晴れた日はあなたと…。

春山ひろ

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10.ウトージャ王の最後

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 アッシュは声が出なかった。
 それでもアニアの名を呼びたくて。

「アーニャ、よくやった!」
 アッシュよりも先に将軍が叫んだ。

 アッシュはとっさに振り返り、将軍を見る。
 将軍の眉間には皺が寄っていて、いつもと同じ表情だ。でも目が…。心なしか目に水の膜が張っているように見えた。

「はやく行ってやれ!一番の功労者だ!」
「は、はい!」

 アッシュはまろびながらアニアの元に走った。

 アッシュの後ろ姿を見送ったタギヤは、まっすぐに将軍の元へ。が、その前に王妃の遺体があった。かつて王妃だった者は、一矢で正確に喉を貫かれていた。そのタギヤに将軍が近づく。
「…見事な腕だ。矢は私の横を通り抜けました。あれほど離れた距離で、しかも前方には私という障害物がいるにも関わらず、その矢筋に一切の迷いがなかった」
「…そうか」
 将軍と付き合いの長いタギヤは、その彼の一言に喜色が混じっているが分かる。タギヤが射手を賞賛したのが、我がことのように嬉しいのだろう。そうタギヤは思った。

「…アーニャと?」
 これほど腕の立つシビリア兵を自分が知らぬはずはない。タギヤはそんな思いを込めて、射手の名を呟く。
「…ああ、アーニャだ」
 聞きたいことは山ほどある。そのアーニャとやらの所属は?出身は?なぜ中将たる自分が知らぬのか。
でも、チラリと将軍に目を向けたタギヤは、これは何を聞いても無駄だと悟り「第一部隊へ」とだけ将軍に告げた。

 この瞬間、アニアのウトージャ国第二王子の肩書は過去のものとなり、シビリア軍第一部隊所属のアーニャとなった。
 第一部隊はタギヤが率いており、シビリア国軍の先鋭が揃う。現に王らの捕縛に駆り出されたのは第一部隊だった。

「ゴーサ!」
「はっ!」
 タギヤが隻眼の兵士を呼ぶ。呼ばれたゴーサは顔立ちの整った大男だ。

「アーニャはそなたの小隊に入る。任せた」
「はっ!」
 ゴーサも慣れたもので何も聞かない。
「ところで、これはどうしますか?」
 ゴーサが「これ」といったのは王のことだ。肩と足の付け根を短刀で刺されたウトージャ王は、動けず無様に祭壇の前にうずくまっていた。

 すっかりその存在を忘れていた将軍とタギヤは、シビリア兵に囲まれた王に近づいた。兵たちは念のために刀を抜いているものの、構える者はいない。逃げ隠れた臆病な為政者の剣の腕前など赤子と同じだろう。
「王よ。たしかウトージャ王家は金を隠し持っていたはず」
 将軍は名乗りもせずに王に聞く。その言葉で金を差し出せば助かると思ったのだろう、ウトージャ王はべらべらと埋蔵金の場所を自白した。


「そうか。ごくろう」
 いうやいなや目も止まらぬ速さで長刀を抜いた将軍は王を切り捨てた。

「王と王妃は首都陥落の時に自死した。こやつはよく似た別人だ。死亡したウトージャ貴族と一緒に埋めろ!そこに倒れている、あの女もだ。タギヤ、埋蔵金を掘り出せ。戦勝功労者への分配については参謀と決めろ!」
「はっ!」
 実の親である王と王妃の遺体を損壊した王太子。その悪評を後世に残すには、実は王太子が刺したのは本物の王ではなかったというのは都合が悪い。

 将軍はさっさと礼拝堂から出て行った。その後ろ姿を見送りながら、「まったくどこまで無欲なんだ」とタギヤが呟けば、「そうでしょうか?将軍の場合、欲の向く方向が違うだけだと自分は思います」とゴーサがいう。

 タギヤはまっすぐにゴーサを見た。

 確かにとタギヤも思う。将軍の生い立ちは詳しく知らないが、身内に縁のない育ち方をしたと聞く。そんな将軍が息子のように気に掛けているのがアッシュだった。
 将軍であっても、ずっと軍に入られるわけではない。いつか将軍も軍から離れた人生を送ることになる。自分の敬愛する彼の後半生が幸せなら僥倖だ。そこにはきっとアッシュとアーニャがいるはずだから。

「ダリルとガレンは老人二人を穴に投げ捨てろ。ガミオとキャラはそこの兵士を埋葬してやれ、丁重にな。イミヤとレビンは侍女をヒーラーのテントに運べ!それ以外の者は私についてこい!」
「はっ!」

 埋蔵金の掘り出しか、骨が折れるな。
 そんなことをタギヤが思っていると、ゴーサが声をかけた。
「王太子は、自分の親ではないと知っていたから、遺体を切ったのでしょうか」

 タギヤはゴーサを見た。たしか彼も親とは縁が薄かったはず。
「いや、知っていようがいまいが、自分が助かるのなら切っただろう」
 王宮内に勤めていたウトージャ兵からの聞き取りで、王太子の真の姿を知ったタギヤはそう答えた。
「なるほど。自分は親に対しては反面教師になる場合か、それとも絆が強いか、その二つだけだと思っていましたが…」
「ウトージャの王族は自己顕示欲とナルシストばかりだったそうだから、親であっても利用できるものは利用する、そういう輩だったのだろう」
「親であっても利用するか…」
 
 ふとタギヤは気づく。
 戦の最前線に出たのは、ウトージャ王族では第二王子だけだったことを。
 その王子の名は確か、アニア。…アニア、アーニャ。

「ゴーサ、ウトージャ王族は全てクソばかりではなかったやもしれぬな」
「はあ?」

 いずれにせよ、第二王子アニアは戦死したのだ。
 そしてタギヤはすこぶる腕の立つ射手を手に入れた。

 タギヤはアッシュが走っていった方を見ていた。
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