテンと傾げて、不思議そうな表情をしていた。

 俺は恵菜を抱き締めて涙を流す。

「恵菜が生きてる。良かった。」
「ちょっ!?  ちょっと翔どうしたの!?」

 俺はしばらくして落ち着き、自分の行動に恥ずかしくなった。

 恵菜から離れ、事情を説明しようとして思い悩む。

 正直に、恵菜はこの後車に轢き殺されて、大変なことになると伝えても、頭大丈夫とか言われそうだ。

 まぁ、説明しなくてもいいだろう。

「何でもない。恵菜うちの車に乗って帰りなよ。」
「え?  いいよ。ダイエットの為にも歩いて帰るから。」
 恵菜が歩き出す。

 俺はその瞬間、恵菜の手を掴む。

「ちょっと?  本当にどうしたの翔?」
「頼むから、車で帰ってくれ。」
 俺の必死さが伝わったのか、恵菜は車で帰ることに納得してくれた。

「なんか今日の翔変だよ?」
「俺もそう思う。」
 俺は説明するのが面倒になり、そう言って再び公衆電話ボックスへと戻り、自宅へ電話した。

 受話器を置き、俺は公衆電話ボックスから出て、恵菜とベンチに座る。

「相変わらず仲良いですねぇ。アツいアツい!」
「んだよG。うるせぇぞ!」

 Gは中学時代も同じ陸上部の後輩だ。

「早く付き合っちゃって下さい!  じゃぁまた!」
「黙れ!  また明日な!」
 Gは、別れを告げて帰って行った。

 俺は親が迎えに来るまで、恵菜からさっきの抱きついて来たのは何だったのと執拗に聞かれたが、俺はノーコメントを貫く。

 俺、なんで抱きついちゃったんだろう?

 しばらくすると親の車が遠くに見えた。

 その時、サイレンの音も聞こえて来る。

「救急車?  パトカーかな?  何かあったのかしら?」

 サイレン?  救急車?  パトカー?
 俺は恵菜の言葉で、頭を殴りつけられた衝撃を受ける。

 轢き逃げか?  恵菜といるから安心していたけど、轢き逃げ犯はそのままだった!

 俺は恵菜に親と待っていて欲しいと伝え、全速力で昨日の轢き逃げ事件の現場へと向かった。

 俺は、近道を通って現場まで向かう。

 この道は、車が通れないが人は通ることが出来る道だ。

「うおぉ!?」
 いきなり横の茂みから、何かが飛び出して来る。

 この道は、普段人が通ることが滅多にないので、前しか見ておらず、俺はぶつかった衝撃で大きく横へ飛ばされた。

「チッ!?」
 俺は舌打ちが聞こえて来たことから、ぶつかったのが人と分かり振り返る。

 そこには、20歳くらいの若い男がいた。

 男の手には血が付いており、衣服も若干赤く染まっていた。

 な、なんだこいつ!?

 若い男は、少しずつ俺に近寄って来る。

 こ、怖い!

 俺の身体は、恐怖で動かない。

 丁度その時、サイレンの音が大きくなるのを感じた。

 サイレンの音が大きくなっているのは、パトカーが近付いている証拠だ。

 男は俺に近付くのを止め、足早に逃走して行った。

 俺は緊張の糸が切れ、その場に尻餅をつく。

 俺のズボンは、雨で湿った地面でビショビショになったのだった。

 しばらく放心状態だった俺は、現場へとフラフラになりながらも向かった。

 そして、辿り着いて現場で戦慄することとなる。

 恵菜が亡くなった現場と殆ど同じ場所で、Gがストレッチャーに乗せられている状態だった。

「……G。」
 嘘だろ?  何でGが死んでんだよ!?

 だって、昨日は恵菜が……。

 俺は、自分の犯した過ちに気が付く。

「もしかして、俺の所為?」
 俺が過去を変えてしまったから、未来が変わった?

 本当は恵菜がこの場所で死ぬ筈だったのに、俺が恵菜を引き止めたから、代わりにGが死んだってことかよ!

 俺は膝から崩れ落ち、その場で泣きじゃくった。

 しばらくすると、母さんと恵菜が現場に来た。

「う、嘘!?  水野君!?」
 恵菜も水野がストレッチャーに乗せられているのに気が付き、驚きの声を上げる。

 俺がいきなり走り出したので、心配になって探していたのだろう。

 そんな恵菜を見た俺は、公衆電話を思い出す。

「そうだ!  アレを使えば!」
 俺は、迎えに来た恵菜と母さんを置き去りにして学校へと走る。

「ちょっと翔!?  どこ行くのよ!」
 恵菜の声が聞こえるが、今はそれどころでは無い。

 俺は公衆電話ボックスへと入り、お金を入れてあのボタンを押した。

『はい。お父さんです。』

「元に戻してくれ!」

『速水君ですね。えっと、セーブデータがありませんよ。先程ロードしましたので、次のセーブは明日以降ですよ。』

 手から受話器が滑り落ち、ブラブラと受話器部分が揺れる。

 ……やり直せない。

 もう、あの時に戻れない!?

『もしもし?  もしもし?  聞いてます?』

 俺は受話器を戻し、迎えに来た恵菜と母さんに身体を支えられて、俺は自宅へと戻った。

 俺の所為で、Gが死んでしまったと自責の念に駆られ、俺は虚無感に襲われる。

 あんなセーブ機能なんて使わなければ、後悔しないで済んだのにと考えてしまう。

 俺は自分の所為でGが死んだと思っていたので、家に帰るなり、部屋に引きこもったのだった。

「G……ごめん。」
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